Re:ゼロから苦しむ異世界生活 作:リゼロ良し
「――――ここ、は……」
気が付いたら、見知らぬ天井を眺めていた。
いや、知らなくはない。よく考えたら知っている。だが、何度も繰り返してきた場所で見る天井ではない。
この豪勢な装飾が施され、シャンデリアは日の光を反射させ、鮮やかに周囲を日の光で彩っている。
見慣れたアーラム村の、もう自宅の様に落ち着け始めていた借家の天井ではない。
―――ロズワール邸の一室。
意識が覚醒すると同時に、左右の手に感触があるのが解る。
「お客様お客様、お目覚めになりましたか?」
「お客様お客様、……その、大丈夫?」
そこには、青色の髪と桃色の髪を持つメイド姉妹、ラムとレムがいた。
ベッドを挟んで、左右から両手をしっかりと握ってくれている。
まだ、朧気な視界だが、それらが鮮明になり、彼女達の表情を細かに見る事が出来る様になった。
レムの表情は、そこまで変わった様子はない。
何度も戻ってきた時のまま。つまり初対面、初日の顔合わせの時とそこまで変わってない。
使用人として、使用人筆頭として完璧に職務を全うするプロの顔。
――――いや、よくよく見てみると、やや動揺の色がその瞳の奥にある様な気がした。
そして 姉のラムの方はどうだろう……?
目元が赤い。明らかに赤い。それに、その特徴的で特定する事が出来る要員の1つである桃色の髪。どうにか整えられている様だが、レムと比べたら明らかに乱れている。
髪の手入れもメイド服の着付けも、完璧だった筈なのに。
「ぁ………思い、だした……」
視界が鮮明になり、双子メイド姉妹の違いを観察できる程、余裕が出てきた所で、微かに、朧気に、そして確実に輪郭を帯びていく記憶の扉。
開かれた先の記憶。
それは遠いモノなのか、近いモノなのか、最近なのか昔なのか解らない。そんな記憶。
時の狭間、とでも名付ければ良いだろうか?
スバルが嬉々としながら、カッコイイ名を決める! と息巻いていた様な気がする。
「――――ここは、一体……? あっ、なんで、なんで……?」
その場所に初めて足を踏み入れたラムはただただ戸惑っていた。
この時の狭間……、真っ白な世界に立っている自分自身に。
そして少し考えて、ラムは身体のあちらこちらをペタペタと触って確認をしていた。
あの絶望の中、哭き喚き、血を流し、世の全てを呪わんとしたあの絶望の世界。
ラムは自身の命を燃やして、その元凶を殺る為に、その元凶に通ずる全てに復讐を、レムの仇を打つ覚悟で臨んでいた。
幾分も無い命の残り香を全て使う。
強力な魔法1つ、強力な風の刃を1つ、躊躇いもなく操り、その代償に、身体の全てが悲鳴を上げていく。
だが、ラムはその悲鳴に一切耳を貸すことなく、ただただ前のめりで突き進む事を選んだ。
最愛を奪った相手に対する本懐。
復讐が全ての世界において、己が肉体など粗末な問題に過ぎないと気にする素振りは一切見せなかったラムだったが……、それでも精神が肉体を凌駕する事はない。
その負担は確実に着実に自身の身体を蝕み、死地へと誘っていった。
無論、ラムとてそれが解らない程、知性も理性も無くなった畜生ではない。馬鹿ではない。
本懐を遂げるまで、持ってくれれば善いと言う考えだったのだから、当然だ。
或いは縋りたかったのかもしれない。
だが、この世界ではどうだろうか?
