Re:ゼロから苦しむ異世界生活 作:リゼロ良し
ですが、ロズっちからラムちー姉様を取っちゃう事に関して葛藤は無しでしたなヽ(`▽´)/
全力火炎ぶっぱしたロズワール許すまじでしたので(#^ω^)(#^ω^)(#^ω^)
アイアイー(゜o゜(☆○=(-_- )゙ハヨヤレ!!
――それから、三日が経った。
『聖域』の入口には、朝早くから何台もの竜車が並んでいた。
荷台へ積み込まれているのは荷物だけではない。慣れない土地で数日を過ごすことになったアーラム村の住民たちが、次々と竜車へ乗り込んでいる。避難という名目で故郷を離れてから、決して短くない時間が経った。ようやく我が家へ帰れるとあって、その表情には安堵が浮かんでいる。
本来ならば、『聖域』を覆う結界が解かれるまで彼らもここに留め置かれるはずだった。
しかし、エミリアが『聖域』へ入り、結界を解放する意思を示した以上、村人たちを人質として残しておく意味は薄い。加えて、ただでさえ閉鎖的な集落へ五十人近い余所者を抱え続ける負担も小さくなかった。
結果として話はまとまり、こうしてアーラム村の住人の解放、村への帰還が決まったのが――『聖域』へ来てから三日目の朝だった。
「うお〜い、みんな忘れ物ないかー? 今出発したら、取りに戻るのは面倒だからなー!」
竜車の間を歩きながら声を張り上げるスバルに、村人たちから笑い混じりの返事が飛んでくる。
その傍らでは、オットーが積み荷と人数を確認しながら忙しなく行き来していた。
「ナツキさん! 声だけ出してないで手伝ってくださいよ! 僕だけこんなに働いてるのおかしいでしょう!」
「何言ってんだオットー君。俺は今、アーラム村帰還ツアーの総監督という非常に重要な仕事をだな────」
「働いてない人が使う言葉じゃないですよね、それ! てか、オットー君!?? ふざけてますよね!? 絶対!」
「失敬な。俺は働かずして全体を動かすという、極めて高度なものなのだよ!」
「スバル君……かっこいい」
言い訳の途中でレムから荷物を渡され、スバルは反射的にそれを受け取った。ブイっとピースサイン。こちらの世界の流儀に従い、人差し指と中指のピースではなく、小指と人差し指、即ちキツネピース(スバル命名)
「働いてない人がかっこ良くて、汗水垂らしてる僕がこれ……。なんか酷くありませんかねぇ!?」
「なーに、簡単なことだ。つまりは日頃の行い、というものなのだよ、オットー」
「絶対違いますよね!? ただただレムさんがナツキさんに甘々なだけですよねぇ!?」
「いやいや、そうでもないんだぜ、オットー」
スバルはそう言うと、レムをぐっと抱き寄せる。
「世界で誰よりも厳しくて、誰よりも俺に甘くない。それがレムだ! そして、そんな俺はレムの英雄見習い!!」
「す、スバルくんっ……」
突然抱き寄せられたレムの頬が赤に染まるが、スバルの言わんとする意味を理解すると同時に赤くさせながらも力強く頷く。
「はい! レムの英雄はスバル君です!」
「……ただの惚気にしか聞こえないから釈然としません。……甘えを許さないなら今の状況にも喝を入れてほしいものなのですが」
はぁ、とオットーはため息を吐きながら、これ以上の押し問答は無意味だと諦めて肩を落とす。もっとも、その溜飲はすぐに下がることになるのだが。
「――何を気安くレムに触っているの、バルス」
「へ? べふんっ!」
聞き慣れた声が背後から届いた。
それと同時に背中に衝撃が走る。どうやら蹴られた様だ。……ある意味いつも通り。
そこにはいつからいたのか、冷め切った瞳でこちらを見つめるラムの姿がある。
レムを道連れに倒れてなくて良かった、と安堵しつつも、頭に四つ角をいくつか作ったスバルは抗議に声を上げた。
「いきなり何すんだよ姉様!!」
「ハッ。朝から盛ってるバルスに気付けをしてあげただけよ。ラムの慈悲と知りなさい」
