Re:ゼロから苦しむ異世界生活 作:リゼロ良し
森の奥深くに位置する『聖域』は、今日も変わらず静寂に包まれていた。いや、一際賑やかだった男がいなくなった事で静寂が戻った、とも言えるのかもしれない。
木々の間を吹き抜ける風は穏やかで、枝葉の擦れ合う音が、時折、小鳥のさえずりに混じって聞こえてくる。そんな長閑な光景とは裏腹に、この地を取り巻く状況は決して穏やかとは言い難い。
結界によってエミリアは外界から隔てられてしまっている。外を願う聖域の住人たちもいる。
未だ突破の目処が立たない試練、そして傷を負い、床に伏せたまま動くことが出来ないロズワール。
皆が願い、皆が期待した英雄の帰還、果たした、叶ったとはまだ言えなく、深い眠りに堕ちているツカサ。
依然として解決すべき問題は山積だと言えるだろう。
そんな中、唯一の好転と言えるのはスバルたち側。
エミリアが聖域の中に囚われたままである以上、アーラ厶村の住人を留まらせておくメリットは少なく、備蓄にも限度があると言うことでガーフィールを説得でき、そして村人たちは解放される事になった。
ガーフィールとしては、虎視眈々と再戦の機会を狙っているが故に、エミリアどうこうよりも、ツカサの存在が大きいかもしれない、と思うのはスバルだったりする。
惚れた女の愛する男を上回る。
唯一の活路はそこにある、そこにしかない、と思っているのだろう、とスバルは予想していたが、実はそれは正解とも言い難いのだ。
何故ならばガーフィールの熱は変わりつつあるから。
そして、その熱を側で見ていたラムが気づかないわけがなく、ただただ、鼻で笑うのだった。
スバルたちが『聖域』出発してから、まだそれほど時間は経っていない時。
ラムは、ツカサが眠る部屋の窓を開け、室内に新鮮な空気を取り込んでいた。
「……今日は、随分と静かね」
独り言のように呟きながら、窓辺から寝台へと視線を移す。
そこには、相変わらず目を覚まさないツカサの姿を瞼に焼き付けるように見る。
時を超え、世界さえも超えて、ラムの元へと戻ってきてくれた愛する人を。
その彼が今、まるで深い眠りに落ちた子供のように、静かな寝息を立てていた。
「……まったく。こんなに近くにラムがいるって言うのに」
ラムは小さく息を吐くと、寝台の傍らに腰を下ろした。
指先で彼の前髪を整え、額に触れる。
熱はない。
呼吸も安定している。
医師と言うわけでもないし、治癒術が使えるというわけでもないが、少なくとも、目に見える範囲では異常はない、と判断できる。
誰よりもツカサの寝顔を見続けてきたラムだからこその診断である。
だがしかし、それだけで安心できるほど、ラムは楽観的ではない。
ツカサがどれほどの苦痛を今なお背負っているのか。
とれほど戦い続けているのか。
その一端を知ってしまった今となっては、なおさらだった。
「……バルスには、随分と釘を刺したつもりだけれど」
先ほどのやり取りを思い出す。
釘を差す、つまりは命令。絶対的な命令。エミリアの騎士見習いだろうと、ツカサを目指す英雄見習いだろうと関係ない絶対的な上下関係。スバルは使用人、下男。そしてラムはその先輩。
つまり、簡単に説明するとラムの方が無限に偉い。
そんなラムが、スバルに指示をした一つが【死ぬな】である。
その本当の意味を理解しているのは、恐らく当人だけだろう。
レムには聞かれないようにした。レムまでもが無茶をする可能性が極めて高い。スバル自身が解決しなければならない事柄だからだ。
スバルが死ねば、ツカサの苦しみはその比ではない。
この呪いのような理不尽な繋がりを、ラムは決して容認できない。
けれども、スバルが自ら望んで死を選んでいるわけではないことも、理解はしている。性質の悪い魔女に魅入られたスバルには少なからず同情はしているから。
