Re:ゼロから苦しむ異世界生活 作:リゼロ良し
「それ、は………」
ラムは、目の前の光景に唖然とする。
神々しいまでの光。全てを包んでくれる鮮やかな赤と緑で彩られた神秘的な光。
ラムには見覚えがある。覚えている。
決して好んでいなかった力。
クルルの力だけではなく、あからさまに毛嫌いをしている【ナニカ】の力の一端。
世界を滅ぼすあの【終焉の獣】でさえ退ける事が出来る絶対の力。
―――
『クルシュさん』
「ッ――――、つか、さ……なのか?」
あまりにも圧倒される姿。
その荘厳な御姿は、見ただけで、接しただけで直ぐにでも頭を垂れ、平伏してしまう程の威厳が確かにあった。
『皆に、指示を。――――これより、
ツカサ? は穏やかに笑うとクルシュにそうとだけ告げると、ラムの頬を人撫でして、その身体に回した腕を優しく取る。
決して離さない。一緒にいく。
その気概を持って抱きしめていたラムだったが、まるで力が抜けてしまったかの様だ。取られた腕はツカサから優しく外される。
その手を取ったツカサは、愛おしそうに頬擦りをする。両目には涙で溢れていた。
『ありがとう』
愛を囁くのではなく、感謝の言葉を贈られた。
それが心からの感謝だというのは、胸が痛いほど伝わってきた。
ゆっくりとした動きで、次に外へと赴く。
ラムは声が出なかった。追いかける事が出来なかった。
『ランバート』
「―――――!!」
竜車を引いていた愛地竜ランバートにツカサが声をかける。
いつの間にか背に乗られた。それも、その姿は、普段のツカサのソレとは全く異なっているのだが、ランバートは一切暴れる様な事はしない。
何故なら本能的に、それが誰なのか理解したからだ。
『これからちょっと驚くと思う。……他の地竜達を、落ち着かせて、纏め上げてくれ。お前なら、出来るよな?』
「……フルルッ」
『ん。……流石。流石はランバート』
ランバートの頬に触れる。
ラムの時と同じ様に、ランバートに感謝を伝える。
『ありがとう、……皆を頼んだよ』
断る事など出来やしない。
ラムの様にツカサについていくと拒否したかった気持ちを、その本能を、どうにか抑える事が出来た。
主が今何を望んでいるのか、一番何を望むのか、ランバートにはそれがハッキリと見えたからだ。それが例え最後になってしまうかもしれなかったとしても、抗う事が出来なかった。
そして、ツカサは竜車の上にふわりと浮かぶと、両手を掲げて唱えた。
『
そして、その手から淡い光の粒子が世界を照らさん勢いで放たれた。
―――ジ・アース
つい今し方、クルシュに言っていた荒唐無稽な言葉を実現させる為。
まるで大地そのものがツカサを主と認め、命じられるがままに形を変える。
歩いてきている魔女教の2人を中心点とし、山岳地帯や峡谷を創造してみせた。
あの連中を囲み、皆に近づかせない様に。
逃げるまでの十分の時を稼ぐ為に。
誰も失わない様に。
それは嘗て、世界を滅ぼさんとした【終焉の獣】、その絶対零度の息吹を止めた大地の盾――――よりも遥かに強大で荘厳な自然を創り上げていた、
当然、突然の天変地異に誰もが驚き戸惑い、悲鳴に似た声を上げる―――が、地竜達は落ち着いていた。
少し前に、上げられたランバートの咆哮。
それが、夫々の竜車を引く地竜達に伝わり、パニックに陥り、事故を起こしてしまうという事態を未然に防ぐ事が出来た。
慌てふためく人間たちを無視する様に、山岳地帯を迂回する為に右折。
ツカサが竜車に乗るのはここまでだ。
ふわりと宙に浮くとそのまま竜車を宙から見送った。
「駄目ッッ――――!!」
その時だ。竜車の幌を突き破り、空を跳ぶ勢いでラムが飛び出してきた。
その額にはラムの角が、鬼族の証である角が、光で形成された角が出現していた。
血走る目、あふれる涙、一心不乱に宙に居るツカサの元へと飛ぶ。
今飛ばなければ、今死力を尽くしてでも、彼の元へと向かわなければ、もう二度と会えない。もう二度と触れられない。
それを、ラムは知ってるから。
「
