SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】短編集 作:大野 紫咲
単なるわがままとも取れる、愚痴のような日記のような何かで中身はほとんどないのですが、書いてるうちになんかものすごく悲しくなってしまって精神がしにました(^p^)
そんな悲しい話のつもりはなかったんだけどな(^p^)
「お願いします。真剣なので、ヨハネさんとお付き合いさせてください」
「いんじゃねー?」
以上。我が夫、
さすがに、思わず突っ込まざるを得なかった。
「いやいやいや! 普通もうちょっと何かないわけ!?」
「まぁ、だって前から色々聞いてるし……。何か言って欲しかったの?笑」
「やぁ、別に……文句ないならいいんだけどさ……」
現実にあり得ないと思われるかもしれないが、信じられないくらいあっさりと許可が下りてしまった。
まぁ、相手がこの世界の人間じゃないから、という気軽さもあるのかもしれないけど。
私があんまりヨハネさんヨハネさん言うので、苗字まで覚えてしまった夫の鯨氏だが、特に何か嫉妬したような様子も見せず、至って平穏。いつも通り。
というか、結婚して以来、特段大きなリアクションというものを、見たことがない。
普通に笑うし、人に対して思いやりはあるし、頭はいいし、優しくて寛大なのだが……なんというか、そう、並外れた執着とか、浪漫とか、心の機微とか、よっぽどこちらが促さない限りは、そういう類とは無縁の人なのである。
が、促してやってもらうロマンチックな演出や気遣いほど白けるものはないので、私もわざわざそんな事を要求したことはない。ていうか、恋人時代にそういうことを求めた時期もあったが、何回か試して諦めた。なんか、「これ別に私達でやらんでもいいのでは」という感じ。向こうが喜んでくれるならともかく、大して盛り上がりもしないし笑いの方面にしか転がらないので、楽しくはあっても、心を砕くのが次第に馬鹿々々しくなったのだ。
鯨さんの口癖は、「二人でのんびりできればそれでいい」。
そしてそれを守っている限りは、私の自由も限りなく尊重してもらえる。し、旦那も自由にしている。家の中で互いにバラバラの事をしているのもしょっちゅうだ。
朝、目玉焼きを作ってくれた鯨氏を、遅起きの私が見送る。もしくは、在宅の日は隣で鯨が仕事をしている間、私も起き出して好きに過ごす。
日中家事や執筆、趣味活動をして、夜に晩御飯や風呂などを経ながら会話をし、鯨は布団でゲームか仕事、私はまた趣味活動に各々勤しむ。というのがルーティーン。
行ってきますのちゅー……という、新婚らしいスキンシップを、夢見ていたこともしていたこともあったが、さっき話したように「この人相手ではない」という認識が先立つにつれ、私にはそれすら出来なくなってしまった。なんでそんな、何でも笑いとオチで済ませられてしまうような相手に、私が恥ずかしいのを我慢して浪漫を提供せねばならんのだ、と思ったら、プライドが許さなくなってしまったのだ。
私とて、幾つになろうと一応夢見ることのある乙女だし、一生懸命恋人らしい振る舞いをしたり、恥じらう心や表情を作ることに、何も感じないわけじゃない。本人に悪気がなくても、なんとなくそれを茶化して冗談で終わらされてしまったり、笑いの種にされてしまったりすると、傷付くし消えたくなる。
甘い空気が苦手なのは構わないのだが、苦手だからといってそこへ便乗する気のない相手に、自分を安売りすることはもう虚しくなるからしたくない。
――恥ずかしい私は、恥じらってもいい相手の前でしか、もう見せたくない。私はそう決めた。
かといって、仲が悪い訳では全然ないのだ。
私が原稿の締め切りで追われて夕飯の準備が多少遅くなっても、何か忘れ物をして迷惑を掛けても、少々苛々したり変顔をしたり困惑されそうなリアクションを取っても、全部怒りもせず、受け流してもらえるのは楽であり、安心もする。
