Re:ゼロから苦しむ異世界生活 作:リゼロ良し
先へ進みたいのに、沢山書きすぎました……、そして進んでません!!ごめんなさい!!
イヤン!(゜o゜(☆○=(-_- )゙オラァ!!
でも、悔いなし〜ヽ(`▽´)/ヽ(`▽´)/
色々ヤッてますな(*´ω`*)
ラムの腕の中で、ツカサはなおも苦しみ続けていた。
全身を引き裂かれるような痙攣。喉が潰れてしまいそうな絶叫。抱きしめる腕を振りほどこうとしているわけではない。ただ、身体を襲い続ける苦痛が、彼から一切の自由を奪っていた。
その苦しみがどれほどのものか、今のラムには痛いほど分かる。
ほんの少し前まで、自分も同じ地獄の中にいたのだから。思い出すだけでも意識が遠のきそうになるほどの苦痛。
だが、同じなんて言えるわけがない。あの地獄を、この男はずっと、たった一人で耐え続けていたのだ。
あの世界が白銀に包まれた日。
その痛みをおして尚、
──……ツカサ。ラムの、ツカサ。
ラムは彼の頭を胸元へ引き寄せ、震える背中を両腕で包み込んだ。
震える身体をそのラムの身体で包むように。
──ラムよ。ツカサのラムが、ここにいるわ。
返事はない。代わりに響いたのは、声と呼ぶことさえためらわれるほど凄惨な悲鳴だった。ツカサの身体が激しく跳ね、その衝撃がラムの腕に伝わる。それでもラムは抱きしめる力を緩めなかった。
──……大丈夫。もう、一人にはしないから。
額に生えた短い黒角が、眩い光を放ち始めていた。
淡い輝きなどではない。漆黒の角から溢れ出す光は、白一色だった空間を染め上げるほど強く、なおもその輝きを増していく。ラムはそれに目を向けることさえしなかった。ただ、腕の中の男を見つめ、何度でも言葉を紡ぐ。
──聞こえているでしょう、ツカサ。ラムの声が。……まったく、世話の焼けるんだから。
声が震えそうになるのを、ラムは必死に押し殺した。今、この男に聞かせたいのは、自分の恐怖でも悲しみでもない。
──ラムはここよ。そばにいるわ。だから……もう、そんなに頑張らなくてもいい。ラムのそばにいてくれるだけで、いい。
ツカサの身体が再び大きく痙攣した。
ラムの耳元で絶叫が響く。
まるでこの世の災厄の全てをその身に背負っているかのように。
──ええ、分かっているわ。分かる。ラムだから。
ラムは彼の髪を撫でた。
かつて何度も、何度も。マナを分け与えてくれる最中、自分がそうしてもらったように。今度は自分が彼に触れ続ける。
「でも、もう大丈夫よ。このラムが側にいるもの」
黒い角が、さらに強く輝いた。
眩しさに目を細めることもなく、ラムはツカサの額に自らの額をそっと寄せる。彼の呼吸は荒く、身体はなおも震えていたが、先ほどまで途切れることなく続いていた絶叫に、わずかな間が生まれ始めていた。
ラムはその変化に気づいても、何も言わなかった。
ただ、彼を抱きしめる。
「……愛しているわ、ツカサ」
短い言葉を、確かめるように告げた。
「どれほど苦しんでも、どれほどの痛みを味わおうと、全て抱えてあなたを愛している」
背中を撫でる手を止めず、ラムは続ける。
「何度でも言ってあげるわ。例えツカサが忘れてしまってたとしても、ラムは覚えている」
彼の喉から、苦しげな呻きが漏れた。
しかし、それは先ほどまでの絶叫とは違っていた。
「……大丈夫よ。ラムは離さない。今度は絶対に」
ツカサの身体を揺さぶっていた激しい痙攣が、少しずつ、小さくなっていく。
その間も、黒い角は輝き続けていた。
もはや角そのものの輪郭さえ見失いそうなほどの光が、ラムの額から溢れている。それでもラムは、ただ一人の男を抱きしめ、繰り返し語りかけた。
いつしか、絶叫は聞こえなくなっていた。
残っているのは、時折漏れる苦しげな息遣いと、ラムの腕に伝わる小さな震えだけ。
それすらも、ゆっくりと鎮まっていく。
ラムはツカサの髪に頬を寄せ、静かに目を閉じた。
「……おかえりなさい、ツカサ」
そして、ほとんど囁くように付け加える。
「ラムのところへ、帰ってきてくれて……ありがとう」
その言葉が、白一色の世界へと溶けていく。
ラムはしばらくの間、腕の中の温もりを確かめるように、ツカサを抱きしめていた。あれほど激しかった痙攣はすでに収まり、喉を引き裂くような絶叫も聞こえない。ようやく訪れた静寂の中、彼の髪を撫でる指先に、自然と優しさが宿る。
とくん、とくん、と鼓動が伝わってくる。
幾度となく肌を重ねるたびに感じてきた、心地よい鼓動。
それに身を委ね、より強く抱きしめようとした次の瞬間だった。
「……え?」
ラムの腕の中の感触が、ふっと薄れた。
視線を落とすと、ツカサの身体が淡い光を帯びていた。輪郭が揺らぎ、髪も、肩も、背中も、まるで白い世界そのものに溶け込むように透き通っていく。