伸ばした手、駆けあがった空。
空で待つのは己の全てと言って良い
だが、ラムのすべてを込めた想いは、光に届く事は無かった。
優しい風がラムを包み込んだから。
命を振り絞った鬼化の力。この力が切れればラムの身体にも相応の影響を及ぼす事だろう。鬼の角を亡くしたラムが、無理矢理に顕現させた力なのだから、当然だ。
だが、それをさせない。
約束よりも大切な事があると知っているから。
何よりも生きた証であるラムが無事でなければ、意味は無いから。
「ツカサァァァァ!!」
ラムは周囲の風を思いっきり殴る。
自分を護ってくれている事は解ってる。それでも殴り続ける。
殴る、殴る、
殴る、殴る、
殴る、殴る、
殴る殴る
殴る殴る
殴る殴る
なぐるなぐるなぐるなぐるなぐる。
ナグルナグルナグルナグルナグル。
だが、それらも全て、この慈愛の風はそっと受け止めてくれる。
投げ出した命を、全て癒し元に戻してくれる。
まるで、駄々を捏ね続ける我が娘をあやすかの様に。
軈て、ラムは拳を降ろし、そして叫んだ。
「ゼロになるよりも辛い事がある、それを誰よりも知ってる筈なのに―――、それを、それをラムに味わえと言うの!!? これ以上、痛みを背負えと!? ツカサはそんな残酷な事を、死よりも辛く苦しい残酷なことを、ラムに押し付けて、1人で逝くというのッッ!!?」
涙を流し叫び、そして再び殴りを再開する。
虚空を見つめている空虚なツカサに、魔女教たちだけを見てみるツカサに、向かって届くと信じて。
でも、ツカサは何も答えない。
ラムの叫び。……それはツカサの中で何度も何度も何度も自問自答を繰り返してきた事だから。
居なくなってしまったらどうなるのか、何度も世界を繰り返してきたツカサが、その苦しみを知らない訳がない。そして今、何度も見てきているから。
それでも……。生きていて欲しい。
ラムが生きれる道を、皆と進んで欲しい。それがツカサの願いであり、導き出された答えだった。
「もう未練は、何もない、何一つ残してないというのッ!? ラムの英雄は、ラムの英雄は――――――!!」
【ラムの英雄はこんな所で負けたりしない筈よ!】
涙を流しそう訴える。
ラム自身も解っていた。心のどこかで解っていた。ツカサがこれを選ぶまでに、どれ程の地獄を潜ってきたのか、この答えに至るまでに、地獄と言う言葉が生ぬるく成る程の道をたどり、悲劇を繰り返してきたのか、頭では解っていてる。
それでも、身体は、心は、ツカサを求め続ける。
だからこそ、喉が潰れようとも叫び続けたのだ。
空へ空へと向かうツカサに………、死地へと向かおうとするツカサに手を伸ばし、叫び続ける。
そして、ツカサはゆっくりとラムの方を向いた。
姿形こそは人のモノではないが、それはラムが良くしる顔だった。
まるで空気の様に傍にいて当たり前。
何より生きていくのには必要不可欠なもの。
無くてはならない、無くなるなんてあり得ないもの。
……いつの間にか、ラムを虜にしてしまったもの。
愛しい愛おしい、愛する人の笑顔だった。
『――――負けないよ』
魔女教大罪司教【強欲】と【暴食】の両担当は、突如起こったこの異常事態に、流石に歩みを止めて唖然とした。
場所はリーファウス街道。
直線状一本道の街道に、突如 山が出現したから。
如何に魔女教と言えど、如何に異常者だらけな魔女教、それも大罪司教だとしても、この世のものとは思えない自体に、その光景に、ただただ目を奪われた。
「こりゃァ、一体どういうことだァ?」
「さあ? 僕にも理解できないね。まさに今の君の事と同じさ」
「なるほど! なるほど! つまりはアレだ! 僕たち、俺たちの食事を邪魔しよう、ってのが近づいてきてるってのは解った! 僕たちのペットがやられたヤツが、直ぐ傍に居るって事も解った! こんな事ォ、出来るヤツなら、僕たち俺たちのペットくらい堕として見せるよねェ!」
暴食、ライ・バテンカイトスは盛大に腹を鳴らせ、歯を鳴らせた。