熱、寒気、痛み、苦しみ………あらゆる苦痛が一掃されてしまっている。
心だけは、精神まだ不安定な様だが、少なくとも肉体の維持は問題ない。
「そりゃ、ビックリするよなー、オレだって、半死半生。レムりんに撲殺されかけるわ、呪術で呪い殺されかけるわ、口きけねー、身体動かねー、ガタガタグチャグチャ、何で生きてんの? 状態、最悪な体調だった筈なのに、
白の世界で、白で埋め尽くされていた世界で、1人はっきりと映し出された。視界の中に異物のように映し出された。
それは真っ白な絵画に張り付けられたかの様な印象。
それは少なくとも、スバルが以前ベアトリスに対して感じた印象程度ではないだろう。
それ程までに、この場所は自然ではあり得ない不自然。因果律を覆す世界。
……光があるのに影が映らない世界。
「……ゴメン、悠長に長話出来る時間、無いかも………」
そんな中、もう1人、また突然視界の中に現れた。
でも、その1人は異物と断ずる事はない。絶対にない。
寧ろ、現れた瞬間鮮明に、心の中にさえ届きえる光を暖かさを得たような感覚だった。
「………説明しなさい」
異物として、スバルを無視したラム。
流石に言葉に出さずとも、何となく察知するスバルは悠長に饒舌に話をしていた口を閉じるーー前に。
「オレの扱い雑か!」
と、絶叫した。
そして、手短に一通りの説明を実施。
ラムも訝しむ仕草をみせていたが、それでも納得してくれた。
妹を失ったラムの精神はまだまだ不安定である事は間違いないが、それでもスバル程引き摺る事は無かった事が幸いだと言えるだろう。
ツカサのコンディションを考えたら尚更。
「ハッ。ラムとバルスを比べるなんて、失礼も良い所だわ」
「復活した途端に、調子が元に戻りましたねーぇ? お姉さまーぁ?」
スバルも苦言を呈している様だが、内心は嬉しいようで、表情に現れている。
自分自身が、この空間で精神状態を安定させるまでどのくらいかかったのか、大体ではあるものの覚えているから。そして、ラムが味方になる事実がよりスバルの視界を、未来を明るく照らすのだ。
なんだか、スバルの視界の中のラムはとても嫌そうな顔をしてる……気がするが、気のせいだきっと。
「ふぅ、ふぅ…………はぁっ、はぁ……」
でも、これで万事解決!とはならない。
ツカサの言う、時間が足りなくなったと言う問題もある。説明が足りてない状態、精神が戻ってない状態で、あの時間に戻ったとしても……事態を好転させるに至らないかもしれないから。
「でも、ほんと良かった……。ラムにはこれからのこと、色々と頼みたいから。……結構、頼みたいこと、多いから」
「……聞きます。ツカサ様」
真剣で神妙で……更に声色もスバルとは圧倒的に違う。
明らかに超常現象が起きている事態も鑑みて、ほぼ信じてなかったかもしれないレムの生存面に本当の意味で希望が持てる、と思えてからは ラムの口調、ツカサに対する話し方、敬称が変わっていた。
確かに、ロズワールと同等の……とはお願いしたが、少々修正しなければならないだろう、とツカサは判断。
「それ。まず第一。接し方は以前のままにして。戻った時間軸の状況を考えたら、ラムが突然豹変した事実に絶対皆が驚く。ロズワールさんに変な疑い掛けられても困るし、特にレムが驚いちゃって、また変な展開が起きないとも言えないから。可能な範囲で、覚えている範囲で良いから、
「解ったわ。ツカサ」
「切替はやっっ! やっぱ、姉様パネェ!?」
ラムの切替の速さにスバルは舌を巻く。
それを聞いてツカサも安堵した。
「なるべく、自然にね? ……もう少ししたら、ラムの隣にレムが居る。スバルが目を覚まして、レムとラムの2人が起こす場面。そこに
その言葉にラムは胸が躍るようだった。
枯れたと思っていた涙が再び零れそうになる。……でも、それでもツカサの言う通り平常心を約束した。