「いきなり蹴り飛ばしてくるやつに慈悲なんてあんの!?」
スバルの猛抗議に、またラムは「ハッ」と鼻を鳴らすと。
「あるわ。レムから引き剥がすだけで済ませてあげたでしょう?」
と、さも当然のように堂々と告げた。
それだけで済まされなかったらどうなっていたことだろうか? ラムの得意な過激な風を、ツカサの力をも取り込み、自らの力とした黒き風を吹き荒らしそうで、スバルの背に冷たいものが走る。
食らった自分の姿が容易に想像できた。
「いやいや、それを慈悲って呼ぶの!? 呼ばねーだろ! こえーよ!」
あまりにも堂々と言い切るラムに、スバルは思わず声を裏返らせた。どう考えても理不尽極まりない仕打ちだが、当の本人には悪びれた様子など微塵もない。むしろ、これだけで済ませてやったのだから感謝しろとでも言いたげな態度である。
そんな二人のやり取りを眺めていたオットーは、思わず口元を緩ませた。
「……なるほどなるほど。確かに。わかりますか? ナツキさん。僕が言いたかったのはそういうことですよ!」
ようやく自分の言い分が認められたような気がして、つい声を弾ませてしまう。先ほどまで散々言い負かされていた鬱憤が晴れ、胸のつかえが取れる思いだった。もっとも、そんな彼の喜びようが面白くない人物もいる。
「おいコラオットー。人が蹴られて喜んでんじゃねぇよ」
恨めしげな視線を向けるスバルに、オットーはここぞとばかりに胸を張った。普段ならば余計な口を挟むべきではないと判断するところだが、今ばかりは自分に分がある。そう確信しているのだから、遠慮する理由もなかった。
「これぞ日頃の行いですよ、ナツキさん! さっき僕に言った言葉、そのままお返しします!」
「ぐぬぬ……!」
先ほど自分が放った言葉をそっくりそのまま返され、スバルが悔しげに歯噛みする。その反応がまた愉快で、オットーの頬はますます緩んだ。
――だが、彼は忘れていた。
この場には、スバル以上に容赦のない人物がいるということを。
そして、何よりも優しくない毒舌なメイドさんがいることを。
「ハッ。随分と嬉しそうね」
「ええ! おかげさまで溜飲が下がりましたよ、ラムさん!」
胸を張り、勝ち誇った気分のまま、オットーは満面の笑みで答えた。ラムの声音に含まれた僅かな含みなど、今の彼には気付く余裕もない。
そんなオットーを見つめ、ラムは何かを思いついたように小さく頷いた。
「そう。なら、バルスの代わりに荷物を運ぶくらい苦にならないわね」
「……はい?」
オットーは、一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
思わず間の抜けた声を漏らすオットーを余所に、ラムは積み上げられた荷物へ視線を向ける。そこには、まだ竜車へ積み込まれていない木箱や袋がいくつも残されていた。
「良かったわ。働き者がいて。暫くバルスを借りるところだから。ついでに、レムの分も頼むわね」
「ええええ!! ちょ、いやいや、待ってださいよラムさん!? 何で頼もうとした僕の方の仕事が増えるんですか!?」
先ほどまでの笑顔はどこへやら、オットーは慌てて抗議の声を上げた。しかし、ラムは涼しい顔で首を傾げるばかり。その仕草だけを見れば実に可憐なのだが、長い付き合いのオットーは知っている。こういうときの彼女に、まともな理屈など通用しない。
「働きたいのでしょう?」
「そんなこと一言も言ってませんよねぇ!? 働かせ過ぎ! って抗議だったんですよ!」
「ああ、そうなの? てっきり、働かないバルスの代わりに自分が働きたいのだと思ったわ。それとラムの可愛いレムを働かせるわけにはいかない、と珍しく男気を見せたのかと思ったわ。珍しく」
「僕が言いたかったのは、ナツキさんにも働いてほしいってことですよ! 僕の仕事を増やしてほしいわけじゃありません! それに珍しく!? 二回言いましたね!! 僕がどれだけ頑張ったかラムさんも知ってる筈なの───ニィ!??」