カチカチカチカチ、と鳴らし舌なめずりをし、食事をする事が待ちきれないと言わんばかりの煌々とした表情で。
人間業じゃないのは一目瞭然。
だというのにも関わらず、自分達が問題なく食事にありつけると思えている所も末恐ろしい。
普通ならば、この異常事態には見紛えるだろうし、体勢を立て直す為に退く事だって視野に入れるだろう。
だが、この怪物は己の【暴食】にしか興味は無い。
飢餓を、空腹を、それらを満たそうとする欲求しか頭にないのだ。
そして、何よりも―――横にいる【強欲】レグルス・コルニアスの存在もある。
何も問題ない。
大罪司教同士だ。同じ魔女教と言う同志。だから仲間意識がある―――と言う訳では無い。そんなつもりは毛程もない。ただ、互いに利用し合っているだけに過ぎない。
「いいね、いいよ、いいさ、いいな、いいかも、いいとも、いいんじゃない、いいだろうともさ! 俄然僕たちは愉しみになってきた! 愈々俺たちも待ちきれない! この飢餓が満たされるッッ!! そんな予感が、豊作! わくわくが、止まらないんだっっ!!」
「この状況を前にして、そんな事を言えるだなんて、やっぱり理解できないよね。卑しい欲塗れになってないで、今は一体どういった状況なのか。突然道を変えられた無神経極まりない輩がどこに居るのか、色々と考える事は他にあるんじゃないの? それを考えていたら自然と今何すべきか理解できる筈だし、自然と我欲だって抑える事だって出来る筈だよね?」
「説教は僕たちにはいらないし、俺たちは嫌いだ。あんたの言う事が正しいのか間違ってるのかも興味ない。僕たち俺たちは、今まさに空腹極まってるこの腹、それを満たす事、それ以外はいっさいどーォだっていいんだよ!」
互いに言い合っている様だが、歩みを止めたりはしない。
歩き続けて、今まさに突如形成された山岳地帯へと足を踏み入れようとしたその時だ。
「ォ!?」
「――――!」
固い筈の大地が、まるで柔らかくなったかの様に、ぐにゃりと揺れた。
一般的な物理法則を無視する事が出来るレグルスは兎も角、ライはこらえきれなくなり、地面に四つん這いになって堪えた。
山岳地帯がその間も形を変え続け、軈て2人を完璧に包み込み、朝日が昇る時間帯だというのに、闇を形成した。
魔女教たちには似合いの黒い空だ。
『ようこそ、魔女教大罪司教の御二人。……申し訳ないが、ここから先は通行止めだ』
闇の世界に、輝く光が現れた。
緑に輝く身体、赤く輝く額、凡そ人間ではないのは一目瞭然だ。
一体何なのか、何者なのか、と考える一瞬の隙をつき、ツカサは手を巨大化させて伸ばした。
狙いは当然、【暴食】ライ・バテンカイトス。
握りしめ、引き寄せ、至近距離、真正面から睨みつける。
『こんな姿をしてるが、これでも歴とした人間。ツカサって言う。以後お見知りおきを。……覚えなくても良いが』
「は、ははは、ははははは! いいね! いいよ! いいさ! いいな!! いいかも! いいとも!! いいしかないんじゃないか!! キタ、キタキタキタ!! 過去どんな食材たちと天秤に合わせても合わせても合わせても合わせても、釣り合わない、そんな超大物が釣れた!! 僕たちは、俺たちは、感極まっている! どれ程美味しいのか、今まさに、この胃袋が欲しがっているっっ!!」
カチカチカチカチと、歯を鳴らせ、歓喜の涙と涎を垂れ流す。
まるで何日も、何十日も、死ぬ直前まで食事にありつけず、漸く食する事が出来る喜びに浸っているかの様。
そして、それは大袈裟な表現ではない。
【暴食】とは、そういうものだから。
「お前か? お前だな? お前かも? お前だよな? お前しかいない? お前だろう!? 俺たちのペットを殺したのは、お前だな!? 間違いなく、この胃袋が叫んでいる! お前がそうだとな!」
『胃袋が叫ぶのか。随分器用な事だな。――――ああ、今は肯定しておこう。白鯨を地に落としたのは、俺だ。……アレには空が似合わない。だから、地へと堕ちてもらった。……400年、好き勝手してきたんだ。もう、十分だろう?』