「……ラムも、随分と甘くなったものね」
少し自嘲するように呟きながら、ツカサの頬を撫でる。
100%ツカサの為だと口に出して言えるが、正解とも言えない。
以前の自分ならば、他人の事情など顧みず、ただ彼を守るために行動していたかもしれない。言動にそれ以上でも以下でもない、と言えたかもしれない。
けど、今はツカサが大切にしているものを、ラムも大切にしたいと思っている。繋がりを求めるツカサを無下にするなんてできるわけがないから。
それが、心から愛する彼と共に歩むということなのだと、今は理解しているから。
「……だから、早く起きなさい。ツカサ」
返事はない。
それでもラムは、穏やかな微笑みを浮かべた。
「あなたがいないと、ラムばかりが働かされるでしょう?」
いつもの皮肉を口にしてから、彼の額へそっと唇を寄せる。
ほんの短い口づけ。
それを終えると、ラムは静かに立ち上がった。
口ではそう言ってもラムの中には決意しかない。
【本懐を遂げる】
その先で……待っていてくれる筈だから。
「ロズワール様」
ロズワールが療養している部屋へ足を踏み入れたラムは、寝台に横たわる主人の姿を見て、遠慮のない感想を漏らした。
「おーやおや。ラム。今日は随分と早い気がするねーぇ」
「ツカサを優先と言われていますが、ロズワール様のお身体も心配しております。……それはツカサもきっと同じ気持ちだと思いますので」
少しからかうつもりで告げたロズワールだったが、ラムの間を置かない本心に対してにやっ、と口角を上げた。
「そうだろうねーぇ。彼の人成りは、わたぁしも知っているつもりさ。彼が目覚める前に、しっかりと身体を立て直しておかないと、だねーぇ」
「はい。必要でしたら、ガーフをこき使いましょう。連れてきました」
「いつもいつもォ! 強引過ぎッだろうがラム!」
嫌な顔しつつも、文句を言いつつも律儀についてくるガーフィール。
治癒術を扱えるのは聖域に残っている者からすればエミリアとガーフィールのみ。そして、エミリアは再挑戦に向けて色々と準備をしているから、ラム的には消去法である。
「すまないねーぇ」
「はッ! 別にてめーの為じゃねぇぞロズワール」
ロズワールは苦笑した。手際の良さはラムよりも遥かに上なのでロズワール的にもこの人選は正解だと思っている。
結界に弾かれたことで負った傷は深く、まだ自由に動き回れる状態ではない。
「じゃあガーフ。誰のためにしてるの?」
「……うっせェな。治せりゃ誰でもいいだろうが」
「そう。ガーフも少しは成長したようね」
「ガキ扱いすンじゃねェよ!」
「ならば、子供のように喚くのはやめなさい」
「ぐっ……!」
言い返そうとしたガーフィールだったが、結局は口を閉じ、ロズワールの傷へと手をかざした。淡い光が掌から滲み、傷ついた身体へと注がれていく。
ラムはその横顔を一瞥し、僅かに目を細める。
以前ならば、ここでもう一言、二言は食い下がってきただろう。だが、今は違う。口の悪さこそ相変わらずだが、己の感情よりも目の前の役目を優先している。
「……ふん」
「……何だよ?」
「別に。少しは使えるようになったと思っただけよ」
「褒めてンのか貶してンのか、どっちだよ!」
「両方、と言ったところね。慈悲深いラムに泣いて感謝すると良いわ」
「意味わッかんねェ!」
それでも、治癒の光が途切れることはなかった。
口はどうであれ、粛々と熟しているガーフィールを確認したラムは、手早く水差しを取り替え、必要なものを寝台の傍らへと揃えていった。
「……時に、ラム」
「はいロズワール様」
「ツカサ君の具合は、どうだい?」
その問いに、ラムの手が僅かに止まった。
「現段階では変わりありません」
「そうかい」
「身体は安定しています。ただ、目を覚まさない。それだけだと思います」
