Re:ゼロから苦しむ異世界生活 作:リゼロ良し
「お~やおや、これはこれは。スバル君とガーフィールは、随分と仲良くなったものだーぁね? 2人揃って頭の同じ位置に、同じ大きさの瘤とは。随分物騒だと思うが、息ぴったりじゃなーぃかい?」
「たったそれだけで、仲良しこよしに見えてんならいっぺんフェリスんトコ、眼科行ってこいって言いたい所なんだが………、物騒っつーならそっちのケガの方がより物騒だって感じるよ。……ロズワール」
ロズワールが安静にしている家屋。
それは『聖域』の中では最もまともな形を保った建物だった。
石材で組まれた住居の大きさは、外にある幾つかのモノとはまるで違う。寝そべってるベッドも相応には柔らかそうな気もするし、ロズワール邸や王都の貴族街、クルシュの屋敷等を見てきたスバルだが、圧倒的庶民派なので、こちら側の方が親近感が沸いたりする……が、そんな事はどうでも良いとスバル自身の頭の中で一蹴。
「ずーぅいぶんな言い様だねーぇ。エミリア様、スバルくん共に久々な再会だと言うのに」
胡散臭い笑みで2人に手を振ってくるロズワール。
奇妙で奇抜な道化の化粧に、奇矯な言動と振る舞い、彼自身の持つ凡人とは一線を画す存在感もあって、普通の家の中にいる事自体が違和感が凄い。
——と言うのもどうでも良い。
一番気になってるのは、彼の現状だ。
今のロズワールの姿を見れば……。
「それは兎も角。まずはエミリア様がご無事で何よりでしたねーぇ。多少なりともレムに事情は聴いてましたが、あなたの身に何かあってはと生きた心地がしませんでしたよーぉ」
「そう思ったならもっとマシな対応して貰いたいもんだねーぇ! つーか、俺の頭のタンコブ意識する前に、お前自身のスゲー怪我の事気にしろよ! 一体何がどうしたってんだよ!?」
只今スバルだけが発言しているが、各人各々は口を噤んでいる。
普段の道化師であり変態であり、それらが王国一であるロズワールが痛々しい姿をしているのだ。身に纏っている高級感がある衣類の隙間は全て包帯で覆いつくされている様で、恐らく身体中が包帯でぐるぐる巻き。顔だけは無傷な様だが、あのピエロの顔だけは死守したとでも言うのか、兎に角衣類で視えない部分も見事にミイラ男状態になっているのは想像に難くない。
ラムもロズワールの姿を一目見てからと言うモノ、明らかに動揺をしており、何処となく殺気立っている気もする。
もしも、自分の一番星がツカサではなく、ロズワールのままであったとしたら、一対どれ程の規模の八つ当たりと言う名の攻撃を受けるだろうか……、と思わず身震いしてしまう。
瀕死の重傷。
今のロズワールはその状態だ。
「おーぉやおや。それを聞いちゃうのかーぃ? 私もこれでも1人の男。こうして醜態を晒しているのも本当は辛い所だ。理由は是非ともスバル君風に言う、《空気を読む》で宜しくしてくれたまえ」
「何言ってるの! ロズワール! そんなわけにはいかないでしょ!? ほんとどうしたの、貴方がこんな大怪我するなんて………」
ロズワールの強さ。
それは恐らくはこの場でも最も知る者の1人、高いランクに位置するだろうエミリアが悲痛な顔で叫ぶ。
何せ、ロズワールは全力のパックとエリオール大森林の地形が変わる程、地図を書き換えなければならない程の大規模な魔法合戦をしていた王国位置の魔導士だ。
そんな男がこうまでなるなんて、考えたくもないし、心配性な所があるエミリアが無視できるわけがない。
スバルも言いたかった事が沢山あるが、エミリアに一任した。
「ふむ。どこから話したものですかーぇね。私の負傷に関しては、名誉の負傷、或いは行き掛かり上仕方なく、とお答えしますけどねーぇ」
「そうやって誤魔化さないで。私は真剣に聞いてるの。あなたも真剣に答えて」
「……どうやら、エミリア様も虫の居所が宜しくないご様子だ。それを言うならば、スバル君もそう。ラムもそう。まぁ、それも仕方がない事、何かもねーぇ。この場所では致し方ない事、でしょうか」
詰問口調のエミリアにスバルが違和感を抱いたのはその時だった。
ついさっきまでは……いや、違う。気づかなかっただけで一体いつからエミリアはこの様な口調になったのだろう?
