SSR『トレセン学園の空に』(根性)
イベント1「栄光の座へ」
トレセン学園を歩いていると、ウマ娘たちがダンスレッスンに励んでいるのを見つけた。
グレートエスケープとエアグルーヴ、サイレンススズカが3人でうまぴょい伝説を踊っている。
「エスケープ、少しズレがある。テンポが遅れているぞ」
「なるほど。今のフレーズのステップはこうか?」
「うーん、もう少し歩幅は小さくていいんじゃないかしら……」
度々曲を止めては振り付けを確認している。表情は紛れもなく真剣で、観客に勝利と感謝を伝えるウイニングライブに懸ける情熱が伝わってくる。
グレートエスケープがこちらに気がついた。
「一度三人で踊って、見てもらった方がいいのではないか? すまないが少し見てくれ」
ちょうど暇なのもあり、快諾した。
踊る曲はうまぴょい伝説。グランドフィナーレを飾る曲として長くトレセン学園で歌われてきた、まさに伝説の曲なのだが……
うまぴょい伝説ってなんか変じゃないか?
歌詞や振り付けがなんだかよくわからないノリで、少し理解が及ばない。
盛り上がる曲であることはわかるが。
私がそう言うと三人は顔を見合わせ、グレートエスケープが鬼気迫る表情を浮かべた。
「今……何と言った? 『うまぴょい伝説』を踊る名誉を冒涜したのか?」
グレートエスケープに問い詰められ言葉を失う。
続けざまに今度はエアグルーヴが言った。
「これは直ちに生徒会に報告しなければなるまい……そうなればトレーナーライセンスは剥奪されるどころかURA関係施設の出入りは禁止となる……貴様だけではない。お前が指導するウマ娘も制裁の対象となる」
あまりの迫力に体の芯から震え上がった。
慌てて俺は声を上げる。
は、発言を訂正させてください! トレーナーは担当ウマ娘を勝利させるために全力を尽くします!
「あの……エアグルーヴ? エスケープ? 冗談も程々にしてあげないと……」
サイレンススズカがそう言うと二人は態度を軟化させた。
冗談だったのだろうか。
「少しからかいすぎたかな? 失礼した」
「ただ、うまぴょい伝説はそれだけ歴史ある曲だ。それは忘れるなよ」
俺は繰り返し頷いた。
しかし、うまぴょい伝説を歌えるレースは有馬記念や日本ダービーでもない特別なレースに勝利した時のみ。
踊る機会はかなり少ないのではないだろうか。
俺は三人にそれを尋ねると、グレートエスケープが答えた。
「確かに歌う機会が少ない曲だ。だが、これを歌う時は大レースを勝った時だけだ。そんなレースに勝てないことはいくらでもあるかもしれない。それでも私は負けたときのことより、勝った時のことを考えている。もしも負けたらと考えたくなることは多いが、レースで走るのは自分しかいない。ならば、自分に対して期待するべきだ。きっと、それはマイナスにはならない」
だから勝った時の準備をするんだ、と彼女はしめくくった。
エアグルーヴとサイレンススズカが頷く。
「エスケープの言う通りだ。負けた時のことを考えても仕方がない」
「確かに……勝ったときにライブができない方が大変かも」
彼女の言葉に俺は納得し、ありがとうと答えた。
ところで、うまぴょい伝説の練習を見るはずだったが、誰が1着で踊る予定なんだ?
「……ここは私が踊ろう」
「待て。最終的に勝つのは私だ。練習でもそれは譲れん」
「私もそう言われたら引けないかな……」
「ならば仕方あるまい。併走して勝った者がセンターだ」
グレートエスケープの宣戦布告にエアグルーヴとサイレンススズカが乗り、グラウンドへ駆けていく。
俺は結局、何回もレースで勝ち負けにこだわる三人をずっと待ち続けていた……。
そのときふと閃いた! このアイディアはメジロマックイーンとのトレーニングに活かせるかもしれない!