「……ツカサ?」
思わず抱きしめる腕に力を込める。だが、それで消失が止まるわけではなかった。指先に触れていた髪が、腕に感じていた背中の重みが、次々と失われていく。ここにいるはずなのにその姿が希薄になっていく。
そして、最後の光が消えた。
「…………」
ラムは空になった両腕を見下ろした。
ほんの一瞬、何が起きたのか理解できなかった。確かに抱きしめていた。あの苦痛に震えていた身体を、ようやく静かになったツカサを、この腕で包んでいたはずなのに。
「……ツカサ?」
返事はなかった。だが、不思議と頭の中は冴えている。
ラムはすぐさま顔を上げた。
この白い世界の異常性は理解していたつもりだ。消えたり出たり分裂したり。
オド・ラグナ……この世界の常識の外側にある場所なのだ。
だから慌てたりはしない。そして何より、ラムはツカサ自身が消滅したわけではない、と強く信じて疑わないからこそ、自分自身をしっかりと見失わない。
そう、消えたのなら探せばいい。再び見つけ出せばいいだけのこと。そう考えるよりも早く、視線は白い空間を駆け巡っていた。
右へ、左へ。何もないはずの彼方まで目を凝らし、ツカサの姿を探す。
そのときだった。
――ピシッ。
ひどく小さな音が、ラムの額から響いた。
眩い輝きを放ち続けていた黒い角。その根元から少し離れた場所に、髪の毛ほどの細い亀裂が走っていた。あれほど強烈だった光も、今は幾分か穏やかになっている。
だが、ラムは気づかない。
彼女の意識は、ただ一人の男へと向けられていたのだから。
「どこにいるの、ツカサ」
そう呟き、再び周囲へ目を向けたラムの視線が、不意に止まる。
何もなかったはずの場所に、人影があった。
いつからそこにいたのか。足音も、気配も、何一つ感じなかった。ただ、白一色の世界に溶け込むことなく、ナニカが佇んでいた。
輪郭がはっきりしない。そこに存在しているのかさえあやふやなのに、ラムはそれが何なのか、理解した。
わずかに目を見開き、確信を持ってその名を口にした。
「……ゼロ?」
まるで呼びかけに応じるように、白い人影がゆらりと揺れた。
「いやぁ、驚いたよ! 久しぶりに時空震が起きたかと思えば、まさか、ここまでとは思ってなかった! 予想を超えてきた!」
返ってきたのは、あまりにも弾んだ声だった。
以前、聖域の森で邂逅したときと変わらない、輪郭の定まらない白い人影。顔らしきものはあるものの、目も鼻も口も、どこにあるのかさえ分からない。人の姿をしているようで、その実、人とは似ても似つかない何か。目を凝らせば凝らすほど輪郭は曖昧になり、そこに存在しているという確信さえ揺らいでしまう。
それなのに、今のゼロが笑っていることだけは、嫌というほど伝わってきた。
「これ、本当に驚いたなんて言葉じゃ足りないし、実に面白い! ああ、面白いよ!」
白い人影が、落ち着きなく揺れている。
両手を広げているのか、それとも身を乗り出しているのか。輪郭が曖昧なせいで判然としないが、少なくとも、じっとしていられないほど興奮しているらしい。
ラムはそんなゼロを見据え、すぐさま口を開いた。
「……ゼロ、ツカサはどこに――」
「本来ならば、
問いかけを遮り、ゼロは声を弾ませた。
「以前の彼は●●●に救われた。●●●も付けてあげた幻獣がいなければどうなっていたか分からなかった。なのにも関わらず、か。何をどうすれば
「……聞きなさい、ゼロ」
「大凡、受ければ自我は崩壊する。元来、
白い人影は考えに考えて、答えがでないままに身体を震わせるが、それも良い、とまた陽気に笑い出す。朗らかに、高らかに。
「ははっ! ああ、参った参った。無知だったってことか! こんなものを見せられたら、色々と俺の認識を変えなければならないじゃないか。あ、いや、この世界がまた特殊だから、か? いや、でも前のあの世界と大差ないと思うんだけど………」
ラムは、じっとゼロを見据えていた。
ゼロが何に興奮しているのか、理解できないわけではない。あの苦痛を思い出せば、そこから抜け出すことがどれほど困難なのか、嫌というほど分かる。
だが、それがどうしたというのか。
ラムは、誰かに褒められたくてあの地獄を越えたわけではない。
ただ、ツカサのところへ行きたかった。
それだけなのだから。
「ゼロ。ラムはツカサがどこにいるのかを聞いているのよ」
「っとと! やっぱりそっか。それになるよね」
一歩、さらに一歩距離を詰め、額の角をより輝かせた結果、ようやく話が通じた。……様に思ったのも束の間、ゼロはさらに声を弾ませた。