私が家事全般を取り仕切っている生活周りのことについても、特に文句を言われたことはない。
ここまでくると私に関心があるのかどうか謎なので、「好きか」と聞けば「おお」と返ってくるし、別にそれ以上は求めない。
――けれど変なことに、これ以上文句もない贅沢な暮らしなのに、ふと物足りなくなることがある。
なんて書くと、不倫小説の書き出しみたいだろうか。
元々、結婚をしたら恋愛をしちゃいけないなんて嫌だね、と友人と話していたことがあった。
どうして、人はこの相手と決めたら、それ以外の相手を好きになっちゃいけないのだろう。心は自由で、一生を通して何かに触れたり、生み出したりするはずの場所なのに。
パートナーと決めた相手を、ポイ捨てして乗り換えするのはさすがに不義理かもしれないが、そうではないのに恋愛するのをやめろなんて、私は絶対に嫌だ。
と、主張していた風変わりな私でも、嫁に来ていいと言ってくれたのが現在の鯨氏。
そもそも、一生何かにときめいていたいという私が、己の願いを叶えられるくらい経済的にも生活的にも心配や憂鬱を抱えず、安心して生きていられるのは、鯨氏が外で働いてきてくれるおかげだし、誰と結婚しようと、完璧な相手など存在しない。
そして、完璧な相手が存在しないのならば、できる限り自分の癇に障るような欠点が少なく、他の部分も大まかに許し合える鯨氏こそが、長期間共にいる相手としては最適解だった、というのが私の結論であり、その推論は今のところ正しい。(ていうか、大前提として、「この人と一緒にいたい」という気持ちがあったから結婚したのだ。当時は。今はわからないけど)
私自身の充実した活動は、結婚による日々の安泰に担保されている。
日々が平和だからこそ、ときめきたくなる。平和でなければ、そんな事する気力すらない。結婚生活で安定と安心を得られているから、家庭外の活動や人間関係に精を出す活力が漲るのだ。
(……これって、もしかしてものすごい矛盾?)
はて、とドアチェーンを前に、思わず首を傾げる。
でもこれが失敗かどうかなんて、一緒に過ごした時間がまだ短すぎて、今のところ判断のしようもない。長く続きやすそうな相手は選んだけれど、長く続いて長い目でみなければ、結局はどうだったか結論付けようもないだろう。
故に今のところは、平穏でも何もなくても、維持が出来ていればとりあえずそれは失敗ではないだろう、と私は思ってる。
なんだか、契約結婚と、恋愛結婚の、その中間にいる感じ。
「ときめきが足りない」なんて、多分、他の人に話せば「旦那とちゃんと話しなよ」とか「そういうの、自分から言わなきゃわかんないんだよ」とか言われて終わりなんだろうけれど、元々ときめきを求めるのに特化した相手とは結婚していない。
もしそういうハラハラドキドキを一生掛けて味わいたいなら、もっとそういう相手を選ぶし、私は自分の人生をそんなジェットコースターに乗ったような気分で過ごしたくはない。毎日キャンドルを立てた夕飯を用意してくれるけど、セックスを断ったら拗ねるような相手よりは、何を食べても美味しいしか言わないが、文句も一切ないし夜さっさと一人で寝てくれる相手の方が、精神的に楽に決まってる。私は暇ではないのだ。
かといって、不満がゼロかと言われたら、それが難しいところで。
不満に数え上げるかどうかは、もうそれは当事者達の感じ方次第でしかないのだろう。
自分がお菓子籠に取りに行ったチョコレートを、自分の食べる分だけじゃなく、ほんの数粒「お疲れ様」って傍に置いて欲しいとか。
「最近は、何か変わったことはない?」と、何かのついでじゃなく、目を見てお茶でも飲みながら、聞いて欲しいとか。
誕生日を知っているのはいくら普段の様子から明らかでも、当日は自分から改めて「おめでとう」と言って欲しいとか。
ただそれだけのこと――目を瞑れば、消えてなくなる。相手に、わざわざ言ってしてもらうほどのことじゃない。
