Re:ゼロから苦しむ異世界生活   作:リゼロ良し

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後悔しない、させない選択

 

 

 

「……っ」

 

 

ベアトリスは、慣れない小走りを続けながら、ロズワール邸の周囲を探索する。

空を飛ぶ事は容易だ。幾らほぼ引きこもり状態だったとはいえ、ベアトリスは大精霊。その実力のほどは、ロズワールとラムと対峙したその時に、何も適正が無いと言って良い、何もない男と言って良いスバルでさえ解っている。

 

 

「………その人、であって欲しい」

 

 

空を飛び、それでいてなるべくラムに見つからない様に、ラムにあの男を殺させない様に注意をしながら、周囲を探索した。

 

不意に呟くその言葉。―――その人(・・・)

 

前の周回で、ツカサに聞いた言葉。

 

ベアトリスにとって、それは何よりも重要で、何よりも大切で、—————何よりも渇望している存在。契約や兄と慕うパックに並ぶと言っても過言ではない。

 

 

そして、ベアトリスは自分の事が解らなくもなっていた。

その人を求めている。――――あの男2人、どちらの事なのだろう? と。

 

 

当初なら考えるまでも無い。

 

 

ツカサだ。

 

 

スバルとツカサを比べれば一目瞭然どころか、比べる事すら烏滸がましいと断言できる。何処か存在軸が違う様な、稀有な精霊クルルを使役しているツカサは底知れないナニカを内包している様に思えたから。

 

 

だが、もう今は解らない。数日過ごした今は、もう解らない。

 

 

契約に縛られているから? 護る様に縛られているから?

本心が、自分の心が、解らなくなってしまっていたのだ。

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 

 

そんな時だった。

不意に太陽の方角、その空が突如変化した。

轟々と大気がうねり、森の木々たちが叫ぶ様。

 

そして、それは目に見えて解った。

 

 

 

 

 

黒く、巨大な竜巻? の様なモノが上空で発生したから。

 

 

 

 

 

「……な、に?」

 

 

 

 

不思議な事に、その竜巻は留まり続けている。

発生直後? こそ、轟音が響き渡っていた。微精霊たちを含めた自然が悲鳴を上げている様に思えたが、今は何もない。ただ、大きなマーキングをこの空にしただけの様な……。

 

 

「!!」

 

 

そして、ベアトリスは察する。

あの現象が何を意味するのか。

 

 

理解したと同時に、隠密行動を心掛けていたベアトリスだったが、気にする事なく即座に発生源へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今更だけど、ほんっと感服するよ。何処から来てるのか解らない精神力と根拠なき自信に」

「こう見えてオレの一大決心! エミリアたんへの愛の告白イベを例外にすれば、ぜってー1,2を争う名場面演出したつもりだったのに、メッチャ辛辣! 毒吐き! 毒きりでオレの目ぇでも潰すのかよ! ヤメてくれよ!」

 

 

 

ツカサの我儘。

それをスバルが聞いた時————彼は感謝したのだ。

 

聞こえの良い慰め、耳障りとも言える礼、どれをとってもそれこそ毒にしか感じられなかったから。

あまりにも無力すぎる自分に、それでいて ほっておけない事情が重なっている事に。まるで、一度装備すると二度と外れない、教会でも外す事が出来ない永続属性。心底性質の悪い呪いの装備だと、自分自身を揶揄した程に。

 

 

そんなスバル自身に、我儘と言う形で求められた事に、感謝した。そして……更にただ居るだけではなく……。

 

 

「ラムがオレを視界に居れたら、ぜってーー寄ってくる。その千里眼、ってヤツにも期待だ」

「うん。……ラムは絶対来るよ。《絶対殺してやる》って言ってたんだ。これ以上ない程の説得力がある」

「その殺されそうな()側は、すっげーー不安だけどな」

 

 

役に立つ事が出来る。

囮だろうと何だろうと、自分でも出来る事がある。

光明が少しでも見えたなら―――単純なスバルの活力へと繋がるのだ。

 

 