「……チッ。俺様をあっさり弾きやがったくせによ」
不意に、ガーフィールが吐き捨てた。
治癒術を施す手は止めないまま、苦々しげに眉を寄せている。
「……何かしら、ガーフ?」
「別に。アイツが寝てちゃ、勝ち逃げされたみてェで気に食わねェだけだ」
「勝ち逃げも何も、あなたは負けたのでしょう? 一瞬で。一発で。哀れね、負け猫ガーフ」
「分かってンよ! だから、次は負けねェって言ってンだ!」
いつものように牙を剥くガーフィールだったが、ラムはその言葉の奥に、以前とは違う響きを感じ取っていた。
勝ちたい。
その想いは、きっと変わっていない。
けれど、今のガーフィールは、ただラムの気を引くためだけにツカサへ挑もうとしているわけではないのだろう。
「……ならば、せいぜい励むことね」
「あァ?」
「ツカサが目を覚ましたとき、今のあなたでは相手にもならないでしょうから」
「……ハッ! 言ってくれンじゃねェか、ラム。だがなァ、《昨日のガングリオンを今日のガングリオンと思うな》ってな! 次にアイツが目ェ覚ましたときゃ、今の俺様とは一味違ェぜ!」
ガーフィールは不敵に笑い、再び治療へと集中した。
その横顔を見て、ラムはほんの僅かに口元を緩める。
まるでどうしても手の届かない兄を懸命に追いかけてる弟のようにも見えなくもない、が、直ぐに考えを一蹴した。
そんな可愛げはガーフィールには無い、と言わんばかりに鼻を鳴らしながら。
「……それだけ、か」
そんな時。
ロズワールは小さく呟いた。
ラムの言葉に込められた感情を、彼が理解していないはずはないのである。
「彼が目を覚ます前に私も万全に戻す。起きることを前提に言ったものの、心配はつきないよねーぇ」
「ラムは心配しておりません」
即答だった。
そこには、僅かな躊躇いすらない。
「ラムにとって、ツカサは何よりも大切な人です。ロズワール様の命により遂行し、完成されました。だから必ず戻ってきます」
「ハハハ。見事。元々極めて優秀だった君に改めて最大の賛辞を贈ろうじゃないか。彼の力が齎すものの大きさを考えてもねーぇ」
ロズワールは、その言葉を聞いて目を細めた。
かつてのラムならば、こうした言葉を口にすることはなかっただろう。
少なくとも、彼の前では。
「だがラム。私は君がここまで変わるとは思ってなかった、とも言えるよ」
「はい。ラムもそう思います」
ロズワールの命令によりツカサに付くようになった。信頼を勝ち得ること、どのような命令でも
元々ツカサに対しては人成りも分かっていた為、不快には思ってなかった。見ず知らずの他人だったラムを危険から救い、手伝い、エミリアも守り通した。
更にはラムの魂までをも救ってくれた。
「変わるものなのだと、ラムは学びました。変わぬものなど、存在しないのだと。ラムの心が動かされた、それが証拠だと言えますね、ロズワール様」
「そうだねぇ。……実に、興味深いことだ」
「変わることへの興味は喜ばしい事ですが、まずはお身体を最優先していただきたいです」
「はは。これは一本取られたね」
ラムは軽く一礼すると、部屋を後にしようとした。
その背中へ、ロズワールが声をかける。
「ラム」
「……はい」
「私も同じさ。彼は戻ってくる」
ロズワールの視線が鋭くなる。
「記述は絶対だ。彼が記された以上は、筋書き通りに事は進む」
その言葉にを聞いて、ラムの視線も少し鋭くなった。
やがて、僅かに顔を向ける。
「……はい」
ラムはそれだけを答え、静かに扉を閉めた。
因みにその後ガーフィールも出てきた。置いていかれて小言を一つ二つ、ロズワールと二人きりにさせられた事に対する文句も一つ、入れたい所で、ラムに一蹴されるのだった。
時間は少し先へと進む。
ツカサの元へと戻ろうと廊下を歩いていたラムは、少し先に見慣れた後ろ姿を見つける。エミリアだった。
