Parasitic-Disease   作:イベンゴ

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 九頭竜隼人の邸宅。

 その内部をいくつもの人影が動いていた。

 いずれもモデルの整った顔と均整の取れた肉体を持つ美女たちである。

 それらが、メイドのような服装で忙しく動き回っているのだ。

 人間ではない。

 王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)より取り出された、自動人形である。

 やっているのは大掃除……いや、改築というべきか。

 自分の部屋は自分で改装しながら、少女は時々窓の外を見る。

 海鳴市は普段と何事も変わらないまま、つつがなく動いている。

 もちろん小さな視点で見れば様々な人間模様やドラマがあるのだろうか。

 それでも、世の中全体に大きく影響するようなことはない。

 平和なものだな、と少女は思った。

 自分のオリジナル……プレシアは無事に旅立ったのだろうか。

 時の庭園を辞する時、置いていったものは薬だけではない。

 密かに彼女の目的に役立ちそうなものをいくつか残してきた。

 中には死者を蘇生させるという宝具もあったが、果たしてどこまで通じるのか。

 死して後、あまりにも長い時のたってしまった者に効果があるのかどうか。

 彼女を止めようと思えば、できた。

 しかし、それをしたところでどうなるのか。

 プレシアの気持ちは理解できると同時に、冷たく客観的にも見ることができる。

 そして、出た結論はやりたいようにやらせておくことだった。

 置いてきた宝具は、次元震による災厄を考慮したものもある。

 仮に最悪なこととなっても、せいぜい時の庭園が消えるだけですむだろう。

 少女は改装を少し中断して、自動人形にお茶を入れるように命じた。

 

 その命令を下した直後──である。

 

 近くに感じた気配に、少女は警戒を強めた。

 何者かが、転移魔法でやってきらしい。

 

「まったく……」

 

 管理局だろうか? 少女はその姿のまま、静かに窓を開けた。

 家の上空に、転移魔法の魔法陣が浮かんでいる。

 そして、二つの人影があわただしく姿を現した。

 

「おや……」

 

 視認できたものに、少女は少し意外そうに声をあげる。

 フェイトと、その使い魔だ。

 アルフはフェイトを抱きかかえた格好で、よろめくように浮遊している。

 

「何をしにきたの」

 

 少女は声をかけると、アルフはグッと息を呑む。

 それから、

 

「あいつは、行っちまった……」

 

 言いながら主人を抱きしめるアルフ。

 抱かれているフェイトの顔は、こちらかでは見えない。

 

「まあ、せっかくだから上がったら? お茶くらいはご馳走するわ」

 

 

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 この来客のおかげで、家の改装は一時中断……には、ならなかった。

 地下に作らせた一間にフェイトとアルフは案内されている。

 やや小さいとはいえ、その造りは上の客間にも負けない立派なものだ。

 フェイトは部屋のソファーで横になり、死んだように眠っている。

 何があったのか、少女はすぐ理解できた。

 プレシアはアルハザードへと旅立ったらしい。

 そして、置いてきた宝具は有功に働いてくれたようだ。

 

「で。私に何の用?」

 

 優雅な手つきで紅茶を飲みながら、少女はアルフに問う。

 

「なあ……。あんた、あいつの……プレシアの何なのさ。いや、あいつと……」

 

「……まあ、遺伝子上はつながりのある人間ね」

 

 ある意味では、同一人物と言えなくもない。

 そんなことを内心で弄びながら、少女は答える。

 

「やっぱり……」

 

 ──まあ、わかるか。この顔だし……。

 

 自分の頬を撫でながら、少女がうなずいているアルフを見た。

 それから、眠り続けるフェイトへと視線を変える。

 

「後々が大変そうね」

 

「そうなんだ。このままじゃ、ずっと管理局に追われる。この子は、悪くないのに」

 

 アルフはうなだれて、フェイトの頬を撫でた。

 

「法にそんな理屈は通じないでしょうよ」

 

 そう冷たく言い放つ少女だが──

 

「でも、まあ……いいわ。ここにいたければ、いたっていいわよ」

 

「本当かい!?」

 

 一瞬嬉しそうな顔をするアルフだが、すぐに警戒するような目つきになる。

 

「血縁者が育児放棄をしてどっかにいっちゃんだから、まあ私に義務がなくもないし」

 

 とはいえ、自分の今の年齢を考慮して少女は噴き出しそうになる。

 プレシアの遺伝子のせいか、フェイトよりは一つ二つくらいは上に見えなくもない。 

 しかし、実質は10歳児だ。

 子供が子供を保護するというのは、法的にも社会的にどうなのやら。

 

「よくはわからないけど、フェイトを守ってくれるのならなんでもいいさ」

 

「そのへんは大丈夫でしょう。多分」

 

「多分って……」

 

「上はしばらく改築やらで忙しいから、少なくとも今日一日は地下にいてもらうわ」

 

 少女はそういうと、パチンと指を鳴らす。

 すぐさまメイドがお茶のお代わりを持って現れる。

 少女はお茶を飲みながら、ふと考えていた。

 九頭竜隼人という名前は、もはや使えないのでは。

 別にその名前に未練も愛着もないし、適当なものに変えてもいいだろう。

 だとすれば、何がいいか。

 フェイトが眠りから覚めるまで、少女はジッとそんなことを考え続けていた。

 

 

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 第2の来客が現れたのは、次の日の午前中だった。

 その途端に、アルフは牙をむき出して戦闘体勢に入るが、

 

「家の敷地内でゴタゴタは困るわね──」

 