「そこだよ。前も言ったかもだけど、この殺されるかもしれない状態。寧ろ、過去4度死んだ。なのに、その胆力、やっぱり驚嘆に値するな、って事」

「そこは、まぁ…… エミリアたんを想うパワーが次元、時空を超えて、死すらも超えて、このオレを奮い立たせる、みたいな?」

「確かに、オレも身体をバラバラにされた挙句に、粉微塵にスリ潰される様な感覚を味わったけど……、実際に《死》までは いってないのは事実なんだし」

「……オレの照れ隠し華麗にスルーしてくれてんのは、アレだが、その表現聞いた限りじゃ、マジモンの死んだ方がマシ(・・・・・・・)を味わってんのは兄弟じゃん……。死んだ方がマシ、って言葉、死んでから言って貰いたいもんだ、って思ってっけど、兄弟には言えねぇな。絶対」

「まぁ、そうかもだけど、オレには一応、相応の力が備わってる。逃げ、攻め、守り、ある程度の対処は出来ると思う。………でも、スバルは一般人と然程変わらないって言ってた。 訓練してきた訳でも、後押ししてくれる強大な力があるワケでも無い。……だから凄いんだ。中々説明しにくい」

 

 

ツカサが言うと自慢に聞こえないな、とスバルは笑う。そして多少気恥ずかしさがあるのだろう、誤魔化しつつ頭を掻きながら言った。

 

 

「……確かにオレは、弱ぇ。一般人の中でも更に下位だ。馬鹿広いロズワール邸での仕事、下男の仕事をどうにか付いて行って、村ではガキどもの相手をするくらいの体力しかねえ。その上 恥さらし。加えて足引っ張るしか能が今んとこ見えねぇ。マジで八方塞りだ。……でも、こんなオレにも出来る事を示してくれて、頼まれもしたんだ。そりゃ、奮い立たなきゃ、男が廃る。昨日のオレより今日、さっきのオレより今のオレの方がちょっとマシになってるだけだよ」

 

 

しっかりとツカサの目を真っ直ぐ見つめて言った。

 

 

「それに オレは、オレを知ってくれる(・・・・・・)お前がいなかったら どうなってたか皆目見当もつかねぇ。何もかも投げ捨てて、好きだ好きだと馬鹿みたいに言ってるエミリアでさえ見捨てて逃げるクズになってたかもしれねぇ。だから、例えどんな小せぇ事だったとしても、何か力になれる事があんなら、命を賭けて力になる。……オレが凄い、って言う風に見えるとしたら、それは間違いなくお前のおかげだ。……ツカサ」

「……………」

「だからよ、役に立つって言うなら囮でもなんでも喜んでやる。……んでも、死んじまったら苦労するのはツカサになっちまうから、最後の一線だけは超えねぇ様に頑張る。無様に死んだ上に足引っ張るのは最悪だからな。――――ってな訳で」

 

 

空気の変化をスバルも感じたのか、或いは話を初めてスバルの目を真っ直ぐに見て逸らさずに見て話しを聞いていたツカサの視線が変わったからなのか。

 

 

誰かが来た、正念場だ、と思った瞬間、身体に活をいれて振り返った。

 

 

 

「村人Aの底力、ってヤツをみせてやっからよ!」

 

 

 

威勢よく振り返った。

その先に恐らくは あった瞬間に命を狙ってくる(ラム)が居る事を想定して……。

 

 

 

だが。

 

 

 

「馬鹿かしら!!」

「ぼんじょるのっ!?」

 

 

 

予想していた相手では無かった。

実に特徴的な幼女がそこには居た。

屋外を歩き回るには、あまりにも場違い違和感満載。

屋外は屋外でも、自然に被害が及ばない様に、と配慮+見渡しの良いこの殺風景、切り立った崖の岩肌の上に、そのいつものドレス姿は……、言わば風景絵に後から張り付けただけ、と言う印象。

 

それに、何よりも、その金髪ツインドリルヘアー。

 

誰が来たか、スバルが見間違う訳がない。

 

覚悟を決めて役にたとうと力を入れた筈なのに、幼女跳び蹴り(ジャンプ・キック)1発で、覚悟諸共吹き飛ばされてしまった。

 

 

「あんな目立つ真似して、お前逃げる気ないのかしら!」

 

 

頬を膨らませて怒鳴る幼女……ベアトリス。

竜巻を発生させたのには理由がある。

ベアトリス自身は、恐らくこの周囲の森が群生地のウルガルムと言う魔獣にでも捕まった、その為に交戦した、程度にしか考えてなかった。

以前、ツカサが村に、結界の内側に現れた魔獣を一掃している話を聞いているから、それが一番連想させやすかった、と言うのが正しい。

 

