Re:ゼロから苦しむ異世界生活 作:リゼロ良し
――――あんなに、考える時間があった筈なのに。
――――あれだけ、吹っ切れた。と口に出して言った筈なのに。
――――不快感も恐怖感もなく、この世に生を受ける。祝福される。そんな感覚がしていた筈なのに。
直ぐ隣にいた男が居なくなった途端にコレだ、とスバルは 闇の中で蹲る。
あの光に包まれていた感覚が消失。黒点に入るまでは良かったのに……、もう隣に居ない。
1人になると途端に燻っていた恐怖の火が再燃してきた。
それは 身体の内側を業火となって燃やしていき、軈て脳へと進出してくる。
文字通り、時が止まった世界では心までも止まってしまう様だった。
故に一度動き始めると…………
あの時の恐怖が、全面に 大きく大きく出てきた。
「―――――!!」
痛かった苦しかった熱かった寒かった――――怖かった。
そして――――死にたくなかった。
「―――――さま!!」
手を差し伸ばし、引っ張り上げてくれた
瞼に光が戻り、本物の光を感じたというのにも関わらず、そこには
「お客様 お客様。もう落ち着いていただけましたか?」
闇が手招きをしている。
そこに潜む悪鬼が身体に触れている。
「お客様 お役様。もう乱暴に暴れまわるのは終わった?」
それも2体。
その瞳には何ら感情が籠ってない。
最初の4日間も、その次の4日間も。
何なら、敵意と憎悪を燃やしているのかもしれない。
今直ぐにでも首を撥ねる、いや 頭を叩き潰そうと息巻いているのかもしれない。
死に戻りとはまた違う戻りとはいえ、底知れぬ憎悪を一心に浴びた時系列は、その身にしかと刻まれている。
心の臓の打つ脈動の速度が、高鳴りが止まらない。
歳が近い、いや寧ろ幼いとさえ思えるこの少女たちの張り付いた表情、その仮面の中にある悪鬼が目の前に迫ってくる。
「っっっぁぁああっ!!」
「「!!」」
ベッドから跳び起きると同時に、足を躓かせて部屋の隅に転び、蹲ってしまった。
ガタガタ、と震える身体がどうしても止まらない。
痛みも苦しみも決して慣れる事はない。自分だけが取り残されてしまう死に戻り。その喪失感。笑顔を向けていてくれたその下の本性を目の当たりにした、憎悪を、殺意を向けられる事の怖さも知った。
強がる事だって出来た筈なのに、あの世界では強がって奮い立って、頑張れた筈なのに、世界が動き出したと同時に、またコレ。
だが、発狂してもおかしくない精神状態で、スバルが自我を保つ事が出来ているのは、言うまでも無い。
それは、エミリア――――ではなく………。
「っっ、つか……さ………」
そう、自分が兄弟と呼ぶ存在だった。
男色家……と言う訳でも、同性愛者と言う訳でもない。
ありきたりな言葉である友情、とも少し違う。
ただ、共有できる。
苦しみを分かち合う事が出来る。
それだけで、どれだけ救われてる事だろうか。
ツカサの事を思い出した。
そして、あの世界での事を細かに思い出す事が出来た。
ただ単に、空元気を出しただけではない。
最善の未来へと向かう為に、論を交わした筈だ。
そう―――ここで、蹲る事が最善であるワケが無い。
「お客様お客様。……レムは何か失礼をしてしまいましたか?」
「お客様お客様。……ラムがトラウマを思い出させちゃった?」
抑揚のない言葉遣い……だとは思うが、何処かトーンが下がった様な感じがした。
ラムの発言にはある意味正解で、思わず身震いしてしまったが、少なくとも今の2人にとっては関係ないのは間違いない。
そして 未来では、2人に殺されかけた。それも間違いない。
だが、その原因についてもしっかり議論を交わした筈だ。
本人不在ではあるが、しっかりと交わしてきた筈だ。
スバル自身のせいでは無いし、そして、この悪鬼と呼んでしまった少女たちが悪い訳でもない。
「わ、わるい……。その、こええ夢……みてたみたいだ。………殺される夢。頭、いや 腹を裂かれて………」
事実を織り交ぜて話をする。
あの腸狩りのエルザがスバル自身を殺そうとしたのは、ほんの先日の事。その時の恐怖が尾を引いている。……そう言う風にすれば、少なくとも本気で恐怖した感情は変わらないから、不自然ではない。そう思えるから。
「……レムとラムが来るのが遅かったと思ったら、そう言う事があったのか」
「………いや、マジで悪い。ほんと、マジで。かっこわりぃよ、ほんと………。そっちも、大変だった筈なのに……」
戻った者同士の再会は成った。
