Re:ゼロから苦しむ異世界生活 作:リゼロ良し
時間軸が変わり―――場面は5日後。
即ち並行世界のルグニカ王国。
「街道にまた霧が……?」
「ええ。もう霧はうんざりです。こんな短期間で、それも同じ場所になんて、はじめての事ですよ」
「……厄介なのに目付けられた、って可能性はあるのかな」
霧が何をもたらすのか。
否、何が霧を産み出すのかを、以前とは違いもう知っている。
あの霧の魔獣が再び現れる可能性が極めて高い様だ。
最悪の初対面だったから、向こうは覚えているかも?と苦笑いした。
「それに僕にとってはある意味霧より厄介な事に、今グステコへの通行が閉鎖されちゃった事ですね。あちらで商談を、と思ってたのに。国境を超えれなくて。それでも、何とかルグニカに来てこの油を売りさばこうかな、と思ったのですが……、正直この量は無理ですよ……、とうとう破産だ!! って思ってたらまさかのツカサさんと再会! きっと、僕は不幸に見舞われるその時こそ、最大の幸運を引き寄せるんだと思います!! 王都に入って4日目にして!!」
「まず、不幸に見舞われない所から、努力してみようか? 危機回避能力を上げるとか。後は、毎日龍に祈りを捧げて、無病息災、商売繁盛、一日欠かさずずっと祈りを、ね?」
「それくらいなら、やってますよ……。龍に願って願って祈りを捧げた後に、ツカサさんが助けてくれたんですよね、そういえば。……すみません、ツカサさん。とてもとても図々しいお願いだとは解っているんですが……」
随分久しぶりに友人と再会したツカサ。
その友人とは商いを営んでいて、短い時間ではあったが共に旅をした仲でもある相手。
そう、オットー・スーウェンである。
オットーが向かおうとしていたのは、グステコ聖王国。
万年雪に覆われているグステコ聖王国であれば、火を起こす為に必要な油を売る事は可能だろう。その為に色々と手を尽くして仕入れてたのだが……、タイミング悪く王選が始まり、完全に封鎖されてしまっていた。
大量の油の在庫を抱えてしまい、途方に暮れながらも……取り合えずオットーは一縷の希望をルグニカに向けたのである。
そして、見事にその希望は叶う事になった。
「ツカサさん! どうか、どうか僕をツカサさんの元で、お抱え商人として雇ってくださいっっ!! どうにか、どうにか利益が出せる様に、勤めます!! お願いします……っ!」
「い、いや、オレロズワールさんの所の食客って扱いだから。雇える様な立場じゃなくてね? 独断で決める訳にもいかないし……」
「ハッ。商才の無い商人を雇って、どんな益があるというの」
頭を下げるオットーに対し、まるでゴミを見る様な蔑む様な、そんな視線を存分に浴びせるのはラムである。
ツカサの代わりの返答? だろうか。
その言葉は刃となり槍となり、オットーの身体に突き刺さった。
「うぐっっ、ラムさん。相変わらず僕に異常に厳しいです……」
「当然よ。ラムの邪魔をしたのだから、この優しいラムでも辛辣になる、ってものよ」
「ラムさんが優しい……? 一体いつ優しくなるんですか。……と言うより邪魔、とは?」
「空気を読めないとはこのことを言うのね。商才が無いのも頷けるわ」
バッタリ出会ったのはルグニカ城下町……すなわち街中である。
ツカサとラムの姿を見つけたのはオットー。あのエミリア迷子捜索をしていた時と重なって見えたのはオットーだったから、余計に見つけやすくなっていたのだが……、あの時の2人と現在の2人とは少々関係性が違うのだ。
「えっと、つまりどういう事でしょう? ツカサさん」
「ん? 何が?」
「いえ。僕に言わせるんですか? ほら、ラムさんとの事ですよ。何だか只ならぬ間柄に?」
大体予想はつくものの……とりあえず便宜上は聞く事にするオットー。
ラムも何処か胸を張って自信満々な様子―――……なのだが。
「ああ、ラムは今、オレが王都にいる間、付き人をやってくれてるんだよ」
ツカサの返答を聞いて、ラムの眉がピクリ、と上がった気がした。ヒクついてる様にも見えた。