エミリアは窓辺に立ち、外の景色を眺めていた。
その横顔には、どこか疲れが滲んでいた。
「……エミリア様」
声をかけると、エミリアは振り返った。
「あ、ラム」
「こんなところで、何をなさっているのですか?」
「うん。ちょっと、考え事をしてたの」
「試練のことですか?」
「……うん」
エミリアは小さく頷いた。
試練、それは、彼女が乗り越えなければならない壁。
けれど、その壁は想像以上に高く、何度挑んでも突破することができない。
そして何より、試練の中で見せられる過去が、彼女の心を深く傷つけていた。
「……怖いの」
ぽつりと、エミリアが呟く。
「試練を受けるたびに、頭の中で、たくさん、たくさんいろんな、事が出てきて……。どうしていいのか、分からなくなるの」
ラムは黙って耳を傾けていた。
「パックもいない……。スバルだって、ずっと傍にいてくれるわけじゃない。だから、私が頑張らなきゃって思うんだけど……、挫けそうになっちゃう自分もいるの」
エミリアは俯く。
その指先が、ぎゅっと握り締められていた。
「……でもね、ラム」
やがて、彼女は顔を上げた。
紫紺の瞳に、不安は残っている。
それでも、そこには確かな意志が宿っていた。
「私、諦めたくない」
「…………」
「怖いのは、今も変わらないよ。試練だって、また失敗するかもしれない。でも……それでも、頑張りたいの」
その言葉に、ラムは僅かに目を見開いた。
「だって、これは私がやらなきゃいけないことなんだもの」
エミリアは、胸の前で両手を握り締める。
「スバルも、ラムも、レムも……それに、ツカサも。みんな、私のために頑張ってくれてるでしょう?」
「……そうですね」
「だから、私も頑張らなきゃ。みんなにばっかり頼ってちゃ、駄目だと思うの」
「…………」
「私、私の願いのために、王様になりたいって言ったんだもの。だったら、ちゃんと自分の足で立たなきゃいけないよね」
ラムは、静かにエミリアを見つめていた。
かつての彼女ならば、どうだっただろうか。
試練に失敗し、過去に怯え、パックを失った不安に押し潰されていたかもしれない。
だが、今のエミリアは違う。
苦しみながらも、前を向こうとしている。
誰かに手を引かれるのを待つのではなく、自ら歩き出そうとしている。
「……立派なお考えです、エミリア様」
その言葉に、エミリアは驚いたように瞬きをした。
「えっ?」
「何か?」
「う、ううん! ただ、ラムにそう言ってもらえるなんて、思ってなかったから……」
「ラムは、思ったことを申し上げただけです」
「……そっか」
エミリアは、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、ラム」
「……いえ」
ラムは僅かに目を伏せる。
その姿を見ながら、ふと思う。
――変わったのは、エミリアだけではない。
ツカサが戻ってきた。
それだけで、この場所に流れる空気は、確かに変わり始めていた。
誰もが彼の目覚めを願っている。
そして、その願いが、人々を前へ進ませている。
「……ツカサのおかげ、かもしれませんね」
「え?」
「エミリア様が、こうして前を向いていらっしゃるのも。バルスでは力不足だったと言うことです。当然で当たり前のことですが」
エミリアは、少しだけ考えるように首を傾げた。
やがて、柔らかく微笑む。
「……ふふ。そうかもしれない」
「…………」
「ツカサが帰ってきてくれて、本当に、すごーく嬉しかったから」
エミリアのその声には、嘘偽りのない喜びが込められていた。
「まだ目を覚ましてくれないけど……きっと、大丈夫だよね?」
「……ええ」
「私、信じてる。ツカサは、きっと起きてくれるって」
エミリアは、胸の前で両手を重ねた。
「だって、ツカサは……」
そこで、少しだけ言葉を探す。