「結局、そこなんだろう。君をあの地獄から引き戻したのも、君があそこまで進み続けたのも、すべては想いの強さだったか! あれほどの苦痛を前にして、たった一人への想いで勝ってしまう。一から成る力はやはり想像を超えていく、か!」
「…………」
「いやでも、苦痛が消えたわけじゃない。確かに壊れかけた。自分の名前さえ分からなくなっていた。それでも、君は戻ってきた。色々と考えていたんだけど、全部無駄に終わったし」
ゼロは、何かを確かめるように言葉を重ねていく。
まるで、目の前で起きた出来事を何度も思い返し、そのたびに新たな面白さを見つけているかのようだった。
「────これだから、いつ如何なる時も、世界であっても、ヒトというのは面白い! 力の強さでも、知識の深さでもない。そんなものでは測れない何かが、時としてあり得ない結果を生み出してしまう」
白い人影が、ふわりと揺れた。
「そういう存在はかの世界では《特異点》と呼ばれている。こちらではどう呼ぶかは、わからないけど」
「……特異、点?」
「ああ! どんな世界にも、時々いるんだよ。誰も予想しなかったことをやってのけるヒトがね! 別に、特別な力を持っている必要なんてない。その存在が、誰かとの出会いが、世界の行く末さえ変えてしまうことがある!」
ゼロの声は、ますます楽しげになっていった。
「君はまさしく、それ。こんなに近く、初めからいたのに見抜けなかった」
「……そう」
ラムの返事は、実に素っ気なかった。
「それで、盛り上がってる所悪いけどツカサは?」
「ははっ!」
ゼロは、なおも愉快そうに笑っていた。
「自分が何を成し遂げたのかなんて、まるで興味がないんだ。いや、それも違うのかな? 分かっていて、それでも彼のことしか考えていない。いや、乗り越えれられると分かった今、より覚悟と決意、自信も得た。そんな感じか」
一人で納得し、一人で感心し、そして一人で笑う。
ラムは、そんなゼロを半眼で見つめていた。
この存在が何者なのか、今もよく分からない。その辺りはツカサと大差ない。ただただ超越者であること。それもこの世界の枠組みには当てはまらない上位者。
そして、もう一つ。
どうやら、相手が満足するまで話は終わりそうにない、と言うこと。
「……まったく」
小さく息を吐き、ラムはゼロから視線を外した。
こうしている間にも、ツカサはどこかで苦しんでいるのかもしれない。先ほどまで抱きしめていた身体からは、ようやく苦痛が消えたように見えた。だが、それで何もかもが終わったとは限らない。
ならば、こんなところで立ち止まっている暇などなかった。
ラムは、再び周囲へ視線を巡らせた。
ここは、白い。どこまでも白い。
遠近感が読めず、頭が痛くなりそうだった。当たり前だがラムの千里眼も使えない。
地平線もなければ、空と大地の境目さえ存在しない。自分が立っているのか、浮かんでいるのか。それすら曖昧な世界。
それでも、どこかにいるはずなのだ。
ラムを止めようと、必死に手を伸ばしていたツカサは。
「……そういえば」
なおも白い世界へ視線を巡らせていたラムの背後から、ゼロの声が響いた。先ほどまで一人で思索に耽っていたかと思えば、今度は何かを思いついたらしい。声には相変わらず楽しげな響きが残っている。
「頑張った君には、ちょっとした褒美をあげてもいいかなと思っててね」
「……褒美?」
ラムは振り返った。
白い人影は、相変わらず輪郭の定まらない姿でそこにいた。表情など読み取れない。それでも、何かを思いついて喜んでいることだけは、容易に想像できた。
「そう、褒美! あ、でもここだけの話にしておいてくれよ? じゃないと
ゼロは人差し指を口元へ持っていくような所作……をしたようにラムは感じた。何やら他の存在を、意味深な物言いをしているが、深く追求する意味は無い、とラムも分かっているので、特に口を挟まない。
「正直に言えばこれは本来君が、いや君たちが、果てはこの世界の者たちが受けるべきものじゃないもの。世界の外の話なのに巻き込まれた。片方は望んだから別にしても、そっちは違うだろう? だから褒美〜と言うか詫び、とも言えるかな?」
「ラムは巻き込まれた、とは思ってないわ。バルスと同系列に見られるのは胸糞悪いけど、望んだと言う意味なら同じ。ツカサの為ならこの命も惜しくない。それだけの話よ」
スバルもまた、ツカサの抱えているものの重さを過酷さを知るために、あの死の体感を行った。結果最後まで行けずにツカサに助けられたカタチになった。だからこそ、ラムにとっては当然、比べられること自体が不快なのだ。
「なるほどなるほど。確かに。でもま、良いものを見せてもらったんだ。俺だって、何かしてあげたくなる、ってことで」
「……出歯亀なのに随分と気前がいいのね」
「あっははっ!
