Re:ゼロから苦しむ異世界生活 作:リゼロ良し
プゲラッ(゜o゜(☆○=(-_- )゙モットカケヤ!!
ロズワールの滞在する部屋へ向かう道すがら、隣を歩くエミリアの足取りは決して軽いものではなかった。
泣き腫らした目元には未だ赤みが残り、時折、胸元の結晶へ伸びる指先にも力がない。試練で突きつけられた過去が消えたわけではない。呼びかけても答えてくれないパックへの不安も、何一つ解決してはいなかった。
それでも、エミリアは歩いている。
俯くことなく、前へ前へと。
無理はしない。今すぐ試練に戻ったりもしない。けれど、知ることまでやめたくない。
そう言った少女の意思を尊重すると決めた以上、スバルにできることは隣を歩くことだけだ。
「(……これでいい。全部俺がやろうとすんな。エミリアが決めたんなら、俺はそれを支えりゃいい)」
そう自分へ言い聞かせたところで、廊下の先から見慣れた桃色の髪が近付いてきた。
「ラム」
エミリアの呼びかけに、ラムが足を止める。
「エミリア様。バルスも。ロズワール様のところへ?」
「ああ。ちょうどいい、お前にもいてほしかったんだ」
「そう」
短い返事。いつも通りの澄まし顔。声にも態度にも、これといっておかしなところはない。
ない、のだが――。
「…………」
「何かしら、バルス」
「いや……」
スバルは目を細めた。
気のせいだろうか。
いや、気のせいではない。つい先ほどまでと比べて、明らかに顔色がいい。張り詰めていたものが抜け落ちたように頬には血色が戻り、目元にも柔らかさがある。端的に言えば――、
「お前、なんか艶々してるよな? いやマジで。ここまで分かるもんなんだな〜」
「何を言ってるのかわからないわ。バルスの目が腐っただけじゃない?」
「腐ったは言い過ぎだろーー!?」
ニヤニヤと指摘したら、ラムに間髪入れずに切り捨てられた。
いやらしく笑うスバルの顔が癪に障ったようで、ラムは艶々顔をしつつも、睨みつける。
そしてエミリアもスバルと似た感覚だったようで。
「でもラム、すごーく嬉しそうに見えるけど?」
「エミリア様、バルスの残念な頭が伝染るのは大変嘆かわしい事です。自制される事を勧めます」
ラムの毒舌も際立っているのだが、こればかりは気の所為ではない。
間違いなく、紛れもなく、帰ってきてくれたおかげなのだから。
「ツカサが帰ってきたのです。英雄の帰還にラムは襟を正した。それだけのことです」
「うんうん。そっか」
「綺麗に言っただけで本質間違ってねーだろ……」
エミリアが小さく微笑む。
その笑顔を見て、スバルも何だかんだ言いつつも口元を緩めた。
茶化してはみたものの、スバルだって当たり前だが嬉しいのだ。ツカサが消えてからのラムを見てきた。取り乱し、泣き叫び、それでも立ち上がり、必ず見つけると歩き続けてきた彼女を知っている。ラムがいたから、ある意味平静を保つことが出来た、と言っても過言ではない。
だから、こんな顔をしているラムを見ることができたのは――素直に、嬉しかった。
「……つーか、お前がここにいて大丈夫なのか?」
「何のこと?」
「兄弟だよ。さっきまで意地でも離れませんって顔してただろ? つか、実際離れてなかっただろ?」
「愚問ね。当然今も離れたくないわ」
「そこは否定しねぇのかよ」
「何故、否定する必要があるの?」
あまりに堂々と言い返され、スバルの方が言葉に詰まる。
ラムは一切悪びれることなく、僅かに顎を上げた。
「ツカサはレムに任せてきたわ」
「ああ、レムが……なら、まあ安心か」
レムならば、眠るツカサの傍をそう簡単に離れないだろう。何か異変があれば、誰より早く知らせに来るはずだ。そして何よりラムとレムは繋がっている。ラムにとってこれ以上ないだろう。
スバルはそこで、もう一人の姿がないことに気付く。
「そういやガーフィールは?」
「ガーフもツカサのところよ」
ラムの言葉を聞いて、スバルは顔を顰める。