スバルの様子をレムとラムに尋ねた所、尋常じゃないとの返事を貰ったので、ツカサの方がスバルが寝泊まりしている部屋に来ている形だ。
「いや、構わないよ。ダメージも、戻った当初のままだけど。その辺は対策出来るみたいだからさ。……と言うか、スバルのソレは普通だと思う。普通。死の恐怖以上の事なんて、早々無いと思うし。……まぁ、それでも 普通じゃないっぽいオレの事は、
ツカサの死に戻りとはまた違う世界をやり直す力もそうだが、何よりも 見た通り、言葉通り、死んだ方がマシだと思える苦しみを味わっても尚、前に進んでいる姿を見れば、ツカサの事もある意味では普通だとは思えない。
でも、それでも……。
「いや、兄弟にはマジで世話になってるんだ。確かに凄ぇ力もってるみたいだけど、それで人間じゃ無ぇ、なんて思いたくねぇし、思った事も無ぇよ。……今、現在進行形で世話になりっぱなしな上に、兄弟もオレを見捨てる事が出来ねぇっつぅ、八方塞な状況になってんのに、オレの今の体たらく。……意地、面子にかけても、いや、違うな。余計なもん、全部かなぐり捨ててでも、立ち上がらなきゃ……」
「んん――――、オレが八方塞り? なら、スバルを向こう100年くらい冷凍保存出来たら、万事解決だね。それでも良い??」
「っ嫌だっつーの!! それこそ、死ぬよりこえぇよ!! コンティニュー不可とか、無理だよ!!」
スバルの大きめの声を聴けたのを確認すると、ツカサは立ち上がった。
「それだけ大きな声で言えるんなら、大丈夫。と言うか、今回の事、決めた事を考えてみれば、ある意味 精神状態が不安定、の方が丁度良い。……そうだろ?」
「ぅ……、そ、そりゃそーだけど……。なぁ、兄弟? オレの事マジで氷漬けにしちゃう選択肢作ったりする?」
「あっはっはっは。するワケないじゃん。……そりゃオレだって、痛いのも苦しいのも嫌だし、また ああいう事が起きないって保証は何処にもないと思うけど………」
ツカサはスバルに背を向けて言った。
「人間性を乏しめる様な真似はしたくない。そもそも スバルは被害者みたいなもんだし、それをオレは知ってる。その上で それ真面目に選んだとしたら、完全に人でなしじゃん」
軽く苦笑いをしながら、笑いかける。
「……マジで、男前だよツカサ。……ビックリだ。オレの心の2番目候補だ」
「それヤダ。1番目って絶対エミリアさんの事でしょ? ………そんなランキングに入れないで。キモチワルイ事言わないで」
男の笑みに惚れそうになるのは初めての事だ。
速攻で断られたが、それで良い、とスバルは ツカサに倣って笑うのだった。
ロズワール邸 3周目。
最悪の形になりかけたが、寸前の所で持ちこたえる事が出来た様だ、とスバルは自画自賛に似た感覚だった。
3周目ですべき点。
勿論事前の打ち合わせの通り、呪いの正体、その術者の尻尾を捕まえる事。
だが、全くの手がかりが無い状態であり、スバル自身が何処でどう呪われたのか解らない状態では正直打つ手なしだと言って良い――――と言うのが、大方の予想ではある、が。
『戻る能力は、正解するまで、何度もやり直せる。それが最大にして最高の利点だよ。……後、オレに対する負荷に関しては、これを乗り切るまでは、考えない事』
事前にツカサと話をした通りにする。
少なくとも、ツカサ自身が、スバルが死に戻りポイントと同時期にツカサの
ただ、ツカサ自身のマナ消費と言う難点は残っている。
でも、レムが襲撃してくる4日目の夜までにはある程度快復出来るとの事。
重要な場面でガス欠になるような事が無いのがせめてもの救いだろう。
「オレだって、何とか呪ってくる野郎の尻尾を掴まねぇと…………。でも、呪いも撲殺もレムって可能性も残ってんだよな………。それも結構高確率で」
予想、見立てでは 呪いとレムは無関係。
間違いなく命を奪われる力を使われているのにも関わらず、念入りに擂り潰す理由が幾つか候補はあるものの、確信までは出来ないから。
レム自身が、スバルを全てを奪った元凶である《魔女教徒》と関わりのある人物である、と思っている節があるから、念には念を入れて、呪いを込めた後に瀕死のスバルを殺す……、と言う点も考えるのは考えたが……、考えれば考える程悲しく、辛くなってくるのは仕方ない。
「マジで、魔女最悪だろ……。なんの恨みがあってオレに香水振りかけてくれてんだよ。……クルルモドキが、恋してる? みたいに言ってたケド、心臓潰しに来るラブコメがあってたまるか!」
色々考えても考えても、全く纏まらない。