イベント2「本当は怖い」
コースでダイワスカーレットとグレートエスケープが併走している。
二人ともラストスパートをかけており、コーナーでインコースを突いたダイワスカーレットが僅かに抜け出して勝利を収めた。
「はぁ、はぁ……併走に付き合ってくださって、ありがとうございました! グレ先輩!」
「ふぅ……ふぅ……いい走りだった。今日は完敗だな、スカーレットくん」
「いえ、元々インコースを譲られた状態での走りでしたから……」
「勝ちは勝ち、負けは負けだ。実際のレースでは譲ってもないインコースをこじ開けてくる敵もいる。そのためにも外を回っても勝てるようにトレーニングしなくては、と思ったんだが、有意義なトレーニングができたよ」
「こちらこそありがとうございます!」
レースを終えると二人で意見を交換しあっている。
そんな中、ダイワスカーレットが質問した。
「あの……グレ先輩って勝ちに拘るというか、そういう人だと思ってたんですけど……なんだか、今はそんなに気にしてないんですか?」
「む? 勝ちにこだわらないウマ娘なんていないだろう?」
「そ、そういうことではなくて……アタシ、模擬レースや併走でも1番になれないと気が済まなくて。でもグレ先輩は冷静じゃないですか。それって目指す目標があるから、それに合わせてるんですよね……アタシにもその冷静さが大切なのかなって……」
グレートエスケープといえば、常に勝ちに拘り、1着以外は負けでしかないと言ってはばからない。
傲慢だと言う意見もあるが、トゥインクルシリーズの本質を突いている言葉だと思う。
しかし彼女はこうして併走して負けてもあまり悔しそうな顔は見せていない。
「……いや。どんな併走だろうと自分が許せないくらいに、悔しいよ。叫んでも結果は覆らないから、大人しくしているだけだ。……負けたことは事実だ。それを否定しても前には進めない」
ダイワスカーレットは眉尻を下げた。
「グレ先輩は強いですね……アタシ、正直そんなふうに前を向けないかもしれないです。1番じゃなくなったとき……想像しただけで怖いです」
彼女の言葉を聞いて、グレートエスケープはスポーツドリンクで口を潤した。
それからまた、口を開く。
「私も怖いさ。敗北にこそ糧がある、と言うが勝つために走っているんだ。勝てなきゃ意味がない。だが……それでも負けることは何度もあった」
グレートエスケープは空を見上げた。
今は青空だが、曇天の日があり、雨の日があり、雪の日もあったはずだ。
「だからといって立ち止まってはいられない。負けるかもしれない恐怖に打ち勝つには、トレーニングを積むしかないんだ。……休憩は終わりだ」
そうしめくくると、グレートエスケープは立ち上がった。
「恐怖に打ち勝つ……グレ先輩! もう一本お願いします!」
「ああ、いいだろう。次は私に勝たせてもらうぞ」
二人は再びコースのスタート地点へ向かうのだった。
そのときふと閃いた! このアイディアはメジロマックイーンとのトレーニングに活かせるかもしれない!