鋭い歯を見せ、涎を垂らしまくるライに対し、一切嫌悪感を見せず、その手を離さず、淡々とツカサは返す。絶対的な自信をその身に醸し出しながら。
そして、ライはそれさえも極上の
「一体、一体一体一体一体一体一体一体!! 一体!!! どれ程のものがため込まれてるのか!? これを超えるモノは最早この世には存在しないと断定できる! これぞ美食の頂点! ないね、ないな、ないよ、ないさ、ないとも、ないだろうさ、ないだろうとも、ないだろうからこそ! 今から暴飲! 暴食!! 全てを喰らって僕たちの心を、俺たちの胃袋を、悦ばせる!!」
大地に囲まれた黒い空を仰ぎ、ライは感慨極まった様に宣言する。
言っている意味を理解する事が出来たのは、正直心苦しい。
彼らを退ける為に、彼らから皆を守る為に、なるべく理解しようと努めた。地獄が生ぬるい程のものだった。狂人を理解しようとするなんて、ツカサは、スバルから受け続けた地獄の方が、精神衛生上 辛うじてマシだ、と思えてしまう程だった。
無論、実際にスバルがここに居て、死のうと突撃しようものなら、絶対に止めるので、ただ思ってるだけに過ぎないが。
『前口上はもう十分だ。さっきから食う食う言ってるけど、掴まれてるこの状態でどうやって食うんだ? そっちのヤツに助けでも求めるのか?』
揺らぎない自信。
絶対的な自信がある事を相手に示しながらの挑発。
全てを知っているが故に、何をするのが最適かが解っている。
直ぐにあの場面、あの状況に持っていく為に。
「アァァァ、悪かった悪かった! 悪かったさ! ――――じゃあ、白鯨を堕とした英雄、ツカサ君! 遠慮なく、イタダキマスッ!!」
ライが狙いを定めるのは、ツカサの大きな大きな手。
それを愛おしむ様に舌にのせた。
本来、ライは食事をするとき、相手を
何故なら、ミスは許されないからだ。
だが、この時のライは失念していた。
あまりにも強大で巨大で荘厳足るご馳走。その正体はルグニカ中を既に巡っている程の男。
ツカサと言う名の英雄がいる。
王国が認め、最高位の勲章を授与し、剣聖が認めた英雄の名がツカサだ。
だから、迷う事など一切なく食事を迫った。
過去比肩するものなど無い、と言える相手を堪能したくて、本能に身を任せて…………。
「ウッ……!」
そして、それが、その短絡的な考え方が破滅を産む結果となる。
舌を這わせた瞬間ライはうめき声を上げた。
先ほどまでは、頬が紅潮し、多幸に満ちた顔つきだったというのに、一気に地の底まで落とされた、そんな顔だ。
そんなライを見てツカサは嗤った。
丁度良い。白鯨の様に、地に落とされてしまえばそれで良い、と。
ライが気に入らない。
愛しい人の名と、その文字数が、そして一文字でもかぶっているのが我慢なら無い。虫酸が走る。
だからこそ、力を込めて握りあげる。
「げぇぇぇっ!!」
『汚いから、ってまだ離してやらないぞ。……それに生憎だったな。暴食の種、もう割れてるんだよ』
嘔吐し、咽び続けるライ。
その存在を、名を世界から消す暴食が、無様にも失敗した事を現す光景である。
呻き、苦しみ、胃液を出し続けるライ。
『相手を食べるのは、名が必要。―――それも、正確な名。それを知り、対象者の掌を舐めて初めて【暴食】は完遂する。……意地が悪い能力だが、当たれば問答無用の白鯨の霧に比べたら、種が解ればやり易い。――――お前が、お前たちの方がアレのペットになればどうだ? 無論、もうこの世にはいないがな』
「ぎっっ、うぐっっ、んぐっっ」
実際に形あるものを口にした訳ではないのにも関わらず、苦しみ嘔吐する以上は、己の胃袋の中身を放出する以外ない。
だが、一度はそれを許したツカサの巨躯の腕だったが、吐き出すのは勿体ないだろう? と言わんばかりに、口を閉じさせた。
先ほどから一転。違う意味で暴れ狂い、解放を求める胃袋は、ライ自身をも操っているかの如く発狂する。
『――――本来なら、お前も、お前たちも、ここで終わらせてやれれば良かったんだが、な』
