SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】短編集 作:大野 紫咲
※設定としては、オレンジ世界の話がもう少し(終盤近くまで)進んだ後、ヨハネさんが何らかの事故で異世界に飛ばされてしまい、弊家の直生くんと出逢った後ということになってます
※このお話だけでは意味をなさないと思いますので、ご興味のある方はマルメロのぷらいべったーから前話をお読みください↓
https://privatter.net/p/9108942
ひどく疲れていて、今すぐ眠り込んでもおかしくないような状況にも関わらず、滑稽なほど眠気は襲ってこなかった。
それを皮肉に思いながら、ボクはだだっ広いベッドを占領し、匂いのしないシーツと枕の上で、目を見開いたまま横たわり続けていた。
唯一インテリアとして置いてある、棚の上の時計だけが、かちかちと音を刻んでいる。今は、デジタルではないアナログの音色が心地よかった。そうでないと、時間が進んでいることすら、感じられなくなってしまいそうだから。
起き上がってブラインドを開けてみると、窓の外には見事な夜景が広がっていた。東京の中でも田舎に近い方の直生の家では、見られなかった風景だ。
忙しなく行き交う車のサーチライトの奔流に取り巻かれて、宝石を散りばめたようなネオンが、目印のようにキラキラ明滅している。あの中に、直生が顔を出す舞台会場や、テレビ局なんかもあるのかもしれない。
あいつの生活圏内、というか仕事場に近い風景を見られたことに、喜ぶべきなのかもしれないけど、今はとてもそんな気分になれなかった。
ここと元いた場所の違いといえば、直生とあいつの家族達がいたかどうか、それくらいだ。たったのそれだけ。今は、孤立無縁に近い状況とはいえカシハラだって居るし、未来に帰る手段を知っている人間に会えたことを思えば、むしろ幸運に思うべきだろう。
けれど——どれほど自分にそう言い聞かせても、胸の中の霧は晴れてくれなかった。
夜景の綺麗なここよりも、誰かの気配がする真っ暗闇の方が、ずっといい。そう思ってしまった。
なぜ自分はここまで弱くなってしまったのか、と自己嫌悪にも陥りたくなる。
あいつを知らなければ、ボクはここまで追い詰められることはなかった。あいつを知らなければ、ボクは目の前の宝玉に近しい存在に、手を伸ばそうなんて図々しい真似は考えなかった。
あいつを知らなければ——自暴自棄になっていっそ消えてしまいたくなるほど、誰かを繋ぎ止めようとは思わなかった。
紫咲の時とは、また違った。彼女の中にもボクの中にも、「諦める」という選択肢は初めからなかったから。
けれど今は、どう足掻いても諦めざるを得ない。ボクが直生の傍にいることで、直生だけでなく、ボクが親しくさせてもらった人達が傷付くことになる。それは、自分一人の決意や行いで顔も知らない大多数が犠牲になるよりも、よっぽど辛いことだとボクは思った。
それならせめて、気持ちを引き摺らないうちに、何も言わずに彼らの元を去った方がいい。それが一番合理的な判断のはずなのに、このザマは一体何なんだろう。
「はあ……。『諦める』って何。『諦める』も何も、ボク結局、直生と付き合ってすらないじゃん」
思わず、ガラスに映った自分自身を嘲笑う声が漏れた。
結局、直生にとってのボクは、何だったんだろう。
直生は以前ボクに、ラベルに書いて貼ったような関係性はボクらの間に必要ないと言った。
ボクもそう思った。だからその言葉に甘えた。何にも縛られない気楽さと、それでもあいつとの間に感じるくすぐったい絆が、楽しかった。
けれど、ぐずぐずと決めかねていただけで、ボク達が互いに互いを見ないフリをしていただけで、瓶の中身はもしかしてとっくに決まっていたんじゃないだろうか。
そうと名付けていいのか分からない、けれどそうとしか名付けようのない、何か。友達という枠組みをとっくに超えてしまっている、何か。
項垂れて窓から離れ、一人には広すぎるダブルのベッドの上で膝を抱えると、とっくに枯れたはずの涙が滲んだ。
悔しい。悲しい。
ボクが直生の傍に現れたことで周囲にどういう影響があるか、考えられないはずはなかったのに、そんなことすら明らかに見られなかった自分が、情けなかった。
本当は中身が何かなんてどうでもよくて、それにボク達が満足していられれば、それで一番よかったのに。形がないと、世間は納得しないのか。あの葉すらも危ぶむほどに、形のないボクらはどこにも、何にも許されないのだろうか。
それで、ボクとの間に形を与えたとして——あの直生が、直生でなくなってしまうのは怖い。兄弟のような、気の知れた友人のような、それでいてどこか甘さのあるあの関係を、簡単な箱の中に当て嵌めてしまった瞬間、世間が望む「鈴木直生」は、「鈴木直生」でいられるんだろうか。