出来るかどうか、定かではないが、それでも約束をした。
そして、その後は細かな詳細について互いにお復習。
「なるほど。つまりバルスが、突然無様に失禁。子供の様に失禁した挙句、レムとラムの視線、羞恥に耐え切れなくなってベッドから怯えて飛び出したあの時に戻るのね。妹と再会すると言うのに、最悪な場面だわ」
「異議あり!! ちょっと、変なトコ捏造しないでくれるかなぁ!? 怯えてベッド飛び出したのは認めるケド、漏らしてねーから!」
数日前の記憶を遡り―――ある程度捏造しつつ、会話を紡いだラム。
それを聞いて、ツカサは驚く。そして、状況を鑑みたら……ある程度は仕方ないのか、とスバルに優しい目を向けて言った。
「………えっ? ま、まぁ……仕方ないって、ラム。……もう、解ってもらえると思うけど、戻るのはこれが初めてじゃないから……さ? 凄く怖い目にあったんだよ……戻る前。だから、仕方ないって」
「そう。バルスの様子を見てたら、大体察したわ。それに、本当に戻れるのなら、全て粗末な問題よ」
「いやいやいやいや、ちょっとまてちょっとまて兄弟!! その生暖かい目と励ましヤメテ!! してねーーから!! 冤罪っ! 冤罪っっ! そもそも、時間ねーのに、悠長に長話してていいのかよ!?」
それは兎も角、確かに時間が無いのも事実なので話を前に。
あの黒点がもう見えてきているから。
「次に、こっちは想像してると思うけどオレの力について。日頃使う様な魔法は兎も角、この
「勿論よ」
「………ロズワールさんにも秘密に出来る?」
「問題ないわ。ロズワール様からは、ツカサに不敬を買わない様に、言いつけがあれば何でも、全てを聞く様に、と指示されてるもの。出来ないなら、もうそう言ってる。なぜならロズワール様とラムとは契約で結ばれているから。契約に背く事は出来ないし、きっと ツカサもそれは
「―――……」
ロズワールの指示―――と言うのがある程度重い事はツカサも知っていた。レムの言葉からだ。スバルを襲おうとしていた時、殺そうとした時、立ちはだかった時、レムはロズワールの指示の件を言っていたから。
でも、それ以上に重いのはラムの話。
そう……
それを聞いて、少なからず表情を歪めるツカサ。
2人の間柄は当然だが、出会ったまだ数日。知る由も無い。
だが、ラムの言葉で その契約が決して軽いモノではない事にくらい当然気付く。間違いなくレムのそれ以上。本格的なものである、と。恐らく破れば相応の
ロズワールとラムの間に何があったか知らない以上、それに例え恩があったとしても妄りに他人の心に踏み込んでいくだけの気概はツカサには持ち合わせていない以上。
「深くは訊かないよ。ラムが黙っていてくれるならそれだけで十分。……仮にバレちゃって、広まっちゃったら、スバルを死なせない様に冷凍保存でもして遠くに逃げるから」
「そうね。そこまでされたら きっと追いかける事は出来ないから、最善の手よ」
「だから2人して、オレイジメてそんな楽しいの!?」
時折スバルを弄るのは、ラムの精神安定にも良いのかもしれない。
すかさず乗ってくれる所も有るし、何より表情がより柔らかくなる様に思えるから。
そして、当然その後は―――屋敷の襲撃犯、呪術師についての話もする。
「敵はおそらく屋敷の中には居ない。……いるなら外。あの村の魔獣の事件もきっと繋がってる。……だから、スバルは屋敷で信頼を……、特にレムからの信頼と信用を勝ち取れる様に頑張って」
「おうよ! 超姉想い、身内びいきのレムりんだ。ラムちー姉様の注意があったとしても、《姉様の為!》 って、オレの頭砕きにくる可能性だってあるからな!」
「バルスが死ねば、ツカサが苦しむ。それも精神的じゃなくて物理的。力があるわけでもない一般人以下。……存在意義あるの?」