最早聞こえていないであろうライに向かって、余裕を見せていた筈のツカサは初めて苦々しい顔をした。
だが、心配はない。
きっと皆がやってくれるから。
『俺の顔を忘れるな、ライ・バテンカイトス。……あぁ、ロイ・アルファルドもか。……どっちでも良い。―――この顔を生涯刻み付け、忘れるな。【暴食】を滅ぼす者の顔だ』
そう告げると同時に、ツカサは大きく振りかぶる。
そして、頭の中に刻まれている地図を思い浮かべた。
ここらの人の気がない方へ……、出来れば大瀑布まで飛んでいけ、と言いたい所だが、それは叶わないから、なるべく誰にも迷惑をかけず、誰にも影響がなく、誰にも知られずに、そのまま朽ち果てれる場所へ。
『飛んでいけ』
「――――!!!」
ライは目を見開く。
この化け物は、何故自分の事を、自分達の事を知ってるのか、何故権能を、その発動条件を知ってるのか、と頭の中が混乱極まった。
だが、直ぐにそれどころじゃない、と思い返す。
死の前兆を見た気がしたから。
風の魔法を乗せたツカサの一投。
それは、暴食を投げたから大暴投……と言う訳にはならず、真っ直ぐ一直線に天へ。
天を貫いて闇の外、明るい世界へと弾きだされた。
青空の下へと投げ出された事によって、本人の気持ちも晴れやかになる………かどうかは一切保証しないが。
『チッ』
投げ終えた後、静かに舌打ちをする。
流石だと言えるだろう。何せ頭をかち割る勢いで投げつけ、天を覆う山に叩きつけられる筈だったのにも関わらず、ライは寸前の所で受け身をした。それが見えた。
食事を失敗し、苦悶の表情だけは消す事は出来ず、身体も五体満足ではいられないかもしれないが、それでも確実に命はつなげる事が出来た様だ。
―――心底、残念だ。
消す者の顔。消す事が出来なかったが、もう、会う事が無いだろう。
だから、だからこそ願う。
願わくば……忘れぬ悪夢として、亡霊として、その身に、その記憶に、少しでも刻まればと。
狂人の精神力であれば、例え悪夢だろうと、直ぐに忘れて、また世界に災いを齎すかもしれないが、少しでも、ほんの少しでも、躊躇い、怖れ、怖気づき……人々が暴食の餌食にならない様に―――。
そして、本番はここからだ。
『さて……』
ライの相手をしている間、レグルスは予定通り大人しくしていた。
相手の出方を伺っていた事と、この異様な空間に連れてこられた? 事もある程度はあのレグルスも警戒させていた様だ。
「あのさぁ、まぁ、アイツを吹き飛ばした事に関しては、僕は別に口にはさむつもりは無いし、何なら気分が悪かったから、逆に礼を言いたい気分でもあるんだけど、この僕をこんな薄気味悪い場所に閉じ込める様な真似して、一体どういうつもりなの? その姿を見るに、人間とは到底思えないんだけど、言葉を話せるって事は獣じゃなくある程度の感性くらい持ってるって事でしょ? 一体何処の誰だか知らないけどさ、僕たちを知ってるのに、僕はお前の事は知らない。僕の私財を盗んでいた、って事に他ならないよね? それに――――ぶっ!!」
延々と続くレグルスの会話を遮る様に、顔程の大きさの礫を弾いた。
何度も何度も何度も何度も繰り返し、最早達人の域にまで達した【強欲】のイラつきポイントとタイミングを完璧にした渾身の嫌がらせ、である。
それと同じだけ、
『誰がお前とペラペラ話すと思っているのか? お前、勘違いしてない? 俺はお前と話すつもりは無いし、とっとと世界から退場してくれ、としか思ってないんだ。解ったか? クズの中のクズ、レグルス・コルニアス』
これは恐らくスバルの影響もあった事だろう。
或いはラムの毒舌も。
様々な糧を贄として、ツカサも成長する事が出来た。……あまり、皆に見せたくない光景だから、それもある意味好都合だと言える。
礫を直撃させられたレグルスは、当然無傷。軽く砂埃を払いながら、余裕を見せようとしているが、明らかにイラついてる様子で声を上げた。
「人がさぁ話してる時に―――ぶっっ!」
無論、それも途中でツカサは強引にやめさせた。