ボクが、直生から何かしらの影響を受けて、変わっていることは否定できない。それだけならまだいい。けれど、直生自身もボクがいることで変わっていくのが、ボクには分かる。それが怖い。
どこに向けて欲張っても、何かを捨てることになる。
もう自分が何を望んでいるのかも分からなくて、とにかく今は気分転換することだけ考えよう、と溜息を吐きながら、ボクは携帯に繋いだイヤホンを耳に押し込んだ。
直生とファミリープランで契約してもらってる、サブスクのサービス。これも、解約してもらうことになるのかな。
せめてこの世界を去る前に聴いておこう、とボクはスマホをお守りのように握り締めて、横たわったまま目を閉じた。
そういえば、ボクらと一緒にあの家に住んでいた友人が、吹き荒ぶ風に酷く怯えていた夜があった。その時も、直生とボクらとで音楽を聴いたっけ。
密閉性の高いイヤホンを耳に嵌めれば、風の音なんて聞こえない。いつも、どんな時でも、音楽は外の世界の嫌なものや怖いものから、ボクらを異次元の世界へ連れ去ってくれる。
停電の暗闇の中、そう言って友人にイヤホンを貸したボクに、直生は少し感心したような目を向けていた。
たとえ住む世界が違っていても、音楽の話題っていうのは尽きることがない。三人で修学旅行のように布団を被りながら、友人にはその世界の民族楽器の話を教えてもらい、直生には沢山の曲を教えてもらった。機会があればボク達は、沢山の好きな音を互いに教え合ったんだ。
そして、シャッフルで曲を流していたら、ふと直生に勧められたうちの一曲が、耳に流れてきた。
(これ……)
直生が好きだと言っていたバンドの曲だ。
直生は、いわゆる女性目線の歌は、聴かないしあまり歌わない。
けれどこの人が歌う歌は抵抗がない、と言ってカラオケで時々歌っていた。あいつがあまり楽しそうにそのバンドの曲を歌うから、ボクもいつの間にかアルバムごと幾つか聴き込んでしまった。
あいつが、ほんの少し母さんの声に似てる、と言っていた芯のある歌声が、力強く、けれど優しく、穏やかなギターの音に乗せてボクを揺さぶった。
ありありと、直生と並んで歩いていた時の光景も、くだらない口喧嘩をした時のことも、あいつが多分忘れてるんだろうなってことまで、頭に浮かんでくる。
何も知らないくせに、って
知ろうとしないだけなのにね
ずるいんだ
わたしもきみも
ああ、そうだよな、と思った。
知らないことが多過ぎるくせに、ボクらはそれ以上、知ろうともしないし知らせようともしない。
なんとなく、それでいいような気がしてた。
二人で、惰性でもそのままで、いられるなら。
でも、無理だった。もう、壊れてしまった。
ただふたり キラキラ笑って
それだけのことが
やけに難しくって疲れたの
もう疲れたの
もう、涙なんて流れなくていいのに。
ボロボロ零れてくる。まるで、そこにあるのがボクの本心だとでもいうように。
何かを諦めて旅立とうとしている歌を聴いているはずなのに、悲しいほど心は真逆だった。
「……っ、う……!」
体を丸めて嗚咽を漏らすボクの耳元で、音楽は流れ続けていた。
変えようのない事実を、今更どうしようもないことを歌うことに、何の意味があるのだろうと言われたら、ボクは答えられない。
答えられないけれど、ガラスの破片のように輝く美しい思い出と、ただ胸を刺す現実だけが、今のボクを縋らせてくれているように思えて、ボクは身を縮こまらせたまま、一人の部屋で肩を震わせ続けた。
ただふたり キラキラ笑って
並んでいたかった
それだけのことが
わたしときみには難しかった
それだけのことよ
なぜぷらいべったーとハーメルンを分けるなどというまどろっこしい真似をしたかというと、これをやりたかったからです(((
折角歌詞利用ができるんだったら、できる曲はやってみたいじゃないですか!!!今回は丁度よい機会だったので←
緑黄色社会の「キラキラ」という曲です。
https://www.uta-net.com/song/233841/
企画でのお題がキラキラだったので、まんまそのままのタイトルの曲を引っ張ってきたわけですが、当初、25日目のお題を書くためのモチーフにする曲は、これとは全く別の曲で、お話もまったく違うものにする予定でした。
が、それこそちょっと色々が発生したため、その書きたかったお話を私がどうしても書けなくなり、予定変更でこの曲が採用となりました。
結果的にいい方向性に舵が切れたと思っているので、よかったんじゃないかと思います。
本来は、愛理とあやめの間柄で使おうと思っていた曲です。
まさか、この二人の間で使うことになるとは思ってもいませんでしたけど……。