Re:ゼロから苦しむ異世界生活   作:リゼロ良し

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鬼の咆哮

青い鬼が迫る。

凶器を手に、猛然と迫る。

 

命を奪う、蹂躙する為に 目を怒らせ、鬼の象徴であろう角を、青に輝く角を剥き出しにしながら。

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」

 

 

唸り声と共にモーニングスターを全力で投球。

壁を剥ぎ、高価そうな絵画や壺と言った骨董品を薙ぎ倒し、夜のロズワール邸を震撼させた。

 

咄嗟にツカサは、クルルを使い、スバルを数ある部屋の内の1つに押し込める。

 

 

「落ち着け! こんな騒いだら、皆起きてくるぞ! それでも良いのか!?」

 

 

 

ツカサは叫ぶが、聞く耳を一切持ってくれない。

 

スバルは 自分の背後にある部屋放り込んだ。

捕まれば即死。そんな(相手)に捕まらない様に。

 

 

目の前の青い鬼……レムの目つきは尋常ではない事が解る。

ツカサは、その目に、その雰囲気におぼえがあった。

 

 

 

―――そう、あの森で遭遇した魔獣の血走った時の雰囲気とまるで同じなのだ。

 

 

 

いつもの優雅さ、気品に溢れているその立ち振る舞いは見る影もない。

それ程までに、鬼の本能を剥き出しに迫る姿。

 

 

「魔女!! 魔女!! 魔女!! 魔女教ッッ!!」

「っっ、ぐ!!」

 

 

 

魔獣退治の際に、村の青年団から渡された村一番の業物。その剣を盾とし、レムの攻撃を受け止めたが、この威力では数合で破壊されてしまう事は目に見えた。

見た目に、その体躯にそぐわない程の破壊力だ。

 

 

「剣に纏え。ウィンド」

「!!」

 

 

だから、ツカサは咄嗟に剣に(ウィンド)を纏わせた。

暴風(テンペスト)とはまた違う、その場に留まり、剣に纏う。

 

 

「魔法……剣……?」

 

 

怒りで我を失いかけていたレムだったが、鉄球での力比べの際、押し切れると思って更に鬼の力を解放し、押し込んだのだが、逆に後方へと飛ばされてしまい、その姿に目を見開いた。

 

剣と魔の同時使用してきた事に少なからず驚き、ほんの僅かだが理性が戻ってきた様だった。

 

 

「風の刃、とは少し違うかな。これは相手を斬る為の風じゃない。……護る為の風だから」

「きゅぃ!」

 

 

そう言うと同時に、部屋の中からクルルが戻ってきて、肩に乗って まるで同調するかのように胸を張った。

 

 

「まもる………? アイツは、魔女教のニンゲンだ……! まもり、など……必要ない!!!」

 

 

再び憤慨したレムはモーニングスターの先端を思いっきりぶん投げた。

魔女が、魔女教が世界に対しどれ程悲劇を起こしてきたか、目の前の男は知らないのか、と。

 

――いや、或いは知っていて、その上で行動している? 即ち、ツカサと言う男も本当は魔女教の一員?

 

 

魅入られし者に共通すると言われている魔女の残り香。それはツカサには全くと言って良い程無いが、頑なにその根源を守ろうとする姿は、同志であると捉えられても仕方が無い。

 

その強い怨念とも言える殺意が、ロズワールの命令をも背く形となって、レムの意思に宿り、ツカサを攻撃。

 

だが、ツカサが護る剣だと自称している通り、風の障壁に阻まれ、その威力は完全に削がれてしまった。

加えて、ここは屋内。

 

本人の腕力の他に、遠心力を利用する事によってより強力で凶悪な威力となる武器だから、場所的にも相性が悪いと言える。

 

 

「ウアアアアアア!!」

 

 

だが、鬼化したレムには関係ない、と言わんばかりに引き戻しては投擲、を繰り返す。

ツカサの風の障壁を突破するには心許なく、どうしても背後に居る忌まわしき存在であるスバルにまでたどり着けない。

 