そんなスバルに構わず、ラムは続けた。
「本人が残ると言うから置いてきたわ。居ても意味ないし。ツカサにはレムがいれば大丈夫だけれど、万一の際に時間を稼ぐ肉壁が一枚増えて困ることもないでしょう」
「肉壁言うなよ、流石に」
「失礼ね、バルス」
「なんで俺が!?」
「肉壁に」
「そっちにかよ!?」
エミリアが小さく吹き出す。
ほんの僅かな笑いだったが、それでいい。先ほどまで涙に濡れていた顔に笑みが戻っただけで、今は十分だった。
そして同時に、スバルにもラムの意図は分かっている。
レムだけでも信頼している。そこへガーフィールまで残した。ラムなりに可能な限りの手を打って、ようやくツカサの傍を離れてきたのだ。
それほどまでに、これから話すことは重要なのだろう。
三人は連れ立って、ロズワールの部屋へ向かった。
「――おぉ〜や おや?」
扉を開き、三人が部屋へ入った瞬間。
寝台に身を横たえていたロズワールの左右色違いの瞳が、僅かに見開かれた。その視線がスバルを捉え、ラムを通り過ぎ――エミリアで止まる。
「エミリア様は、もうお休みになられたものとばかり思っていたのですがねーぇ」
「うん。スバルにも、休んだ方がいいって言われた」
エミリアは胸元で手を重ねる。弱々しさは隠し切れていない。それでも、ロズワールから目を逸らさなかった。
「勿論今すぐ試練に戻ったりはしない。ちゃんと休む。でも……その前に、私も聞いておきたいことがあるの。知らなきゃいけないって思ったから」
「ほぉーぉ……」
ロズワールが片目を細める。
何を思ったのか、その声音からは読み取れない。
スバルはエミリアを見た。ここへ来ることを決めたのも、今の言葉を口にしたのも、スバルではない。
エミリア自身。だからそれでいい、これで良いのだ。
「そういうわけだ。今日は俺だけじゃねぇ。エミリアも一緒だ」
「なるほどねーぇ。では、まずは座るといい。立ち話をするには、少々長い話になりそうだ」
促され、スバルとエミリアが椅子へ腰を下ろす。一方のラムは当然のようにロズワールの寝台脇へ控えた。
その位置だけを見れば、いつも通りだ。
ただ――今のラムを、以前とまったく同じだと思う者は、この場には一人もいなかった。
「それでぇ、何から話そうかーぁな?」
「こっちから聞く」
ロズワールが口火を切るより早く、スバルが身を乗り出した。
「言っただろ。ロズワールには改まって聞きてぇことが山ほどある」
一本、指を立てる。
「聖域」
二本目。
「結界」
三本目。
「墓所」
四本目。
「試練」
そして最後に、スバルはエミリアへ一瞬だけ視線を向けた。
「……パックのことだ」
エミリアの指が、胸元の結晶をきゅっと握る。
「随分と欲張りだーぁね」
「悪いな。つい今しがた、欲張りな奴に散々付き合わされて、伝染っちまったみてぇだ」
それは誰のことを言ったのか。
ロズワールの眉が僅かに動き、ラムは何も言わない。
「ただし、前に聞いた説明をまんまもう一回してくれってんじゃねぇ。俺だってここに来て色々見た。知った。だからこそ、余計にわかんなくなったことがある。いろいろ疑り深くなってやがるぜ、俺は」
スバルは最初の指を立て直す。
「まず聖域だ。前に聞いた話じゃ、ここを避難先に選んだのは安全面や距離の都合って話だったよな。――その上でもう一度聞く。本当に、それだけか?」
「それだけか、とは?」
「村の連中を逃がすだけなら、他にもやりようはあったはずだ。けど、お前はちょうどここにいた。その結果、村のみんなも聖域へ逃げ込むことになった。んで蓋を開けてみりゃ、村人は軟禁状態。エミリアも結界に引っ掛かって出られなくなって、聖域を解放するために試練を受けることになった」
そこで一度、言葉を切る。
「色々、都合が良すぎんだよ。ラムやレムがここを避難先に選んだ一番の理由だって、領主のお前がちょうど聖域にいたからだ。――随分とタイミング良く、な。まるで最初から、こうなるよう誘導してたみてぇじゃねぇか」
