SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】短編集 作:大野 紫咲
ブンスコ二次創作本編1章15節にも出て来た、愛理とヨハネさんが服を交換する話。
どっちも好きな子なので、かわいい子×かわいい子で、私は超絶満足です。
普段は喧嘩ばっかりな二人が協力するの、個人的にとっても好きです。
ヨハネさんが、性格悪いように見えて実は状に厚くて繊細なところも好きです。
二次創作の世界でですが、今後も愛理にはヨハネさんと仲良くしてもらいたいと思ってます。
「くっそ、しくじった……」
隠れた路地裏の角から、通りの様子を覗き込んだヨハネは、バタバタと過ぎていく男達の足音と怒声をやり過ごす。
セブンスコードの中は夜。怒声と歓声入り交じる、賑やかな賭場周辺の雰囲気はいつも通りで、かわるがわる照らす看板のネオンが、影に潜むヨハネの整った顔立ちに光を落とした。
(ボク自身が借金のカタになるとか、聞いてないっての……!)
危ない橋は、そこまで渡っていないつもりだった。
イカサマを生業にしておいて言うのも何だが、ヨハネの賭場での仕事は、ある意味信用商売だ。
相手に自分をある程度信用させ、こいつとなら同じ台で勝負するのも悪くないと思わせておいて、ここ一番という勝負にとっておきの財産を賭けさせるほど、イカサマを働いた時に儲けが出る。
その為に必要な情報、取引先との人間関係や人心掌握術、すべてがヨハネの財産だった。
だからこそ、他方の顔を立てながら、その厚意を別口での商売に生かす、ということをしてきたのだが。
(信用の売り方が、足りなかったか……?)
知り合いから、馴染みの客に商品を取り次ぐだけの仲介役を買って出たら、その知り合いの会社が開発資金用の借金を踏み倒して倒産した。おまけに、そのカタとして、ヨハネを借入先のマニアックなコレクターに差し出そうとしているらしい。
裏切った知り合いに関しては、今は追われるフリをして目立たない場所におびき出してから、契約不履行でヨハネが直接制裁を下せばいい。元SOATでも戦績を残したことのある立ち回りと、この植能を使えば、負けるとは思えなかった。
問題は、馴染み客の方が、裏でこんな悶着があるとも知らず、今か今かと酒場でヨハネを待っていることにある。
「くそっ、どうすればいいんだよ……!」
本来は、酒場で客とヨハネが待ち合わせしている場所に取引相手が現れて、取引が始まる予定だった。けれど、時間通りに取引先がやって来なければ、当然ヨハネの信用はガタ落ちだろう。
無実を証明しようにも、取引を持ち掛けた連中を捕まえなければ話にならない。けれど、今から一味を潰して主犯の居場所を突き止めるのに時間を割き、客を待たせ続けるのも都合が悪い。
馴染みとはいえ、用心深い客の方もまた、ヨハネの出方を伺うのに、街中へスパイを泳がせているはずなのだ。取引場所から急に離れたという動きが漏れただけで、マズいことになる。
「二つにひとつ……か」
情報源としても重宝している顧客の評価を、あまり下げたくはない。けれど、自分が分裂でもしない限り、今は味方で居てくれる彼を明日にも敵に回すだろうことは必至だ。
せめて、せめて自分が捕物をする間くらい、誰かが酒場で代役を務めてくれれば――
思わず爪を噛む癖が出てしまったヨハネのすぐ傍から、思いもがけないのんびりとした声が掛かった。
「よう。モテる美女は辛いねぇ」
「あんた……! なんでこんなとこに……!?」
「ミカんとこで、給金出すからちょっとヘルプに入らないかって言われてさ。今は次のシフトまでの休み」
声を潜めたままで驚くヨハネの横に、いつの間にかいたボブカットの女性――愛理は、微かにネオンの光を反射する顔を暗がりから覗かせながら、緊張感なく言った。
「何、今の連中? 追われてんの?」
「そうだよ。取引先の片方が裏切って、色々面倒なことになってるんだ」