ロズワールが指摘し、そして自分もそう思い出し……いつ、どの場面でこうなったのか、スバルも聞きたい所ではある。
「エミリアたん?」
「ぅ…………」
スバルの視線とロズワールの指摘。
それらに観念した様にエミリアは吐息して先を告げた。
「ここに着いてから……ううん。違う。結界に触れてからだと思う。ずっと胸がざわついて落ち着かないの。……外で聞いたけれど、ここは本当に何なの? どうして聖域なんて呼ばれ方を……?」
「成る程、魔女の墓場の方がずーぅっと納得できる、と?」
「……ええ。外で強欲の魔女の墓地と聞いてから。よりそう思う様になったの」
ガーフィール以外、ここの所有者と言っても差し支えないロズワール自身もそう口にした所で、その意味に重みが増すと言うものだ。
ただ、それは聞くべき情報が増えた事に意味する為……。
「はいはい、取り合えずいっぺん聞きたい事を整理しよう。今のままだと話の方向がしっちゃかめっちゃかに跳ね回ってまとまる気がしねぇよ。結論が出ずに1日無駄にしそうだ」
「おーぉや、まともな提案だ。スバルくんも、暫く見ない間にどうやら随分と変わった様だ。……なーるほど、ツカサ君が武であるなら、キミは智将、頭を持つ。その言葉につまり……二言は無い、と言う事だーぁね」
「おうよ。二言は無ぇよ。……その様子じゃ、
「……細かな事までは。多少、レムから話を聞いた程度だよーぉ。それも随分と新鮮な情報
だねーぇ。………事細かく聞かせて貰えないかな?」
「…………ああ。解ってる。取り合えず最初は兄弟の功績からだ。クルシュさんとの同盟は成った。ついでに魔女教の【怠惰】を殲滅。【暴食】と【強欲】を撃退。………全部、兄弟の功績だ」
断腸の思いでスバルはロズワールに告げる。
ラムは当然、誰もがツカサの復活を、復帰を信じて疑わない。でも、今ここにツカサはいない。そして自分が替わりにその功績を口にしている。
それが何故だか悲しく思えてしまうのだ。
余計な事を考えてしまったら、ラムに『ツカサを馬鹿にするな』と言われ強力なストンプを貰いそうだから、何とか堪えているが、ある程度はどうしようもない。
「いてぇぇ!!」
「ラムのツカサを馬鹿にしないで」
ある意味スバルもラムと通じ合ってるのかもしれない。
考えていた通りの場所に、予想していた通りの台詞と一撃が来たから。
「悍ましい事を言わないで。気色悪い」
「悍ましいまで言う!!? その上 気色悪いまで付け加えた!! 相変わらず酷すぎるだろっ!? って、いつも通り言っとくよクソっ!」
ふんっ、と鼻息荒くラムをスバルを一瞥した後はそっぽ向いた。
スバルもスバルで、ある程度気付けにはなった様で、先ほどの悲痛な面持ちが戻っている様だ。
「ふむふむ。良いじゃないかーぁな。ラムもスバル君も良いコンビだと思うよーぉ? 少なくとも、
「ロズワール様。前半部分は全力で否定したい気持ちではありますが、ツカサについて、何か知っておられるのでしょうか」
「ラムちー姉様の信頼度抜群な毒舌はさておき、俺も気になるぜ先生! ラムとレムの共感覚っつースキルである程度しか知れてない筈なのに、実はもうツカサはロズっちが抱き込んじゃってる~とかだったりすんのか!?」
「あ! はい! 私もすごーく気になる!」
ロズワールのまさかの発言に、ラムとスバル、そしてエミリアも息を合わせた様に食って掛かった。
過剰気味に前に出たスバルに対して、もう一度ストンプをして留まらせたい気分に加えて、痛々しいロズワールの姿を見てあまり負担にならない様にしたい、と思ったラムだったが、流石にツカサ関連ともなれば、順位が覆った今は遠慮は等してはいられない。少なくともロズワールが拒否しない限りは。
「んっふっふっふ。わたーぁしも彼の事はお気に入りではあるからねーぇ? ここぞの切り札の1つや2つ、忍ばせておいても不思議じゃない、と思わないかーぁな? 無論、切り札故にひーみーつ! でもあるのだけどねーぇ」
「誰にでも内緒にしたい事があるのは解るわ。……でも、ツカサの事だから。ツカサは大丈夫だって信じて良いの? ロズワール」
「ええ。恐らくは、と付け加えさせて貰えるのであれば」
エミリアは一先ずそれで納得出来た。
でもスバルはそうはいかない。
エミリアに説明を終えた後、
実はロズワールこそがラムの最大のライバルになっちゃったりするの? とも思っちゃうレベルだった。貞操の危機とはこの事か。
