Re:ゼロから苦しむ異世界生活 作:リゼロ良し
「―――――――っっっ‼」
―――何処かで、誰かが泣いている様な声が聞こえた。いや、泣き叫ぶ。そんな悲鳴を確かに聞いた。
辺りは一面黒の世界。
そこには1点の光も無い、まさに純黒と言える世界で、誰かが泣いている様な気がした。
意思とは別に、反射的に泣き声がする方へと歩いている……気がする。
歩いて、歩いて、歩いて……、延々と黒が続く世界で、ポツン……とスポットライトが当てられたかの様に、照らされている部分を視界が捕らえると、跪き顔を覆っている少女が見えた。
この悲鳴の主……それはあの彼女が泣いているからだと言うのは解った。
何に、対して泣いているのだろう? 何でそんなに……?
それらの疑問は即座に消え去る。
泣いている少女の姿を見た瞬間、身体に電流が走ったからだ。疑問を考える余地もなく。
黒一色だったせいか、ピントが合わず、ぼやけているかの様に、輪郭が解らず朧気だったかの様に、そんな世界が一気に覚醒していく。
否、世界ではなく自分自身が覚醒していく。
脳に電気信号が流れ続けた。
忘れるな、忘れるな、忘れるな―――と、それは身体ではなく魂にまで刻まれているかの様に。
軈て、どうして少女の事が解らなかったのか、と逆に理解出来ない境地までたどり着くと、今度は自身が目を覆いたくなる衝動に苛まれる。
これは、
あらゆる負の感情が、全て込められている。それを体現しているかの様な姿。
―――見たくない、そんな顔……、泣いている姿を、見たくない。
泣き叫ぶ少女に近付こうと駆け寄る……が、どうしてか、近付けば近付く程―――少女は離れていく。
離れていってるのに、声はしっかり届いている。
聞きたくない、見たくない。でも、追いかけて、追いかけて、追いかけて、追いかけ続けて……。
「――――ラムだって、見たくない」
いつの間に、だったのだろうか。
気付けば目の前の、少女がいた。
顔を覆っていた手を離して、涙を流し続けている少女が、真っ直ぐとこちらを見て言った。
睨みつけられている様な、それでいて悲しそうな、辛そうな……、表現するのが難しい表情のまま。
そして、最後の最後で漸く気付く事が出来た。
少女が、どうして涙を流しているのか。どうして、
少女の腕の中には男が居る。
黒の世界に当てられた光の中で、更に赤が加わる。
真っ赤に染まる男を胸に抱きかかえた少女の姿。
「―――――忘れないで」
胸に抱きかかえたまま、少女はこちらを見据えて、目に、魂にまで焼きつけるかの様に、静かにそう言ったのだった。
―――瞼が重く感じた。
薄く光が見えるのが解った。
ゆっくりと開いてみると……窓から差し込んだ日の光が自身を照らしてくれている。とても暖かく心地良い温もり……は、決してこの日の光だけではなく。
「…………」
「ぁ………」
この手を握ってくれている少女のお陰でもあるだろう。
気が付いたら、天井を見上げていて 手を握ってくれている。……随分久しぶりの様な気もする。
「ラム……?」
「目を、目を覚ましたのね」
ラムが一瞬身体を震わせたのが解った。
目元や頬、顔が赤いのが解る。
どれくらい眠っていたかは解らないが、ラムの様子を見て 随分待たせてしまった事を理解した。
「……まさか、だよ。あんな事が起こるなんて、思いもしなかったから、完全に油断してた。……ありがとう」
ある程度、頭の中が整理出来た所で ラムに礼を言いながらツカサはゆっくりと身体を起こして、ベッドに腰掛ける体勢になった。
丁度、ラムと向かい合う姿勢だ。向かい合ってラムは表情を俯かせた。
身体が小刻みに震えているのも解る。
「大丈夫、大丈夫だから。ラム」
「………ツカサ」
大丈夫だ、と頻りに言い聞かせるツカサを遮る様に。
ただ、目だけは見ない。身体を震わせながら……続けた。
