SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】短編集 作:大野 紫咲
ふと晩飯作りの最中に思い浮かんだ、ムラサキを守ってくれるカッコいいナラハシさんのお話。
「右手の神経接続が上手くいってない……?」
「そ。向こうの世界での、右肘の神経の損傷によるものらしいんだけど」
不安げな顔を向けるソウルとウルカに、喫茶クロカゲの開店前の厨房で、ムラサキは肩を竦めながら答えた。
「ただの腱鞘炎だと思うんだけど、実は原因がよく分からなくてね。何かすごい運動をしたとか、重いものを持ち続けたって記憶もないし…。参っちゃったよ」
「それが、セブンスコードに来ても治らないってことなの?」
「うん。今、ミソラが多少なりとも動かしやすいように修復プログラムを作ってくれてるんだけど、それを使っても完全に痛みが取れるかはわからなくて……。
だから、ごめんね。右手が上手く使えない分、下拵えとかに時間掛かって迷惑掛けちゃうかも」
エプロン姿で頭を下げたムラサキに、ソウルとウルカは慌てて手を振った。
ムラサキの傷や痛みが、なぜか電脳世界においても癒えないのは、今に始まった話ではない。
大抵のユーザーは、脳と身体の神経接続さえ上手くいっていれば、リアルの体の損傷具合に関わらずセブンスコード内では快適に過ごす事が可能なことが多いのだが、ムラサキはなぜかこちらで修正バッチを当てても不調が改善されない、珍しい人間だった。
SOATやクロカゲでのバイトは融通が効くものの、生来体の弱いムラサキが不調に苦しむ姿はソウル達としても見るに忍びなく、こっそりここへ来てバイトを始めてくれた当初から、心配してはいた。
そこに加え手や腕の不調とまでなると、二人が顔を曇らせるのは当然のことかもしれない。
そんなウルカとソウルを安心させるように、ムラサキは腕まくりして、包丁とまな板に向き直ってみせた。
「大丈夫だから! 休ませなさいって言われてるだけで、動かないわけじゃないし! どうしても力とか器用な動作が必要な時は、ちゃんと右手も使うよ。出来るだけ、お店に支障出ないように頑張ってみる」
「んなこと気にしなくていいから、姐さんはあんま無理すんなよ。ホールはオレらで回すし、料理もストックあるし、準備ゆっくりで大丈夫だからさ」
「そうだよ。一応、提供できる数に限りがあるって、看板にも書いとくね。私に手伝える事があれば、何でも言って」
「うう、ありがとう……二人とも優しいが過ぎる……!」
ムラサキが感激していたその時。
ぺたぺたと足音がして、作務衣に三角巾姿がいやに似合う男が、ひょっこりと厨房に顔を出して呑気な声を上げた。
「おう。なんや、まだ準備しとらんかったんかいな。もうすぐランチタイムや、お客さんぎょうさん来はるやろ。このまんまやったら足りひんのとちゃうか?」
「げっ」
尻尾を振った柴犬さながらに寄ってくる茶髪の男に、思わず嫌そうに声を上げるムラサキ。
その態度の原因を知っているソウルとウルカは、ムラサキの正直すぎる反応に苦笑した。
クロカゲが公営になってからは、SOATに復帰しSOATからの嘱託という形でここにいるナラハシは、職員としては常連客でもあり、一応はムラサキの同僚とも言える相手だろうか。
ぎこちなく、ムラサキが包丁を持つ左手を眺めながら説明する。
「あ〜〜……さっき説明したんだけど、利き手が使えなくなっちゃって……。
だから、暫く準備に時間掛かるかもしれないです」
「何ーーーー!!!!!! えらいこっちゃーーーー!!!!」
「そんなに騒がなくていいから」
「クロカゲシェフの一大事とあっちゃ、これは我らクロカゲ店舗そのものの一大事やがな。
待っときや、おっちゃんが今なんかいい薬を」
「いや、そんな塗り薬とかですぐ治るようなあれじゃないし。今はホールとか見て来てくれた方がありがたい……」
「よし! ほいたらここで応援しよか! フレーーーー! フレーーーー! ムッ! ラッ! サッ! キッ! 青春の汗を流すんやー! 君なら出来る!」
「もーーーーーー!!!!!! ナラハシさんが近くにいた方が気が散るからっっっ!!!! 手切っちゃうから邪魔しないでっっっ!!!」
ついにはプンスコと怒り出すムラサキを見て、ホールの掃除をしながら耳を澄ましていたウルカとソウルは思わず吹き出した。
はいはい、と悪びれることもなく笑いながらホールへ戻っていくナラハシの背を見て、ムラサキは盛大に溜息を吐く。