健全で、ノーマルな一般男子にはあまりにも刺激が強過ぎるからこれ以上は正直聞きたくない、突っ込みたくない気持ちが物凄く出てきたけど……そう怖気づいていられるわけもない。
ツカサ関連については、スバル自身も男を見せなければ、命賭して献身したツカサに合わせる顔が無いから。
「とは言ってもーぉ? 少しだけ教えてあげてもいいよーぉ?」
ロズワールはニヤリと笑うと、ラムの方を見て一言だけ、本当に一言だけ告げた。
「『書に新たな記述』が有った。これだけで十分じゃないかぃ?」
「!」
「???」
「へ? どゆこと?」
本当に一言だけだったので、それも聞き取れなかった等ではなく本当に意味が解らなかった為、ただただスバルは小首を傾げるばかりだ。
ただ、ラムだけは違う。表情が強張り、明らかに怒気が一段階増した………気がした。
「わたーぁしとしては、ツカサ君に然り、そしてスバル君の件も。満足しているとーぉも。まさにまさに、キミ達は得難く待望の拾い物だった。悲願の一助となってくれた。……ここに敬意を払おう」
それ以上は教えない。
そう言っている様にしか見えないので、スバルはため息を吐く。
「………そうかい。これ以上教えてくれる気は無ぇ、とも判断して良いか?」
「核心部分、わたーぁしの芯に迫る部分だからねーぇ。おいそれと胸襟を開く訳にはいかないのさ。……解って欲しい所だけどねーぇ。わたーぁしの全てを、裏の裏まで見たいと言うのであれば、じっくりと君を招待しなければならないよーぉ?」
と、言ってロズワールは布団を広げようとした。
あっちな世界にご招待される気がしたのでスバルは全力で、大股で1歩下がって首を思いっきり横に振る。何なら小刻みに震える。
シリアスな部分な筈だけれど、ここだけは譲れない。
「ふっふっふ。まぁ、ラムには解る事でもある。補填したいのであれば、ラムに頼ると良い」
ロズワールはそう言うと片目を閉じて見せた。
どこまでふざけてて、どこまで真剣なのか、やはり常人ではわかりえないこの道化師。本当に煙に巻かれるとはこの事だろうか、どうしても本心がその厚い化粧の奥に隠れてて見えないから。
一先ず目先の心配を1つずつ片付けていく事にシフトチェンジをする事にしよう、とスバルは判断。不満は色々とどうしても溜まっていく一方だが、一先ず後回しだ。
「じゃあ、次だ。アーラム村の人たちの事。レムからは無事だって聞いてたけど、その辺領主様的にはどーよ? 本当の本当に大丈夫なんだな?」
「それは安心してくれたまえよ。……まーぁ、この体たらくでは信用に欠けるだろーぉけど、キミも言う様に私も領主の端くれだからねーぇ。彼らの為に、必至で交渉して大聖堂を避難所として開けさせたさ」
「大聖堂、ね。後で顔出しする為にもその場所の詳細を求む――――って言いたいが、それも後回しだ。皆が無事なら取り合えずは。………んで、次」
スバルが次に聞きたい事を口にしようとするよりも早く口に出すのはエミリアだった。
「さっきの、『魔女の墓場』について教えて。どういう意味なの?」
スバルもそれは知りたかった事だし、横で同じく頭にタンコブ作って不貞腐れてるガーフィールだけじゃ補完にならない。だからロズワールの口から聞きたい質問内容の1つだから異論は全くない。……1つ、あるとするならそのやや硬い声で問い質す態度がいつものエミリアらしくなくて心配だ、と言う点か。
「意味もなにも、言葉通りですよエミリア様。……ここはかつて、『強欲の魔女』と呼ばれた存在———魔女エキドナの最後の場所であり、私にとって聖域と呼ぶべき土地です」
「……強欲の魔女、エキドナ」
問いに対する明確な答えと言って良い1つの事実。
強欲の魔女の名は『エキドナ』と言うらしい。
ロズワールの表情も何処か穏やかであり、それでいて心を掻き毟る様な切なさもあり、普段の道化染みた振る舞いが一切ない。胸を打たれる情動とはこういう事を言うのだろう。
エキドナ、と言う名はそれ程までにロズワールにとって重要。
「―――――――」
ただ、そんな中ラムの表情だけは能面の様になっていた……事には気付けない。
あのレムでさえも、共感覚を以てしてもラムの心の内は覗く事は出来ない。……元々するつもりも無い、と言う意味合いが強いかもしれないが。
「……えきどな、えき、どな、………エキドナ? 茶?」
ラムのそんな様子、スバルならある程度その表情を見れば察する程度の事は出来ていたかもしれないがこの時ばかりは無理だ。エキドナと言う名を聞いて、しっくりこない奇妙な感覚に包まれていたから。