「へぇ? まぁ、確かに二股掛けたのがバレて揉めたって雰囲気じゃあなさそうだね」
心配しているというより、面白がっている風だった。興味津々で、ヨハネの名を呼ぶ声の方角に顔を出してみようとする愛理を、見つかったらどうするんだと思いながら、ヨハネは慌てて手で顔面ごと押さえつけて引っ込める。
「いてて、何するんだ」
「仕事で失敗したって言ったろ。遊びじゃないんだ。あんたの暇に付き合ってる時間は……」
そこまで言って、ふと、ヨハネは顔面を擦る愛理の全身をくまなく見つめた。
自分とそっくりなショートボブの髪型に、少し小柄だがよく似た華奢な体格。いつものカッターシャツにズボン姿を頭のてっぺんから爪先まで眺め回してから、天啓が閃いたヨハネは、迫るように勢いよく口を開く。
「なぁあんた、ボクの仕事を手伝わないか? ちょっとボクの格好をして、あっちの酒場で喋って来てくれるだけでいい。いや、好色爺の相手だから、最悪突っ立っといてくれるだけでいいんだ。今度賭場に来たら第二試合までは融通するし、あんたに勝てるカードを渡してやってもいい。報酬の形が良ければ金で渡すし、ミカの店ならボクも顔が聞くから、バイトの時間も後で言って事情を……」
「いや、それは無理だろ」
あっさりと――思いの外あっさりと冷静な否定の言葉が返ってきて、ヨハネの表情が抜ける。
心のどこかで、愛理なら何とかしてくれるのではないかと思っていた。無意識のうちに頼っていたと言ってもいい。いつも何とはなしにつるんでいるこいつなら、見捨てずにいてくれるのではないかと――
最後の希望の火が消えて、絶望に落ち込みそうになるヨハネに向かって、しかし次の瞬間、愛理はこう言った。
「たとえ優待みたいな形でも、見返りになんか貰うのはさ。申し訳ないっていうか。水臭くない? 普通に友達なんだから、報酬なんかなくても、お前が逃げるのくらい手伝ってやるよ」
その反応に、ヨハネは今度こそ、呆気に取られた表情になる。メイクを施した顔と瞳に、隠しきれないあどけない表情が浮かんでいた。
「ト……モダチ?」
「何だよ。さすがに僕、ここで君を見捨てて逃げるほど、鬼じゃないつもりなんだけど」
「いや……なんか……そんなこと、ミカ以外の奴に初めて言われた、から……」
金があるなら手伝う、と言ってくれれば十分だったのだ。
予想と期待を越えた答えに、ヨハネは礼を言うことも出来ないまま、少しむっつりした赤らんだ頬で、俯くしかなかった。
反対に、愛理の方がてきぱきと手を叩く。
「そうと決まれば。ヨハネも、君だって人から見て分からない方が都合がいいんだろ。だったら僕の服貸してやる。こっち」
腕を引っ張られて、ヒールで慌ててつまづきそうになったヨハネと愛理の向かう先に、業者が使っていたボイラーの跡地らしき、ロッカールーム大の鉄の箱がある。
「ここなら、誰にも見られないから」
「よくこんな場所見つけたね」
「このあたりで梯子してるバイト先、意外と女性用の更衣室ないところが多くてさ」
流石に僕でも女の恥じらいくらいあるからね、と恥ずかしそうに笑って、愛理は自らの服を脱ぎ落としに掛かる。
靴を脱いでしまえば、普段随分高く見えるヨハネと愛理との身長差は、さして気にならなかった。
まだ目の前の状況に半信半疑だったヨハネは、臆することもなくブラまで取り去った愛理が、寒いから早く、と手を差し出してきてようやく、自分の衣装と装身具の類に手をかけた。
「これ……結構露出多いよ。一応防寒機能はついてるし、セブンスコードの中は年中気温が一定だから、寒くはないと思うけれど」
「へぇ、こんな風になってたのか。……別に気にしないよ。僕は君の身代わりだし。それに、正直ちょっとこの衣装着てみたかったんだよね」
「何だよ、露出趣味なの? あんた」
「バカ。リアルじゃぜってー着れねえから興味あったんだよ」
ふざけて笑いながらそう言う愛理に、くすぐったいと騒がれながらも、肩上の袖やリボン、腰回りの輪を装着していく。自分の装いを目の前で他人がしているというのは、なんとも身体がすうすうするというか、変な感じだった。