それに心なしか、気温が下がった様にも感じる。
「………こっちにも読めない男がいたわ」
表情こそ殆ど変わっていないが、明らかに怒気を増しているラムを見て、そのラムの横顔を見てオットーは大体察した。
何がどうなったか、どういう経緯なのか、その馴れ初めまでは当然解らないが、この短い期間に、1カ月と言う期間で、ラムはツカサに心を開いたという事なのだろう。
その詳細を聞くのは野暮であり、そこまで踏み込むつもりもない。
―――ただ、ツカサの事はよく解らなかった。在り来たりと言って良い好意を寄せられる相手に対して、ただ鈍感なのか? でも、ラムを見ているその表情は……。
「―――ツカサ。さっさと行くわよ。今日も付き合ってもらう約束をしている筈よ」
「っ!? わ、解ったよ。ちょっと待ってって」
ぐいぐいと腕を取られて引っ張られていくツカサ。
傍から見たら本当に微笑ましい……が、このまま居なくなってしまうのは、オットーにとっては都合がかなり悪い。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ~~、再会したばかりなのに、冷たくないですか、ラムさん! っていうか、ツカサさんの付き人がラムさんなのに、何か立場逆じゃないですかー?」
「先約があるのだから、仕方の無い事ね」
「取り合えず、暫くは王都にいるよ。クルシュさん……カルステン家に諸事情でお世話になってるから。ロズワールさんの所に戻る時はオットーに連絡を入れる」
ラムに引っ張られながらも、オットーに返事を返すツカサ。
ラムはさっさと行ってしまいがちだが、ツカサはオットーの事を蔑ろにするつもりは毛頭ない。
オットーは初めての友達だから。
「ロズワールさんへ口利きはしてあげるけど、最後は自分次第だからね? オットー。ここが交渉術の見せ所だよ。頼むにしろ、売り込むにしろ」
「め、メイザース辺境伯と……!?」
オットーはロズワールの名を聞いて、顔を引き攣らせた。
ロズワール・L・メイザースの名は、当然ながらオットーも知っているのだろう。
このルグニカ王国では……いろんな意味で有名人だから。
「ひょっとしたら、ここが最大の好機なのでは!?」
オットーは現在かなりの崖っぷちだ。
油に投資し、私財を結構なげうった状態。万年雪に囲まれたグステコに行けない今、油を買ってもらえる相手を探さなければならないのだ。
ツカサとロズワールの関係性は読めないが、少なくとも王都に一人使用人をつけている事、食客扱いである事を見ると、相応な待遇を受けているのは解る。
※ 残念ながら、オットーはツカサがルグニカ最高位の勲章を授与した事実を知らない。
「商談には、ツカサさんの名を使わせてもらいますよ! 良いですかね??」
「事実無根な事言わなければ、多少は目を瞑るよ。嘘ついた所で、ロズワールさんなら笑って許容しそうだけどね」
「はいっ!! 駆け引きしがいがあるというものです!! では、お戻りになるときは絶対に声をかけてくださいよ! 絶対ですからねーー!」
ぶんぶん、と手を振るオットーを置いて――――ラムとツカサは、その場を離れるのだった。
「姉様」
「お前ら、め~~っちゃ目立ってたぞ。さっきのヤツが知り合いの商人ってヤツか?」
行く先で、スバルとレムに合流した。
王都では現在、これと言った用事は無い。
あるとするなら、スバルの身体の治療とヴィルヘルムとの剣の訓練程度。
商業施設巡りで、色々と買い出しは初日に行ったので、特に買うものは現在無い……が、スバルからデートと言う単語を、その聞いた事無い言葉の意味を聞いていたので、ラムは攻勢に出ていたのだ。
それが、今日のツカサとラムの約束である。
街中を見て回ろう……と言う。
そして、今日は告げるつもりだった。
直接、はっきりと言わなければ、解らないこのツカサと言う男に。
でも、レムは兎も角 余計な
「ラムちー姉様、そんな睨まないでくれって!! 今更だけどデートの邪魔しちゃったのは、マジで悪かったって思ってるから!」