 

だが、規模があまりにもデカすぎる。

 

 

それを発生させたツカサの力量にも、悠久の時を生き、相応の力を持つと自負もしているベアトリス自身も 本人たちを前にしては、その感情を出さない様にするが、舌を巻く思い。

 

だが、それ以上に思うのは あれだけの規模の力を発生させる事が出来るのなら、力の運用、効率化、最適化すれば、この周囲の魔獣程度 痕跡すら残さず余裕で片付けられるのは目に見えている。

 

更に言えば、クルルだっている。

 

なのにも関わらず、逃げないといけない身分で、屋敷からでも見える巨大な竜巻を発生させた挙句、その眼下に居る。呆れるどころの話じゃない。

 

 

ロズワールは兎も角、あの双子の鬼の生き残り……ラムが見逃す筈がない。

 

 

 

逃げるチャンスを不意にする所か、緊急事態を自ら作り出してる2人が一体どんな顔をしてるのか、とベアトリスが見た所――――更に驚いた。

 

スバルは、地面に仰向けで倒れているので、はっきり見えないが ツカサの顔は見える。

 

最初こそ、驚いた顔をしていた筈なのに、徐々に頬は緩み、穏やかに笑っているのだ。

 

 

「何笑ってるのよ!? お前状況見えてない程低能だったとでも言うのかしら? 低能なそこで無様に倒れてる目つきの悪い虫だけで十分なのよ!」

「いや、その……候補は上がってた。間違いなく、候補には入れてた。でも、低く見積もり過ぎていた様だよ」

「はぁ?」

 

 

ベアトリスは、素っ頓狂な声を思わず発してしまう。

それ程までに、ツカサが言っている意味が解らないし、想像だにしなかった返答だったから。

 

それは、全容を見せていない。……次に紡がれる言葉こそが、真意だ。

 

 

「この場所に駆けつけてくる順番。……ラム、ロズワールさん、エミリアさんとパック、その後ベアトリスさんだと思ってた。……でも、やっぱり見誤ってたみたいだったから、顔に出たんだね」

「??」

「やっぱり、ベアトリスさんは凄く優しい。……一番にここに駆けつけてくれるなんて。スバルを、守ってくれてありがとう」

 

 

笑顔でそう言ってるツカサ。肩に乗っているクルルも同じ想いなのだろう、同じ様に愛らしく頭を下げていた。

 

 

「な、ななっ、ば、バカなのかしら!? 答えになってないのよ! ベティーが来た事に驚く前に、屋敷の皆に居場所がバレる様な行為を何故したのか、と問いたいのよ!!」

「てててて……、蹴っ飛ばした上に、虫扱いとか……、どこまで容赦ねーんだよ。それに、ほんと鬼がかってるよな。契約の為に、ここまでしてくれるなんて……」

「む、虫は素直に這いつくばってたらいいかしら!! 若しくは、空でも飛んで逃げるが良いのよ!」

 

 

憤慨しているのは照れ隠し。

吹き飛ばされた挙句、雑な扱いをされているスバルでも、それは解っている。

 

扱いこそは、異議を申し立てたい所ではあるが、ベアトリスがいの一番に駆けつけてくれた事は心底嬉しかったりする。

 

そして―――狙い通りの人物がやって来た。

 

 

 

「―――――見つけた」

 

 

 

全てを切り刻む凶刃を纏い、周囲の木々を薙ぎ倒し、闊歩してくる桃色の髪。

その気迫は、殺気は、あの日(・・・)の……殺意に身を委ねたレム以上だ。

 

 

「へっ、やっぱオレは馬鹿だな。こんな状況に追い込んで。マジで生きたいだけだったら、逃げ一択。生きる事だけ考えてた方が幾らか賢いぜ」

 

 

その殺気の全てを身に受けるスバルは、思わずそう口にする。

あのレムの時とは少し違う。レムは妨害しようとしているツカサを殺そうとしていたが故に、まだ殺気は分散させられていた。

 

ラムは、怒りと悲しみに包まれてい様とも、まだ正気。でもなければ、目印を見つけて、千里眼を使ってやってくる、なんて事はしないだろう。

ただただ、怒りに身を任せて、暴れまわる鬼と化すだけだ推察が出来る。

 

 

 

だが、逃げない。

馬鹿だと自分に言い、逃げるのが当たり前、賢い選択だとしても、逃げたりはしない。

 