ゼロは軽い調子で笑った。
「今の
その言葉に、ラムの視線が止まった。
スバルが死に戻るたびに、その代償としてツカサへ押し寄せる、世界の怨嗟、悲鳴。筆舌に尽くしがたい苦痛。
ラム自身、ほんのわずかな時間とはいえ、その地獄を味わった。
あれが、どれほど恐ろしいものなのか。
もはや想像する必要すらない。
そんなものを、望んで引き受ける理由なんてあるわけがないだろう。
「……それで、具体的には? ラムはツカサの事だけを望むわ。それ以上は要らない」
褒美と言われて幾分も揺れないのはラム。
もう、
「うん。そうだと思った。だからね、考えてるのはアイツが眠っている間に発生する分は、俺が引き受けてあげる。ああ、勘違いしないでほしいんだけど、全てを消してしまうわけじゃないよ。そこまで都合よく何もかもなかったことにするつもりはないからね」
ゼロは、どこか楽しげに付け加えた。
「ただ、眠っている間くらいは、余計な苦痛を与えずに済ませてあげようかなって。どうだい? 悪い話じゃないだろう? 流石に理不尽だし」
「…………」
ラムは答えなかった。
ゼロの言葉を、頭の中でゆっくりと反芻する。
もし、それが本当なら。
ツカサは少なくとも、眠っている間にあの地獄を味わわずに済む。
あの苦しみを知るラムにとって、それがどれほど大きな意味を持つのか、改めて考えるまでもなかった。
だが。
「……それで?」
「ん?」
「それだけ?」
ゼロが、わずかに揺れた。
「まだ望みがあるかな? 予想してなかったな」
「ありがたい話だとは思うわ。ラムにとっても、ツカサにとっても」
ラムは淡々と答えた。
「けれど、ツカサの眠りについては? ……起きる?」
「ああ、そっちか」
ゼロは納得したように、うんうん、と頷いた後に声を上げた。
「それは前にも話したとおりだよ。君がやるべきことを、君の本懐を遂げる。その果ての話だね」
「……ええ」
「なら、そこは変わらない。これ以上は俺が代わりに何とかしてあげる、なんてことはしないよ。勿体ない。君自身の手で成し遂げてほしいから。そこに価値があるってさ?」
ゼロの声は、驚くほど軽かった。
「頑張ってねー。応援しているよ!」
どこまでも陽気な声にラムは小さく息を吐く。
この約束を忘れていたわけではない。
寧ろ生きる糧となった方柄なのだから。
ラムの本懐。
ロズワールを、魔女への妄執から解き放つこと。
それはツカサと出会うよりも前から、ラムが胸に抱いていたものだ。
なぜ、それをゼロが知っているのか? と言う疑問はこの際問題ではない。
重要なのは結果だ。ツカサを取り戻すこと。
ただ、聖域にきてまだ成し遂げる事が出来てないのに、ツカサと再会する事が出来たから、少しばかり欲が出たなかもしれないが。
「分かっている。ラムがやるべきことは、ラムがやる」
「ん! がんばれ!」
ゼロが満足げに声を弾ませた。
「君がどうやってあの男を変えるのか。それとも、また俺の予想を超えるようなことが起きるのか。先が見えないと言うのはこうも心躍らせるんだね」
「…………」
ラムは、そんなゼロをしばらく見つめていた。
そして、不意に口を開いた。
「ねえ」
「うん?」
「一つ、聞いてもいいかしら」
ラムは以前から何となく考えていたこと、感じていたことをゼロに告げた。
「本当はラムへの褒美のつもりじゃないでしょ?」
白い人影の動きが、ぴたりと止まった。
ほんの一瞬。
だが、すぐに愉快そうな声が返ってくる。
「どういう意味かな?」
「言葉どおりよ」
ラムは静かに答えた。
「ラムがあの苦痛を乗り越えたから、その褒美としてツカサを助けてあげる。そう言ったわね」
「ああ、言ったよ。それが何か?」
ラムはそう告げると、改めてゼロを見据えた。
以前、聖域の森で出会ったときから、この存在には理解できない部分が多かった。
何を考えているのか分からない。
何を目的としているのかも分からない。
そもそも、人間と同じ尺度で物事を考えているのかさえ怪しい。
だが、まったく理解できないわけではなかった。
ツカサから聞かされていた話。
そして、実際に顔を合わせて交わした言葉。接した感じ。
それらを思い返せば、少なくとも一つだけ、確信できることがある。
この存在は、退屈を好んでない。幾度も告げている
『降りてきて良かった』
と言う言葉。