「ん。じゃあこれ。君が普段着てるのに比べたら、暑苦しいかもしれないけど」
「アイリは、意外とシャツ大きいの着てるんだな。これならボクでも何とかなりそうだ。他人のとはいえ、長袖の服をこっちで着るのは久しぶりだよ」
「それより、瞳と肌の色どうする? これじゃ流石に、誤魔化しきれないと思うんだけど」
イヤリングを貰い受けながら、妙に色白なヨハネとでも呼べそうな顔で振り返った愛理に、ヨハネは提げていた鞄からメイクパレットを取り出した。日焼け止めよろしく、容量に制限のないそれを、愛理の肌に塗り付けていく。
「これ使えば、ボクの肌の色に合わせてあるから、多少は。ここまで潤沢に使うのは初めてだけど、今は贅沢は言ってらんないからね」
「うわ、すげ。ドーランみたい」
「ほら、動かない。じっとしてろ。補正プログラムはあるけど、塗り残しチェックするの結構手間なんだから。あんた、コンタクトは?」
「リアルじゃハードのやつ使ってる」
「じゃあ、入れ慣れてるね。こっちにカラコンがあるから、使って」
光の速さでメイクまでをヨハネが仕上げる間に、愛理は瞼の上を塗られながら片目を開けた。
「それで、僕は何をすればいいって?」
「一回しか言わないから、よく聞いてよ。この先の酒場で、ボクがこれから言う人物と待ち合わせして、適当に会話を引き繋いで。時々はわかんない言葉が出てくるかもしれないけど、あのおっさんの目的はボクだから、笑いながら誤魔化しといてくれればいい」
「ていうか、そういう施設って、ID掲示しないと入れないんじゃないの? 見た目で何とか誤魔化せても、承認されたら中身は別人って一発でバレるんじゃ」
今更な懸念事項に気付いて怖気付く愛理に、ヨハネは頼もしく、はっと声を上げて笑う。
「ここをどこだと思ってるのさ。裏金と闇の取引が横行する賭場だよ? そういう偽造での入場は朝飯前だし、あそこの酒場でのボクはVIP待遇だ」
「……なるほど。まぁ、そもそも未成年の君が酒類を提供してる店に出入りしてる時点で、野暮なツッコミだったね」
諦めたように息を吐く愛理の頭を、ヨハネが掴んで強めにごつんと一度額をぶつける。刹那、愛理の中のIDが表面上だけ「クヌギ ヨハネ」に書き変わった。
「いたた……君、意外と石頭だな。ヨハネが二人……どういう仕組みなんだ、これ」
「これでしばらくは大丈夫。こっちのケリがついたら、すぐ酒場に向かうから。そうしたら本物のボクが、改めて客にいきさつを説明すればいい」
愛理の服装で、てきぱきと身なりを確認するヨハネに、愛理は頷く。
「その間、ヨハネは君を追ってるグループを追い詰めるわけ?」
「主犯格さえ見つければ、ボクの無実と、契約が空回ったことを証明する材料にはなる。それまで時間稼ぎを頼みたい」
「おっけ。まぁ、少しの間なら、何とかなるだろ。ちなみにこれ、失敗するとどうなるの?」
「それなりの性癖を持った、それなりの施設と集団に売り飛ばされる」
「……絶対嫌だな、それ。助けに来てくれよ、メロス」
「はぁ? ボクの名前ヨハネなんだけど」
「『走れメロス』知らない?」
「またすんごい古い話だな、それ……任せておきなよ、セリヌンティウス」
軽口を叩きながら、愛理がヒールで路地を歩いていく立ち居振る舞いを、ヨハネはじっと観察してから頷く。
「うん……よし。合格かな」
「ちょっと待った。ハサミ持ってる?」
「……? ほら。緊急時の裁縫用だけど」
「なんか違和感あると思ったんだよね」
そう言った愛理は、コンパクトを鉄の箱の上に置きながら、雑にじょきじょきと前髪を切り落とし始める。
「なっ……、そこまでしなくても」
「前髪の印象って結構でかいだろ? どうせ退出すればもう一回生えてくるんだし」
何の頓着もなしに、ヨハネと揃いの真っ直ぐな前髪に切りそろえた愛理は、満足気に肩の上から毛を払った。その様子を見て、微妙な顔つきになるヨハネ。