「あの時、どうしてラムを、レムを助けたの? バルスやツカサを優先させてれば、こんな……」
時を巻き戻す力があるのだ。
更に言えば、スバルが死ぬ事で発生する現象を鑑みたら、自分をと言うよりスバルを優先するのが当たり前だと思える。
時を戻す、即ち《無かった事》にするのだから、結果は同じだ。
「……どうして?」
ラムに聞かれて、ツカサは過去の記憶……別の時間軸の記憶を揺り起こす。
まだ起こってない未来の記憶。……いや、必ず防ぐつもりだから、もう無かった事になる未来。
無かった事になるが――――自分の魂にはしっかりと刻まれている記憶。
―――世界が白くなって、その白は狂気を、全てを滅ぼす意思を孕んでいたのを理解した。
「……ラムが目に入って、その後レムを見た。
「……だから、自分より、ラムたちを優先した? ツカサが傷つくのを厭わずに?」
「……うん。考える前に身体が反応したんだ(それに、厳密に言えばスバルも同じ……かな。オレと
スバルも《死に戻り》と言う形で時を巻き戻す事が出来る。
自分自身の意思で出来るモノじゃないので、《出来る》と称するのは、やや違うかも知れないが、結果として見れば同じだ。
死に戻る際の記憶を受け継ぎながら―――繰り返すのだから。
「―――ツカサなら、ツカサならラムを解ってもらえると思う」
震えていた顔を勢いよく上げると、前髪が大きく揺れて、ラムの両目がはっきりと見えた。
涙を流している。今も止めどなく、渇く事無く、溢れ出ている。
「ラムも、ラムも……、あんなツカサを、見たくない。見たくない。……もう、見たくない」
「ッ……」
ラムだって、見たくない。
それは、あの黒の世界で言われた言葉だった。
「ッ、ッッ……ゴメン。ゴメン……。ゴメン、ね。……ゴメン、なさい。ごめんなさい……っ」
泣き続けるラムに、ツカサはただただ謝る事しか出来なかった。
自分の事なのだから、自分の
だが、この世界は――――残酷だ。
今後如何なる事が起きても、不思議じゃないし驚かない。
そして、抗う事が出来ない事態に、巻き込まれてしまえば……どうしようもない。
約束とは、しっかりと守れる範囲以外では、安易にしてはいけない事をツカサは知っている。
身の丈に合わない約束もそう。
暫くの間ツカサは謝って、謝って……続けていたら、ラムは顔を上げた。
「……嘘でも、
暫く泣いて泣いて……、ツカサも同じく目頭に涙を溜めた後、ゆっくりと流れる涙を拭いながら、ツカサに言う。
「……泣いてる女を安心させる為に、慰めて、抱きしめて、力強い言葉で約束を。……それが男、ってものじゃないかしら」
「――――ごめん、ね。そうしたい。そうする事が正しい事だってオレだって解る。………でも、無責任な事言いたく無い。……オレに出来る事なら、何だってしたい。したい……けど……、オレはきっと、同じ事があったら、何度でもこうすると思う。何度だって、ラムを優先すると思う。でも―――、これだけは約束する」
ツカサはラムの目を真っ直ぐ見て……はっきりと言い切った。
「オレは死なない。絶対に、ラムの所に帰ってくる。……約束」
「………ええ。約束、したわ。死んだら許さない。絶対許さないから」
そう言うとラムはそっとツカサの身体を抱擁した。
「……それに出来る事は、なんでもする、って言ったわよね? もう撤回は効かないわ」
「それは嘘じゃないよ。……無責任な事はしたくない。と言うのもそう」
ラムはその言質を取ると。抱いていた身体をゆっくりと離すと、ツカサの目を見ながら告げた。
「こうやって、何度も何度も触れていても、ツカサはラムの気持ちに気付いてない。……いえ、違うわ。ツカサは鈍感そうに見えて、その実、鈍感じゃない事くらいラムは解っているもの」
「ッ………」