どれだけの世界をツカサと、その前任者たちと巡ったのかは、正直想像が出来ないが、少なくとも、傍観者だけでなく、世界へ降りてきた事自体は少ない────否、恐らくは初めてなのだろう。
つまり。
「ゼロ。あなたも
「…………」
今度こそ、ゼロは言葉を止めた。
ラムは続ける。
「ずっと見てきた。いくつもの世界で生きてきた姿を」
「……そうだね」
「多分。まだ、始まったばかり。にも関わらず、こんなに早く終わってしまったら?」
ラムはわずかに首を傾げた。
「きっと、あなたの楽しみが、一つ減ってしまうものね。我慢できるのかしら?」
一拍の沈黙。
そして。
「……ははっ。まさか、そこまで見抜かれてしまうとはね。いやいや、君は本当に面白い。たぶん、
「否定はしないのね」
「する必要があるかい?」
ゼロは、あっさりと言い、ラムもまた首を横に振る。
「でも、君があれを乗り越えたことに感心したのは本当だよ。敬意を払っているのも嘘じゃない。ヒトには、俺は────我は等しく敬意を払う。楽しむのもそうだ。極めて重要。……が、詫びや褒美、という気持ちもまた本物。この感性、降りてきて、ヒトに近づけてる証である、と自己解釈している」
「……そう」
「言うことは間違っていない。
あまりにも率直な答えだった。
取り繕うことも、言い訳をすることもない。
むしろ、自分の考えを言い当てられたことさえ楽しんでいるようだった。
そしてゼロは、笑った気がした。
最後に【楽しめ】と言う言葉を残して。
「ラムッ!!」
ゼロが消えた次の瞬間だった。
聞き慣れた声が、待ち焦がれた声が、白一色の世界に響き渡った。
その声に、ラムは弾かれたように顔を上げる。
聞き間違えるはずがない。どれほど遠く離れていようと、どれほど姿が変わっていようと、その声だけは決して間違えない。
────ツカサ
視線の先。
どこまでも白く、果てというものさえ存在しなかった世界に、黒い亀裂が走っていた。
まるで、白い硝子を無理やり引き裂いたかのような、歪な裂け目。
その周囲には細かな亀裂が幾重にも広がり、今なお黒い破片が剥がれ落ちている。白一色だった世界にあって、その漆黒はあまりにも異質で、何よりも鮮烈だった。
そして、その裂け目の前に立っていたのだ。
「…………っ」
ラムの息が、わずかに止まった。
何度も見つめ、何度も触れ、何度もその胸に抱かれてきた、愛しい男の姿。
ただし、その姿はあまりにも痛々しい。
身に纏う衣服は所々が裂け、全身には傷が刻まれている。黒い髪は乱れ、顔色は青白く、呼吸はひどく荒い。今にも膝から崩れ落ちそうな身体を、どうにか両足で支えている。
まるで、立っていることさえ奇跡であるかのように。
それでも、ツカサはラムを見つめていた。その紫色の瞳には、ただ一人の少女しか映っていなかった。
「……ラム」
掠れた声で、もう一度名前を呼ぶ。
その瞬間、張り詰めていた表情が、くしゃりと歪んだ。
「……ああ、よかった……」
安堵。
それ以外に、彼の表情を言い表す言葉などなかった。
ラムは、そんな彼を見つめていた。
ツカサもまた地獄を越えてきたのだと、その姿が何より雄弁に物語っていた。ラムがしていたように、ラムを追いかけるために。
何もかもを投げ出してしまいたくなるほどの痛みに耐え、それでもラムのところへ帰ってきた。例え粉々になったとしても、最後には帰ってきてくれるのだ。
「……馬鹿ね」
思わず、そんな言葉が零れた。
責めるつもりなどなかった。
ただ、あまりにもこの男らしい、ツカサらしいと心から思ったから。ラムがどこへ行こうとも、きっと追いかけてくる。
そして、ラムもまた。この男のところへ帰る。
「……本当に、馬鹿なんだから」
口元が、緩む。
嬉しかった。
ただ、それだけだった。
必ず帰ってきてくれると信じていた。
そして今、愛しい男が目の前にいる。
「……おかえりなさい、ツカサ」
ラムは、穏やかに告げる。
そしてツカサもまた。
「ただ、いま」
穏やかな笑顔で応えてくれた。
それを見たラムは少し口角を吊り上げる。
「随分と遅かったじゃない。ラムを待たせるなんて、いい度胸ね。おしおきが必要かしら? 先ずはラムの仕事全部と……全てを終えたらラムと添い寝ね」
いつものように。
何でもないことのように。
それが、どれほど特別な再会なのかを知りながら。
ツカサの唇が、かすかに震えた。
笑おうとしたのかもしれない。