イベント3「勝利への希望」
トレセン学園のコースでは模擬レースが行われていた。ちょうど走り終えたところで、スペシャルウィークがコースから戻ってきた。
「ま゛け゛ま゛し゛た゛ぁ゛ぁ゛〜!」
スペシャルウィークは戻ってくるなり、泣きながらレースを見ていたグレートエスケープに報告した。
彼女の同期は粒ぞろい、スペシャルウィークも素晴らしい素質を持ったウマ娘だが今回のレースでは勝てなかったらしい。
「せっかくエッちゃんさんにアドバイスもしてもらったのに……」
すんすんと鼻を鳴らすスペシャルウィークの頭をグレートエスケープが優しく撫でる。
なんだか仲のいい先輩後輩の関係を築いているらしい。
「どれだけ努力しても負ける時はある。また勝てるように努力するしかないものだ」
「うぅ……でも……」
「スペ、鼻水出てるぞ。ほら、ちーんして」
「ンフーッ!」
スペシャルウィークはグレートエスケープにティッシュで顔を覆われると思い切り鼻をかんだ。
相当悔しかったようだ。
頑張り屋なスペシャルウィークのことだ、このレースのためにトレーニングを積んでいたのだろう。頑張ったからこそ、勝ちたいもので、勝ちたいからこそ悔しいものだ。
「私……どうしたら……あんなに教えて貰ったのに。私、才能ないんですかね……」
「そうだ」
「ガーン!?」
間髪入れず言い切ったグレートエスケープ。
もう少し、こう、なんというか……手心を……。
「そう言ったらスペ、君は諦めるのか? ライバルたちに負けるのを受け入れるのかね」
「……私は……勝ちたいです! 諦めたくありません!」
「ふふっ……そう言えるなら、まだ強くなれる。闘いたい、勝ちたいという執念が最も大切なのだよ」
「エッちゃんさん……」
「スペ、君は私やスズカの真似をして逃げたり先行して走る必要はない。君には君の戦い方があるのだから」
グレートエスケープは後輩を導くように語ると、最後にこう締めくくった。
「勝つこともあれば、負けることもある。それでも、走り続けた先にある希望を求め続ければ、いつか必ず勝利へたどり着ける。才能があるかないかは、走り終えてから考えても構わんだろう」
「……わ、私、まだまだ頑張ります! だから……エッちゃんさんも、また私に教えてください!」
「もちろんだとも。私も君から教わることはたくさんあるからね」
それからグレートエスケープとスペシャルウィークはレースの勝ち方についてしばらく話し合っていた。
そのときふと閃いた! このアイディアはメジロマックイーンとのトレーニングに活かせるかもしれない!
イベント「希望は危険」
廊下でグレートエスケープとナイスネイチャが会話している。ナイスネイチャはため息をついた。
「いやー、アタシも希望とか持ってた頃はありますよ? でもねー、やっぱり希望があるからこそそれが失われた時のガッカリ感があるわけですよ」
3着でいいから、ちょうどいいところでいいから、と常々語ることが多いナイスネイチャの言葉にグレートエスケープは少し眉尻を下げた。
勝利だけに意味があるというスタンスのグレートエスケープからしたら受け入れ難い言葉だろう。
「私は諦めない。負けることも、失敗することもあるかもしれない。だが希望を捨てることだけは絶対にしない。その先に待つものを掴み取る……今夜、証明してみせる」
「ほんとにやめたほうがいいと思うんだけどな……」
そう言ったグレートエスケープは次の日、寮を脱走したところをたづなさんに捕縛され罰として清掃をしていた……。
そのときふと閃いた! このアイディアはメジロマックイーンとのトレーニングに活かせるかもしれない!
イベント「実はあんまり」
廊下の曲がり角でアグネスデジタルがなにやら覗き込んでいる。声をかけるとアグネスデジタルは手をやって制止した。
「シッ……! 邪魔しちゃいけません……!」
一緒に覗き込むと廊下の柱にもたれかかりながら、レースの教本を読むグレートエスケープが見えた。
「ああ……スタイルと顔がいい……立ち姿がサマになりしゅぎ……しゅき……目算でおよそ身長は170cm、スリーサイズは制服で隠れていますが中々……いやしかし測りきれません……というか脚長すぎ……」
ストーキングじゃないのか? と聞くと
「いいえ! エスケープ様の調査です! もちろん常に2バ身離れているので!」
