Re:ゼロから苦しむ異世界生活 作:リゼロ良し
剣鬼ヴィルヘルム・ヴァン・アストレア。
煌めく宝剣が岩の様な白鯨の外皮を容易く斬り裂いていく。
風が走り抜ける様に―――。
鬼気迫るとはこの事を言うのだろう。
だが、今の彼の姿は、何処か美しくも思えた。鬼に相応しくない言葉。それでも、数多を魅了する姿はそこにはあった。
ヴィルヘルムが相対しているのは白鯨……ではなく、夢か現か―――或いは幻なのか。
燃える様な赤い髪を靡かせる1人の少女の姿が、剣鬼の傍にあった。
いや、剣鬼と斬り結んでいる様に思える。
まるで、かの有名な剣鬼恋歌。
それが今目の前に……幻想として映し出されてるかの様だ。
白鯨の鮮血が舞い散る修羅の場だと言うのに、剣撃の1つ1つが、愛を確かめ合っている様にも見える。1つ剣撃を交わし、また動き、共に全身を巡る。まるで舞踊の様に。
軈て―――赤髪の少女の姿は掻き消された。
剣鬼1人、白鯨の頭上に丁度額の当たりに立っていた。
剣鬼の眼差しと白鯨の隻眼が、この戦で初めて交錯される。
痛みに震えているのか、死の恐怖で震えているのかはわからないが、僅かに揺れる巨眼をゆっくり見据えた。
いや、この魔獣は今も尚、諦めてないのだ。最後の最後まで生に足掻こうとする。人も魔獣も、根底の部分に大差はない。生きようとする意志が備わっている限り、最後の命の炎が消えるまで。
「―――貴様を、悪だと罵るつもりはない。何処まで言っても貴様は獣。善悪を説くだけ無駄な事だ。……故に、ただただ貴様と私の間にあるのは、強者が弱者を刈り取ると言う死生の理のみ」
強者が弱者を刈り取る。……即ち弱肉強食。獣の世界では、野生の世界では、これ以上ない不変規律だ。
ヴィルヘルムは 宝剣を、空高くに掲げた。
「眠れ。――――永久に」
突き立てた宝剣による最後の一撃。
それは、これまで切り開き続けてきた全ての切傷をも開いたかの様に、あらゆる場所から鮮血が噴き出す。
そして―――最後の小さな嘶きを残し、白鯨の瞳から光が失われた。
その巨躯から、完全に力が抜け、今の今まで目いっぱい見開いていた瞼が軈てゆっくりと閉じられる。
命の炎が、完全に消え去った。
14年分の想いを―――今ここに果たす事が出来た。
「終わったぞ、テレシア。―――やっと」
動かなくなった白鯨の頭上で、ヴィルヘルムは空を仰いだ。
夜の闇に覆われて、夜払いの魔石を使い明るく照らしてきたリーファウス街道。気付けば朝日が大地を照らす時間帯となっている。
黄金色の空が、ヴィルヘルムの言葉に応えるかの様に、赤髪の少女が微笑んでいる様に、一際輝きを見せた。
「テレシア、私は……、
手の中の宝剣をごとり、と落とした。
剣の鬼が、剣を手放す時。
それは、死ぬ時か、或いは―――想いを遂げた時。
失った剣に震える身体。―――否、万感の想いが今解き放たれようとしている。
「俺は、お前を愛している――――!!」
解き放たれた言葉は、ヴィルヘルムだけが知る、告げられなかった愛の言葉。
最愛の人を失うその日まで、一度たりとも言葉に出来なかった積年の感情が、今空に解き放たれたのだった。
解き放たれた言葉は、想いは、一筋の光となって―――この黄金色の空の彼方へ……。
「―――ここに白鯨は沈んだ」
剣鬼恋歌の後に響くは凛とした声色。
息を呑み、言葉さえ無くしていた男達が顔を上げた。
現実なのだ、と言う思いが沸々と湧いて出てくる。
その想いと共に、白い地竜に跨り、悠然と前へと進み出る少女の一身に視線を向けた。
所々傷が有り、鎧も欠け、薄汚れ、普段のソレとは比べ物にならない程みすぼらしい恰好となっている。
だが、その少女の姿はこれまでのどんな時より輝いて見えた。
この少女こそが、自分達を奮い立たせ、そして先頭に立ち、勝利へと導いてくれた。この景色を見せてくれたのだから。
「四百年の歳月を生き、世界を脅かしてきた霧の魔獣―――」
そして何より、少女が言う魂の輝き。
人は、その輝きを以て価値が決まる。―――ならば、彼女の魂は如何ほどだと言うのだ。
価値などつける事は出来ない。烏滸がましい。
その輝きに身を任せる様に、少女は高く強く拳を振り上げ、高らかに告げる。