 

それが、覚悟と言うモノであり、男は時には、選ばなければならない時、賢い選択より馬鹿な選択、その行動の方が正解だと言う事をスバルは知っているから。

 

 

「ッ、見つかって当然かしら。千里眼に加えて、あんな目立つ事をしたのよ」

「……ラムにも理解出来ない。観念したとは思わない。……それに、ベアトリス様も一緒だと言う事も」

 

 

今の今まで、何処かコメディ風なやり取りをしていたのが掻き消え、一瞬で警戒態勢に入るベアトリス。

そして憎き敵を目の前に、ラムは瞳を輝かせている。

 

 

構わずに屋敷を飛び出し、ロズワールやエミリアを置き去りに、森を駆てきたのだろう。いつも几帳面に着こなされている筈のメイド服が見るも無残な装いになってしまっている。

 

レムがこの姉を見たら、きっとそれだけでも発狂してしまいそうだ。

 

 

―――そのレムが居ないこの世界。

 

 

着付けも髪の手入れも、2人はお互いにやり合っていた。

片方が欠ければ、もう二度とは戻らない。

ただの仲良しな双子、と言った簡単な関係性ではない。スバルが……、いや ツカサも思いもしない程、この双子の関係性は複雑であり、重要であり……諸刃でもある。

 

片方が失われれば、もう片方も生きる事は出来ない程までに。

 

 

「さっさと、逃げるが良いかしら。お前は空を飛べるようだし。メイド姉だけに集中できるなら、契約相手の守護は任せるのよ」

「……ベアトリス様。一度しか言いません。退いてください。空を飛び、逃げる可能性を考慮したとするなら、最早手加減など出来ません」

 

 

あの屋敷から続く第二ラウンドが今始まろうとしている。

ラムの物言いにはベアトリスも眉を僅かに潜めた。

 

 

 

「随分面白い事を言うのよ。……このベティーに対して手加減。そう言ったのかしら?」

 

 

悠久の時を生き続け、徴収し、力をため込んだマナを酷使する大精霊。

それが、たかだか生まれて十数年の鬼族の娘に格下認定された日には、気高き存在と自称するベアトリスのプライドに触ると言うものだ。

 

だが、ラムとてただの挑発をした訳ではない。……歴然たる事実をぶつけているだけなのだ。

そして、まだ頭は働く。

 

 

空を飛んで逃げられたら、もう追いつけない。……もう生きてる間に探せない、と感じていたし、似た様な事を口にしたが、本当の意味ではそう思っていない。

 

ツカサの人間性を知っているからだ。

 

久方ぶりに見る……、いや、近年稀にみる、と言って良い。お人よし。

 

何か裏があったのかもしれないが、嘘を言っている様に見えなかったし、本人から、嘘かどうか認定出来る手段があるのなら、受ける、と言う案までしてきている。

 

強大な力を持ち、その力に溺れる事も無く、欲を満たす訳でもなく、ただ他者を慈しむ。

 

村での過ごし方1つ見ても、村を魔獣の手から救ってくれた事も、ロズワールに代わり心から敬意を表する想いだ。

 

 

そんなお人よしが、このままベアトリスだけを残して逃げの手を取るとは思っていない。

 

何せ――――。

 

 

「ベアトリス様こそ、ここが屋敷の中でないことをお忘れでしょう。禁書庫からこれだけ離れてた森の中。……何より、ラムは命を捨てる覚悟(・・・・・・・)で臨みます。この条件でも、ラムからその殿方を逃がせる自信がありますか?」

 

 

ラムは、ベアトリスに言っているが、その内容はツカサにも突き刺している。

 

 

もう殺すか殺されるかしかないのだと、優しく甘く、好感を持つ事が出来る人間の男に言い捨てる様に。

 

 

そして、正面から聞いていたベアトリスは、口惜し気に目を細めた。

 

ラムの言っている事も歴然とした事実。

それに、ベアトリスは少しだがラムの素性を知っている。そのラムが命を捨てて、捨て身で攻撃をしてくると言う。

 

更に頭を悩ますのは、この状況を意図的に作った男達だ。

あの様な目立つ事をしなければ、こんなに早くラムが辿り着く事は無かったし、何より、そのまま飛んで逃げれば手間も省けたというものなのだ。

 

 

真意が全く解らない男たちを 最強の鬼(・・・・)から護る……。

 