その現状がレムをより深く、深く殺意が深まっていく。復讐の悪鬼となったレムは言葉では止まらないのは間違いない。

 

 

「クソっ……」

 

 

エルザの時と同じく、ツカサの表情が歪む。

人を刺す、斬る。結果……不快感だけがこの手に残る。

 

あの魔獣や白鯨と言った相手であれば、何でもないと言うのに。

 

ただ、今回はエルザの時以上の不快感が身体全体を覆っていた。

 

 

何故なら、エルザとは圧倒的に違う点があるから。

 

 

レムとはたった数日に過ぎないが、接してきた。いつも無表情を心掛けている様だが、それでもたまに笑顔も見せてくれた。魔獣討伐の時もそう、食事を振舞ってくれた時もそう。

 

 

そして―――ラムと一緒に居る時に見せる笑顔。

 

 

手を出さなければこちらが危なくなる状況だとは言え、そんな相手に攻撃等したくない、と言う気持ちが大きく前に出てきている。

 

 

「弱点、甘さ……か」

 

 

この時、不愉快にも、何故かあのエルザの顔が頭に過った気がした。

 

 

《闘う相手に対して、それも殺す気で迫ってくる相手に対して、慈悲の心を持って接するなどあり得ない。甘すぎる、甘々だわ。そこが良い、とは言えないわね》

 

頬を紅潮させて、異形のナイフ……ククリナイフを舌なめずりさせながら迫ってくるエルザの姿。ホラーそのもの。

この深夜のレム()との戦いもある意味ホラーだが、頭の中で浮かんでしまったエルザの姿を一蹴する。

 

 

「もっと、話し合う事は出来ないのか? スバルがその魔女教、その関係者だと言うのなら、いや、まず弁明の機会や、聞くべき事だってある筈だ」

「ない!」

「少し、ほんの少しで良いから考えてくれよ!」

 

 

打ち合う間に会話を交わそうとする。

レムは鬼になり、理性の類が全て無くなっている、と思ったが、どうやら ある程度の会話を交わす事は出来る様だ。

 

 

「魔女教は、存在するだけで厄災を齎す!! レムの、レムの故郷は、魔女教に滅ぼされた!! 母様も、父様も……!! 何もかも!!」

「ッ………」

 

 

レムの嘆き、鬼が哭いた。鬼の慟哭が響いた。

目に溢れる涙。鬼の目に一筋の涙が流れ出る。

 

 

それを見てしまったが故に、ツカサは動揺し 身体から力みが抜けてしまった。

 

 

「アアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

その一瞬の隙を逃すまい、とレムはモーニングスターで剣を相手どり、全身全霊を掛けた体術でツカサに迫る。

ツカサの風が纏っているのは剣の部分のみ。

つまり、それをかいくぐる事が出来たなら……。

 

 

「ぐはぁッ!!」

 

 

攻撃は入る。

脇腹に突き刺さるレムの鉄拳。鬼の一撃。

 

咄嗟に防御をしたが、ミシミシ、と嫌な音が響いたのを感じながら、宙に投げ出された。

 

 

この恐ろしく広い屋敷の廊下を真っ直ぐ、垂直に鉄拳のエネルギーをぶつけられたら相応な距離まで飛ばされていたが、力の伝わる方向がやや右に逸れていた為、何とか戦線離脱、そのままスバル殺害。と言う最悪の事態は防げそうだ。

ごふっ、と 血の味を口の中で感じながら、立ち上がる。

 

 

 

―――もう、無理なのか? これ以上話をする事は? このまま戻る(・・)しか最善の方法は無いのか?