私の「寂しい」は、一生付き纏う。中学生くらいの頃には薄々感じていて、大学を卒業する頃には、もう何をしても薄まることはあっても消えることはないのだと諦めていた。結婚ごときでそれが解消するのなら、今頃全人類が結婚で幸せになっていることだろう。
元々、結婚すればこの「寂しい」が解決するなんて思ってなかったし、結婚相手に全てを依存するつもりもなかった。
ただ、この「寂しい」と「助けて」を、何も聞かずに傍で許してくれる人と場所が欲しかった。そのうちのひとつは、愛理たちのいる世界だった。
そして――私は、もうひとつ見つけたのだ。
こぢんまりしたフローリングの部屋で、炬燵机の前に座って、ヘッドフォンを装着するだけで別の世界に行ける方法を。
*****
(……早く、会いたいな)
時間にゆとりのある日の昼下がりや、夜に近い時間帯。
リビングでごろごろしながら、あるいは夕飯の支度に取り掛かる気が起きないまま、何ともなしにヨハネのことを考えている。
この間会ったばかりなのに、もう会いたい。
そんな風に思うのは、離れて暮らしている人間の特権で、同居なんてしたらありがたみは薄れちゃうのかな、相手にうんざりするのかな、と思うけれど、それでも一緒に居る時間は長い方がいいな、なんて凝りもせずに思う。
物言わぬパッドの画面を、私はためつすがめつ眺めて、スクロールした。
「……」
セブンスコードには、内部で自由に使える私の端末があるけれど、こっちの世界にいる間は、アプリを立ち上げるまで、基本的にこちらの世界からの通話はできない。
私が「もう一人の私」になれば、位相のズレを利用してヨハネをこっちに「呼ぶ」ことは出来るけれど、大野紫である間は、ちょっと気軽にヨハネと会うというわけにはいかない。まるで現代版織姫と彦星だ。
つまり向こうに行ってみないと、向こうが今いつで何が起きているのか、みんなは無事なのか、確かめられないのだ。
それでよくSOATのシフトや風俗の仕事を都合できるなという感じだけど、そこはまぁ、懐中時計の力もあって上手く操作されているらしい。よっぽど間を開けてログインしなければ、大きく時空の流れが違っていることはない。
ただ、通話は無理でも、SNSでの文字連絡は許されているらしく、時々ヨハネからメッセージが来る。ぽこん、と音を立てたメッセージアプリの画面を、私は開いた。
『大丈夫? 元気にしてる?』
過去と未来の情報が頻繁に行き来することがないように、会話は最低限の、当たり障りがなさそうな内容だけ。それでも、涙が出るほど嬉しい。
どこかに、私のことを気に掛けてくれている人がいることが。
『うん……大丈夫』
『そっか。ならいい。また来るのを待ってる』
『ヨハネ』
『何?』
寂しい、と打って、指を止めてから「×」で消した。ちょっと首を振ってから、内容を打ち直す。
『なんでもない』
『何。気になるじゃん』
『会いたいの』
『じゃあ、さっさと会いに来るんだね』
言葉はそっけないのに、即刻返事が来るところからして、向こうがだいぶ気に掛けてくれていることがわかる。
黙って画面を抱き締めていたら、もうひとつ、またひとつ、メッセージが続けて来た。
『ホントは、そんなに元気じゃないでしょ。
顔見ないと落ち着かないんだけど』
『そっちにいる間に、無理しないでよ』
ぽんぽんと言い訳するように鳴り響く音に、画面が滲んで見えなくなる。
バカみたい。なんでこんな、たった一言に、涙が止まらないんだろう。
ごめんね。バカみたいな、どうしようもないパートナーで、ごめんね。
でも、ありがとう。こんなに好きでいてくれて。
しゃくりあげた喉が苦しい。今は時計を見上げたら夕方だから、やるべき夕飯の下ごしらえをさっさと済ませて、もうちょっと泣き止んでから、向こうに行こうと私は目を拭った。
今行くと、きっと目が真っ赤なまま、優しいあの子をますます心配させてしまうだろうから。