何故、その名の次に『茶』と発言したのかも意味不明で、自分で言っておいて自分が首を傾げる、と言う珍妙なリアクションをしてしまった。笑われても仕方がない失態だろう。
笑う者は1人もいないが。
「スバル、大丈夫? どうかした?」
「いや、だいじょうびだいじょうび。平気だよエミリアたん」
エミリアにだけはちょっと勘づかれた様だけど、兎に角何でもない風を装う。
気を紛らわせる為にも矢継ぎ早に次の質問をぶつける。
「じゃあ次だ。ここが墓所……つまり、魔女の死んだ場所だってのはわかった。けど、なんでそんな曰くありげな場所をロズワールが管理してるんだ? 魔女と一体何の関係があるんだ?」
「それは簡単な事。この土地は代々、我がメイザース家の当主が管理している。それを引き継ぎ続けているのさ。代々の当主……我が家では、当主がロズワールの名を襲名する伝統があるからね。つまりは歴代のロズワールを継ぐものが、この『聖域』もまた引き継ぐことになる」
魔女との関係の空白部分をスバルの指摘に従ってロズワールが埋めていく。
その説明にエミリアは己の唇に触れて、何か思い耽りながらロズワールに聞いた。
「歴代の………それじゃ、その『強欲の魔女』とメイザース家は昔から―――」
「――エキドナ」
「え?」
「どーぅぞ、彼女の名を呼ぶときはエキドナ、と名を読んでいただきたい。『強欲の魔女』だなんて呼び方、いかにも邪悪な感じがしてよくなーぁいでしょう? 長ったらしいですしねーぇ」
「えっと、わかったわ。それでここがエキドナの最期の土地で、彼女と付き合いのあったメイザース家がずーっと昔から管理してる、って事で良いの?」
「ええ、その通りですエミリア様。……とはいっても、管理なんて大袈裟な事は何も。エキドナの結界によって迷い森は正式な手順を踏まない部外者を通さない。その上、結界は地の条件を満たす者には特別な効果を発揮する。………それはエミリア様ご自身が体験なされたのでは?」
この森の結界に触れて何がどうなったのか……、覚えてない訳がない。
「結界に触れて、気を失ったのはホントよ。でも、ガーフィールの話だと、あの結界に触って困るのは私みたいなハーフだけだって。だから、ラムやスバル、オットー君たちには何も影響はなかった筈でしょ?」
「……あー、いや。実は俺も何ともなかったわけじゃねぇんだけど………」
「僭越ながら、私も少々」
「え? それってどういう事? 私が眠ってる間、何かあったの?」
「………それは、わたーぁしも気になりますねーぇ。あの結界はあくまでエミリア様と同じく、
何故スバルとラムが結界に反応したのか。
いや、誤魔化すのは止めよう。ロズワールが気になっているのはスバルではなくラムの方だ。
それが証拠に、スバルの名を出しながらも、その視線はラムを捕らえて離さない。
ラムはその視線を受け取ると、仰せの通りに―――と、頭を下げて答えを紡いだ。
結界の効果。
スバルと同じくラム自身も離れた場所に転移させられたとの事だ。
ラムの話では、あの輝石が輝くと同時に、目の前に金色の何かが出現し、瞬く間に周囲を光で染めた。
そして、気が付いたら周りには誰も居なかったのだ。
ラムの場合は、千里眼の力も有り合流は容易に行えたので何ら問題なかった、との事。ただ―――。
「原因が分かりません。バルスの犠牲によりエミリア様が転移させられると言う最悪な展開は防ぐ事が出来ましたが、ラムの場合はあの輝石が原因ではないかと思われます」
「聖域内に、何か不穏分子がいる可能性がある、と?」
「……現時点では何とも言えません。憶測でしかありませんので」
「ふむ」
ロズワールはなにやら考える仕草をして……続けてスバルの方を見た。
「スバル君。その輝石はフレデリカから、と言ったかーぁな?」
「ああ。出発前に渡されたもんだ。
「狙いはエミリア様だった筈。だからこそ、バルスは犠牲になった。良かったわね。身を挺してエミリア様をお守り出来たわ」
「そう何べんも犠牲犠牲言うなよな! オレ生きてるし! でもま、エミリアたんにこれ以上何も無かった、って言う件に関しちゃ同感だ。気を失ったまま何処かに放置ってなってたら正直笑えねぇ」
スバルは他にも森で出会ったエルフの少女の件は話をしていない。
まるで無感情な人形染みた少女の事を。彼女はスバルに危害を加えず、まるで遺跡へと導く様に逃げて行ったから。……もしかしたら、あの少女がエミリアを攫う算段だった、とすれば……?
