SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】短編集 作:大野 紫咲
SOATで仕事するヨハネさんと、構ってほしいことりちゃんの、ひたすら平和な話。
本編でもそうなのですが、基本二人称「あんた」のヨハネさんが、ことりちゃん相手の時だけ「おまえ」って言ってるところが個人的ポイントです。
もふっ。
顔の真ん中をふわふわしたもので擽られて、ボクは眉を寄せる。
眠い。誰だよ……。今はまだ仮眠中だし、もうちょっと寝ていたい。
もふっ。もふっ。もふっっっ。
度重なる頭突き攻撃に耐えかねて目を開けると、目の中に入りそうなほどもふもふっとした毛の体を、存分に擦り付けながら、こっちをドアップで覗き込むトサカ頭の黒い瞳と目が合った。
「ぴーっ」
「おまえか……」
目を眇めて起き上がると、ぱさぱさと舞い上がったことりが、毛布を掛けたボクの膝の上に軽々と降り立ち、首を傾げて見上げてくる。
ごはんまだ? と言いたげな表情だ。
「お前、もうムラサキのところで飯はもらってるだろ」
「ぴぃ」
とはいえ、空腹時に変なモノを拾い食いされても逆に困るので、ボクは仮眠室の冷蔵庫の中に入っていた、コップに立ててある野菜スティックを一本取ると、ことりの嘴の先に突き出して振ってみた。嬉しそうな声を上げて、ことりがボクの後についてくる。
「ぴぴぴ」
「お前、元は野鳥だろ。こっちじゃ何食っても腹壊しはしないだろうけど、食うのはまともなものだけにしときなよ。野菜とか、魚とか、ペットフードとか」
野生のハルシオンが何を食べて生活してるのか、全然知らないけど。
まったく、ボクがこんなもの常備するようになるなんて。自分も眠気覚ましに人参を一本齧りながら、美味そうにパリパリと小松菜を貪る図を観察し、ちらりと時計に目をやる。
まあ、もうそろそろ起きなきゃいけない時間だったから丁度いい。頭がすっきりしてから作り直そう、と思っていた会議資料が、執務室のデスクにはそのままになっているはずだ。
「ほら、お前も戻りな。ボクはこれから仕事だから」
「ぴーよ」
何故かボクがSOATのどこに居ても、ことりは居場所を嗅ぎつけて飛んでくる。そこがドアのある場所だろうと、狭い場所だろうと、どこから潜り抜けてくるのか、あるいは人に強請ってドアを開けてもらっているのか……。
まぁ、たしかに鳥は可愛いし、癒されなくもないけれど、仕事場に来てまでくっつかなくていいじゃないかと思う。
それに正直、頭に乗せてSOAT内を歩いていると、今まで以上に何か違った目で隊員たちからちらちら見られるようになってしまったので、恥ずかしいことこの上ない。が、人間の言葉を解しているはずのこの鳥は、いくらボクがどけと言っても頭の上からずらかろうとはしないのだ。
別に重くはない……重くはないけど、頭の上に極楽鳥みたいな青い羽毛の鳥を乗せて、出勤する隊長。全然様にならない。
「ったく、しょうがないな……。大人しくしてるんだぞ」
「ぴっ、ぴっ」
返事をするように小さく鳴いて羽根で敬礼すると、餅のようにことりはボクの頭の上で腰を下ろす。
が、長い時間じっとしていられるはずもなく、今の時間帯の執務室に誰もいないと見るや、パソコンからパソコンの上を飛び回り、楽しそうに歌い始めた。
「ぴっぴっぴ♪ ぴっぴっぴ♪」
「おい、静かにしろって」
鳴き声を応援歌の代わりにでもしているつもりなんだろうか。元気なのはいいけど、キーボードで集中したい作業の時に限って割とうるさい。よくこんな歌い続ける元気あるな。
それでもなんとか無視をして打ち込み続け、資料に写真を挿入しようと、マウスに手を伸ばした時だった。
(あれ? マウスどこ行った?)