 

 

 

このまま仮に戻ったとして、持ち帰れた情報は決して少なくないが、突破口と言うモノが見えない。物理的な接触はレムだが、恐らくその前のスバルを衰弱させた力は 違う。……よく解っていない。

 

 

「(ッ……、屋敷から逃げる、って言うのも手、だけど……)」

 

 

何度も死んで、死んで、死んで…… それでもエミリアの為にと立ち向かい続けたスバルの狂気とも言える精神力を考えたら、ここから逃げるなんて事は、そんな選択肢は取らないだろうとも思う。

 

 

 

「手応え……、あったのに……!」

 

 

立ち上がるツカサの姿を見て、レムは拳を、身体を震わせた。

鬼の力、その粋を込めての殴打。単純に考えれば 人間程度の強度ならば、肉が裂け 骨を砕き、身体を両断するだけの威力の筈だった。

 

 

でも、立ち上がり、迫るツカサを見て、戦慄を覚える。

本能のままに、鬼の本能のままに攻勢に打って出ていた筈だった。このままスバルの部屋にまで行き、トドメを刺すつもりだったのだが、目を離す事が出来なかった。

 

 

そのレムが感じた戦慄が、畏怖の念が……、ここにもう1人の鬼を呼び寄せる結果となる。

 

 

「エル・フーラ!」

「ッッ!?」

 

 

背後より現れた桃色の髪の鬼……、赤鬼が暴風と共に迫ってきた。

自分のとはまた違う風に叩きつけられながらも、ツカサはその乱入者の方をしっかりと見た。

 

 

「……ラム。お前も、か。…………なんで。なんで もう少し、ほんの少しでも時間をくれていたら………」

 

 

レムがこの行動をとっている以上、双子の姉であるラムも同じ様に攻撃をしてくる可能性は常に考えていた。覚悟もしていた筈……なのだが、どうしても辛さだけは拭えなかった。

 

たった数日で仲良くなれる、信頼関係を築ける等とまでは思ってはいない。……ただ、それでも時間をかけて、ゆっくりと信頼を積み重ねていければ良いと考えていたツカサにとって。

 

 

屋敷での時間の中で……、きっと直ぐには出来なくても、何時かは出来る様になれば……。

 

 

「姉様……っ」

「粗方事情は察したわ。ツカサ。貴方の働きはラムも評価します。よくやってくれてると思うけれど、ラムはレムを傷つけるのだけは許さない」

「………攻撃されてるから応戦はした、オレは防ぐばかりで、レムを傷つけたつもりは無いんだけど。……それに 数日前までは、助け合った間柄なのに、この場面は 驚いたりしないのか?」

「共感覚でレムの感情はラムにも伝わる。……敵対したとすれば十分脅威だと言う事は事前に解っていた。だから別に驚きはしないわ。敵対するその時が来た、それだけの事よ。……確かにツカサには助けて貰った。でも、優先順位をつけるとなれば話は別。ラムの両手はもう随分前から塞がっているもの」

「なるほど。……確かにそれはそうだ。たった数日で、塞がってる手を、その相手を押しのけて自分を、なんて自惚れはオレには無いから、ね」

 

 

2人の鬼が迫ってくる。

もう、ここまでなのだろうか。……一度戻る他無い、とツカサが思っていたその時だ。

 

 

 

 

「や、やめて……くれ!」

 

 

 

 

 

息も絶え絶えと言った様子で、扉を体当たりで開けて場に割り込んできた影が1つ。

それは勿論……スバルだ。

 

 

「バルス」

「姉様!! 退いてください!!」

 

 

突然のスバルの行動に驚くラムと、スバルを察知してすぐさま攻撃をしようとするレム。

 

そして、一足飛び足で駆けつけようとするツカサ。

 

 

 

「ツカサ、だけ……、なんだ……! わかって、くれ……。 ……オレの、オレの死にもど……ッッ!?」

 

 

 

スバルは再び、あの死の体感をした。

世界が止まり、闇が具現化し、そして自身の心臓に迫る感覚。

心臓を握りつぶさんと迫る感覚がした。

 

 

 

 

 

今のスバルは、ほぼ瀕死の重傷だ。

だが、耳だけは はっきりと聞こえていた。

 

ツカサとレムの話、そしてラムも。

 

冤罪を掛けられている事も、ツカサ自身が窮地に立たされているという事も。

エルザの件で、ツカサの実力は知っていたつもりだったが……、1つ失念していた。ツカサは、スバルの死に戻りのせいで、かなりのダメージを背負っているという事に。

 

4度、地獄を味わった。その4度分を一度リセットされる事なくツカサも味わっているという事に。

 

 

スバルは、自分が死ねば戻るだけだ。だが、ツカサが死ねばどうなる?