「……なんか、悪いね」
「いやに殊勝だな?」
「一応これでも、身なりには気を遣ってる方なんだ。無理やり本人の嗜好をねじ曲げて、合わない格好をさせるのは、ボクとしても気が進まない」
「なんだ。似合ってない? これ」
「……まあ、似合わなくはない、けど。ボクの次点くらいかな」
「じゃあいいじゃないか」
どこか楽しそうに、腰から伸びるプリーツを翻して先を歩きながら、愛理は言う。
「喋り方は……まぁ、そんなに変わらないし大丈夫だろ。普段の君を見てれば何となくわかる」
「ボクが頼んだ身で言うのもなんだけど、ボロは出さないでよね」
「はいはい。優雅な喋り方を心がけておきますよ、お嬢様」
途中までむっとした顔で歩いていたヨハネは、通りまで来てから、顔を真剣な表情に変える。
「いざとなったら、ミカかソウルを頼って。さっき近くにいたみたいだから、連絡入れといた。あんたを危険な目に遭わせはしない」
「そりゃご親切にどうも。そういや道って」
「ボクとしたことが、忘れてた。もう一回目を閉じろ」
素早くそう言って、ヨハネは今度は静かめに、こつんと愛理に額を合わせる。
「……わかった?」
「すごい便利だね、これ。頭の中に地図が表示されてるみたいだ」
「セブンスコードの中だからね。それじゃ、ボクはそろそろ行く」
そう言って立ち去りかけたヨハネを見た愛理は、ふと気付いたようにその腕を引き止めた。
「待って」
勝手に鞄へ手を突っ込むと、先程のメイクパレットを取り出す。
「忘れてたよ。これがないとね」
自分の特徴というのは、自分ではあまり気付かないものらしい。ちょんちょん、と筆で右目元の黒子を二つ付け足すと、愛理はぱちんと片目を閉じた。
「そんじゃ、さっさと面倒な奴らはとっちめてトンズラして、何か美味いもんでも食いに行こうぜ」
「……ああ。あんたも、気を付けなよ」
愛理のその言葉に、含み笑いを返したヨハネは、その背を名残惜しげに見送ってから、反対方向へ駆け出して目的の人物達を追った。
「……普段と違う服のせいか、全然敵に見つからないな……なんか、ボクとしては正直微妙な気分だけど」
他人と違う肌の色と、妙に整った容貌のせいで、周りからちやほやされるのが日常茶飯事だった。
それに嫌気が差しながらも、こっちの世界に来てまでどこか目立つ格好が止められなかったのは、可愛いものやキレイなものが着たいという矜持の他に、そうやって常に誰かに求められる安堵感を、必死になって求めていたせいもあるかもしれない。
ふとそう自分を振り返ってから、ヨハネはレンガ塀に囲まれた一角にある敵のアジトで、物陰に身を潜めながら、白いシャツの裾を握り締めた。
(――でも、誰にも見つからない時の気分より、このボクがアイリと交換した服を着てる、って気分の方が、もっと変な感じだ)
そう思った自分の口角がにやりと上がったことに、ヨハネは気付いていない。
「だ、誰だッ!?」
コルニアで周囲の風景に擬態して、ギリギリまで忍び寄ったヨハネの足音に、油断し切った連中が慄いた声を上げる。
「よくも、このボクを捕まえて売り飛ばそうなんて考えてくれたモンだね。あんた達の取引先は騙せても、このボクの目は騙せないから」
「うっ、うわァ! ヨハネの奴、いつの間にこんな近くに!?」
「おい! この地形じゃ、いくらなんでも分が悪ィぞ! さっさと借金取りの連中に連絡して、こっから……!」
叫び出した連中の一人が、あらぬ方向に歩き出しては、レンガの壁にがんっと頭をぶつけ、ゴミ箱に足を突っ込む。
「おいお前、何してんだ!?」
「残念だったね。この周囲は、もうとっくにボクのコルニアで包囲済みさ。自分の目に映る視界だけを頼りに動くと、痛い目に遭うからね?」
「くっそ、汚ねぇぞ……! 賭場の客を誑かしてばかりの売女のくせに! ブラッズ!」
棘状に尖った、血の雨が降って来る。血液の中の鉄分をモチーフにした、単純にして低威力の攻撃。