「ハッ! 何言ってるか解らないわ。ラムは可愛いレムと再会して喜んでるだけよ。余計なモノまで気にかけてる暇なんて無いわ」
「ヒデェ!!」
「レムは姉様とツカサ君が仲睦まじそうで、本当に嬉しいですよ。スバル君がいて、幸せそうな姉様やツカサ君がいて、レムは毎日がとても幸せです」
「そこまではっきり言われると……なんだか照れるね。でも、礼を言うのはやっぱりオレの方なんだけどなぁ…。レムにも感謝してるし」
何度目になるか解らないが、日々の感謝と言う意味ではツカサも負けていないつもりだ。
短い期間で、こうも恵まれた待遇、恵まれた環境、そしてここにいる皆。
心が空っぽだった自分の筈なのに……今は、足りないモノは何一つない。
「ラムにも感謝してる。すごく、すごく。いつもありがとう。傍にいてくれて」
「―――……」
ラムは言葉にする事なく、ツカサの腕をとって、身体に引き寄せた。
「ラムちー姉様も、ツカサの前じゃ持ち前の毒舌もゼロな形無し、ってな」
ニヤニヤ、と何処かラブコメを見てる光景だ。
前までの自分なら、こんな甘酸っぱい場面を目撃した日には、盛大に《爆ぜろ!》と言う所だが……、そんな野暮はしないし、心から祝福する意である。
レムがラムとツカサの近くにいるのが、ちょっと空気読みポイント減点な部分。
距離をとろうか、と思わなくもないが、今このタイミングでレムを連れ出すのは、どうしてもバレてしまうし、タイミングが悪い……と言う事で何もしない。
……それに、レムも幸せそうに2人を見ているから、尚更引き離す真似は出来ないが。
いつの日か、ツカサとラムの様に………自分も――――。
と、思いながら毎日のルーティンにしているエミリアがいるであろう、メイザース領がある方角の空を眺めていたその時だった。
「?? ――――なんだ? アレ」
西の空。
今日は快晴だった筈だ。ずっと遠くまで、この澄んだ青い空を、雲一つない空だった筈なのに、大きな大きな雲が出来上がっているのが目に入った。
「(……ひょっとして霧ってヤツか? 街道に発生したっていう……。あんな規模なの?? ここから見えるくらいの??)」
この時、スバルは最大の……致命的なミスを犯した。
突如現れた大きな大きな白い雲。
現れたそれは、明らかに異常事態に等しい怪しい光景だと思った筈なのに、スバルはそれを仲間内に話す事なく、ただ一人で見入ってしまっていた事。
この時、レムやラム、ツカサに一言声をかけていれば違った未来があったかも知れないのに………。
―――――――……全てを、氷と雪の下に。
次の瞬間には、頭の中に、何かが響いてきた。
一体何だ? と考える間もなく次の瞬間には―――空が白く光ったのだ。
それは目も眩む程の光。
一瞬で辺りは何も見えない真っ白な世界となった。
「な、なに……!?」
異常事態。
ここで漸くスバル以外にもその異常事態に気付く。
一瞬の出来事故に一体何が起きたのか全く解らない。
気付く事は出来ても、理解が全く追いつかなかった。
そして、考える間も与えてくれない。
突如白に染まった空は、ルグニカ王国をも白に……白銀に染め上げていく。
「一体、一体何が……!?」
「これは………」
白に染まっていくそれが、ただ染まっているのではない。
全てが凍っていく、氷結していってるのに気づいた時には、もう全てが遅かった。
城下町を、ルグニカ王国を囲んでいる城壁が粉微塵となって吹き飛んだ。まるで光の速さで全てを凍らされてしまう。
それは白の世界――いや、白銀の世界。
空も大地も街も、全てが氷結していく。空気をも凍って逝く。
生きとし生けるもの全てを滅する勢い。まるで世界が終わりを告げているかの様に。
スバルが気づいた6秒後、そこで、動く事が出来たのはツカサだけだった。
レムも、この時ばかりは動く事が出来ない。
あまりにも一瞬の出来事だったからだ。
スバルが、白い雲を発見し、城壁が消し飛ぶまでの時間は……凡そ8秒程しか無かったのだから。
「ラムっっっ!!」
ツカサは側にいるラムの身体を抱きかかえて、そしてレムの方へと跳んだ。左右の腕にラムとレムの姉妹を抱きかかえ、塞がってしまった手の代わりに、脚を使う。
