Parasitic-Disease   作:イベンゴ

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 九頭竜隼人が行方不明になって三日が過ぎた。

 そのせいか、クラスの空気は平穏なものになっている。

 一言でいって彼は嫌われ者だったからだ。

 かといって、ありがちないじめの対象などにはならない。

 そんなことのできる相手は、クラス内どころか学校のどこにもいなかったからだ。

 上級生はもちろん、教師たちだって怪しいものである。

 日本人どころか人間離れした整った顔だちと、超人的な体力を持つ隼人。

 傲慢で他の子供を露骨に見下した言動をとる少年だった。

 また、それに見合うだけの才能や実力があるから、なお悪い。

 一度だけ、彼より体の大きい男子が喧嘩を売ったことがあった。

 柔道を習っていたそうで、腕力には自信があったのだろう。

 しかし、結果はひどいものだった。

 ハッキリ言って、大人と赤ん坊が勝負したようなものである。

 生半可な柔道経験など何の役にも立たず、強いて言えば受身を取れたくらいだ。

 しばらくして、その男の子は学校に来なくなった。

 それ以後、隼人に積極的に関わろうとする者はいない。

 そもそも隼人と話の合う子供は一人もいなかった。

 ただ、隼人のほうから接触していた子供はいた。

 

 高町なのはという女の子だ。

 

 しかし、なのは自身は隼人のことが苦手だった。

 いくらきれいな顔でも、仲良くしたいと思えるような相手ではない。

 でも、それではすませられないところがあった。

 本当の意味でキッパリ拒絶できるようになったのは、最近のことだ。

 友達のアリサなどは単純に嫌いですましているが、なのはの場合は違う。

 善良で素直な性格ながら、自分の根っこに自信を持てていなかった。

 そのせい、なのだろうか。

 なのはには明瞭な夢や目標、胸を張って自慢できる特技はなかった。

 理数系は得意だが、文系や体育は苦手。

 その得意な理数系も、それをどう生かしていいかはわからない。

 反面、隼人は学力でも体力でも負け知らず。性格を除けば完璧超人だ。

 少なくとも、なのはの目からはそう見えた。

 だから、相手を否定したくてもしきれない自分が確かにいた。

 お前は何かあいつに勝っているものがあるのか? と、心の奥でささやく声がする。

 けれど、そんななのはに胸をはれるものができた。

 

 それは、遠い世界からやってきた魔法の力。

 

 

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 私立聖祥大学付属小学校──の校舎屋上。

 立ち入り禁止となっているその場所に、少女は悠然と立っていた。

 黒い髪を風になびかせながら、そこから見える風景を見つめている。

 ……わけではなかった。

 その手にある青い宝石を静かに見つめている。

 これを手に入れたのは、ついさきほど。川原の片隅でだ。

 強い魔力を秘めた宝器らしいが、いささか不安定である。

 念のために魔力で封じ込めた後、今こうして掌中で弄んでいる。

 調べたところ、どうやら使用者の願いをかなえることができるらしい。

 だが、それがどの程度のもので、どう作用するのかは不明。

 例えば、

「世界一の美女になりたい」

 と願えば、世界中の女を見殺しにするようなものということもありうる。

 

 それにしても、と少女は下のグラウンドを見ながら考える。

 自分はどうしてこんな騒がしいところに来たのだろう。

 記憶によれば、自分はこの学校に通っていた。それは確かだ。

 かといって、別にまたここに来たいわけでもない。

 勉学をしたい思えば、もっと効率的でレベルの高い場所や人員を確保できる。

 会いたい人間がいるわけでもない。

 記憶にある人間はいくらもいるが、特に思い入れは感じないのだ。

 ふと思い出すのは、高町なのはという少女。

 今の思考なら、取るに足らない凡庸な、少々器量が良い小娘だ。

 この小娘というのもおかしいな。自分と彼女は同い年なのに。

「なぜ、ずいぶん年下のように感じるのかしらねえ……?」

 九頭竜隼人という名前を持つ、少し前まで少年だった少女は笑った。

 性別どころか、その容姿も隼人のそれではなくなっている。

 黒い髪と瞳を持つ、白人種に近い風貌を持ったものだ。

 自分の現状について、知りたい。理解したい。

 少女が切に希望するのは、その一点につきる。

 だが、その回答を掌中の宝石に問うつもりはなかった。

 使用するにしても、色々とテストをしてみるべきだろう。

 そのうち、少女は下のほうがやかましいことに気づいた。

 どうやらグラウンドから少女の姿が見えてしまったらしい。

 下から人がやってくる気配もする。

 小さく舌打ちを漏らして、少女はその場から飛び去った。

 