謝ろうとしたのかもしれない。
だが、そのどちらも言葉になることはなかった。
ただ、目尻に浮かんだ涙が、彼の安堵を何より雄弁に物語っていた。
そして。
――ピシッ。
小さな音が響いた。
そして、ツカサの目が見開かれる。
ラムは気づかなかったが、ツカサの目にはとんでもない光景が映っていた。
黒く輝くラムの角に、幾筋もの光の亀裂が走った。そして、ツカサが目を見開いた次の瞬間、角は音もなく砕け、無数の欠片となって宙に霧散した。
「あ、ああ」
ツカサは手を伸ばす。覚束ない脚をどうにか前へ、前へと進ませて……やがて、手が届く、触れられるところまで。
あと一歩。
それだけの距離を詰めることさえ、今のツカサには容易ではなかった。膝が折れ、身体が前のめりに傾く。それでも伸ばした腕だけは、決して下ろそうとしなかった。
「……ツカサ?」
ラムがその名を呼んだ瞬間、ツカサの身体が倒れ込むようにして飛び込んできた。
「……っ!」
咄嗟に受け止めたラムの背中へ、震える両腕が回される。今にも崩れ落ちそうな身体で、それでも懸命に抱きしめてくる。ラムもまた、彼の背中へ腕を回し、しっかりと抱き留めた。
「……まったく。また無茶をして」
咎めるような言葉とは裏腹に、その声はひどく穏やかだった。
「でも、おかえりなさい。ツカサ。ようやく会えた……」
返事はなかった。
ただ、肩口に顔を埋めたツカサの身体が、小さく震えている。あの地獄を越えてきたばかりなのだ。無理もない、とラムは思った。だから、彼が落ち着くまで、こうして抱きしめていてあげようと。
しかし。
「……ごめん」
耳元で、掠れた声が響いた。
「……ラム、ごめん……」
「……ツカサ?」
「俺……俺……」
途切れ途切れの言葉。その意味を理解するより早く、ラムは肩口に温かなものが染み込んでいくのを感じた。
泣いている。
あのツカサが、子供のように。
「……角……」
ようやく絞り出された言葉に、ラムは静かに目を見開いた。
ツカサは、ラムの額に手をあてがう。
「……ラムに、
そこまで聞いて、ようやく理解した。
この男が何を謝っているのか。
なぜ、再会できた喜びよりも、こんなにも悲しそうな顔をしているのか。
ラムは、そっと自分の額へ手を伸ばし、ツカサの手と重ねた。
指先に触れるのは、何の変哲もない肌の感触。先ほどまで確かに存在していた黒い角は、もうどこにもなかった。
鬼族にとって、角がどれほど大切なものなのか。
それを、ラムは誰よりもよく知っている。【ツノナシ】と呼ぶ意味も。
かつて角を失った炎に包まれた日。
あの夜の出来事を、忘れたことなど一度もない。レムがどれほど自分を責め、どれほど苦しんできたのかも。
だからこそ、分かる。
ツカサが今、何を恐れているのか。
「……ごめん、ラム……俺が……」
「ツカサ」
ラムは、名を呼んだ。
しかし、ツカサは顔を上げようとしない。震える腕でラムを抱きしめたまま、何度も、何度も謝罪を繰り返している。
ラムは小さく息を吐いた。
そして、彼の後頭部へ手を添えると、ゆっくりと髪を撫でた。
「……ねえ、ツカサ」
優しく、語りかける。
「ラムの角が、どうして生まれたのか。覚えている?」
ツカサが、わずかに頷いた。
忘れるはずがない。あの白鯨との戦いの最中、ラムの額に突如として現れた黒い角。あの瞬間の光景は、今も鮮明に覚えている。
そして、その理由は────。
「ラムにツカサのマナを分けてくれたから。本来はできるわけが無い筈、なのにね」
マナの譲渡はツカサが来る前はロズワールから毎晩のように受けていた。年数的にも総量的にも、圧倒的にロズワールの方が多いのだが、角が顕現するなんてことは一度足りとも無かった。
ラムは、静かに続ける。
「本来、失った角が戻ることなんてあるわけがない。そんなことラムだって知っているわ。それでも、ラムは確信してる。ツカサがくれたマナが、あの形になった」
あれは、奇跡だったのだろう。
ツカサが意図して作り出したものでもなければ、ラム自身が望んで生み出したものでもない。
ただ、互いを想う気持ちがあって。何よりツノナシではツカサの力になれない、と自身を嘆いて……それに想いに応える形で気づけば、そこにあった。
「……ラムはね、嬉しかったのよ」
その言葉に、ツカサの腕がぴくりと動いた。