沈黙。
やがてロズワールは、傷に響かない程度に肩を竦めた。
「それは違う。今回のは不測の事態だ。安全な避難先として、管轄内であり、距離的にも私の目の届く範囲内的にも、ここ以上に適した場所がなかった。それに、結果的にエミリア様が聖域をも解放すれば、領民からだけでなく、ここの住人さえ信頼にも繋がる。王選を考える上でも、悪い話ではないと思うけどねーぇ」
「……それだけか?」
「今、私から言えるのはそこまでだーぁね」
「言えないのか、それとも言わないのか」
「……ふむ。スバル君は、どちらだと思ってるのかーぁな?」
「今はそういうのが一番ムカつくっつってんだよ……」
舌打ちしたい気持ちを堪え、スバルは次へ進む。
今ここで一つの問いに拘泥しても仕方がない。今日の目的は、ロズワールから引き出せるものを可能な限り引き出すことだ。
スバルは指をまた、立てた。
「じゃあ次だ。結界と、フレデリカから渡された石だ。結界そのものが混血を閉じ込めるもんだってのはわかった。俺が聞きたいのは重複するが、本当にロズワールは無関係だって言うんだな? フレデリカが何らかの企みをしていた、と?」
その言葉に、ロズワールの視線がラムへ移った。
「ふむ。ラム。今一度、当時の状況を説明してもらえないかーぁな? 私としても、疑われたままだというのは気分が良くないからねーぇ。無論、フレデリカが何かを企む、というのも考えにくいことだが」
「はい、ロズワール様」
ラムはロズワールに説明を始めた。
聖域に赴いた際、突如フレデリカに託された石が光り輝き、石を持っていたスバルは哀れ、消されたと。
かなり、省略したが大体大筋はそんなところだろう。
「いや、哀れとかいる? 消されたって、俺死んだみたいじゃねーか」
と、スバルの抗議が入るがラムは無視してロズワールに伝え終えた。
「ふむふむ。スバル君は墓所に飛ばされた、そしてエミリア様は結界に触れ、意識を失い、ラムとレムで中まで案内を、後にガーフィールに捕捉され、いろいろと大変だった、ってところ、かーぁな」
「いろいろ大変だった、なんて軽く言わねーでくれるかなぁ!? 俺に資格が無けりゃ、即死の初見殺しの罠だったんだぞ!?」
墓所の内部には、資格を持たぬ者が踏み入れば、ロズワールのようにはじかれてしまう。如何に器の小さなゲートのスバルとて、五体満足にいられるかどうか、甚だ疑問なのだ。
少し思い出しただけで寒気がする、と言うものだ。
「時にラム」
「はい、ロズワール様」
「以前、君自身にも不可解な転移が起きたことまでは聞いた。けれど――その後については、まだ詳しく聞いていなかったねーぇ。何があったのか、聞かせてもらえるかーぁな?」
スバルが飛ばされた以外、何があったか? と問われれば、一番はラムだと言えるだろう。
ラムにもまた、この聖域で何かがあった。それだけは間違いない。だが、それが何だったのかをスバルは知らない。聖域の試練に類するものだったのか。……或いは、全くの別物だったのか……。
真実はラムの胸中にしかないのだから。
「申し訳ありません。ロズワール様。黙秘させていただきます」
「おーや?」
あまりに早かった。
スバルが目を瞬かせ、エミリアもきょとんとする。
ロズワールですら、ほんの一瞬だけ返答に間が空いた。
「……それは皆の前だから、ではなく私だけに報告を、と言っても、かーぁな?」
「はい」
「ラム。私は君の主なのだけれーぇど?」
「存じております」
微塵も動じず、ラムは続ける。
「ですが、ロズワール様と交わした契約は今も有効なはずです」
「それはもちろんだーぁよ。
「でしたら、ラムの対応は問題ありません。ロズワール様ご自身から、ツカサの不敬を買わぬよう、彼から言いつけがあれば全て聞くようにと命じられております。ラムの説明はその琴に触れる事になります」
「――――」