「ヴィルヘルム・ヴァン・アストレアが討ち取ったり!!」
【――――――おおおおお!!!】
想いが今、1つになる。
最早、留まる事のない歓声は怒涛の津波の如く、辺り一面に湧いて出た。
互いに抱き合う者、涙を流す者、かの魔獣に討たれた故人を想う者、……記憶にすら残らぬ歴戦の勇達に捧げる者。
この時ばかりは、統率性が失われた、と言っても良いだろう。
少女―――クルシュは、再び声を張り上げる。
「この戦い、我らの勝利だ!!」
歴史に刻まれる戦。
数百年の時を跨ぎ、白鯨戦が今ここに終結した。
まるで、それを讃えるかの様に 太陽の光が、朝日の金色の光が、傷だらけの戦士たちを優しく温かく包み込むのだった。
ヴィルヘルムの今は亡き妻への愛の言葉。
それを耳にした時、愛の深さが、その想いが伝わってくる様だった。
そして、クルシュの勝利宣言も。更に続く皆の歓声も。
皆の心の底から湧き踊る思いが、伝わってくる。
数多の悲劇を生み出し続けた魔獣の討伐。
その悲願が成されたのだと、改めて実感する。
その一翼を担えたと言うのであれば、これ程誇らしいものは無い。
例え自身の歴史が浅かったとしても、皆に比べれば浅い想いかもしれなかったとしても、共に戦えば同じ戦友。想いの深さ、重さも共有出来る。時間は関係ない、と思いたい。……いや、少なくとも自分は思うようにしている。
命を預け、また与り、そして果たす事が出来た。
本来であれば、あの中に混じって勝ち鬨を共に上げたい気分ではある―――のだが。
「―――まだ、やる事が残ってる」
そう、これで終わりではないのだ。
まだ、通過点に過ぎない。ここから漸く始まるのだ。
でもーーーーーー。
「……流石に、くたびれた―――――かな」
通過点にするには大きく強過ぎる大魔獣の討伐だ。
如何に強大な力を携えていたとしても、仕方がない事だろう。
ツカサは体から力が抜けるのを感じた。
ヴィルヘルムの想いを最後まで見届けた後。
皆の歓声と共に声を上げた後。
糸が切れたかの様に、大地へと倒れ込む。
空高くから降りてきたが故に、少々皆より距離が離れていたのも、僥倖と言えるかも知れない。倒れた事によって、余計な心労を描ける必要もない。
間違いなくクルシュ、そしてヴィルヘルムは気にする……どころじゃなくなるだろう。
そんなツカサを追う様に、共に地に伏す。
万感の想いを胸に、桃色の鬼が手を、足を、身体をそのものを絡めた。
丁度、その胸の中に納まる形になる。
とくん、とくん、と鼓動を感じられる。
確かに、生きている。それが何よりも嬉しく、暫く聞き入ってしまっていた。
そして、温もりを感じているのはツカサも同じだ。
微笑みを向けると同時に、彼女に自然と聞いていた。
「俺も、ヴィルヘルムさんの様に、言えるようになるかな……。大切な人に、愛する人に、……どれだけ時間が経ってても、あんなに想いを、込める事……出来る、かな」
「ーーー出来るわ。このラムが保証する」
きゅっ……。
ラムはツカサに強く抱きつき、そしてツカサもまた、それに応えるように抱き返す。
「……ありがとう。嬉しいよ。オレも、保証するから」
抱き返しながら、ツカサはラムに誓う。
「これまでも、これからも………ずっとずっと、ラムの事を想い、続けるから」
共に倒れ、断言してくれている。
あまりに嬉しく、疲労感も忘れさせてくれる………とは、流石にならなかった。
出来うる限界近くまで身体を酷使させたのだ。如何にクルルが居るとはいえ、身体そのものが悲鳴をあげている。
マナを使い過ぎて無理し過ぎた反動が一気に押し寄せてくるのを感じる。
でも、ラムを想う気持ちがあれば、もっと頑張れる。
そして、この先で起こる悲劇を無くす為、皆で笑うためにも、頑張れるんだ。
「(まだ。……解ってる、だろ? まだ終わってない。………だから、頼むクルル)」
【きゅきゅ!】
実体化を解除し、ツカサの中にもぐりこんだ精霊クルルに声をかける。
ナニカがまた、妙な事をしでかして来たらと思うと正直困った事になりかねないが、今は信じるほか無い。
「ツカサ。大丈夫?」
「うん? ……大丈夫大丈夫。ちょっと草臥れたけど、大丈夫だから。オレはラムに嘘はつかない、でしょ?