「角が戻ったから、だけじゃないわ。ツカサがラムにくれたものが、形になったことが。……とても、嬉しかった」
ラムは、少しだけ目を細めた。
「だから、大切だった。ツカサがくれた角だから」
ツカサは、何も答えない。
けれど、ラムは構わず続けた。
「でもね」
ツカサの髪を撫でていた手を止め、今度はその頬へそっと触れた。
「その角のおかげで、ラムはツカサのところへ行けたの。あれも乗り越える事が出来た」
あの苦痛。
自分という存在さえ失いかけた、果ての見えない地獄。
それでも、ラムは進み続けた。
ツカサを一人にしたくなかったから。
そして、あの黒い角は、最後までラムとともにあった。
「ツカサを見つけて、抱きしめて……こうして、もう一度会えた。そのための
ラムは、彼の顔を覗き込もうとした。
「それなのに、どうして謝るの?」
「……でも……俺が……」
「ツカサ」
今度は、少しだけ強く呼んだ。
「ラムを見なさい」
ゆっくりと、ツカサが顔を上げた。
涙に濡れた紫色の瞳。
それを真正面から見つめ、ラムは微笑んだ。
「ラムは、後悔していないわ」
迷いのない声だった。
「また角が折れたことも、ツカサを追いかけたことも。何一つ、後悔していない」
ツカサの唇が、かすかに震える。
ラムは、その頬を親指で優しく撫でた。
「むしろ、誇らしいくらいよ」
「……え?」
「ツカサがくれた角は、最後までラムを助けてくれた。ツカサのところへ連れていってくれた。だったら、十分でしょう?」
ラムは、彼の額へ自分の額をそっと寄せた。
もう、そこに角はない。
けれど、こうして触れ合うことはできる。
「だから……ありがとう」
小さく、囁いた。
「ラムに、あの角をくれて」
角を失った事に対しては得られるものの方が多かった。
安らぎを齎してくれた。
あの時、最初に折れたときは、こう思った。
【やっと、折れてくれた】
でも、今の気持ちはあの時とは違う。感謝しかないのだ。
ツカサの目から、また一粒、涙が零れた。
ラムはそれを指先で拭い、少しだけ意地悪そうに笑った。
「それとも、何かしら。角がなくなったラムでは不満なの?」
「……っ、そんなわけ……!」
「なら、いいじゃない。それより」
ラムは、ツカサの両頬を強く挟み込む。
「……ふぇ?」
突然のことに、ツカサの口から何とも間の抜けた声が漏れた。涙に濡れた瞳を瞬かせ、目の前の少女を見つめる。そんな彼の反応に、ラムは小さく鼻を鳴らした。
「謝罪はもう結構よ。ラムは謝ってほしくて、ここまで来たわけじゃないもの」
「………」
「それより、ラムの話を聞いてちょうだい。まだ聞きたいことがあるのだから」
そう告げると、ラムは両頬を挟んでいた手を緩めた。だが、離しはしない。逃がさないとでも言うように、その頬を両手で包み込んだまま、真っ直ぐに紫色の瞳を見つめる。
「まず、一つ。……ツカサは、向こうへ戻ったら目を覚ませるの?」
その問いに、ツカサの表情が曇った。
わずかに視線を伏せ、何かを考えるように沈黙する。答えを探しているというよりも、どう伝えるべきか迷っているようだった。
ラムは、その様子だけで理解した。
自分が成すべきことをするだけ。そこだけはサボるわけにはいかない、と言う事。それだけの話なのだ。
「言わなくて良い。分かったから」
ラムは、あっさりと頷いた。
「それなら、ラムが何とかする。余計な心配をせず、ツカサはツカサが出来ることだけに集中して」
「……でも」
「でも、じゃないわ。それこそが最善。そうでしょ?」
きっぱりと言い切ると、ラムはツカサの頬を軽く撫でた。
ツカサは何か言いかけたものの、結局、小さく頷いた。
それを見届けて、ラムは次の問いを口にする。
「では、もう一つ。この場所には、あとどれくらい留まっていられる?」
「……ここ?」
「ええ。こうして、触れられる時間が、どれくらい残っているのかを聞いているの。見たところ、これまでツカサが連れてきてくれた場所とは違う感じがするから」
ツカサは、周囲へ視線を巡らせた。
白一色の空間。
先ほど自分が開いた漆黒の裂け目は、すでにその輪郭を失いつつあった。剥がれ落ちていた黒い欠片も、今ではほとんど見えない。
ここが何なのか。
どういう理屈で存在しているのか。
それをツカサも理解しているわけではないのだ。
だが、少なくとも、いつまでも留まれる場所ではないことだけは、理屈じゃなく本能的に分かっていた。