攻撃の全てが、まるで効かないのはよく知っている。
試したから。何度も何度も何度も何度も、気が遠くなりそうになる程に、試したから。
だからこそ、解る事がある。
試し続けた中で、得た結論。
レグルスの命脈を絶つ術は、現時点では、この限られた時間内、範囲内では不可能だという事。
でも、それでも問題なかった。
レグルスは、身体的には無傷だからと言って、精神が蝕まれる訳はない。
それも、その性質は短気極まりなく、常に自分が上でいなければ気が済まず、破綻している理論武装で口撃をしてくるレグルスに対して、この手法は最適で丁度良い。
『ああ、そうだったな。お前には言葉が通じないんだった。この程度、幼子でも理解できると思うのに教養の欠片もない。幼子、赤子、お前はそれ以下か。いや比べる事も烏滸がましい。……お前は虫以下だ』
ただ、只管に挑発を繰り返す。
周りが見えず、癇癪を起し、暴走させることを目的として。
「この僕を愚弄するな!! 下等生物がァッ!!」
当然ながら激昂したレグルス。
己の権能、反則とも言って良い周囲一帯の全てを武器化能力。
届く範囲の全て、この場においても岩木は勿論の事、砂や水、果ては目に見えない空気でさえも、レグルスの手にかかれば、即座に最悪最強の武器へと変貌する。
怒りに任せて足を蹴り上げ、舞い飛ぶ砂利は全てを貫通する散弾銃へと変貌し、振り上げた右手は世界をも両断する刃となって縦横無尽にこの場にて暴虐の限りを尽くした。
ジ・アースで形成していた山はものの数秒で見るも無残な荒地へと変えさせられた。闇が完全に消失し、レグルスを照らす様に朝日が顔を出した――――が、それも一瞬の事だった。
『ジ・アース』
ほんの一瞬で、再び山を形成し闇へと姿を変える。
この場を照らすのは、赤と緑の輝きだけだ。
「!!」
一瞬で元に戻された事もそうだが、何よりもレグルスが驚いたのは、攻撃が当たった筈なのに、平然としている目の前の存在に対してだった。
そして、嫌がらせと言う名の攻撃も健在。
『どうした? お代わりが必要か? ならば何杯でも馳走しよう。存分に味わえ』
呆気に取られている間に、再びレグルスの顔面に向かって岩をぶつける。
いや、今度はインヴェルノの氷をエクスプロージョンの炎で溶かし、地面を泥濘にさせて、それをベチャリとぶつけた。
レグルス自身には一切汚れはつかないが、それでも視界が泥で覆われて塞がれてしまうのだけは防げない。自らの身体を伝って落ちていく様も、不快極まりない。
「~~~~~~ッッ!! こっのっ、身の程知らずがぁぁぁ!!」
今のレグルスは、宛ら癇癪を起した子供の用だ。
目を血走らせ、振り回される腕。振るわれ暴虐の限りを尽くす。羽虫を子供が癇癪で殺す様に。
だが、それでも終わりは来ない。ただただ繰り返されるだけだ。
周囲を壊してもまた、一瞬で元通りに戻る。ツカサの身体にも一切届いていない。
周囲を復元した後には、レグルスに対して効果は抜群な幼稚ともいえる嫌がらせが継続される。
泥を、水を、氷を、火を、岩を、と様々なバリエーションで、主に顔目掛けてぶつけられ続ける。
その意図は、攻撃するものではない、と言うのははた目から見れば明らかだろう。
氷にしろ岩にしろ、当たる勢いもなければ威力もない。強欲の無敵の権能を持つレグルスの身体じゃなかったとしても、ある程度の武芸を収める者なら回避も余裕だろうし、直撃したとしても、少しケガをする程度に徐々に調整され続けている。
ただ只管に、レグルスをイラつかせるだけ。ただ一切、考えさせる事もせずに、ただただ、レグルスを挑発し続けた。時には言葉で、時には物理で。
繰り返す。
繰り返す。
繰り返す。
繰り返す。
何度でも。
何度でも。
何度でも。
何度でも。
永遠とも思える破壊と創造の繰り返し。
そして―――――――終焉が訪れた。
ノミ以下さんと一先ず3章での激突は次回で決着デス…… 結構長かった……、あまり出てない筈なのに(-ω-;)ウーン
108回も書いてない筈なのに(´ε`;)ウーン…