無理してない。でも、これからまだ先がある事だって解ってるから、だから……少しだけ、少しだけ休憩してるだけ、だから」
ツカサの言葉を聞いて、ラムは安心すると同時に、いつも通りに戻った。
そして、ラム自身も自覚をする。
「ラムも、少しばかり疲れた……わ。こんなに働いたのは生まれて初めてかもしれないわね」
「ははは。ならオレも同じだよ。こんなに長く戦ったのは初めてだ。ラムと一緒……。だから」
ゆっくり、ゆっくりと右手に集中させる。
淡い光が、全種のマナを複合混合させたマナ移譲の時に使う時の光を、手に集中させる。
淡く甘美な光。身を委ねたくなるラムだったが、流石にそう言うわけにはいかない。
「……無理しなくて良いわ。暫くはラムの感触を堪能するだけにしておきなさい。クルル様から傷や疲れも癒す事が出来て、ラムからはこの抱擁。この世にこれ以上ない至福の時よ」
ラムは、ツカサがしようとした事を察した様で、そっと左手でツカサの右手を抑えた。
それはまずは、自分を優先させる様に、と言わんばかりに。
ラムの事が好きだから。大好きだから。愛しているからこそ、何よりも優先させようとする姿勢は解る。当然だ、とラムは解る。何よりも嬉しいし、愛おしい。
でも、その結果ツカサが苦痛に苛まれてしまう事になると言うのなら、御免だ。
ラムは、そっと首筋にキスをした。
これだけで、十分活力になる。
愛しい人と触れ合えるだけで、明日を生きる力になる。
それは決してーーーマナにも負けてないとラムは想っているから。
この温かな感触、柔らかく心地良い感触。幸せとは何なのかが解る感触を、堪能したツカサは少しだけ身体に力を入れた。
「ん……。なら、
「え?」
ツカサの言葉の真意がわからないラムは、首筋から顔を離して、丁度ツカサの顔の方を見上げる形になった。
正直まだ身体を動かすのは億劫だ。クルルだって万能なエリクサーと言う訳じゃない。
もう少しばかり時間が欲しいし、何ならフェリスの治療だって併用して受けたいモノ……だが、今直ぐにツカサは欲しかった。
だからこそ、自分の為に―――。
「ん――――」
「――――!」
ラムの唇を求めるのだった。
大好き、愛していると言う想いを込めて。
全てを見届けた後――レムはスバルの腕の中で力を抜いた。
「少し―――、少し……疲れました。申し訳ありません……スバル、くん」
「!! お、おい、レム! レムっ!?」
その華奢とさえ感じる身体から、力が抜け、自身に寄りかかってきたのをスバルは感じた。
柔らかくなる感触に、スバルの喉が恐怖で凍る。
マナの使い過ぎ、が頭をよぎった。
オドを振り絞る事になれば、どうなってしまうのか。……それらの講義はパックからそれなりに受けていたからこそ、知っている。
知っているからこそ、恐怖を覚えた。
レムは、これまでも特大魔法を連発した上に、あの白鯨をヴィルヘルムやラムと協力有りで、とは言っても死力を出し、抗い続けたのだ。
それ以外では、殆ど戦力外な自分を守るために、力を振るい続けてくれている。
最後の攻防、間違いなく立役者の1人に数えられる。
それ程までに、力を、死力を出し尽くした。
そう、思ってしまうからこそ……。
「なんだか、すごく―――ねむいんです……。ごめん、なさい。すこしだけ、ほんの少し、だけ……ねむらせて、ください。目が覚めたらまた……かならず……」
眠ると言う単語。
今日以上に怖く感じた事はない。
この展開で眠ってしまったらどうなるのか。……二度と起きないんじゃないか、と思えてしまう。
安易にやり直しをする力は使えない事を重々知っているからこそ、更に怖く感じてしまう。
「やめろ―――! 寝るな! やめて、くれ。そんな死亡フラグなんざ要らねぇ。頼む。一緒に、ただ一緒に居てくれるだけで良いから。起きててくれ……」
「………スバル君は、わがまま……です、ね。レムを、ねさせて、くれない……なんて」
レムの頬が少しだけ緩む。
そして儚く小さくなってしまっている声が、スバルの耳に再び届いた。
「なら、レムも……わがまま、言っても、良いですか……?」
「!! 言えよ! なんだって言え! オレは、オレに対しての我儘はなんだって聴いてやる、オレに出来る我儘なら、何だってきいてやる、って決めてるんだ! レムだから聞かなねぇ、なんて事は天地がひっくり返っても無ぇから安心してわがまま言ってくれ!」
スバルの言葉に、レムは半開きだった瞼を、更に少し瞼を開いた。
そして、か細い声で告げる。