どうすれば尻尾を掴む事が出来るのか………、延々と考えつつ、頭を捻りつつ……、場をウロウロウロウロ動き回り………。
「…………ああッッ!!! 死ぬほど うっとうしいから、大人しくするか、さもなくば、吹き飛ばされるか選ぶといいのよ!!」
「んん~~~……。って、おおっ! ちゃんと二択選ばしてくれるベア子最高だな! てっきり、『出て行くか吹き飛ばされるか選べ』って言われると思ってた」
ウロウロ動き回ってベアトリスに
ここは禁書庫である。
3周目のロズワールへの願いは、食客として扱ってもらう事、そしてベアトリスの守護である。
ベアトリスの守護~の部分に関しては、ロズワール経由ではなく、ツカサ⇒クルル⇒パック、の流れでベアトリスを了承させた。
ツカサ自身が願った事であり、今後もエミリアの力になる事を約束。クルルとパックの芽生えた友情? もあってかなりスムーズに事が進んだ。……当然ベアトリスは不満爆発だが、爆発させる相手はスバルに対してのみである。
「やってやりたいかしら!! にーちゃとクルル、おまけにあの男。3人からの頼みともなれば、ベティーは聞くしかないのよ! でも、ここまでの苦行とは思わなかったかしら!」
「苦行って、ヒドイよベア子~~。ほら、笑顔笑顔♪ スマイルスマイル!」
「ふん! ……んん!? ちょっと待つのよ、ベティーを今なんて呼んだかしら!?」
「ああ、《ベア子》な。オレの親近感の証しさ! お前がオレをどう思っていようと、オレはベア子と呼ぶよ! 優しい優しいベア子最高っ!」
不満爆発させる理由の最大のポイントは、スバルの態度だろう。
何せ、ほんの少し前、ベアトリスの手によって、スバルはその死に掛けた身体に更に追い打ち、マナを徴収したと言うのに、そのことに対する畏れや怒り、それらの感情は欠片も無く、ただただ只管にバカ・お気楽な発言が続いているのだ。
これには差しのベアトリスも想定外。
黙って禁書庫の隅で縮まってると思えば、この様子なのだから。
「全ッッ然嬉しく無いのよ! キモチワルイと言うより胸糞悪いかしら!」
「つれない事言うなよ~~、ベア子! なぁ、ベア子! 世界一可愛いベア子! あ、いや、世界一はエミリアたんだ。世界二に可愛いベア子! ベア子ベア子ベア子~~!」
「っっっっっ~~~~!! うざったさで類を見ないヤツなのよ!! これ以上いったい、ベティーにどうして欲しいと言うのかしら!!」
ぶっとばす事も出来ず、追い出す事も出来ず……。
ツカサはさておき、パックとクルルからの直々の頼みを無下にする事が出来ないベアトリスは、ただただ怒る事しか出来なかった。
だが、スバルは ただ、反応を楽しんでる訳でも、ベアトリス自身をイラつかせる事が目的だと言う訳でもない。
「――――実はベア子。……お前の手が借りたいんだ」
「はぁ? ……ちょっと待つのよ。突然なに地面に這いつくばってるのかしら?」
スバルは額を擦り付けて、頭を下げる土下座ポーズ。
つい先ほどまでの無礼な物言いは成りを潜めていた。
「オレは弱い。ここで間違いなく最弱だ。前もベア子…… ベアトリスにぶっ飛ばされてるし、ボロボロ追い打ち攻撃喰らって、虫の息にもなった。弱くて、弱くて、本当に頼りにならない役に立たないオレが、足引っ張り続けてるオレが出来る事は……、何か出来る事は……、誰かの手を借りる事しか出来ない。……頼む。お前の力
スバルは自覚している。
ツカサの力を十分借りているというのに、更にベアトリスの力まで借りようとしている事に。あまりにも厚かましすぎる事くらい解っている。
だが、仕方が無いのだ。
ファンタジー世界に、ほぼNOスキルで飛び込んだ自分自身が出来る事なんて、本当に限られている。唯一のスキルは、死に戻り。それで 出来る事と言えば、命を犠牲にしてやり直し続けて情報を収集し、最善の未来を模索する事。……十分恐怖ではあるが、それをするには、それが出来る者は、最早人間じゃない。命を道具とする事なんて、戻ったとしても、精神が破壊されてしまう。
3周目に突入する前、厳密には死んでいないと言うのにも関わらず、危なかったのだから。
死に対する恐怖もある。……だが、それが枷となってしまっている現状も最悪。
文字通り、死の苦しみをも共有してしまう。……質が悪いにも程があると言うもの。
そんな自分が出来る事は、無いプライドをかなぐり捨てて、頭を擦り付けるだけだ。
「………ベアトリス?」
先ほどまでのやり取りが嘘の様。
嵐の前の静けさ、と言ったら良いのだろうか、ベアトリスの怒号も、スバルのベアトリスに対する煽りも無く、禁書庫が耳が痛くなる程 静かになっていた。