コルニアの盾を展開したおかげで、ヨハネに的を定められない連中には全く当てられないかと思ったが、多勢に囲まれ、シールドの途切れた一瞬の隙に、裾をかすめた鉄球が、真っ赤にヨハネの服を染めた。
殻自体に傷は付いていないが、服の端は裂かれ、ブラッズの武器自体が持つ染料で血のように汚れている。
「!」
「おいおい、ナメて掛かってんのかぁ? そのダサい服はよぉ」
「見たかよ! オレらだってなぁ、イカサマの舞台を出りゃ、こんなヒョロい女、腕っぷしのひとつで……」
「……と思う」
「あ?」
「イカサマ師のボクに他人が厚意で貸してくれた服を、だまし討ちしてキズモノにするそっちの方が、よっぽど汚ねぇッって言ってんだよッ!」
ヨハネの纏う空気感が、変わった。
怒りに満ちた真っ赤な左目で睨まれ、一瞬たじろいだ敵の一味に向かって、ヨハネが叫ぶ。
「コルニアッ! 視覚情報を〝改竄〟しろッ!」
ヨハネの植能――コルニアは、相手の視界を歪めたり改竄したりするだけで、致命傷を負わせられる攻撃力を持つそれではない。防御に特化した能力だ。
それでも、最大出力で解放されたそれを食らい、まともに立っていられる人間は少なくない。
「あぁあああ! なんだこれは!? 眩暈がする! 気持ち悪ぃ!」
「目が、霞む……おい、お前、避けろ!」
「バカ! 危ねぇ! どこ撃ってんだよ!」
そうやって半ば自滅状態に追い込まれた裏切り者の一味は、ヨハネの片腕だけでも容易に気絶させ、縛り上げることが出来たのだった。
もちろん、然るべき機関に通報して到着するまでの間、迷惑料に懐からふんだくるだけふんだくってから、逃げることも忘れずに。
結論から言うと、ヨハネの取り越し苦労で終わった。
というのも、馴染み客の方はどうやら、ヨハネと会う前から、相手の裏切りを知っていたらしい。
会合の場でそれを言うつもりだった、という話を、真犯人が捕まった後で仲間からの通信で聞いたヨハネは、だったら最初からそう言えと思いつつ、例の酒場への道を急いだ。
真相を知っていた以上、客からヨハネに対する信頼度に差はなく、むしろ今頃愛理扮するヨハネが出向いたことで、彼は自分の計算高さや洞察力を愛理相手にひけらかして、さぞ有頂天になっていることだろう。
このまま彼が愛理の正体に気付かず気持ちよくお喋りを続けると言うのなら、それはそれで構わないが、身代わりを頼んだ身として、これ以上の茶番に付き合わせるのは気が引ける。
端末で呼び出すと、愛理はさして引き止められたり揉めたりした様子もなく、たったかと夜道を駆けて、橋の上で手招きするヨハネの元へ寄ってきた。
「おかえり。そっちはどうだった?」
「まぁ、本当に、言われた通り立ってただけだから、特に何も。ミカやソウルが護衛で近くに居てくれてたしね」
「怪しまれなかったか?」
「うーん、特に変な反応はされなかったよ。あ、そういえば、『ヨハネ、あんた髪伸びた?』って色んな人に言われたかな」
「そりゃそうだろうね……」
形が似ているから、後ろ髪までは切らなくてもいいだろうと思ったのだが、親しい人間には、気分転換に髪型でも変えたのかと思われたかもしれない。
双子のように普段のヨハネとそっくりな格好をした愛理は、街灯の下でくすくすと楽しそうに笑う。
「意外にも、身長縮んだ? って言ってくる人はいなかったね」
「まぁ、自分が思うほどに、人はちゃんと他人のことを見ていないものだからね。この植能がなくても、他人の目を欺くことなんて簡単さ」
そう得意げに言うヨハネを、目を細めて欄干に寄り掛かりながら見ていた愛理は、微笑みを浮かべながらこう言ってきた。
「あんまり、そういう機会が君に訪れないことを祈ってるけどね」
「? どうして」
「だって、自分を偽りながら生きなきゃいけないなんて、なんか悲しいだろ」
顔は笑っているのに、微妙に含みがあるように聞こえるのは、ヨハネの気のせいだろうか。下を流れていく川の音を耳にしながら、ヨハネは学生らしい雰囲気を醸し出す愛理の服装のままで、オレンジの街灯を見上げた。