 

口惜し気になるのも仕方が無い。

 

 

 

そんな緊迫し、一触即発な修羅場の空気を両断したのは、思いもよらない人物。

 

 

「びよーん」

 

 

豪奢な縦ロールを2本両手でつまんで思いっきり伸ばした。

手を放すと、その髪はまるでバネの様に弾む。効果音を付けてあげたい程に弾む。びよよん、と。

 

 

「うんうん、思ってた通りの感触と快感!」

「な、なななな、な…… なにしてやがるのかしら!! 一番死にそうな奴が、自分の身も守れない男が、一体なにしてるのよ!! 死にたいのかしら!?」

「ばーか、死にたくなんかこれっぽっちも無いね。オレが死んだら、困るヤツだっているんだ。……それに、ちゃんと狙い目は用意してるし、ベア子が来てくれたのも、涙が出る程嬉しいし、優しいってのも十二分に知れて良かったとさえ思うが、ここで前に出るのはベア子じゃないんだぜ」

 

 

そう言いながら、ベアトリスの肩を叩き、自身が前に出る。

 

 

「いい、度胸だわ。漸く恥と言う概念を持てた様ね。それに観念も」

「いや、恥はずっと持ってるし、否定はしない。度胸も勿論持てた。……んでも、観念だけは違う。オレは覚悟を決めただけだ。……やっと、力になれるんだからな」

「―――なにを」

 

 

スバルの意図が解らない、と顔を顰めるラム。

スバルを全面的に出すくらいなら、あの千里眼を使うまでも無く、目視できる豪風で彼方に飛ばした方が遥かに良い。

 

今の手は、紛れもなく悪手。ラムにとって好都合だが、向こう側は間違いなく悪手だ。

 

 

「スバルは逃げも隠れもしない。……そう決めた、って事だよ。だから、ほんの数分、いや 数秒で良い。言葉を交わさせてくれ。……絶対に、後悔させない。絶対に」

 

 

そして、その隣にはツカサ。

益々解らない。

この距離でも、スバルと言う完全なる荷物を護れる?

ラムが放つ風の刃よりも早く、動き、命を捨てて力を解放するラムに、スバルを護る、という点で、勝る事が出来るとは思えないから。

 

 

「もう、オレはヘタレない。兄弟に言われるまで解んなかったオレ自身の面を殴ってやりてぇ。……お前が悲しむトコなんか、見たくねぇ、そんな顔、見たくねぇんだ。オレだって一緒だ」

「……!! 何を、何を今更言うの!! レムの事何か知ってるなら、とっとと話しなさい! それ以外は認めない、求めない。……刃で返す。その首を落とす返礼しかないのよ!」

 

 

乾いていた筈の涙が再び溢れ出る。

 

 

 

 

 

「レムはもう死んでしまったの!! 後悔させない?? 後悔させない、ですって!?? もう、全てが終わりなのよ! 取り返しがつかない、後悔しないなんて、ありえない! 例え、その首を切り落としたとしても―――――」

 

 

 

 

 

後悔する。

妹を護れなかった事に

妹を失ってしまった事に。

 

軽々しく後悔させない、と言われたくなかった。

そんな事聞きたくなかった。

 

 

レムの前で涙を流した男。

悲しいと泣いてくれた男。

 

 

そう、ラムは知っている。

パックもエミリアもベアトリスもロズワールも、誰一人悲痛な表情こそすれど、涙を流すまではしなかった。

 

付き合いが短いこの男は 流してくれた。妹の死を悼んでくれた。

それが、その死に顔に手を沿える事を赦した理由なのだ。

 

 

そして、その次の言葉で、ラムは更に衝撃を受ける事になる。

レムの死以下ではあるが、スバルがレムの死に関連がある、関係があると知った時以上のモノ。

 

 

 

 

「まだ取り返しは効く。……レムを助ける事が出来るんだ(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

何を言っているのか解らなかった。

数秒、固まってしまった。

 

 

そして、長い長い体感時間を経て………1つの答えに辿り着く。

パックが言っていた言葉だ。

 

レムの魂を救う。魔に落とさない為に、その魂を看取る。

 

 

だが、それは最愛の姉であり、唯一の種族、親族であるラムの役目だ。

妹に鎮魂を捧げるのは、死ぬまで捧げるのは自分の役割。

 

 