「ふーむ。ラムの言う通り、結界の力で意識を奪われたエミリア様が、更に輝石に転移させられるはずだったとなれば、まさに僥倖と言えるねーぇ」
「まぁ、皆無事に合流出来てるしな。身体の方も異常は無ぇよ」
手足をぐるぐると回して健全である事をアピール。
スバルはエミリアに笑いかける。………でも、エミリアは俯きがちだ。そのままおずおずとロズワールに問いかけた。
「フレデリカは結界を通り抜ける為に石が必要だって言ってたの。それで私にこの石を持たせて……それはホントだった?」
「いいえ。残念ながら。結界を抜けるのに必要なのは正しい手順であって、道具ではない。その石はフレデリカが何等かを企んでいた証拠———となりますねーぇ」
ロズワールの返答に喉を詰まらせて、エミリアが力なく肩を落とした。
それも当然の話だ。今のロズワールの話で、フレデリカの背信は殆ど確定的なことになってしまったのだから。
「確か、フレデリカとは長い付き合いなんだよな? オレとは比べ物になんねーくらい。……確か10年以上だったか?」
「あの子がまだ幼い頃に召し抱えてからの仲、だーぁね。よくできた子で、私の意向に逆らう様な事はこれまでに一度も無かった筈なんだけどねーぇ。一体何がどうなってるのやら」
エミリアに代わって質問をしたスバル。
フレデリカとの仲は決して悪かった訳ではない。屋敷の手が足りずに戻ってきた時に、皆とそれはそれは楽しそうにしていた。その光景は今でも鮮明に思い返せる。
ラムとツカサの仲に目を白黒させた事もそう。時折、ツカサを誘惑しようとしてラムを揶揄おうとした事だってあった。(軽く躱していた様だが)レムとだって無論仲良さげそうだった。
ラム至上主義だったレムは、確かに傍目から見れば真面目に何でも熟すパーフェクトメイドだったが、その内心は自身と自身の姉以外はどうでも良い雰囲気が醸し出されていた。
スバルは己惚れるつもりは無いが、それでもレムがスバルに夢中になった事で良い具合に肩の力が抜けた一助と成れた、と思っていて、それに関してはフレデリカも納得していた。
2人の殿方が、2人の姉妹をいい方向へと変えた……と歓迎していた。その時のやり取りだって覚えているし、現在。新しいメイド・ペトラを雇い、ラムとレムとはまた違った姉妹の様に楽しく、時には厳しく指導をしていたのも覚えている。
あれらの姿が全て偽りだとでもいうのか?