「だから、ラムはラムの気持ちをはっきりとツカサに伝える。……ツカサも、聞かせて欲しい」
ツカサの両頬に手を添えて、その黒い瞳を、その奥まで覗き込む様にしながら、はっきりと言葉にする。
鈍い、だの、鈍感である、だの、そんな安い言葉ではない。
時折拗ねた顔を見せる時、時折妬いた姿を見せる時、異性と話をする時の視線。
これまでに何度もあったから。
もしも―――本当にツカサが鈍感で、ラムに対して気付いていないのであれば、ツカサは
それは、あり得ないだとか、頑なだとか、そう言った凝り固まったモノじゃない。簡単なモノじゃない事くらい、ラムは重々承知しているが、それでも、彼の中へと一歩深く踏み込むのに躊躇いは無い。
「ラムは、ツカサの事が好き。……大好きよ。心から貴方をお慕い申しております」
そう、ハッキリと言い聞かせた。
最後は、あの時のように。全幅の信頼を伝えた時のような敬語となっているのが、より一層ラムが本気である事を表しているかのようだ。
そして、一瞬外では一際強い風が流れた。
木の葉が舞い、何処からやって来たのか、深紅の花々を風と共に運んでくる。
ラムは目を逸らさない。瞬きすらしない。
ツカサの瞳の奥が何を捕らえているのか。……何を
それをはっきりとさせるまでは。
祝福の風か、或いはその逆、呪詛の風か。
一際温かな風が、彼女達を包み込まんと靡く数刻前の事。
残酷なまでに、現実を見せつけられた。
どれだけ追い縋ろうと、どれだけ格好をつけようと、所詮は
どんなに足掻いてもヒーローにはなれない。
慣れ親しんだ異世界生活で、
それこそ、全て
「――――レム」
スバルは無力さを、空虚さを、それでいて無力な自分のせいで、理不尽な苦しみに苛まれてしまう友を。身体に重くのしかかる、その呪いをどうにか堪えながら、少女を迎え入れた。
「スバル君……」
必至に走って走って、スバルに追いつく事が出来た少女……レムだったが、言葉が見つけれなかった。
何も知らないままであったなら、どれだけ楽だっただろうか。
何も知らないままの自分だったら、苦しむ彼を、スバルの事を放っておかず、ただただ片時も離れず傍に居る事だって出来た筈だろう。
だが、今はそう言う訳にはいかない。
今のレムは知ってしまったから。
あまりにも現実離れした、この世のモノとは思えない程の超常現象を目の当たりにしたから。
――――時が止まった世界、そして時を遡る力。
そんな童話の中の話。
絵空事な力が現実として前に在った。
ならば、スバルがどうして突然取り乱したのか……、それも説明がつく。
レムにとっては殆ど一瞬の刹那の時。
スバルが、ツカサの話をした直後、スバルは取り乱し、部屋から飛び出したのだ。
レムにとっては、ほんの一瞬の出来事だったとしても、スバルが体感したのは永遠とも言える長い時だったかもしれない。
どんな事があったのかは解らない。何があったのかも解らない。
――――だが、何も無かったワケが無いのは解っている。
「………悪かった。ごめんな、レム。ちょっとオレも色々あり過ぎて……足りねぇ頭がパンクして、……それでこんな所まで来ちまったよ」
「いいえ。レムはレムの意思でここまで来ました。姉様にスバル君を追うように、と指示をされましたが、レムの方が早く動いていたんですよ? ……言葉で姉様に先を越されてしまったのは、流石姉様、と言わざるを得ないですね」
出来る限り、レムは明るく務める事にする。
ただ傍に居るだけで……安らぎを感じてくれるなら。
ただ傍に居るだけで……心が軽くなると言うのなら。
これ以上ない幸福な事だから。
「オレは思い知らされたよ。……心底思い知った。いろんな経験を積んで、それでも前に、ってカッコつけて。……ここまで来たけど………」
スバルは空虚な笑みを浮かべながら、レムに言った。
「―――もう、オレは
「………え?」