 少女の一言に牽制され、渋々拳をおろす。

 フェイトのほうは、聞いているのいないのか、ボケッとしたままであったが。

 そんなフェイトの様子を見て、少女はヤレヤレと首を振る。

 目が覚めてからもずっとこの調子なのである。

 来客たちも、フェイトの様子に何やら沈痛な面持ちだった。

 

「ひょっとしてこの子と、知り合い?」

 

 少女の質問に、来客Aことリンディと名乗る女は否と答える。

 なるほど、なかなか『お優しいかた』らしい。

 ガキ(といっても少女やフェイトより年上のようだが)のくせに堅苦しそうな来客Bも──

やっぱり深刻そうな顔をしている。

 

「それでご用件は」

 

 少女の質問に、AとBは面白くもない漫才もどきの会話を交わしながら、

 

『プレシア・テスタロッサとジュエルシードの行方』

 

 端的に言うとこの二つについて、質問……否、尋問をしてきた。

 

「あ、馬鹿!」

 

 その時、アルフが牙をむいてそれを阻もうとする。

 この途端フェイトの雰囲気が一変したのだ。

 

 ──これは、まずそうね。

 

 赤い瞳に、狂気の光が宿ったのを少女も確認した。

 騒がれる前に、すばやく睡眠魔法をかけてフェイトの意識を遮断する。

 驚いている来客AとBを放って、アルフは眠りに落ちたフェイトの髪の毛を撫でた。

 

「あいつは、消えちまったよ。ジュエルシードと一緒に……」

 

 そして。背を向けたまま、苦々しげにそう言うのだった。

 

「やっぱり……そうだったのか」

 

 来客Bは、力なく肩を落として黙ってしまう。

 

「失敗だったかしらねえ……」

 

 今さらだが、少女は美しい黒髪をかきながら一人つぶやく。

 何が失敗だったかと言うと、プレシアにジュエルシードを渡したことだ。

 

「……どうかな。でも、私は良かったかもしれないと思うよ。あんたが集めてくれたおかげで

フェイトは無理をしないですんだし……。それにあんたが手を貸してなくても、多分おんなじ

ようなことになってたと思う」

 

「──そうね」

 

 アルフの言葉に、少女は複雑な気分でうなずいた。

 不完全だがプレシアと同じ記憶や知識、人格を得た身の上だ。

 客観的に考えて、アルフの意見にはそれなりの説得力があった。

 

「そのことなのだけど……」

 

 来客Aがその顔にある種の威嚇を浮かべて、会話に入ってきた。

 

「私は、管理局に逮捕されると?」

 

「ジュエルシード……ロストロギアの私的使用。魔法の違法行使。かなりの容疑が」

 

「それなら、何故逮捕しないの」

 

 鬱陶しい向上を述べようとするBを遮り、少女はつまらなそうに言った。

 

「捜査に協力してくれるのでしたら、できる限り減刑されるよう尽力するわ。そちらの彼女も

きちんとした保護を──」

 

「そうね。それは魅力的だわ」

 

 フェイトの保護うんぬんについては、少女は同意した。

 

「けれど。私は素直に捕まる気はない。というか、逮捕は難しいと思うわよ」

 

 ごく当然のように言い放つ少女に、来客たちは顔を引きつらせる。

 

 アルフは、少女の横顔を見ながら顔を青くしていたが。

 

「君なあ……!」

 

 Bが語気を荒くしたと同時に、魔法の光輪が彼を拘束していた。

 Aも同様である。

 常識外れの魔力から繰り出された少女の拘束魔法に、なす術もない。

 意識はあるものの、動くことはおろか声を出すこともできなかった。

 

「やろうと思えば、あんたらを含めてアースラ、だったかしら? そこの乗組員全員30秒で

皆殺しにできる」

 

 淡々と、少女は手にした赤い指輪を弄びながら語りかける。

 

「職務に忠実なのはけっこうなことだけど、相手によっては余計な犠牲を出すわよ」

 

 来客たちの情報を調べたのは、指輪の力によるものだった。

 

「どういうつもり、だ……!」

 

 苦しそうな声でBが叫ぶが、しかし少女は驚かない。

 別にBの底力が発揮されたわけでなく、そうなるようにいくらか拘束を弱めたからだ。 

 

「ある程度、こちらのことを知ってもらいたいからよ。あなたたちは色々としつこそうだから

今後のことも考えてね──でないと、お父様の後を追うことなるわよ、クロノさん」

 

 少女の言葉に、Bことクロノはひどく動揺した。

 名前は先に名乗ったものの、何故そこで父のことが──

 Aことリンディも同じような目をしている。

 

「他にも色々わかっている。そう例えば……」

 

 少女は指輪を握りながら、動けない二人の周辺を歩き出した。

 歩きながら、アースラ乗務員の情報を、家族構成なども含めてしゃべり出す。

 

「……と、いうわけで。私を拘束するとか逮捕するという選択をしてくれた場合この人たちの

安全は保障しない。クロノさんの場合は、エイミィ……だったかな。彼女をバラバラにして、

あんたのおうちに宅急便で送りつけこともありえる」 

 

「お前……!」

 

「そういうことにならないように、気をつけてほしいと言っているの。別に猟奇殺人鬼になる

つもりはないけど、私を害するつもりなら何者であろうと容赦はしない」

 

 冷たく宣言した後で、少女は少し後悔をした。

 この場はできるだけ穏便に対応して、こちらの手の内を隠しておけばよかったか、と。

 しかし、この身はどうせスカリエッティの創造物だ。

 将来的には、きな臭いことに巻き込まれる可能性は高い。

 

 ──……いや、すでに関わっているから……今さらかしら。

 

 そう考えて、少女はおかしくもないに唇を歪めるのだった。

 

 

 


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