エミリアではないが、スバル自身も相当に衝撃を隠せれない。
ツカサの件を聞いた後も、ラムの事を気にかけており、幾ら煙たがれようともそれを変えなかった。長い付き合いだからこそ、ラムの事が解っていると言わんばかりに接し……帰りを待っている者の1人として、願い続けた姿も見ている。
「フレデリカの企みは見事に失敗。いい気味だわ。……と言うのは冗談だけれど」
「本当に冗談か? めっちゃ怒気を感じたけど?」
「冗談と言った筈よ。でも、制裁は冗談じゃ済まされないわ。一体何を企んでいたのかは知らないけど、今の聖域の状況に深くかかわってしまっている事実を鑑みても、冗談じゃ済まされないわ」
「……こういう場面でラムが2回同じ事を言うってのは……、ヤバ度が上がるってもんだな」
よくよく考えてみれば、ラムとレムは共感覚で繋がっている。
一体どのレベルで繋がれるのか、細部までは解らないが、聖域組ではないラムが一番こちら側の事情に詳しい、と言うのはスバルも解った。
「そういや、ハッキリと聞いてなかったな。今聖域の状況ってどうなってるんだ?」
「はぁ、バルス。馬鹿ね。……はぁ」
「2度ため息吐くな! 解るかよ! こちとら色々あり過ぎて、最早頭パンク寸前なんだよ!」
「色々あったのはラムも同じよ。それでも少し冷静に考えれば解る様な事なのに。……まぁそこまでバルスにラムは期待してなかったけどね。………しっかり聞きなさい」
何故か偉そうに見えるラム。
うん、それもいつも通りだ。
そして、今から推察? を話すであろうラムなのだけど、その情報源は間違いなくレムから受けてるだろう。
つまり、カンニングしながら堂々とテストを解答しドヤ顔で教えようとするものだ。……納得しかねるが、もうこの際どうでも良い。
「不思議に思わなかったのかしら? 聖域へ逃れてきた住人達、ロズワール様、レム。どうして屋敷に戻らずにこの場に留まっているのか」
「え? そりゃ、順当に考えたらロズっちが大怪我してるから」
「私もそう思う。……その怪我が原因じゃないの?」
ラムはそこまで言うとゆっくりと、物凄く自然な形で下がり……後は主であるロズワールに任せる、と言ったスタイル。ここでやめんのかよ! レムに聞いたんじゃないのかよ!? と流石にツッコみたかったが、当のロズワールが気にしてない様なので、そのまま自然に、流れる様に、侍女の尻ぬぐいをした。
そして、ツッコミなどどうでも良い驚愕な事実が明かされる。
「―――今、わーぁたしたちは全員、この『聖域』に軟禁されあてる状況なんだよ。私は勿論、レムもアーラム村の人間も。……あ、勿論ここに入った時点で、エミリア様、ラム、スバル君。キミ達も含めて、ねーぇ」
「…………は?」
「ってぇぇ。いいかげんッ、
「躾の成ってない負け猫に何を遠慮する必要があるのか解らないわね。余計で無用な事しておいて」
「さっきのは、そっちの兄ちゃんが勝手にッ突っかかってきただけッだろッ!?」
「勝手じゃねーーし!! 知らん間に部屋出てて、軟禁なんて物騒なワードが飛び出た直ぐ後にまた入室してきて、その上、不敵な笑みやら何やらを演出し出して! 挙句はオットーをヤッちまったよ、みたいな空気まで出して、もう腹いっぱいだよ! 智将な俺はそう言う雰囲気にゃ敏感に感じ取っちゃうんだよ、解れよ!」
「何言ってッか、わッかんねェが、智将っつーのは気に入ったぜ、兄ちゃんよォ。……ラムの言う英雄との一戦が終わった後、付き合えやァ!」
「智将で気に入ったっつーのに、何で武力勝負! みたいな空気だしてんだよ! 全然ちげーだろ!? 専ら俺は頭専門、小賢しいこの頭専門でやらして貰ってんだ! そんでもって、動かざること山の如しの風林火山兵法もやらしてもらってんだよ! だから動かず制圧すんの!」
「!!! ……気に入ったッ! それ、気に入ったぜ兄ちゃ―――だはぁぁッッ!!」
「ぐええっ!!?」
話が明らかに長くなってきたので、3発目になるラムの一撃で強引に2人を黙らせた。
「お代わりが必要そうだったから仕方がないわね。ラムの奢りよ」
「「いるかよ!!」」
3度頭をどつかれて、そろそろ変形してるんじゃないか? と真面目に心配になって……直ぐに気を取り戻した。
「取り合えず、こっから色々考えてかねーと。……この結界はエミリアたんも出さねー結界になってる以上、どうにかこうにかして《試練》とやらを突破しねぇといけねぇ……。やるしかねぇってか」
「ラムよォ。お前の英雄様は何時、
「……………直ぐよ。もう直ぐ。……………きっと」
ラムは確信している。
根拠のない確信ではない。
ラムにはまだ……話をしていない事があるのだから。
あの転移された後の事を、ラムはまだ話をしていない。
【ありうべからざるいまを見ろ】