「……もう、そんなに長くは、ないと思う」
「そう」
ツカサは、ラムへ視線を戻した。
「……それに、もう一度ここへ来られるかどうかも、分からない」
その言葉に、ラムはしばらく黙っていた。
再会できた。
ようやく、触れ合うことができた。
それなのに、また別れなければならない。
今度会うのは全てを成した時。
それを考えると胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
触れ合ってみると、我慢なんて出来なくなる。それほどまでに心地良いのだ。
けれど、ラムは俯かなかった。
「なら、約束しましょう」
「……約束?」
「ええ」
ラムは、ツカサの頬から手を離すと、今度は彼の右手を取った。
指と指を絡める。
決して離れないように。
「向こうへ戻ったら、またこうして触れ合うの。手を繋いで、抱きしめて、ツカサの顔を見ながら話をする。……勿論、ちゃんと起きてる状態で」
ツカサは、絡められた指を見つめていた。
ラムは、その手を少しだけ強く握った。
「一緒に食事をして、くだらないことで笑って。ツカサが無茶をしたら、ラムが叱ってあげる。それにレムの料理も恋しくなってるでしょう? ……もちろん、夜はラムの隣で眠ること。これは絶対の厳命」
「……ラム」
「何か不満でもある、と?」
「……ううん。あるわけない。だって、もう離れたくない、のに」
ツカサは、ゆっくりと首を横に振った。
そして、ラムの手を握り返した。
「だから……約束する」
掠れてはいたが、確かな声だった。
「必ず、ラムのところへ帰る。……あの時出来なかった約束。今度は、必ず」
ラムは、その言葉を聞いて微笑んだ。
「……ええ。待っているわ」
いつ目覚めるのか。
本当に再会できるのか。
誰にも保証などできない。
けれど、ラムには、そしてツカサにはそれで十分だった。
約束を果たすために進み続けるだけだ。
「……さて」
不意に、ラムの声色が変わった。
「……ラム?」
「この話は、一旦これでおしまいね。次は最も大切で、重要なことよ」
そう告げると、ラムは絡めていた指をほどき、ツカサの首へ両腕を回した。
そして、ぐい、と自分の方へ引き寄せる。
「え、ちょ、ラム?」
突然距離を詰められ、ツカサが目を瞬かせた。
鼻先が触れそうなほど近くに、ラムの顔がある。
その青い瞳には、先ほどまでの悲しみも、不安もなかった。
代わりに浮かんでいたのは、どこか悪戯っぽい光。
「残された時間、どう使うかはラムが決める。異論は認めない。ツカサであっても」
「……え?」
「決まっているでしょう?」
ラムは、当然のように言った。
「ツカサ。あなたをいただくとするわ」
「…………」
あまりにも予想外の言葉だったのだろう。
ツカサは、ぽかんと口を開けた。
ラムは、そんな彼の反応を楽しむように、ゆっくりと口角を吊り上げる。
「鬼族の女を、随分と長い間一人にしたのだもの。それ相応の覚悟はできているのでしょうね?」
「……え、いや、ちょっと待って、ラ――」
「待たない。それにさっきまで、あんなに元気よくラムを抱きしめていたじゃない」
そう言うと同時に、ラムは唇でツカサの唇を塞いだ。
角のなくなった額。
それでも、何も失われてはいない。
こうして触れられる。
愛しい男が、目の前にいる。
それだけで、ラムは満たされていた。
「……ねえ、ツカサ」
今度は、少しだけ声を和らげる。
唇を離し、名残惜しそうに透明な糸が二人を繋いでいて……ツカサの顔は蕩けていて、思考が働かないが、はっきりと聞き取ることは出来た。
「ラムは、ツカサを愛してる」
最後まで言わせず、ラムはまた唇で塞ぐ。
最早言葉は不要。求め合う二つの身体があればそれだけで良い。
例え精神世界であったとしても、触れ合う温もりは同じだ。
やがて、されるがままだったツカサの腕もラムの背中へ回される。
──……そう。それでいいのよ。
小さく小さく念じる。伝わると信じて。
──ラム、ラム、ラムラムラム。
──ツカサ、ツカサ……。
【愛してる】
白一色の世界には、もうゼロの姿も、黒い裂け目もなかった。
ただ、寄り添う二人だけがいる。
失った時間を取り戻すように。
再び離れ離れになる、その瞬間まで。
互いに決して離そうとはしなかった。
そして、その後のことは。
二人だけが知っていれば、十分な話だった。