必死の説明だが、即座に遮られる。
これ以上は無意味、と言わんばかりに、ラムの前蹴りがオットーの腰辺りに炸裂したのだった。
「オットー、良かったな。日頃の行いだってよ」
「うっさいですよこんチクショー!」
スバルは実に晴れやかな笑顔だったが、ラムが『さっさと来なさいバルス』とひと言と蹴りを再び受けるのだった。
ちなみに、ラムがスバルを連れ出す際、レムは何も言わなかった。ただ、姉の意図を察したのか、二人の背中を見送りながら小さく頭を下げただけだった。
その横では、ようやく腰の痛みから立ち直ったオットーが、何やら複雑な表情を浮かべている。
スバルが連れていかれたことで、結局、荷物運びを押しつけられたのは自分一人。抗議したところで聞き入れられないことは、これまでの経験から嫌というほど理解していた。
「うう……レムさん。僕、何か間違ったことを言いましたかね?」
「いいえ。オットー様はいつも頑張ってくださっていますよ」
「ですよね!? ──あぁ、ツカサさん以外の良心がここに………」
と、言い切る前に、レムはとても綺麗な笑顔でオットーに告げる。
「はい。ですから、頑張ってくださいね。レムも呼ばれておりますので失礼します」
そう言って微笑み、優雅な仕草と共に取りあえず手の中にある仕事だけを片付ける。
そのレムの手には、その容姿から、体躯からは考えられない程の荷物が抱えられていて、そして同じように考えられない速度で終わらせ、また優雅に礼をひとつすると、スバルたちの方へと向かう。
そして、一部始終をみていたオットー。
「…………」
がっくりと肩を落としたあと、天を仰いだ。
どうやら、今更感は満載だがとんでもない陣営に対して、
……無論、だからといって、オットーはエミリア陣営から離脱する気はサラサラないようだが。
「ったく……姉様は相変わらず野郎にゃ容赦ねぇな……。一人を除いてだけど」
腰を押さえて悶絶するオットーを横目に、スバルは蹴られた尻をさすりながらぼやいた。どうやら、ラムの中では人を蹴るという行為が挨拶の一種にでもなっているらしい。もっとも、そんなことを口にすれば三度目が飛んでくるのは目に見えているため、賢明にも胸の内に留めておく。
そんなスバルを先導するように歩いていたラムは、竜車の列から少し離れたところで足を止めた。
「バルス」
「……あん? なんだよ姉様。まだ蹴り足りないってんなら勘弁してくれよ?」
「ハッ。安心なさい。ラムはそこまで暇ではないわ」
「さっき二回も蹴った人の台詞じゃねぇ……」
思わず漏れた愚痴は、幸いにも聞き流されたらしい。
ラムは振り返ると、いつものように腕を組み、スバルを見上げた。その表情は相変わらず澄ましているが、先ほどまでのからかうような色は薄れていた。
「今回、村へ戻る。そしてレムが、あなたについていく」
「……ああ。俺も最初は村まで送るだけだから大丈夫って言ったんだけどな。あいつ、一緒に行くって聞かなくてさ」
「当然でしょう。あの子がバルスを一人で行かせるはずがないもの。フレデリカの真意が不明なのなら、尚更だわ」
「……まあ、そうだよな」
照れくさそうに頬を掻くスバルに、ラムは小さく鼻を鳴らした。
「だからこそよ、バルス。よく聞きなさい」
「お、おう」
「レムが傷つくことはラムが許さないわ」
短い言葉だった。
けれど、その声音には先ほどまでの冗談めいた響きがない。スバルが思わず背筋を正すほど、静かで、真っ直ぐなものだった。
「分かってる。俺だって、レムが傷つくところなんざ見たくねぇよ」
「なら結構。あの子は、バルスのこととなると自分のことを後回しにするでしょうから。そこだけが唯一理解できない点ね。嘆かわしい」
「……まあ、それでこそ辛辣で、毒舌で、傲岸不遜なラムちー姉様だよな! 全く」