無線で繋がる、パソコンのマウスがない。デスクの右側に目をやれば、マウスを奥の資料立てにつついて追いやったことりが、ドヤ顔でボクの手元にとことこやってくると、満悦そうにすとんと腰を下ろした。
「ぴっ」
「ああ、そうそう、これが欲しかったんだ。丁度良くなじむし、クリックの時の具合もモフモフしてて……ってちがーう!」
「ぴ~ぃっ」
思わず突っ込んでしまったが、ことりはそれに合わせて鳴き声を上げながら翼を持ち上げた。
何か虚しくなってきた。なんでボク、鳥相手に一人で漫才してるんだろう……。
「何胸張って得意そうな顔してんだよ。ボクはマウスが欲しいんだけど」
「ぴっ♪」
「ん゛っ……」
今度は、握り込んだボクの手の内に隠れながら、指の隙間からびっくり箱みたいにぴょこぴょこ顔を出し始めた。あまりに唐突かつ、その様子が地味にツボに入ったので、思わず変な声が出てしまう。
「ことり。ちょっと、いい加減にしろって。面白すぎるんだよお前」
「ぴっ♪ぴっ♪」
これならどうだと、首を突っ込んだ親指と人差し指の間から逃げないように、軽く掌で体を握ってみたら、今度は気持ち良さそうに目を細めて撫でてアピールをしてくる。
……ダメだ。一回手を触れたら、徹底的に構い倒すまで解放してもらえない。これじゃ仕事が進まないじゃないか。
いっそのことと思って、首の下を指先でぐりぐり掻きながら寝落ちを狙っていると、後ろから扉が開く音がしてボクははっとした。
「ヨハネさ~ん、これ、頼まれてた資料の印刷終わったから置きに……って、ありゃ」
「なんだ、ムラサキか……」
他の奴だったらどうしようかと思った。印刷といっても、内部で使うものはチップにコピーしてそれを各自の端末にダウンロードしてもらえばいいので、じゃらじゃらとそのチップを籠に入れて持って来たムラサキは、それをテーブルに置きながら、苦笑してボクのデスクを見る。その惨状と手の中で甘えを炸裂させることりを見て、状況は把握したようだ。
「ことりってば……またここにいたのかぁ」
「あんたも、連れて来るんならちゃんと見ててよ。迷惑なんだけど」
「ごめんごめん。だって、どんなに目を離さないようにしてても、すーぐヨハネさんのとこに飛んでっちゃうんだもん。
本当にこの子、ヨハネさんが大好きなんだね」
目を細めてムラサキが頭を撫でると、ことりはそれでムラサキに気が付いたのか、閉じていた瞳をぱっちり開け、嬉しそうに鳴き声を上げた。
「ぴっ!」
「もう。あんまり邪魔しちゃダメだよ?」
「なんか、本当に殺人的に忙しい時には絶対訪ねてこないところが、逆に腹立つんだよなぁ……。空気読んでるっていうか、小生意気だよね」
「ほ? てことは、今はあんまり仕事のやる気ないってことか」
「ぐ……SOATの隊長にも、そういう日ぐらいあるでしょ」
自分でも認めたくなかった本音を漏らしてしまったボクに、小さく笑ったムラサキは、室内にあったコーヒーメーカーでコーヒーを淹れてくれた。
そういうところ、甘やかし上手だなってたまに思う。
ことりが懐くのも納得だな。ボクなんかに懐いてくる方が、よっぽど不思議だと思うんだけど。
ついでにことりにも皿の水を飲ませながら、二人で休憩しているところへ、もう一人の小さな人影がドアの向こうから覗いた。
「こんにちは」
「あら。ヒバリちゃん」
「いそがしい?」
「大丈夫だよ。今誰もいないし。こっちおいで」
ムラサキに手招きされて、ほっとしたようにとたたっと駆けてくるヒバリは、たまにこっちの世界での接続異常がないか調べるために、SOATへ検診を受けに訪れている。前は職員に付き添われてだったけど、ボクやムラサキがいるからか、今は一人でも来れるようになったらしい。
ムラサキや職員達の教育が行き届いているのか、ここへ来る時は誰にも挨拶を忘れない、礼儀正しい子に育ってるみたいだ。初対面でロクな挨拶も出来なかった、ヴァイスの子達にも見習わせたいもんだね。まぁ、はるかとろこに関しては、元々SOATの隊員だったんだから、演技でそうしてたのかもしれないけど。
ムラサキが、ボクの方を振り返って言う。
「丁度、私ももうすぐ仕事上がりだから、検診の後に一緒に帰れるかもって連絡してたんだ。
よかったねヨハネ、ことりの子守係が来てくれて」
「まったくだよ……助かった」
「ことり、いる?」
「ここに。ボクの仕事の邪魔してばっかだから、ヒバリが連れてってくれないかな」
「うん、いいよ」
相変わらずボクの手の傍をうろちょろ駆け回って、離れようとしないことりを、ボクは両手で持ち上げる。
ムラサキの方に顔を向けて甘えたように鳴くので、そっちがいいのかと思い、ムラサキに向かってことりを手渡した。
「ハイ。あとはよろしく」
「はいはい。ほら、おいで」
困ったようにムラサキが手を差し出すと、ちょんちょん、と掌から腕へおとなしくことりが乗り移る。
その様を、じーっと傍で見ていたヒバリは、事もあろうに神妙な顔でこんなことを呟いた。
「おとうさん、と、おかあさん、と、こども、みたい」
「「!?!?!?!?!?」」
おかげで次の瞬間、ボクもムラサキも大いにテンパる羽目になった。
何を言いだすんだこの子は。ていうか、おとうさんって? ボク、この子にボクの性別言ったっけ?