今度こそ、完全な沈黙が落ちた。
ラムは涼しい顔だ。
ロズワールが片目を閉じる。
エミリアが二人を交互に見る。
そしてスバルは数秒かけて意味を理解し――、
「ロズワール。自分で自分の首絞めてんじゃねぇか」
堪え切れずにツッコミをスバルは入れた。ロズワールもまた渋い顔をしている。これだけは、演技などではないだろう、と思えるような顔だった。
「横からうるさいわよ、バルス」
「だってそうだろ? 主だから話せって言ったら、主との契約があるから話せませんって、それ最早無敵じゃねぇか」
「ロズワール様との契約を忠実に履行しているだけよ」
「屁理屈みてぇなのに正論なのがすげぇ」
ロズワールが額へ手を当て、長く息を吐く。
「昔の私はぁ、なかなか面倒な命令を出したものだーぁね」
「賢明なご判断だったかと」
「自分に都合がいいからって艶々した顔で言うね〜、姉様」
「バルス。後で潰すわよ」
「なんで!? どこを!!?」
一瞬だけ、部屋の空気が緩む。
だが、ラムが情報を伏せた意味をスバルは理解していた。
時間遡行。
セーブとロード。
そして、共有出来る能力。
それらは、ツカサが不用意に広めるべきではないと判断した力だ。ラムはそれを守っているし、聖域の墓所で起きた事柄はラムとツカサだけのものだ。間違いなくツカサにとって、他者に話すのは不敬極まりないだろう。
契約は半端な嘘で誤魔化せられるような生易しいものじゃない。
破っていないからこそ、出来る。
そして――ロズワールにすら、守り通している。
笑いが収まると、スバルは小さく息を吐いた。
「で、ロズワールは嘘ついてないんだな? ──ドラゴンに誓って」
「ふむ。些か納得しかねる点はあるけぇーれど、そこは断じようではないか。フレデリカが何を考え、輝石を渡し、結果スバル君が転移する事態となったこと、全てが私の範疇外。想定外だといえる」
そこまで言い切った所で、またスバルは息を吐いた。
嘘であろうと本当であろうと、これ以上は何も変わらないだろう。
ロズワールが何かを探るようにラムを見たが、ラムは知らぬ存ぜぬ顔を貫いた。
「次だ。墓所と試練」
その言葉で、再び空気が引き締まる。
スバルは少しだけ間を置いてから、ロズワールを正面から見据えた。
「――俺は会ってきたぞ」
「誰にだーぁい?」
「エキドナ」
その瞬間。
ほんの一瞬だった。
ロズワールの顔から、いつもの道化じみた余裕が消えた。
あまりに短く、瞬き一つで見失いそうな変化。
しかし、スバルは見逃さなかった。
ラムもまた、ロズワールの横顔へ視線を向けている。
「……そうかーぁい」
「知ってたな?」
「何をだい?」
「墓所の中で、エキドナに会えることだよ」
ロズワールは答えない。
スバルはそれ以上を急かさず、続けた。
「俺は過去を見せられた。あれが試練なんだろ。俺は抜けられた。でもエミリアは……」
言葉が止まる。
エミリアが膝の上で手を握り締めた。
「……私は、まだ」
「責めてるわけじゃないさ、エミリアたん。俺が行けたのは偶然の産物。ただ運が良かっただけなんだ」
すぐに言葉を添える。
「俺が聞きたいのは別だ。なんで俺にも試練を受ける資格があった? そもそも、俺はここの結界に囚われてるわけでもねぇ。なのに墓所は俺を受け入れた」
「それについては――」
珍しく、ロズワールがすぐに答えなかった。
「私にも、確たる答えはない」
「……お前にも?」
「ああ。本来の聖域の仕組みからすれば、今起きていることには説明のつかない部分がいくつかある。君もそうだ。エキドナ、彼女が君を気に入ったのか、或いは――」
視線がラムへ。
ラムは無言のままだ。
そして、ロズワールの表情が険しいものへと変貌する。
「どうやら、私の知らないところで盤面に触れている何者かがいるらしい」
その言葉に、スバルの背筋を冷たいものが這った。
脳裏に浮かんだのは、一つ。
――ゼロ。
だが、口にはしない。