何処までも空虚な笑顔。
顔に笑顔を張り付けただけ。笑顔な筈なのに、スバルの顔が能面に見えてしまう程だった。
「レムも、解っただろ? ……オレがアイツを傷付けた。オレのせいだ。……オレが居たから、あんな風になっちまったんだ。今日に限った話じゃない」
初めて訪れた王都でも。
ロズワール邸でも。
一体自分は何度彼に地獄を見せれば気が済むと言うのだろうか。
「だから……、オレはもう王都を出て、ずっと西に逃げよう……って思ってた。だから、だからレム……。最後の頼みだ」
スバルは、レムに手を差し伸ばしながら言った。
「―――5日後。……あの日までで良い。オレと逃げてくれ。……オレを、守ってくれ。……5日までで、良いから」
逃げるとしても、死んでしまえば意味はない。
何故なら、死ぬとこの場所に戻ってしまうからだ。
それも、記憶を保持しているツカサやラムの事を考えれば、逃げて置いてまたオメオメと顔を合わせれるワケが無い。
だから、あの運命の日まで………。
「5日後を、5日後を超えたら、もうオレに付き合わなくて良い。………頼む。もう、オレは死—————————っっ」
《死ぬわけにはいかない》
それを言おうとした刹那、あの闇が迫ってきた。
肩から腕、そして掌。闇が映し出す具現化した姿をはっきり捕らえる事が出来た。
日に日に……、或いは
ホラー映画でもありそうなありがちな設定だ。
心臓を握られる。
確かに苦しい。死ぬほど苦しい。心臓を潰されると死ぬから、当然だ。
……だが、その程度だ。
「――――っっ!!」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。あ、ああ。解っちまったか……? オレから、魔女の匂いが……」
心臓を抑え、蹲りそうになるのをどうにか堪えたスバルは、レムの方を見て、レムの様子を見てただただ苦笑いをしていた。
あの瞬間は、ツカサの力と同様に時が止まる。
話をさせない、と言わんばかりに、あの闇の手が言動を行動を制限してくるのだ。
だが、スバルは苦しむだけ。それだけ。それ以上でもそれ以下でもない。
地獄なら、もう体験してきた。あれ以上ない地獄を。……何度も。
だが、だからと言って心臓をそのまま潰させるワケにも、レムに危害を及ばせるワケにもいかない。
レムの表情を見て、気を新たに持ちながら……続けた。
「――――レム。オレは誰にも……誰にも必要となんかされてないんだ。それどころか、オレは必ず誰かの足を引っ張り……苦しめてしまう」
「そんなこと、そんなことありません!」
「ないワケねぇんだ。……オレの魔女の残り香。……レムを不快にさせちまった。あんなに、こんなにオレなんかを慕ってくれてる、レムでさえ………っ」
「そ、それは………」
魔女の残り香が一段と濃くなったのはレムも感じた。
悪臭。咎人の残り香。……以前スバルが聞いた言葉だ。
今のレムは知る由もない事ではある……が。
「オレさえ、オレさえ居なくなれば良い。それで良い筈なんだ。……後はツカサがどうにかしてくれる。アイツはスゲェ、本当にスゲェヤツだから。皆纏めて幸せにして貰える。……だから、レム」
スバルは空虚な笑みをまた、浮かべて言った。
「オレを逃がしてくれ。……オレを逃がした後は、オレの事を忘れて欲しい。……絶対に死ぬ事は無い。それだけは約束する。――――……この世界の何処かで、せこせこと生き続けるから」
スバルの願いを何でも聞く。
それがロズワールに与えられた命令の1つだ。
ならば、レムが取る行動は―――――?
当然、決まっている。
「――――スバルくん」
レムは、スバルに
「スバル君を、必要としている人は必ずいます。誰も居ないなんて、あり得ません。例えスバル君がそう思っていたとしても。………レムは、レムは、スバル君の事を愛していますから」