何を言い返すこともできずに、バタバタとデスクに戻って、赤くなった顔が見られないようにキーボードに向かって俯くと、背後でヒバリが不思議そうにサキの隣で首を傾げる気配がした。
「……ヒバリ、いけないこと、いった?」
「ううん。全然言ってないよ。ただ照れてるだけだから、大丈夫」
「……てれる? どうして?」
「ど、どうして、って……」
ヒバリの肩を抱きながら答えたムラサキも、さすがに答えにちょっと窮しているらしい。
盗み見たその横顔が、少し染まっていた。……てことは、少しはボクのことを、意識してくれてるってことなのかな。
(じゃ、なくて! たとえ意識されてても、ボクはサキと結婚なんかしないから! だいたい無理だし……何考えてるんだ)
サキを見てると、たまにこんな風に心臓が言うことを聞かなくなる。むず痒くて、ドキドキして。
ボクはただの仕事上のパートナーに過ぎないのに、何の変哲もなく傍に居るのが、たまにすごく当たり前みたいな風景に思えてくることがある。それこそ、ひとつの家族みたいに。
ボクの本当の家族より、ずっとずっと近く感じるのは、ボク自身が心を隠したり覗き見たりしながらも、いつも開けっぴろげで正直に接してくれるサキを、傍で見ているからなんだろうか。
ボク達とことりに静かに視線を注いでいたヒバリが、口を開いた。
「ヒバリ、ね。むっちゃんと、ヨハネ、なかよし、なの、すきだよ。
ヒバリは、パパとママ、いない、から。
ほんとうの、パパとママ、より、むっちゃん、たちのほうが、ずっと、おとうさん、と、おかあさん、みたい、に、みえる。
ほんとう、じゃ、なくても、みてる、と、うれしい、きもちに、なるよ」
「ヒバリちゃん……」
驚いて椅子から見上げると、同じように目を見開いて見つめていたムラサキは、その瞳を少しゆらゆらさせてから、ぎゅっとヒバリを抱き締めた。
腕の中のヒバリが、くすぐったそうな表情になるのがわかる。その頭に止まって、ことりもふさふさの羽根を揺らしていた。
小さい頃から、十分な愛情を家族に与えてもらえなかった人間。
ボクだってどちらかといえばそういう家庭で育っただろうけど、ヒバリの場合はまた事情が違う。少なくとも衣食住は保証されていたとしても、親を亡くしたからって色んな家庭をたらい回しなんて……ヒバリの身の上を想像しただけで、彼女を声が出なくなるまで追い詰めた環境に、世界に、胸糞が悪くなる。
そんな子がボク達の姿を、家族の形に重ね合わせるのも、無理はないことかもしれない。少なくとも、それがその目に幸せとして映っているならば、ボクとしてはそれでいい。
「よし、それじゃあ、後でヒバリちゃんのことも、お膝で抱っこしてあげる」
「いいの?」
「いいよ~、もちろん。あ、でも先に戻って、机の片付けしてタイムカード押してこなきゃ。ちょっとだけここで待っててくれる?」
「うん。わかった」
頷いた頭を撫でられて、軽く目を細めたヒバリとことりを残し、ムラサキは一旦退室していった。荷物を持ったら、じきに戻ってくるだろう。そうしたらようやく、ここも静かになりそうだ。
「ことり、こっち、おいで」
「ぴぃ」
傍にあったペットボトルのキャップを投げて、ヒバリとことりは遊び始める。大人しくしていてくれそうだったので、ボクは改めて背伸びをして肩の筋肉を伸ばすと、机の上の気乗りしない課題に、パソコンを立ち上げて向き合ったのだった。
……まさかこの後、ムラサキが帰って来るまでの間に、膝に乗り上げてマインスイーパをはじめるヒバリと、マウスの傍をうろちょろすることりと、二人分の子守をする羽目になるとは、夢にも思っていなかったのだけど。