SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】短編集 作:大野 紫咲
嬉しい時も、悲しい時も、気持ちいい時も、人は震えますよね。
口付けに慣れたら、ちょっとずつ身体接触にも慣れておいた方が、お互いに大怪我した時の為に役に立つ。
紋を共有して触れ合うことで身体負担を減らせると知ってからは、そんな考えから、スキンシップの時間を増やしていた。
絶対ムリだと思っていたのに、癪なことに不思議なほど傍にいる安心感があって、いつの間にか磁石みたいにボクとサキはくっついている。
手を繋げるし、寄り添うのも平気だし、挨拶代わりのキスが普通になるくらい慣れてしまった。
時々。こんな風にゆっくり互いの家で過ごしている間、添い寝から始まって、どちらからともなく戯れる機会も増えた。
最初は、サキが震えているから、嫌がっているのかと思った。痛かったり、怯えているんじゃないかと。
でも、多分違う。
独善的なボクの判断じゃなくて、本当にそうなんだと確信が持てるまで、少し掛かった。
「ん……っ、ふ……う」
蝶が触れ合うようにして、気が済むまで散々唇を食んでから、髪をかき上げて耳の先端へ唇をつける。
そこからゆっくり、下りていくようにうなじと首筋へ。
首筋の骨や鎖骨をそっと甘噛みすると、小さな震えが走る。
「もしかして、噛まれるの結構好き?」
「……っ」
甘い吐息だけで答えは返って来ないまま、ボクに縋りついた指先の掴み方がぎゅっと強くなる。
ほんの少し歯の立て方を強くしたら、組み敷いた体がびくっと下で震えて、小さく声が溢れた。
(――……。可愛い)
ふっと、何の前触れもなく、出し抜けにそんな感情が胸の内に溢れて、ボクは戸惑う。
可愛いって、何?
他の人に対して、そんな風に思ったことはない。
だったら、そんなの植能があるから思ってる事で。恋人ごっこみたいのに甘んじているから、なんとなく錯覚してるだけのことで。
こんな気持ちも、こんなに胸が痛くなるのも、吸い寄せられた視線が離せないのも、多分、そう。全部そうだ。
そう思えたら楽だったのに、抱えた感情はあまりに重すぎた。
弱い部分を何度も食んで吸う度に、身をよじろうとした彼女と、その四肢が何度も触れ合う。
ボクの腕や服の袖をきゅっと掴む手と、どうしても隠し切れない奥底で燃え上がる熱を、何とか閉じ込めて誤魔化そうと擦り合う両脚。
ただ肌が触れているだけなのに、ぬくもりが心地よさの波動になって広がっていく。
別に、いわゆる愛情表現って言われるものは、唇へのキスだけじゃない。何度も傍で過ごすうちに、全身を二枚の唇で可愛がる方法なんて、いくらでもあると気が付いた。優しく挟んだり、吸い付いたり。そっと引っ張ったり、舌でざらりと舐めてみたり。
鎖骨周りと耳と首筋を行ったり来たりするだけで、局部には、まだ一度も触れてない。
けど、そんなことする以前に、焦ったい程口付けで往復するだけで、悲鳴を上げそうなほど彼女が感じているのがわかるから、苦しくてそれ以上ボクはどうしたらいいのか分からなくなる。
これ以上、先へ進むべきなのか。そうなったら、ただ紋で結ばれただけのボクらの境界線は、どこまで曖昧になっていくのだろう。ただ精力を分け合って安定を図るだけの行為に、これ以上の意味が加わってしまったら。
ふと顔を覗き込んだら、睫毛に涙の粒が光った気がして、ボクはぎくりと体を強張らせながら焦った。
「……サキ? 泣いてる?」
「っ、だ、だい、じょうぶ……っ、いや、とかじゃ、なくて」
「どっか、痛かった?」
その問いにも彼女は小さく首を振って、泣いたまま小さく口を開く。
「ヨハネさんが、すきだから、泣いてる」
「……え」
「すきだなぁって思うから、触ってもらえるのが嬉しくて、涙出て来る。……ふふ、変でしょ。
だから、おねがい。やめないで。ずっとちゅーして」
すりっ、と猫が頭を擦りつけるように額をくっ付けて甘えられたら、頭の中の螺子が、一瞬何もかも全部吹き飛んでしまうような気がした。
ボクが好きだから、って理由で、何でこんな反応ができるのか、と。
持て囃すのでも、見てくれだけベタベタ褒めそやすのでもなく。
こんな風に、涙が出るほど好きだ、と全霊で伝えてくるような相手を前にした時に、ボクが思うことは。
――喜び? 幸せ……? 期待や疼き? それよりも、畏れの方が強いかもしれない。
こんな事、起こり得るはずがない。無償の愛なんて、この世にないんだから。友愛だって恋愛だって、愛なんて名の付くものはだいたい裏切る定めにある。ボクのパパだって、ママとボクを見捨てて家を出て行った。この見た目とスタイルに惹かれて来る奴は、所詮はボクの外面が目当てで、心の底からボクを見つめて好きだと言ってきたことなんて、ない。
でも……。
「……? どうしたの。大丈夫?」
「え?」
「ヨハネさんまで、泣いてるから」
ぺたり、と伸ばした両腕から彼女の手で触れられて、初めて頬が濡れていたことに気付いた。
どうして。今の話で、ボクが泣く要素なんて何かあったっけ。それなのに、止まらない。
とめどなく伝っていく涙を眺めていたムラサキは、着崩れた襦袢のまま体を起こすと、ボクの頭をそのまんま胸元に抱き締めて、もう一度ころんと寝転がった。
「よしよし。大丈夫だよ。大丈夫。まったく、私が泣いてるからって、ヨハネさんまで貰い泣きしなくたっていいのに」
「違……っ、これは、そういうんじゃ」
違うって言ってるのに。優しく頭を撫でられたら、ますます止まらなくなった。
あんたが泣いてるのを見て、なんでボクが泣かなきゃいけないんだ。こんなの理不尽すぎる。
それでも、嗚咽が漏れて肩が揺れる度、サキは慰めるようにして、何度も肩にキスをしてくれた。頭。耳。頬に指先。ボクがした分のお返しをするように、何も聞かずに触れては抱き締めてくれる。
その時、初めて気が付いた。一方的に与えているのではなく、ボクらは互いに分け与えているんだと。
互いの埋められない穴を埋めるみたいに。パズルのピースがぴったり噛み合うみたいに。
苦しくて痛いのに、幸せが混じってる。なんだか変な気持ちだ。
あんたは、ボクの前にいる間ずっと、こんな気持ちでいるんだろうか?