悪い人ではないのは、分かっている。
ここやSOATでよく力になってくれることにも、美味しいと言いながらムラサキの料理を食べてくれることにも、内心では感謝している。
が、しかし、彼が今もかつてもヨハネの同僚であり、同時にヨハネが崇拝し敬愛している相手でもあるという事実が、軒並み嫉妬心を刺激して、どうしてもムラサキを素直にさせてはくれないのだった。
普段誰にでも人当たりの良いムラサキが、こうまでして毛嫌いする相手というのも珍しいので、ソウル達には半分面白がられているという始末である。
(は〜〜……私もいい大人なんだし、ちゃんとしたところを見せないと……)
と思ってはいるものの、いざあのへらへらした笑いを前にすると、どうしてもムカムカして邪険な態度を取ってしまう。
そこがまた、否が応でも年の差を見せつけられているようで、またもや膨れてしまうムラサキであった。
*****
さて、それから一時間ほど後のことである。
おぼつかない手つきで、スープに入れる蕪を何とか切っているムラサキの耳に、怒号が届いた。
「オラァ! ここにあるって書いてあるじゃねーか! 店長出せ店長!」
店先で、ランチメニューが売り切れていることにキレている客のようだった。
いつもなら、お上品な昼営業のクロカゲにも乱暴な客はいるのね〜、嫌になっちゃう、程度で済ませてしまうところだが、今日は自分が原因であるだけに、肩身が狭い。
確かに、供給が追い付くようウルカが数を調整してくれたのもあって、普段よりは売り切れるのが早かった。
「申し訳ございません。また明日以降ご用意いたしますので……」
「こっちは常連なんだよォ! 普段金落としてやってるお客様にその態度はねーんじゃねえの? こっちはわざわざ腹空かして来てやってるってのにさあ」
「てかぁ、今日のテーブルに置いてあるメシ、ぶっちゃけ手抜きってえか形も不揃いじゃん? マジ金払う価値ねぇって感じー。タダで出せよ」
(うう、私のせいでウルカちゃんまで酷い目に……ごめんね)
クソ客の相手ならある程度慣れてるから、とウルカもソウルも笑顔で率先して接客に出てくれるが、これはあまりにも居た堪れなかった。
痛みが走る右手は、捻ると手首からぼきりと音がする。悔しくても、思い通りに握り締めることさえできない。フロアの中のざわついた気配が、厨房に立つムラサキの背中に刺さる。
(……私が謝ろう。私が右手を庇って作業するせいで、みんなに迷惑掛けちゃってる)
今まで、昼の客も夜の客も、埒があかないと思ったら
こういう事は慣れていないけれど、私が頭を下げてなんとかなるのなら。
震える脚を叱咤し、ムラサキがホールへと続く暖簾を捲り上げた、その時だった。
「天誅の、ゲンコツーーーーーー!!!!!!」
もはや植能ですらなく物理で客に殴り掛かる人影に、ムラサキは庇われるような形で立ち竦んだ。ウルカは慌てているし、フロアの端で接客に追われていたソウルまでもが、何やってんだという様子であんぐり口を開けている。
ごいん、と客の頭にたんこぶが出来そうな程いい音がした。
「ッてぇ……何すんだこのクソ店員!」
「そらぁこっちのセリフじゃゴルァ! うちのシェフが一生懸命作った料理に何文句付けとんじゃワレ! お客様は神様ちゃうで! 誰のおかげで皆がここの飯食えると思てんねん! 文句あんねなら帰れェ!」
そう客に言い返したのは、もちろん客に拳を振り下ろした張本人、ナラハシだ。
イマイチ覇気には欠けるが、毅然とした言い方に、なんと店内からも男達への複数のブーイングが上がった。
「そうだそうだ!」
「帰れ帰れ!」
「俺たちゃ好きでムラサキちゃんの飯食いに来てんだよ!」
「お前らなんかに食わせる飯はねぇから帰りな!」
「みんな……」
まさか客にまで庇われると思っていたムラサキの目元が、思わずじわっとなる。
多勢に無勢で居心地悪そうに顔を見合わせた男達は、逃げるようにしてその場を去って行った。
慌ただしく鳴るドアベルに、ナラハシが叫び返す。
「おととい来んかーーい!!」
「もう。ナラハシったら、あんな乱暴な追い払い方して……」
「せやかて、ウルカちゃんがあんな怖いオッサンらに詰め寄られて、ムラサキちゃんが悪口言われまくってんの、許せへんかったんや! これぞ正義の鉄拳やで!」
ナラハシは楽しげに笑うウルカの前でおどけてみせるが、その言葉の中に、厨房にいて見えない自分への配慮が混ざっていた事を知って、ムラサキは驚いた。
(助けて……くれたの……?)