同じ次元戻る力を持つツカサが死ねば、同じ様に戻る事が出来るのか?

 

答えは解らないし、解りたくない。

 

ただ、言えるのは1つだけだ。

 

 

エミリアに対する想いとはまた違う。

 

ツカサは、恐らくはこの世界でも数少ない自分の状況を知る人物。

死んで、戻って、死んで、戻ってを繰り返してきた自分の事を、目に見えない傷を作り、痛みを作り、それを解ってもらえる人物。

 

言いようの無い孤独から、救ってくれた男。

そんな男を、自分の冤罪で死なせたくない、死なせる訳にはいかないと言う強い想い。

 

それならば、自分が死んで―――――戻って、ツカサが苦しんで、また思い切り怒られて。………頭を擦り付けて土下座を何度もする方が良い。

 

 

 

 

 

そんなスバルの想いが、鬼の2人に届く訳が無い。

殆ど息も絶え絶えであり、何を言ったのか、はっきり解らない上に、世界が止まったのだから、スバル自身は実際には最後まで言えてない。

 

そして、それは逆効果だった。

 

 

 

 

 

 

「ウアアアアアアアアアアアアア!!!! 魔女!! 魔女魔女魔女魔女魔女魔女!!!」

 

 

 

 

 

 

 

レムが突如吼えた。それは この戦いで一番の咆哮。

先ほどスバルの姿を見た時以上の殺意を持ち、モーニングスターを全力でスバルに飛ばした。

 

 

「ッ……もう、これ以上は無理!!」

 

 

ツカサは悟った。

最初から無理だったんだ。

 

この状態(・・・・)での対話と言うのは。解っていて、こうギリギリまで手が出せないのは、ツカサ自身が割り切れないから、と言う事に尽きる。

 

例え……戻り、消滅する世界(・・・・・・)だったとしても。

 

 

 

 

両手を前に出して、今の今まで溜めていた力を解放する。

やはり、死の戻りの影響からか、身体へのダメージは快復していないのが改めて解る。

 

 

 

単にレムやラムと戦いたくない、と言う想いもあるだろうが、それ以上に やはり消耗している。

白鯨の時と比べたら、笑える程、溜めが遅い。だが、幸いな事に(・・・・・)威力も削がれていた様だ。

 

 

右手の嵐と左手の嵐。

今、1つになる。

 

 

 

 

デュアル(・・・・)・テンペスト」

 

 

 

 

両の手で作り出す竜巻は、レムとラムを強制的にこの場より退場させた。

屋敷の壁を突き破り、外へと荒れ狂う暴風。風の魔法を得意とするラムであっても相殺する事は叶わず、流れる風に逆らえない。

 

我を忘れたかの様に荒れ狂っていたレムも、この竜巻で気を取り戻す事が出来たのか、或いは 砕けた屋敷の瓦礫が丁度レムの頭部にあたり、戻る事が出来たのか、ラムを救出する為に、宙に舞う瓦礫を蹴り、ラムを抱き留めていた。

 

 

 

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ツカサは、それを見届けた後 スバルの元へ。もう、立つ気力も一切残ってないスバルの肩に手を触れながら、一言呟くと 2人の身体が淡く光始める。

 

 

 

 

 

「い、一体何なの!? 何事!??」

 

 

 

 

その瞬間、慌てて起きてきたのだろう、寝間着姿のエミリアがやって来ていた。

もう、崩れ去る世界の中で、目が合った気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その目は―――最後の最後まで心配している様なそんな目。

倒れているスバルとそれを介抱しようとしているツカサの2人と、そして場の惨状を見て、そう言う目が出来る、と言う事は……。

 

 

 

「エミリアさんは、きっと信じてくれてる、って事かな……」

 

 

 

安易かもしれないが、そう思わずにはいられないツカサだった。

恐らく気を失っているスバルも同じく。

 

 

 

 

 

そして――始まり(ゼロ)に戻ってやり直し。

 

 


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