「……大切な、大切な……すごーく大切な、友達だから」
ラムは、静かに目を細めた。
友達。
その言葉が、妙に胸に響いた。
エミリアにとっては友達。それ以上でも以下でもない。
けれど、かけがえのない存在であることに変わりはない。
「……当然でしょう」
「え?」
「ラムのツカサですから」
ラムは、ほんの僅かに微笑んだ。
その表情を見て、エミリアも嬉しそうに笑う。
「うん!」
そして、少しだけ照れくさそうに続けた。
「あ、でもね? ラム。スバルもすごーく頑張ってるんだよ??」
恐らくスバルは別の場所で盛大にくしゃみをしているだろう。
「確かにツカサと比べちゃったらスバルがすごーく可哀想なことになりそう……、というより、ギッタンギッタンにされちゃう、って思うけど! 私の騎士になる! って、英雄見習いとして頑張る! っていってくれてるから」
「…………」
ラムがツカサを想う様に、エミリアのなかではスバルの存在が日に日に大きくなっているのだろうことがわかる。
「だからこそ、私もすごーく頑張るの。ラムにも、ツカサにも……スバルにも、笑われないように」
その言葉に、ラムは小さく息を吐いた。
「……バルスには、分不相応なほどに」
「……え? ラム? 今、何か言った?」
「いいえ。何でもありません。お気になさらず」
ラムは何食わぬ顔で答える。
エミリアは不思議そうに首を傾げたが、それ以上は追及しなかった。
そして、ラムは静かに姿勢を正す。
「……エミリア様」
「なあに?」
「ラムは、あなたのご健闘をお祈りしております」
そう告げると、深く一礼した。
エミリアは、思わず目を丸くする。
「えっ!? ラム、どうしたの?」
「……何か、おかしなことでも?」
「う、ううん! ただ、ちょっとびっくりしちゃって……」
「そうですか」
ラムは顔を上げる。
その瞳には、確かな敬意が宿っていた。
「……エミリア様ならば、きっと乗り越えられるでしょう」
エミリアは、しばらくラムを見つめていた。
やがて、満面の笑みを浮かべる。
「……うん! ありがとう、ラム!」
その笑顔を見届けると、ラムは静かに踵を返した。
ツカサの眠る部屋へ戻ったラムは、寝台の傍らに腰を下ろした。
先ほどのエミリアの言葉が、脳裏に蘇る。
――私、頑張るよ。
――みんなに、笑われないように。
ラムは、静かにツカサの手を取った。
温かい、鼓動が伝わる、確かに、ここにいる。存在している。
「……聞いたかしら、ツカサ」
返事はない。
「エミリア様も、随分と立派になられたものよ」
指先を絡め、そっと握り締める。
「……帰ってきたから、かもしれないわね。ツカサを見続けてきたからかもしれないわね」
ラムは、今もなお眠り続ける顔を見つめた。
「……まったく、
小さく笑う。
ありうべからざる世界を見て、触れて接して、ラムの時はより大きく早く刻まれたのは事実。
でも、だから言って、可能性は確かに高い。英雄の器なら当然とも言えるからと言ってら穏やかで要られるわけがない。
それは例え第一夫人と言う立ち位置を得たとしても変わらない。
目を覚ましたならば――。
「……覚悟しておきなさい、ツカサ」
ラムは、彼の手を両手で包み込んだ。
「目を覚ましたら、受け止めてもらうわ。ラムの全てを」
その言葉を口にして、ほんの少しだけ頬を緩める。
「……強欲の魔女の墓場……聖域だから、かもしれないわ。ラムは、欲深いのよ。どうしようもなく。今も随分と我慢してるわ」
返事はない。
それでも、構わなかった。
今はただ、彼がここにいることが嬉しい。
そして、いつか必ず目を覚ますと信じている。
ラムは、静かに瞼を閉じた。
その手を、決して離さないまま。
部屋の中には、穏やかな時間が流れていた。
――少なくとも、この瞬間までは。
だが────世界は再び流転する。