ちなみにこの作品は10話ほどで終わらせるつもりです。
だってほら……そうしないとすぐ失踪しちゃうから……
「いやー悪いな!カフェテリアなんか連れてきてもらって!」
放課後の夕方ごろ。トレーニングを終えたサイレンススズカとともに、陽音とゴールドシップは学園そばのカフェテリアに訪れていた。
学園の問題児、ゴールドシップ。その名は悪名高く、学園に入りたての二人ですら聞き覚えがあるほどだ。
隣に座るスズカは不安そうな顔でこちらを見る。もともと彼女には人見知りの傾向があるので、そのせいかもしれないが。
「やっぱ人の金で食う飯ほどうめえもんはないわ!」
「あはは……」
ゴールドシップの目の前にはすでに多くの料理が並ぶ。それを彼女は実に嬉しそうに平らげていった。
「トレーナーさん……。大丈夫なんでしょうか……」
「多分……。で、でも知識とかはありそうだし、もしかしたら色々教えてくれるかも」
陽音の言う通り、すでにゴールドシップはいくつかの有益な助言をもたらしてくれていた。
だからこそもっと多くの情報に期待して食事を共にしているのだが、
「そんなにキラキラした目でこっち見てどうしたんだよ?……あっ、そっかあ!このゴルシちゃんに心奪われちゃったんでしょ~?座ってるだけでこれだなんて、ゴルシちゃん罪な女~」
とさっきから戯言が止まらない。
彼女の飲食代が、このままだと財布の中身が尽かしそうな勢いなので、気をそらすためにも何か聞いてみることした。
「どうして……アドバイスをくれたの?」
「そりゃあ恩を着せて飯おごってもらうためだろ。新人トレーナー見つけたときはそうやって狙ってんだ」
悪魔か、と心の中で突っ込む陽音。とんでもない厄介者に見つかってしまったな、とも思う。
しかし知識量だけは本物のはず。どうにかもう少し引き出すことができれば、必ず今後に役立つはずだ。
財布の中身をこっそり覗く。ゴールドシップの食欲を満たすには少し心もとないだろう所持金と、伝票に記載された値段とを見比べると、早めに諦めたほうが身のためだろう。
そのほかの手段で何とかできないかと考える。
「ふぅ~。なんかちょっと食い足りない感じすっけど、あんま長居しちゃ悪いからな。そろそろ帰るぜ」
「もう帰るの!?あと少し話とか……」
「いつまでも居座ってたら店に迷惑だろ。飲食店なんかは回転率上げてこそだし、テーブルに何にも残ってないのに居座るのはちょっとなあ」
つまり話がしたければもっと食わせろということだろう。どこまでも貪欲なことだ。
仕方ない。別に今聞かずともそのうち機会は訪れるはずだ。むしろ財布が命拾いしたと思えば幸運である。
まだ半分以上残ったコーヒーにゆっくり口をつけながらほっと溜息をつくと、スズカがメニュー表を手に取った。
「まだ食べ足りなかった?スズカ」
「いえ……私は十分です。ですが」
スズカはそっとゴールドシップの前にメニュー表を差し出すと、ためらった後に話し始めた。
「……ここからは私がお代を出します。だから、その分教えてください。もっと、先頭の景色を見るために」
「スズカ!?だ、だったら私が出すから!無理しないほうが──」
「いいんです。トレーナーさんにばっかり負担は押し付けられません。それに、これは私が一番必要としていることですから」
スズカの目には確かな決意があった。不安そうに両手の指同士をを絡めてはいるが、普段あまり主張をしない彼女にここまで言われてしまえば尊重してあげたくなる。
「おっ、話が分かるじゃねえか!すいませーん、にんじんハンバーグ大盛一つ!」
……ゴールドシップにはもう少し遠慮をしてもらいたいものだ。陽音は頭を抱えた。
だがこれでもうしばらく話を聞いてもらえるだろう。お金を出すのはスズカだ、陽音は彼女に質問する機会を委ねることにした。
「トレーナーさん。私のデビュー戦の映像はありますか?」
「あるよ。ばっちり撮ってある」
陽音はスマートフォンを取り出すと、慣れた手つきで画面に映像を表示させる。
「これを見て、どう思ったか聞かせていただけますか」
「分かった。一食の恩義、果たさせてもらうぜ」
映像を再生する。手ぶれが激しいが、それでもスズカのことはしっかりと中央に捉えていた。
何度見ても惚れ惚れする逃げっぷりだ。初めから最後まで誰にも追い抜かされることなく、最後に至っては圧倒的な差をつけてゴールする。まさに魅せたレースだった。
「どう?」
「んー……そうだな。スズカ、お前なんか他のこと考えながら走ってるだろ」
「……それは」
ゴールドシップは少し再生位置を戻すよう指示する。
「ここからだ。序盤の集団を抜けた時点で、多分意識がどっかに行っちまってる。それで……ほら。隣に並ばれるまで、後ろの動きに気が付いてなかっただろ?」
「確かに……うーん、そうかも」
「結局脚の速さで勝っちまってるけど、多分このままだといつか勝てなくなる日が来る。真面目に走る気がなきゃ、普通は負けるもんだぜ」
そう言いながら、彼女はどこか遠くを見つめた。きっと、過去にそういった体験をしたことがあるのだろう。
「私に……見るのをやめろって言うんですか」
スズカがうつむく。
「私は景色が見たいんです。誰もいないレース場の景色を、走っているときにしか見れない特別な景色を」
「へー。いいんじゃねえの?それならそれで」
ゴールドシップは動画を止めて持ち主に端末を返す。
「アタシは他人が走る理由にどうこう言わねえ、結局勝てさえすればどうだっていいんだ。本当に天才なら、努力は人並みで十分足りるしな」
彼女はコップに手を付け、一気に呷る。
「だけどいつか負け始めたら、アタシに言われたことをちょこっと思い出せればいいと思うぜ」
「……」
難しい顔をして固まるスズカ。その心境には複雑な思いがあることだろう。
前だけを見たい。彼女のトレーナーとしてその願いは理解しているつもりだった。しかしそれに加えて勝ちの両立は難しくなる。
──私がしっかりしなくちゃ。スズカになにか憂いがあっちゃ、本番でうまく走れないんだ。
「まあ強いて言うならそうだな──勝ちたいにせよ、他に目的があるにせよ、自分が後悔しないレースをすればいいんじゃねーの?」
「自分が……後悔しない、ですか」
「まあー、そんなに悩むなよ!目の前にしわくちゃな顔のやつがいたら旨い飯も不味くなっちまうだろ?」
いつの間にかゴールドシップの目の前には料理が到着していた。ハンバーグの真ん中ににんじんがぶっ刺さった特徴的な料理だ。
「で、アタシだけ食ってなんかあれだけど、お前らなんか食わねーの?」
「一体誰のせいで食べれないのやら……」
結局その後ゴールドシップはすぐに皿を平らげた。
適当ばかり言っているような彼女はあったが、参考にできる意見はいくつももらった。
だがそれを活かせなければトレーナーとして失格だ。ふざけた言葉とふるいにかけて、よりよいものをスズカのために実践するのだ。
出て行った所持金と比較して果たしてそれが得なのかは分からないが、きっとお金に換えられない体験であったことは間違いなかった。
会計で提示された金額に二人は戦慄しながらも、その日は何とか寮に帰るのであった。
走るとはいったい?
勝つため?それとも最高の景色を見るため?
何のためにレースに出るのか。
スズカは相当なジレンマに襲われていることでしょう。