 だが、飛び立っていくらもしないうちに、別の気配を察知した。

 自分と同じく、魔力をまとったものの接近である。

 少女は空中で動きを止めて、それを待ち構えた。

 現れたのは、黒いバリアジャケットをまとった金髪の少女。

 金色の瞳がジッと少女を見つめている。

「あなたの持っているものを、渡して」

 デバイスであろう斧のようなものを手に、金の少女は言った。

 だが、少女は答えられない。

 金の少女から目が離せないまま、呆然としていた。

「あなたの持っているジュエルシードを、渡してください」

 金の少女はもう一度警告するように言ったが、それすらも届かない。

 雑多な、ノイズにも似た記憶の奔流に少女が抗えない。

 それをもたらしたのは、紛れもなく目の前の──

「あり……しあ?」

 何故そんな言葉が出たのかもわからないまま、少女はつぶやいていた。

 だが、これだけは確実だ。

 自分は子の少女を知っているのだと。

「──え?」

 少女の反応に、金の少女は身構えながらも当惑しているようだった。

「あなた……誰!?」

 頭痛にも似た錯綜が走る頭を押さえながら、少女は相手を睨む。

「わ、わたしは……」

 若干ひるむ金の少女に、少女は無意識のうちにつかみかかっていた。

 突発的な行動とその速度に対応しきれず、金の少女は容易く胸倉をつかまれてしまう。

「あなたは誰!? だれ!? だれ!?」

 胸倉をつかんだまま、少女は力任せに相手を揺さぶる。

 その狂気にも似た圧力に耐えかねたのか、

「フェイト……。フェイト、テスタロッサ……」

 搾り出すような声で、金の少女は言った。

「てすた、ろっさ……」

 聞いた言葉を繰り返しながら、少女は揺さぶる手を止める。

「フェイトを、はなせええええええええ!!」

 その隙を突くかのように、鋭い咆哮をあげて何かが飛来してくる。

「ち!」

 少女はつかんでいる少女──フェイト・テスタロッサをそれ目掛けて放り投げた。

 それは、投げ飛ばされたフェイトの体をあわててキャッチする。

「使い魔……」

 乱入者の正体は、獣の特性を持つ女。その素性をわずかながら少女は察する。

「こいつ、よくも……!」

 使い魔は牙を鳴らして少女を威嚇するが、その効果はない。

「教えてもらうわ。あんたのことを……」

 宣言しながら、少女は王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)より鎖の宝器を取り出す。

「ああっ……!」

 神を捕らえるその鎖は、ほんの一瞬でフェイトを使い魔ごと縛り上げた。

「フェイトとか言ったわね。あんたは、何物?」

 少女の問いに、フェイトは無言だ。

 静かな赤い瞳から拒絶の意思がハッキリと伝わってくる。

 それに対して、少女は青い宝石を見せた。

「……ジュエルシード!」

「欲しければ話しなさい。お前が何者か」

「あんた、管理局じゃないよねえ……」

 フェイトに代わるように、使い魔がうなった。

 違う──と少女は静かに首を振る。

「何を……話せばいいの?」

「全て──と言いたいところだけど」

 少女はジュエルシードを弄びながら、フェイトを見つめる。

「あんたが何者で、何故これを集めているか。とりあえず、こんなところかしら?」

「……わたしはフェイト・テスタロッサ。ジュエルシードを集めているのは、お母さんが必要

だと言っているから」

 テスタロッサ。

 その言葉がフェイトの口から出た時、少女は鈍痛のようなものを頭に感じる。

 いくつもの記憶が飛び交い、あるいは消えていくような。

 少女の反応がフェイトに不気味なもの映ったらしく、表情を強張らせている。

「ぷれしあ……てすたろっさ」

 意図せぬ言葉が、少女の口から漏れた。

「……知ってるの!?」

 それにフェイトが反応し、縛られたまま使い魔がうなる。

「──あなたは、プレシアの……娘?」

 頭を押さえながら、睨むような視線で少女は問う。

 うなずくフェイト。

 それを見た瞬間、少女の目の前が赤く染まったような気がした。

「違う……!」

 そして、少女が放ったのは否定の言葉である。

「プレシア・テスタロッサの娘は、アリシア・テスタロッサのはず……。フェイトじゃない」

「何を言ってるの……?」

 フェイトは、次第に狂気を宿していく少女に脅えながらも、

「わたしは、お母さんの……プレシア・テスタロッサの娘」

「違う!! 違う!! 違う!!」

 少女は黒髪を振り乱して、なおも否定した。

「プレシアの娘は、アリシアだけ! 他にはありえない!」

「何なんだよ、こいつ……。頭が、おかしいんじゃないのか……?!」

 フェイトの使い魔は、呪縛されながらもフェイトを守ろうと身を堅くする。

「そんなこと……そんなことは、ないよ! わたしは……」

「黙れっ!!」

 反論しようとするフェイトの首を、少女はいきなりつかんだ。

 少女、いや人間離れしたその握力に、見る間にフェイトの顔が青くなっていく。

「ち……きしょう! フェイトから手をはなせ、はなせぇ!!」

 使い魔の悲鳴が、虚しく空にこだましていく。

 

 


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