店の奥まで聞こえないはずがないような大声で、男達は怒鳴っていた。
店の風紀を守ることはもちろんだが、ムラサキが傷付かないように本気で怒ってくれたのかと思うと、胸が熱くなる。
ソウルにも褒められて、でへへと頭を掻いているナラハシに、ムラサキはそっと俯きがちに歩み寄った。
「あの……ありがとう、ございます。あんなに私嫌な感じの態度だったのに、助けて頂いて」
「かまへんかまへん。そないな事気にしなやー。僕はムラサキちゃんの美味しい料理、また食べたいだけや」
けどもうちょっと仲良うしてほしいなあ、という言葉に、ムラサキは苦笑しながらも頷くことができたのだった。
*****
「ねえッ、さっき通報があって、ここらへん襲撃されたって聞いたんだけど……!」
「おお、櫟君。今更お見えかいな。もうとっくに片づいとるでぇ」
息せき切った隊長服のヨハネがクロカゲに飛び込んできたのは、それから更に数時間後、夕方の営業も早めに終了して閉店準備を始めている頃だった。
がらん、とした店内ではぁはぁ息をしたヨハネは、放心したように椅子に崩れ落ちる。
「あ……そ、そう……」
「襲撃って程大げさなもんちゃうわ。昼間、どこぞのチンピラが暴れとっただけや。櫟くん、すごい汗やで。よっぽど急いで来たんやなあ。はい、これ水」
「ナラハシくんも、そのエプロン姿と店員らしい振る舞いが、様になってきたよね」
作務衣の上にエプロンを羽織ったナラハシからお冷やを渡され、一気に喉に流し込むヨハネ。
まだムラサキ達が厨房の奥で皿洗いをしているのを遠目に見ながら、ナラハシはヨハネの話し相手になろうと口を開いた。
「しっかし、いくら急いで駆けつけたっちゅうても、これじゃ遅すぎんで。今回は僕らで何とかなったけども、いざという時に隊長が愛しの彼女ちゃん守れんでどうすんねん」
「ぶっっっっは、ゲホッゴホッ」
おかわりしたお冷やを飲みかけて盛大に咽せたヨハネは、呼吸を整えてから大慌てで否定に入る。
「彼女じゃないってばッ!」
「なんや、ちゃうんか」
「パートナー……だけどその、そういうのと、違くてっ」
「今はそうでも、後々変わるかもしれんやろ? 櫟くんの気持ちとしてはどうなん?」
「は、はぁッ? ボクはその、そんなん、別に……っ」
ニヤリ顔で詰め寄るナラハシに、あからさまにヨハネが声を裏返らせたところで、ムラサキが奥の厨房から出てきた。
「あ、ヨハネさん。来てたんだ。お迎え? ありがとう」
「ついでだよついで! 一応隊長としては事件現場の情報集めとかしなきゃならないし、あんたの為ってワケじゃないから…っ!」
そう言い訳しながらも、ヨハネはムラサキからナラハシの方に差し出された紙包に、不思議そうな視線を向ける。
少し照れたように、ムラサキがはにかんだ。
「これ。昨日、試作でワッフル作ったから、その残りなんだけど……」
「えーーーー! 僕がもろてええの!?」
「まだお店で出せるような出来じゃ全然ないんだけどね。色ムラもすごいし冷めちゃってるけど、それでよければ……」
「ええやん! ムラサキちゃんなら絶対美味しいの作れるようになるて。ええなあ、オシャレで! ワッフルかぁ、メニューにしたら、これまた昼間のお客さん増えんで」
「まあ、こんな事くらいじゃ昼間足引っ張った上に助けてもらったお礼には、ならないかもしれないけど……」
「何水くさいこと言うてんねん。僕は当たり前のこと言うただけや、そげなことムラサキちゃんが気にせんでええ。嬉しいわぁ。おおきにな」
ニコニコとお礼を言うナラハシと、手元の包みと、照れ笑いのムラサキを、ヨハネはじーっと見比べる。
そして。
「ねえ、サキ。そのワッフルってまだある?」
「え? うん。いっぱい焼いたから、少しならまだ残ってるよ」
「ボクにもちょうだい」
「え、う、うん、もちろんいいけど……ご、ごめん、ヨハネさん何か怒ってる……?」
「別に怒ってない」
(櫟くんは分かりやすいなぁ)
ムラサキは、感情を隠そうと必死で仏頂面を作り出すヨハネを見て、機嫌を損ねたのではないかとあわあわし始める。
同僚二人の恋路を、柔らかい夕方の日差しが差し込む中で、ナラハシは温かく見守るのだった。