レムがどれほど自分を大切に思ってくれているのか、スバルはよく知っている。
そもそも、レムは決して守られるだけの少女ではない。
鬼族としての身体能力に加え、魔法も扱える。鉄球を振るえば、並の魔獣程度ならば相手にもならないだろう。少なくとも、純粋な戦闘能力に限って言えば、スバルなど比較することすらおこがましい。
だが、ラムが懸念しているのは、そういう話ではない。
レムは強い。
強いからこそ、自分が傷つけば誰かを守れると考えてしまう。自分が耐えればスバルが助かるという状況になれば、きっと迷わずその身を差し出すだろう。
それが、スバルには怖かった。
かつて自分を絶望の淵から引き上げ、英雄だと信じてくれた少女。その想いがどれほど尊いものか知っているからこそ、彼女自身の命を軽んじてほしくはなかった。
「(俺のために頑張ってくれるのは嬉しい。信じてくれるのも嬉しい。……けど、その過程でレムがどうにかなるようなら、それこそ英雄目指す資格自体ねぇだろ)」
スバルは無意識に拳を握る。
ラムが言わんとしていることは、最初から痛いほど理解できている。
守ってもらうだけでは駄目なのだ。たとえ自分に大した力がなくとも、彼女が無茶をしなくて済む方法を考えなければならない。
それが、レムから英雄と呼ばれる自分にできる、せめてもの恩返しなのだから。
だからこそ、その想いに甘えてばかりではいられない。
ラムの言わんとする意味は痛いほど理解しているのだ。力を持たぬ自分が出来る最善以上を常に小賢しい頭で考えている。それこそが一番の武器なのだから。
「それと、もう一つ。――死ぬんじゃないわよ」
ラムは、スバルの胸ぐらを掴み、引き寄せて、耳元で告げる。
万が一にも、他にも聞かれないようにだ。
大精霊クルル、の中にいるであろうゼロがいない今。
スバルをえげつない契約で縛るかの存在がどう出てくるか、はっきりとはわからないから、慎重に越したことはないのだ。
その言葉に、スバルは目を瞬かせた。
ラムの口から出たのは、スバル自身の身を案じる言葉────な、訳がない。
「……姉様が、俺のことも心配してくれる〜〜とかじゃねーよね」
「ハッ」
途端に、いつもの冷たい視線が返ってくる。
愚問だ、と言わんばかりに。
「理由は言わなくても分かる頭がある、と思ってたラムがバカだったようね。レムを悲しませないため、そして────」
ラムの目が鋭く見開かれる
「ツカサを傷つける事は許さないわ。……絶対に」
「……右に同じだ馬鹿野郎」
スバルの声が、ラムに負けじと力がこもる。自然と目つきも普段の倍増にきつくなる。子供が見たら泣きそうな程に。
そして、吐き捨てるような返答だったが、その言葉に嘘はなかった。
スバルは知っている。
自分が死ぬということが、単に自分一人の問題では済まされないことを。
《死に戻り》
無知蒙昧にして、匹夫之勇な自分に唯一備わった性質の悪い権能。
その力がもたらす代償は自らを壊すだけに留まらなかった。
ツカサがどれほど背負ってきたのか。知らなかった頃のように無邪気ではいられない。
かつて垣間見た、あの男が歩んできた地獄。
思い返すだけでも、冷たい汗が伝う、身体の芯が震える、胸の奥が冷たくなる。
「(……二度と、あんなもん背負わせてたまるかよ。作戦はいつだって、【いのちをだいじに】【死ぬなよ、絶対に死ぬなよ】だ。これはフリなんかじゃねえ)」
ツカサと言う男は元々、困っている人間を放っておけず、誰かが傷つくくらいなら自分が傷つけばいいとでも言うように、平然と危険へ飛び込んでいく。
そんな生き方を、スバルは何度も目にしてきた。
だからこそ、今度は自分が気を付けなければならない。
死なないことを。
それは、この世界へ来たばかりの頃とは比べものにならないほど、重い意味を持つ言葉になっていた。
ましてや、今のツカサは眠り続けている。万全の状態ですらない彼へ、さらなる負担を押しつけることなど、考えたくもなかった。