隣のラムも同じなのだろう。表情一つ変えなかった。
「……じゃあ、最後だ」
スバルが言うと、エミリアが小さく息を吸った。
今度はスバルからではない。
エミリア自身が、ロズワールを見る。
「ロズワール。パックのこと、何か知らない?」
胸元の結晶を握る指が震えていた。
「ずっと呼んでるの。でも、答えてくれない。ここに来る前も、側にいる感覚はあった。起きてきてくれないけど、近くにいる。そんな感じが。……でも、聖域に来て、試練を受けて……ずっと。私、何度も呼んだのに……。パックが遠いの」
弱い声。
それでも、目を逸らさない。
ロズワールはそんなエミリアを見つめ、やがてゆっくりと首を横に振った。
「契約精霊と精霊術師の間の事情まで、わたぁーしにはわからないねーぇ」
「……本当に?」
「ああ。本当ですよ。ただ────」
ロズワールは再び険しい表情へと変貌する。
ふざけた様な道化の化粧ではない、ロズワールの素顔から示されるその顔、どこか苛立ちににたモノを感じる。
「敢えて、私の考えを伝えるとするなら………かの大精霊が関与しているのではないか? と、邪推致します」
エミリアはロズワールの答えを聞いて、顔を俯かせた。
無論、それは考えなかった訳がない。バックが自分やベアトリス以外に心を通わせてるようにさえ思えるように感じたのは……ロズワールが、大精霊、と称した存在。
クルルだ。
でも、クルルはツカサと共にあった。だから、ツカサと離れていた以上、何かをしている、とは考えにくい。
でも、想像を超える存在だとするなら? 否定しきれるだけの根拠、材料は持ち合わせていないのだ。
エミリアが唇を結ぶ。
スバルはロズワールを睨んだ。双方ともに証拠はない。追及する材料もない。
だが――。
「…………」
寝台の横で、ラムが僅かに目を細めた。
それだけだった。
「さて――」
ロズワールが空気を切り替えるように声を出す。
「君たちの質問にこれだけ付き合ったのだからぁ、今度はこちらから聞かせてもらってもいいかぁーな?」
「……そりゃ内容による。知らんことが多過ぎるからな」
「無論だとも。聞きたいことはツカサ君のことだーぁよ」
その名前が出た途端。
ラムの視線が鋭くなる。
「彼は帰ってきたそうだねーぇ」
「ええ」
「今は?」
「眠っています」
ロズワールは、ふむ、と頷くと、いつもの調子を取り戻したかのような笑顔で、指を立てて言う。
「ならぁ、彼の寝具をこちらへ。わたぁーし、と同じ部屋で過ごしてもらう、と言うのはどうかぁーか? ――
「お断りします」
ラムは再び即答だった。いや、先ほどよりも速いかもしれない。
まさにスパッと切って捨てた。実に鋭利だ。
スバルにしても、男色な毛もあるらしい変態貴族ロズワールの魔の手に、兄弟と呼ぶ男が捕らえられるのは反対だ! と思うよりも早くラムが切って捨てた。その為か変にツッコミを入れたりすらなかった。
「やっぱり、ダメかーぁな?」
「はい。今ツカサは深い眠りについてます。かの大精霊様も姿を見せない以上、安易に動かすのは良しとしません。万が一が起きた時、レムやガーフの治癒も、彼の特質上、効果は見込めません」
「んーふふ、わたーぁしは、少し様子を見るだけなのだけーぇど? 万が一、など起きようがないじゃないか」
「必要ありません」
「どっちが主かわかんねーな、オイ」
思わずスバルが突っ込む。
ラムは怪訝そうにスバルを見る。
「何を言ってるのよバルス。ラムの主はロズワール様よ」
「──の、割には当たりがきつくなってね? 命令とか全然聞いてねーし」
「聞いているわ」
「どのへんが??」
「バルスの記憶力には一縷の期待もしてなかったけど、本当に残念ね。ロズワール様との契約に従って、ツカサの不興を買わないよう行動しているもの」
だったな、とスバルは両手をあげた。