「ボクにとっては、それが普通だったよ。小さい頃から、嘘で手に入れた世界の中で、ボクだけがすべてを知っていることができれば、それでよかった」
「でも今は違うんだろ」
「……嘘で身を立ててるのは変わらないけどね。でも、その先に何か見えるものがあるんじゃないかって、そう思ってる」
橋の欄干に向かい合って肘をついたヨハネは、愛理に向かって胡乱げな目を向けた。
「あんた変わってるよね。普通、ボクみたいな奴と付き合いを持とうとは思わないだろ?」
「さぁ、どうだろうね。僕自身が随分と変わり者だからかもよ」
「サイズも合うとはいえ、その格好喜んでする時点で、相当変わってるよ」
「うーん……ま、リアルじゃこんなに綺麗に着れないことは違いないな、と思ってさ」
引っかかる物言いに、ヨハネは首を傾げた。愛理の性別は、リアルでも女性だと聞いた気がしていたが。
「……? 別に難しいことじゃないだろ。場は限られるだろうけど、あんたにその度胸さえあれば、いつだって」
「そうじゃなくてさ。……多分、見えてる場所は傷だらけだろうな、ってこと」
脇から下の素肌を切なげに覗く愛理を見て、一瞬変な顔になりかけたヨハネは、漠然とだが事情を察して閉口する。黙ったままのヨハネに、愛理が困った笑顔のまま続けた。
「多分、あっちでこんなに肌出せないんだよね。今はマシになったとはいえ、腕なんてアムカの跡で黒ずんでるし。脇とか背中とか腿なんて、多分君の麗しさを拝みに来た人にとっては、商品価値もないよ。君が自慢げに出してる胸もね」
「……いつも長袖と長ズボンなのは、それが理由?」
「まぁ、こっちじゃ体の傷なんてなかったことになるから、本当は必要ないんだけど。なんとなく癖でかな。その格好の方が落ち着くしね」
「……」
「そんな顔するなよ。もう昔のことだ。少なくとも僕は、とてもじゃないけど人前でおおっぴらに出来ない格好が出来て、楽しかったよ」
暗にヨハネの服装を貶しているのかと思える発言にも、今のヨハネは言い返す気が起きない。
黒い髪の下で顔を俯け、珍しくその強気な眉を気弱げに下げてから、小声で呟いた。
「……てもいい」
「え? なんて?」
「あんたが気に入ったなら……その衣装、ボクが暇な時は、貸してやってもいい」
ぱちり、と瞬きした愛理の顔を、ヒールを貸したせいで同じくらいの目線になったヨハネが、きっと睨む。
「暇な時だからね! ちゃんと返しなよ」
「うん……ふふ。また着ていいんだ、これ」
「それに……そんな高いのじゃなくても、殻のコーディネートくらいなら、今度あんたのこと、案内してやるよ」
「買い物連れてってくれるってこと?」
「まぁ、今回の仕事の駄賃もあるからね。あんたの服も、ちょっと破いちゃったし」
「そんなん、気にしなくていいのに」
あくまで仕事の礼だから、というスタンスを崩さないヨハネに、愛理は歯を見せて笑ってみせる。
「ありがとな。嬉しかった」
「あんまり馴れ馴れしくしないでよ、人の買い物付き合うとか、趣味じゃないんだから」
「はいはい。でも、飯には付き合ってくれるだろ」
「それは、必要最低限の生命活動だから、まぁしょうがないね」
ちなみに、セブンスコード内はバーチャルの世界なので、必要も何も、いくら飲もうが食おうが、リアルにある本人の体には何の影響もない。苦し紛れにもほどがある大層な言い訳に、ついに堪えきれなくなった愛理がぶはっと吹き出す。
「折角だからこの服で行く?」
「冗談。早く返してよ、あんたに着せたままだったら、いつ邪な連中に狙われるかわからない。高いんだぞ、それ」
文句を言いながら追い掛けるヨハネを、かわして歩く愛理の服の裾が、闇夜に舞う蝶々のようにひらひらとたなびく。
今度、の約束を期待しながら踏むステップは、飄々とした愛理の普段の表情からは一変して、あまりに無邪気で楽しそうに石畳を打ち鳴らした。
fin.