「ヒデぇ!? だから、そんな目で見ないで!」
軽口をたたく、スバルが怒る。
でも笑ってる。
あの時、こんな風にまた話せるなんて思ってなかったから。少なくとも、前に戻った皆としか、叶う事は無いと思えていたから。
そして、ある程度 吟味した所で――――最後の願い。
「これが最後だよ。ラムも覚えてると思うけど……、4日前の朝。オレ倒れてたでしょ?」
「ええ。覚えてる。庭を血反吐で汚してくれたわ。掃除が大変だったもの。……レムが」
「ははは、そこまで覚えてくれてるのは幸いだよ」
ツカサはそう言うと、苦笑いしながら頭を掻き……続けた。
「………多分、
思い出した。
それにラムの様子も察しがついた。
幾ら事前に伝えていたとしても―――百聞は一見に如かずだ。実際に体験するのとでは訳が違うだろう。
死んだ筈の妹との再会。間違いなく生きている妹と再会したのだ。……平常心に、と言われて普通に過ごせるほうが無理がある。恐らく短い間ではあるだろうが、衣服や髪の乱れは、レムに抱き着いたのだろう。そして当然目が赤いのは涙。
本当の鬼の目にも涙、である。
そしてツカサはここに運ばれて手厚く看護。
ラムとレムに手まで握られている所を見ると……相応の負荷が身体を襲っていたのだと思う。ひょっとしたら無意識に身体が悲鳴を上げて、暴れていたかもしれない。
記憶もそうだが、それ以上に完全に思い出したから。――――身体の悲鳴。
「お客様お客様。お身体の治療は当家では不可であると聞かされました。最高の治療が出来る王都に向かわれた方がよろしいかと思いますが」
「お客様お客様。見たところ、大丈夫そうだとは思うけど、取り合えず希望は言ってちょうだい」
レムとラム。
いつもはほぼシンクロしていて、言葉の汚さ以外は、ほぼ同じ内容を
だが、今はブレている様だ。
「……大丈夫。パックにも言われてない?
「…………」
「…………っ」
ラムは頑張ってる。
頑張っているけれど、やっぱりいきなりは無理だ。スバルと比べたら……怒られそうだけど。
「だから、大丈夫。ちょっと休んだら………きっとよくなるから。ありがとう」
お礼を一言。
笑顔もそうだし、何よりあれだけ血を吐いて倒れた身体。大精霊であるパックやベアトリスまで匙を投げた身体だと言うのに、確かに快復の兆しは見えている事に驚きつつ……2人は一礼をした。
礼をした後、ラムはレムの方を見て言う。
「……レムレム。もう1人のお客様の方をお願い。こちらのお客様はラム1人で大丈夫よ」
「はい、姉様。解りました」
流石はレム。
ラムの様子がいつもと違う事くらい……、ツカサでさえ解る違い位レムにはお見通しの様だ。了承しつつ何やら心配そうに見ていた。
事前の打ち合わせでは、仮にボロが出たら 王都でツカサに世話になった件を持ち出す様に、としている。
それは、エミリアに対した事ではなく、ラムに直撃しそうになった瓦礫の山から救い出した事。
それにラムがツカサに対して心証が悪い……と言う事はあり得ないし、心の内側は、レムに共感覚として伝わるから、問題ではない、とも聞いている。
ラム自身は余裕で対処、回避できるつもりではあるものの、結果を見れば ツカサに助けられたのは間違いないから、嘘ではない。
その後――ラムは、自身の千里眼を用いて、レムがこの場から遠く……スバルの所にまで行ったのを念入りに確認。
千里眼と言う名だが、波長が合う存在と視界を共有する能力なので、そこまで万能ではないが、この程度なら造作も無い。
共感覚以上に、妹に気付かれない範囲まで出たのを確認すると、誰もこの部屋周辺に居ないのを念入りに確認すると、ラムは目に涙を浮かべながらツカサに抱き着いた。
「――――――ありがとう」
「頑張ったね。それに……こちらこそ」