己の炎の魔法エクスプロージョンを
ーーーほんの少し、ほんの少しで良かったんだ。
スバルの身体に触れれれば良かった。それだけで何とか出来た筈……だったんだ。
――――眠れ……我が娘と共に。
スバルに触れる事は叶わなかった。
一瞬で、この街の全てを凍土へと染め上げられた。炎を操る自身、そして触れれてるラムやレム以外を助ける事は出来なかった。
そうーーー出来なかったんだ。
恐らくスバルは、何が起きたのかもわかっていない事だろう。
目の前から姿を消してしまった。厳密に言えば、その身体は粉々になり、粉雪となって空を舞ってしまった。
一瞬の出来事だったが、ツカサの目にはまるで周囲の時間軸がズレ、スローになったかの様に、見えてしまった。
「……!!」
それを目の当たりにしたのは、ツカサだけじゃない。
抱えられたラムもレムもはっきりと見た。
状況を受け入れられないレムは思考が完全に固まってしまったようだが、逆にラムは急速に回転した。……スバルの死。それが何を齎すのかを……事前に聞いていたからだ。
この正体不明の氷の厄災。
一瞬で全てを凍結させた原因不明の事態で、ラムもレムも無事だったのは、一重にツカサのおかげだ。
ツカサが、炎の魔法を使っていたが為に、それなりに抗う事が出来たのである。
ツカサの中に眠るクルルの力も恐らくはあるだろう。
だが、スバルが死んだ時点で、それも無意味だ。
「――――――――クソっ」
スバルの中にいるあの闇が戻す時間軸に強制的に戻される。
そして、その時間は体感時間は限りなく長いがほぼ一瞬。
身体が、足元から粉々になっていくのが見える。
《ツカ――――》
ゆっくりゆっくり、時間をかけながら身体が粉々になっていく。
それは永遠に続くとさえ思える地獄の時間。
それは足先から徐々に持ち上がり、頭部にかけてまで全て粉々になるまで続く。
自分の存在の全てが砕けるまで、続く。
《ツカ―――――》
地獄の中で、光明が見えた気がした。
ただの1人だけだった筈の、この地獄の中で声が聞こえてきたから。
―――スバルの死で、強制的に戻される間。自身と密着させている者も、共に戻す事が出来る。
瞬間的に理解すると同時に、この地獄を彼女たちも味わっているのか、と新たな恐怖が生まれた。
だが、それを確かめる術はない。
そして、世界は流転する。
…………ぐぁっ
創造と破壊、身体の中で、それが超高速で交互に行われる。
「―――――サっっ!!」
そして、身体の外では、触れる何かを感じた。
その触れたモノの正体を把握した瞬間……堪えていた、堪え続けていた糸がプツリと切れた。
「――――がはぁぁっ」
口から大量の血を吐く。いや口からだけじゃない。身体中から血が噴き出ている。
そして明らかに致死量を超えてるその血だまりの中に、ドチャッ と嫌な音を立てながら、先ずは膝を落とした。
そして、身体の全てが崩れ落ちる寸前、その頭をその何かが受け止めてくれた。
「い、いや………つか、つかさ……?」
抱きしめる。
全身に彼の血を浴びながら……。
触れながら感じる。命の炎が消失していくのが。マナが霧散して逝くのが。
その身体の温もりが失われていく。
急速に冷たくなっていく彼の身体を感じる………。感じてしまう。
「つかさ、つかさ?? つかさっ!?」
普通なら揺らさない方が良いのは普段の彼女なら解るだろう。
でも、今は何も考えられない。
ただただ、身体を揺する、揺する、揺すり続ける。
その度に涙が溢れ出てきた。
視界が涙で塞がる。
何も見えない。
それは嫌だ、と初めて彼の血と一緒に自身の涙を拭う。
そして……晴れた視界の先にいるツカサの姿を隠したその瞬間。
「ぁぁぁぁあああああああああああああぁぁぁああああああああ―――――――っっっ‼」
鬼の慟哭。悲鳴が響いた。
もう、この世界では知るものは2人しかいないが、その姿は、まるで妹を失ったあの時と酷似していた。
喉を引き裂かんばかりの絶叫が、場に響き渡ったのである。