「すきだ、って……いってほしい、です。……ねえさまのような、幸せを……さい……に、……レム、に、も…………」
掠れた声だ。弱々しい声色だ。
《さい?》とはなんだ? 《
スバルはそう思った途端に声を上げた。
レムの顔を寄せて、抱き寄せて、告げる。
「好きだ」
「―――――――」
「大好きだ! 決まってるだろ。誰がオレをたたせてくれたんだ!? 誰が全部捨てて諦めて逃げようとしてたオレを、奮い立たせてくれたんだ? レムだ。全部、レムなんだ。それは兄弟でも、ラムでも……、エミリアでも無かった。最後の最後に、前を向いて歩ける様にしてくれたのは、レム。お前なんだ……! お前がいなきゃ、やっていけない」
本心からの言葉だ。
以前心が完全にへし折られた。
ツカサの事やエミリアの事、様々な思いが頭の中にまだあったのだが、それでも、それよりも遥かに大きく強い絶望に覆いつくされた。
そんな闇の中にいた自分に光を与えてくれたのが、レムだった。
ゼロから始めよう、と手を差し伸べてくれた。
だからこそ、レムなしではもう生きていけない。
レムの力が少しだけ強くなったのを感じる。
「あぁ……嬉しい、です。愛してます、スバルくん……」
「笑え、笑ってくれよ、レム。笑って話す未来には、お前が絶対に必要、なんだ。お前がいなきゃ、オレは駄目なんだ。嫌なんだ。オレの夢を叶えてくれるのは、お前しかいないんだ」
逝かせない、と言わんばかりに力強く抱きしめて、言い続ける。
レムの声はまだか細いが、それでもハッキリと聞こえてくる。繋ぎとめることが出来ている、とスバルは思えていた。
「その未来……、レムも隣にいていいですか?」
「当たり前だ。何度も言ってやる。どこにもいかせねぇ。いかせやしねぇ……。お前は、お前はオレのものだ。オレのものだから誰にも渡さねぇ!」
声を一際振り上げた所で、レムはハッキリと目を見開いて、真正面からスバルを見て……。
あれ? さっきまで力なく完全にもたれかかっていて、スバルが居なかったらそのまま、棒切れの様に倒れていてもおかしくない状態だったのに……? と思う間もなく。
「―――言質、頂きました。もう引っ込めれませんよ」
「へ?」
スバルに向けて柔らかく、それでいて生気に満ちた顔を見せて微笑み。
「スバル君のお傍はレムの予約済みです」
悪戯っぽくからかうように片目を閉じて、レムの指がスバルの唇にそっと触れた。
あぁ、自分は担がれたのか……と思うや否や、がっくり肩を落とす。
「お、お前ぇぇ……、こういうヘビーでダークな冗談はマジカンベンしてくれよぉぉぉ………」
「ふふふ。レムはスバル君のものです。名実ともに。愛して頂けるなら、第二夫人でも構いませんから」
「互いに本音をぶちまけてから、ほんっと一直線だよなぁ、お前は。つーか、はっちゃけすぎだ」
「恋に素直になった女の子は強いモノ、なんですよ。レムは姉様と言うお手本を、道標を見ていますから!」
「ま、まぁラムに関しちゃ、確かに―――以上に言葉が無いよな……」
愛の力を、白鯨戦でも見せつけられたラムの姿。
今も尚焼き付いている、と言っても良い。
「はい! 姉様も凄く幸せで、それをレムも感じてて……ですから、スバル君と、って。ちょっと悪戯しちゃいました」
「っっ~~~~」
てへっ、と笑って見せるレム。
パックとはまた違う……ベクトルが違い過ぎる愛らしい仕草。まさに極まってる。
なので、スバルは顔を赤くさせていたが、それを誤魔化す様に……。
「んじゃーー、なにか!? 姉様と兄弟は隠れてイチャイチャ(死語)してたってんだろーーなーーー、レムが感じたって事はそーーなんだろーーなーーーー!」
と大きな声を上げていた。
レムは少しまた微笑んで……。
「はい! ですが、少し前に幸せの感情を途切らせてしまって」
レムの言葉に補足を入れるかの様に。
「はいはーーい、ラムちゃんの逆鱗に触れちゃったフェリちゃんが通っちゃうよ~~」
狙ってました、と言わんばかり、それでいて一切悪気有りません、とも言わんばかりな笑顔のフェリスと同じく笑顔は笑顔なのだが、顔が明らかに赤くなってるツカサと、何処か不貞腐れていて、いつもの【ハッ!】ではなく、【ケッ】な、素顔のラムがそこにいたのだった。
―――成る程、フェリスが邪魔したんだろうな……。
一瞬で、状況判断するスバル。
レムの悪戯のおかげで、今まさに頭が冴えており、まさに頭脳派な一面を再び見せれた! と自画自賛するのだった。