「赤の他人が土足で――――」

 

 

再び激昂し、目を血走らせ、風の刃を振り下ろそうとした時だ。

 

 

 

「違う!! レムはまだ生きる。生きれる! これからも、一緒で居られる!! ただ、その為には、ラム! お前の力が必要なんだ!!」

「っっ!!?? な、なにを……」

 

 

 

激昂しきった頭が、再び大きく揺すられた。

 

完全に命の灯が消えたレムが再び息を吹き返す等あり得ない。

 

死者蘇生なる魔法でも使うと言うのだろうか? いや、それは不可能だ。

死者を呼び戻す様な都合が良い魔法。……それは決して、この世界が……オド・ラグナが許しはしない。

 

王国最高の魔導士であるロズワールと長らく共にいたのだ。ある程度の魔法には、その知識には触れる事が出来ている。

 

もしも、そんな力があると言うのなら―――妄執に取りつかれたりはしない。

 

 

様々なことが頭を巡っている中でも、ツカサは続けた。

 

 

「いや、ラムの力を借りるだけじゃ足りない! 到底足りない。まだ、必要なモノがあるんだ!」

「ひつ……よう?」

 

 

当たり前の様に話が進んでいく。

悠久の時を生きる大精霊ベアトリスも驚き固まっているというのに、知識の禁書庫の司書である彼女さえ、驚いているというのに、話は続く。

 

 

 

「ラム」

 

 

ツカサは、真っ直ぐラムの目を見て言った。

 

 

 

「オレの事を、信頼してくれ。信用してくれ。……忠誠の重さを知らない主のロズワールよりも、とは言わないし、言えない。……でも、同等のものを、オレにくれ」

「は、は……?」

 

 

まだ、まだ考えが纏まらない。

そんな時だ。直ぐ横に居る男が声を出したのは。

 

 

 

「……ラム。レムとロズワール。……どっちが大事だ?」

 

 

 

究極の二択だったかもしれない。

でも、それは生き死にを考えたらの話では当てはまらない。

レムが存在しているのであれば、レムにはどうにか納得させる、どうにか納得させて、ロズワールの方へと行くのがラムの正しい選択。

 

ロズワールに対する想い………、それは誰も知らない。ロズワールやレムさえ知らないラムに秘めたモノ。

 

だから、妹に恨まれる結果になったとしても、どうにか説得して、納得してもらう。時間がかかっても、その手を取る。

 

 

 

だが――――、レムが死ぬかロズワールが死ぬか、だったなら……?

 

 

 

 

「んな、どっちかしか取れねぇ様な状況考えるんじゃねーぞ! どっちも助かるって話だ! お前らは前に言ってた。両手はもう塞がってる、って。……その塞がった手を、もう1つ分、増やす。増やせないか、って事だ。出来れば、オレの事も信頼してほしいけどさ!ほら、手が増やせないなら、足とかでも良いぜっ!」

 

 

余計な茶々を入れているが、それが頭に入る精神状態ではない。

ただ、……普段なら一蹴していたかもしれない。

 

 

妄言、狂言、異常者だと、切り捨てていたかもしれない。

 

 

 

でも、絶望の淵に落とされて……伸びてきた細く、小さく、消えそうな糸。幻かもしれないその糸。掴もうとしても触れないかもしれない、希望と言う名の糸。……その先に希望(レム)が居ると言うのなら。

 

 

「ウソ……だったら……「オレの命をやる」ッ」

「いや、まずオレだ、オレ。元々ラムが追っかけてきたのは、オレなんだから」

 

 

もう目と鼻の先に居るツカサ。

手を伸ばせば触れる事が出来る。

風を飛ばせば、首だって落とせる距離。

 

物騒な想像に、思わずスバルは苦笑いをしたが、ツカサは変わらない。

 

 

 

「――――………どうすれば、具体、的には何をすれば……」

 

 

 

それはYESと取る。

そうスバルがいい、ツカサにウインクを送った。

ツカサも満足そうに、穏やかに頷くと、続けて言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――沢山、話そう。時間はたっぷりあるんだ。………時が止まった世界に、ラムを招待するよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――もう見たくない。あんなラムの姿は、見たくない。

 

 

だからこそ……命を懸けるんだ。

 

 

 




ベティーちゃんが最後空気…………...( = =)
まぁ、ンな馬鹿な……と放心してるだけですがw

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