ツカサネタだと、ラムはある種の無敵になれる。主従関係を超えられる。誓約、契約の類が強固なものだということ、自分が知らないだけで、あまりにも複雑で、何よりも重いものだと言うことは、エミリアやベアトリスを介してスバルにも分かっていることだから。今度はエミリアまで、くすりと笑った。
ロズワールも分かっていた様に片目を閉じる。或いは遊んでいただけなのか、はたまた何か意味があるのかはわからないが。
「それでぇ、今は誰がツカサ君を?」
「レムです。ガーフも残してきました」
「なるほど。だからラムも安心してここまで来られた、と」
ロズワールはそこでラムを眺め――僅かに口角を上げた。
「それにしてもぉ……随分と顔色がいいようだねーぇ、ラム」
「そうでしょうか」
「そうだぁーとも。ねぇ、スバルくん?」
ロズワールのキラーパスにスバルは顔を顰めた。これはラムに釘を刺された話題だからだ。
「俺にとって、リアルな難易度鬼モードになるから止めてほしいもんだ」
「そう? でも、私もそう思うし、ラムにもそう言ったわよ」
「エミリア様まで……。バルスの残念な感性が伝染ってしまったようで、ラムは悲しいわ」
エミリアの天然にラムも半ば呆れた様子で返す。
そしてこの場で一番ダメージを受けたのはスバルである。
「なんで俺が病原菌みたいな扱いなんだよ。つーか、別にいいだろ。顔色良いって言われるくらい。兄弟が帰ってきて嬉しいんは事実なんだから」
「ツカサが帰ってきて嬉しいことなら、最初から否定していないわ。ただ、バルスが気持ち悪いだけよ」
「シンプルにひでぇ!!」
いつもの調子で切って捨てられ、スバルが声を上げる。その横でエミリアが小さく笑い、ロズワールもまた、愉快そうに片目を細めていた。
「しかし、本当に帰ってきたんだねーぇ。ツカサ君は」
「…………」
その一言に、スバルはふと口を閉ざした。
何かが引っ掛かった。
帰ってきた。そう、ツカサは帰ってきたのだ。
誰もがそれを願っていた。ラムは必ず見つけると言い続け、スバルもエミリアも、レムも、ツカサが生きていると信じたかった。根拠なんてなくても、信じるしかなかった。
だが――目の前の男は、違ったのではないか。
「……そういや、お前」
「んーぅ?」
「前にも言ってたよな。――『ツカサ君が帰ってくるまでは』って」
ロズワールの笑みが、ほんの僅かに深くなる。
「あの時点じゃ、兄弟がどこにいるのか、生きてんのかさえわかってなかった。なのにお前、最初っから『帰ってくる』って言ってたよな?」
「よく覚えていたねーぇ」
「忘れるかよ。あん時の俺たちは、兄弟が生きてるって証拠なら、どんなもんにだって縋りたかったんだ」
そして、もう一つ。
あのときロズワールが口にした、意味のわからなかった言葉がある。
「『書に新たな記述があった』――とも言ってたよな。それが、お前が兄弟は帰ってくるって考えてた理由なのか?」
「――――」
ロズワールの笑みは崩れない。
だが、その問いを聞いたラムの瞳が僅かに細められたことに、スバルは気付かなかった。
ラムは知っている。
あのときロズワールが仄めかすだけに留めた『新たな記述』。その中身を、既に本人の口から聞いている。
そして、それがロズワールにとってどれほど重い意味を持つものなのかも。
だから、ラムは何も言わない。
これはツカサから託された秘密とは違う。ロズワールの書に記され、ロズワール自身が抱えてきたものだ。それを口にするか否かを決めるのは、ラムではない。
「そうだねーぇ。そこまでしか話していなかった。おいそれと胸襟を開くわけにはいかない、ともねーぇ」
ロズワールの細められた瞳が、どこか遠くを見る。
「新たに記された言葉は――『みつけた』」
「……は?」
ロズワールの瞳は、怪しく揺れる。
確か、ロズワールは自身の核心部分と言っていた筈なのだが。
これ以上教える気はない、とスバルも解釈していたのだが。
「『みつけた』 ただ、それだけだーぁよ」
目の前の道化師はただひと言だけ、告げるのだった。