後日。
例の事件から数日が経ち、営業前の賭場ことクロカゲに再び顔をだしたアイリを、ヨハネはじとっと睨んでいた。
「……あのさぁ、アイリ。あんた、何をした?」
「え? 何の話?」
「とぼけるな。あんた絶対何かしただろう。この間、賭場で入れ替わった時に」
「いや、君の指示だし、本当に何もしてないよ? 僕はこの世界の政治とか情勢もよくわかんないから、適当に当たり障りのない世間話してただけで……」
「だって、なんかあの後、賭場でやたら熱意の籠った視線で見つめられるんだけど! 主に女性客から」
ヨハネに必死の形相で詰め寄られ、首を傾げた愛理は、ぽんと掌を打ち鳴らす。
「……あぁ、そういえば、流れに乗って話してるうちに、何人か君とデートしたいって子がいて、それで」
「何人か!? あの店の出入り口にたむろしてる出待ちの行列を見て、『何人か』だって!? あんた本当に何したんだよ!? 今まで、賭け目的に来る客以外でこんな事なかったんだぞ!?」
「何って……うーん、本当に普通に話してただけなんだけど……僕そんなに何かしたっけ……?」
裏口を、戦々恐々と言った様子で覗き見るヨハネ。
見ればそこには、団扇や贈り物など、思い思いの品を持った女性たちが、きゃあきゃあと互いに騒ぎながらひしめいている。
客なのかどうかは分からないが、どうやらヨハネのファンであることは間違いないらしい。クロカゲのステージからその様子を見下ろしたオージが、どうあしらうべきかと営業時間前から考えあぐねているのが見て取れた。
対する愛理は、まったく緊張感も困った様子もなく、のほほんとヨハネの肩を叩く。
「よかったじゃないか。ヨハネは若いんだから、今のうちに遊んで、青春のひとつやふたつでも楽しんでおきなよ」
「よかないよ! 何隠居した老人みたいなこと言ってんだこのババァ! 余計なお世話なんだよ!」
「ババアって……相変わらず口の減らない餓鬼だなぁ。なんだ? 床の上の練習なら付き合ってやるぞ?」
「な……っ! 馬鹿なこと言ってんじゃないよ! うっせぇ、うっせぇうっせぇッ!」
「あれ、ヨハネその曲知ってたの? こっちじゃ今流行ってるばっかりなんだけど、ヨハネは昔の音楽の流行にも詳しいんだねぇ」
「知らないよそんなモンッ!」
悲鳴を上げるヨハネ。そこへミカが乱入してきて、さらに阿鼻叫喚図と化した。
「あらぁ、相変わらず楽しそうねぇ。何の話してるの?」
「なんでもないからッ!」
「ヨハネは、絶賛モテ期到来で困ってるんだって」
「やだっ、あの玄関前の客、み~んなヨハネの固定客なのぉ!? もう、ヨハネが忙しくなったら、アタシが組んで仕事する暇がなくなっちゃうじゃないのぉ。ほ~んと困っちゃう! ヨハネのパートナーは、ア・タ・シ・ダ・ケ♡」
「気持ち悪いこと言わないでよッ! ミカとなんて仕事の時に組むだけで十分っ……!」
「アラ、本気にしちゃったの? っていうかぁ、仕事で組むのはオッケ~って思ってくれてるってことなのねぇ。ンフフ」
「あああッ、もうっ、どうすりゃいいんだよッ!」
一難去って、また一難。
頭を掻き毟りそうになるヨハネを、どこか楽し気に、愛理は見つめたのだった。