それを「好きだ」という言葉で結論付けてしまうのは、まだ時期が早くて。あまりに安易で短絡的過ぎる、と思っていたけれど。
彼女の腕を振りほどけないことが、彼女からの言葉を拒まないことが、もう半分くらいはボクの答えなんじゃないか、と。諦めに似たような気持ちで、ボクは微睡みの中へ顔を埋めた。
***
「……よかった。やっと眠ってくれた」
泣いている間はつらそうに見えたから、涙の跡がついた寝顔を見て、少し安心しながら私は短い黒髪をそっと撫でた。
私と分け合っている以上、
こんな無防備な顔を晒してくれることも、自分のテリトリーにこうして私を入れてくれることも、全部が幸せで、これがこのままずーっと続けばいいのにと願ってしまう。
植能がある間だけじゃなくて、これからも、ずっと。
けど、その為にはヨハネさんが心から私と一緒にいたいと思ってくれなければ、何事も叶わないわけで、それに迷っていることを知りながら、こうやって傍に取り入り続ける私はズルいと思う。
彼のためみたいな振る舞いをしながら、結局私は、自分の欲望のために動いているに過ぎないのではないだろうか。
そんな葛藤は、彼と関わり始めた時から、常に心に付きまとう。
好きだと言われて、透明な涙がその青色の瞳から流れ落ちた時。受け止めきれない大きな気持ちが、溢れて零れているように見えた。
いつもなら、適当に受け流すか、照れてそっぽを向いて終わりなのに。
そのどちらもしなかったヨハネさんは、無防備なくらいに丸裸の心で傷を剥き出しにしていた。
人に与えるのはいいけれど、愛されるのは怖い。言葉にしなくても、触れているだけで何となくそう思っているのが伝わってくるし、その気持ちは私にだって少しは分かる。
どうして、ボクなんか。
あれだけ自信に溢れて見えるくせして、言葉にならない悲鳴は、信じられないと叫んでいる。
……けれど、どんなにそう思われたところで、私には愛してるよと叫び続けるしか、できる手段がない。
それでいつか、凍った心が溶けるとも思えない。傷はいつまでも傷のままだし、痛みを乗り越えた先には裏切りへの恐怖が待っている。
愛した人と関係が終わることを裏切りと呼ぶなら、私とて幾多の人間を裏切ってきたやらわからない。永遠に続くし気持ちが変わらないだなんて、私にも他の人にも、保障も約束もできない。
でも、保障がないことを知って、それでも叫び続けることを、私は罪だと思いたくはない。誰にも愛を叫べない世界なんて、悲しすぎる。
自分の悲観主義を棚に上げてでも、ヨハネさんを見ていたらそんな風に思ってしまうのだ。
私がしっかりしなくてどうする、と。
(これも年上の業って奴かなぁ)
実際、そこまで年長風は吹かせられていない気がするが。
大人な愛情表現は出来ないのに、甘えるのが大好きで、触れてくれる指先に、撫でてくれる掌に、唇に、いつも特別なものを感じる。
ヨハネさんが優しく触ってくれると、自分が壊れてはいけない宝物になった気分で、ついついうっとりしてしまうのだ。
大事に触ってくれるのは、大事だと思ってくれているから。しごく当たり前の理屈だけど、これ以上幸せなものはない。
全身が触れているだけで、この人がすき、と体中が叫んでいるのが分かる。
何をするかはもう二の次三の次で、とりあえず傍に居られるのがうれしい。そこに関しては、もう年上とか年下とか関係なく尻尾を振りまくってしまう。
……変なプレッシャーを与えることなく、それが伝わっているといいのだけど。
互いに迷ってる私達は、もしかして似た者同士なのかもしれない。
でも、迷っている間でも、傍にいることは出来る。悩みに結論が出ても出なくても、隣に居続けることをやめる必要はない。
そう思ったら、どっちの世界でも生き抜く気力が湧いてきて、私は隣に眠るパートナーの掌を、ぎゅっと強く握り締めた。