そのベアトリスの表情を改めてみると……、今まで見た事の無い顔になっている。
怒ってる時の顔でも、本を読んでる時の顔でも……、パックと戯れたり、クルルと一緒に居る時の顔とも違う。
なんといえば良いだろうか……、敢えて言うならば、哀切に満ちた感情が揺らめいている様。
眉を微かに寄せて、唇を噛みしめて、睨んでいる。
いや、睨む、ではない。今にも泣きだしそうな顔だから。先ほどまでの顔とは180度違うから。
「………ベティーが言われたのは、《1週間お前を護って》と言う事だけかしら。それ以上のお前からの要求を呑む様にも言われてないし、応じてやる理由もないのよ」
「ベア子……オレは」
「黙るかしら。……力足らずを嘆いて地面に這いつくばる。プライドと言うものがお前には無いのかしら? おまけに にーちゃやクルル、あの男、その上、まだお前は手を必要としてる。どれだけ、ごうよ………っ。………身の程を弁えるが良いのよ、人間」
「オレ程度の頭で良けりゃ、何度でも叩きつける。そんな陳腐なプライドなんてもん、塵箱に放棄する。……今、オレはまだまだ足りねぇんだ。頼む。力を―――、力を貸してくれ……」
ベアトリスの言葉に、会話の流れに違和感を感じたが、それはどうでも良い。
ただ只管に誠心誠意。
頭を地に擦り付けるしか出来ないから。
前半部分ふざけたのも、この頼みに真摯に頼む懇願を際立たせるためと言う打算的なものもあった。……勿論、まだ引き摺っている死の恐怖を紛らわせる役目もあったが、それ以外にも。
卑怯だとは解っていても、無能力者である自分が出来る事は、本当に少ないから。
「――――面、上げるのよ」
そして、同じく卑怯である、と言うのは解っているが、もう1つ知っている。
ベアトリスは、表面上は突き放したり、暴力的になったりするが、その芯はとても優しいと言う事は知っている。………聞いている。パックからも聞いたし、ツカサからも聞いている。
「ベア……」
「食らうかしら」
「ぶべっ!」
だから、嘘偽りなく話せば………、と思っていたのだが、目の前が真っ暗になった。
それが、ベアトリスの小さな靴の裏である、と悟ったのは、顔面前蹴りを受けて仰向けに倒れた時だった。
「お前ごときの頼む、例え頭が100回転がったところで、ベティーのこれ以上の労力に見合うと考える安易さが理解できないのよ。このベティーが護る約束、契約を交わしたというのに、それ以上求める? ……銅貨を何枚集めても、聖金貨の輝きには届かない。……そう言う事なのよ」
「え? いや、たとえ銅貨でも何千枚も集めりゃ、聖金貨にも届くだろ? 価値的なもんで比較するなら、そういうことだぞ?? 計算とか平気か? ベア子できる子?」
「!! その可哀想な子を見る様な目をやめるかしら! ついさっきまでベティーを頼ろうとしてたヤツのする目じゃないのよ!」
またまた最初に戻っての舌戦。
戻る―――と言う事にここまで縁があるのも、この世界では自分とツカサの2人しかいないのではないだろうか。
悲痛な覚悟だった。
弱さを自覚し、
「いよしっ! 解った解った! 見返りを用意しよう! 実はな、オレを心配した兄弟が、パックに願ったのが、今回の件なんだ」
本来ならば、スバルがパックにお願いを~~ と言う流れだったのだが、今朝の精神の不調のせいで、お流れとなった。
なので、ツカサがパックに頼んだ形になったのである。
「――――どんだけ、情けない奴かしら?」
「それ! 解ってるけど、そんな真顔で言わないで! さっきまでの顔何処行ったよ!?」
スバルは、ごほんっ、と咳払いを1つして、続けた。
「実はな、王都での1件。大部分は 兄弟が頑張ってくれたんだが……、このオレも、間一髪でエミリアを救う事が出来た実績がある。……つまり、パックに貸しがあるんだ。――――そして、パックは引き換えになんでも聞いてくれる、と言ってくれた」
「にーちゃが、
「そう、何でも! 大抵の事は叶う、って言ってくれたしなぁ……。大金持ちにするとか何とか。………なら、ベア子との間を受け持つ事くらい朝飯前だって、その意味がわかるな?」
「……ぐぬっ、い、言ってみるが良いかしら」
「うっしっ!!」
正直間の抜けた決着だったとは思う。
でも、どれだけ卑怯でも前に進む事が出来た事には変わりない。
相変わらず他人頼りである、と言う事実は変わりはしないが、それでも前進出来た、と拳を握り締めるスバルだった。