ラムが自分の胸ぐらを掴んでまで念を押した理由も、よく分かる。
その手が僅かに震えていたことには、気付かないふりをした。
あれから三日が経った。再会から数えても同じくらい。
まだ、ツカサは目を覚まさない。皆の、……ラムの元へと本当の意味で帰ってきてくれていない。
意味を成さない、と言われていたがそれでも少しでも力になれたら、と行うレムの治癒魔法。
そして、ラムの愛。献身的な看病も、今のところ彼を眠りから呼び戻すには至っていなかった。
ラム自身が悲観していないのがせめてもの救いである、とスバルは思っている。
厄災とも言える魔女教大罪司教を同時に二つも撃退した代償は大きい。無事に生きている、生きてくれてる事自体が喜ばしいこと、と頭では分かっていても、目の前の男が、兄弟が、今は自分の力で起き上がることすらできない。
その事実が、スバルの胸に重くのしかかっていた。
「……姉様は、
「ええ。エミリア様のこともあるし、ロズワール様も重傷よ。そして何よりもツカサの側を離れるわけがないわ。ラムが恋しいからと言って我儘言わないことね。叶わぬものと知りなさい。身の程知らず」
「いやいや──」
ラムが元気なのは何よりだが、スバルにもラインというものがある。
もはやロズワールは主じゃないよね? と言うツッコミ以上に思うことがある。
「勝手に脚色して勝手にヒトを失恋扱いするなよ! そもそも、俺の両手は埋まってるの!」
スバルの慟哭を最後まで聴くことはなく、ラムはレムに任せてその場を去るのだった。
この場に、聖域にとどまる、と言うのはラムにとって、それは考えるまでもないことなのだろう。無論、スバルの事が悪い意味で心配なのは理解している。あれが下手をしようものならば、ツカサに振りかかる呪いがどう蝕むか見当もつかないからだ。
側にいることで、何ができるというのか? ツノナシの自分が。
と言う当たり前の疑問はラムは考えない。
エミリア、レム、ガーフィール、そして大精霊パック。
皆が治すことができないツカサの特異体質を前に、成す術がない。最早自明の理。
それでも、考えるわけがないのだ。
この三日間、ラムは何度となくツカサの手を握った。
眠り続ける彼へ声を掛け、額に触れ、頬を撫でた。時には、返事がないことを承知の上で、他愛もない話を聞かせることさえあった。
当然、答えなど返ってこない。
それでも、彼の手は温かかった。
胸に耳を寄せれば、確かな鼓動が聞こえる。呼吸に合わせて胸が上下し、触れた頬には生きている者の温もりがあった。
だが、それだけで十分だとは、ラムも思っていない。まだ、帰ってきてない。
目を覚ましてほしい。
名前を呼んでほしい。
いつものように笑って、そんな彼を思い切り抱きしめたい。
望みを挙げれば、きりがなかった。
けれど、そのどれもが叶わない今でさえ、彼がここにいるという事実だけは変わらない。
あの時はもう二度と触れられないのではないかと、恐れていた。
それでも、今は違う。
彼はここにある。
ラムの手が届く場所に。
だから、焦る必要などない。ここから先はラムにしか出来ない。
待っている愛する人に会うために出来ること。
【本懐を遂げること】
あの時に言われたこれが無意味となったとは到底思えないから。
そうしてラムは、ゆっくりと自らの手へ視線を落とした。
兎にも角にも、ここにいる。
「………ラムは掴んだ」
ラムは自らの手を見る。
狂おしい程に求めた彼を、この現世においてはっきりと掴んだ。
魂はまだ帰ってきてないだけだ。
それに泡沫の夢だったのかも知れないが、彼の感触はこの身に覚えている。身体そのものが、彼を欲している。
絶対に近くにいる。
「………生まれた場所は、
ラムは目を瞑る。瞼に映るのは彼の姿。
「………帰ってくる場所はひとつよ」
ラムは強い決意を胸に、戻っていくのだった。