「別に構わないけどね、私は」
アグネスデジタルはそう答える。しかしその後ろには長身をゆるりと揺らし、グレートエスケープが佇んでいた。
「ひょえぇっ、お、おじゃままままま、おじゃまじょどれみ!」
「落ち着きたまえデジタルくん。私は構わないと言ったろう。何か知りたいことがあるのかな?」
「え、あ、あの、あのあのあの、その、アタシとしては……お姿を拝見できるだけで嬉しくてですね」
「私の姿か? 見ても参考になるようなところはあったかい?」
「ええ、ええ! ありますとも! 普段は理知的、凛々しさ、クレバーな眼差しとクールな振る舞いから世間では頭脳派でレースを組み立てるウマ娘と評されていますが実際のレースでは知略を組み立てた上で最後には基礎トレや根性が大切になるとインタビューでも語っていたように実は泥臭く根性で走る逞しいウマ娘であることのギャップがなんとも――」
「――ほう」
グレートエスケープの空気が変わった。
見守るような視線はがらりと変化し、鋭い獲物を狙う肉食獣の如き眼光をアグネスデジタルに注いだ。
話の途中でそれに気づいたのかアグネスデジタルは、ビクッと肩を跳ねさせた。
「あの……なにか、粗相を……」
「いいや。ただ、君のウマ娘に対する観察眼……洞察とすら言ってもいいかもしれんな。それが素晴らしいと思ったんだ」
グレートエスケープはアグネスデジタルの肩をむんずと掴んだ。
約30cmの身長差では大人と子供くらい違うように見える。
パワーの差もあるだろう、上から押さえつけられてしまえばアグネスデジタルに逃げることは出来ない。
顔真っ赤にしてガクガク震えている。
「よいしょ」
「え?」
小柄な彼女を、グレートエスケープは米俵をかつぎ上げるように抱き上げた。
「その観察眼で少しライバルたちの情報を聞かせてもらいたい……君を持ち帰ることにしたよ」
「え、お、おも、おもち、おもち!? おもおもおもおもお持ち帰り? デジたんが? グレ様に? ちょ、これやば、鼻血が……お召し物が汚れてしまいまひゅ……!」
「気にする必要はない。その分、充分に話してもらえれば、な。今夜は……寝かさないさ」
「ぶっはぁ!?」
アグネスデジタルは盛大に鼻血を吹き出した。
翌日、カラカラになったアグネスデジタルが発見されたが、表情はとても幸せそうだったという……。
そのときふと閃いた! このアイディアはメジロマックイーンとのトレーニングに活かせるかもしれない!
×××
私の名前はダンスパートナー、4歳!
去年オークスを勝った黒井厩舎の看板馬。
牝馬だけど牡馬相手に戦い、この前の宝塚記念では3着。去年のオークスから勝ちが遠ざかっているから、今年こそはと頑張っています。
頑張るといえば、この前の日本ダービーでは私の後輩と弟が出走しました。
最後は激戦の末にワンツーフィニッシュ、僅かに先に出たのは後輩のグレートエスケープくん。
いつも頑張っている上に、病気の馬主さんのために走っていたぶん、少し応援しちゃった。
弟のダンスインザダークは2着。会ったことはないけど、いつか一緒に走る時はお話してみたいです。
「私も頑張らないと!」
そろそろグレートエスケープくん……エッちゃんは夏の休養を終えてまた黒井厩舎に戻ってくるはず。
先輩が言うには夏を越した3歳馬は大人っぽくなるらしい。
(大人っぽくなったエッちゃんかぁ……元々大柄だったし、ますますムキムキになるのかな。なんか……すごくかっこよくなってそうで……っていやいやいや!)
何考えてるんだろう私は!
エッちゃんは後輩で、私はお姉さん。
弟分のようなものなのにこんな気持ちは……そもそも競走馬は引退しても恋は報われないとお母さんも言っていた。
でも……でも……!
「おっ、グレ坊が来たみたいやな」
先生の声に思わず顔を隠したくなった。
今の自分の顔は真っ赤になっているだろう。なんだか顔を合わせるのが恥ずかしくて、それでいてエッちゃんを見てみたいという思いがあった。
「ただいま黒井厩舎のみんなぁーッ!」
エッちゃんの元気な声。
馬主の方が亡くなったと聞いて心配していたけど、声を聞く限り、今は大丈夫そうだ。
でも、我慢しているんじゃないの?
私は不安になってきた。
彼は誰もが焦がれるダービーを掴み取った競走馬。そうやって自分を奮い立たせて泣きたくても泣けないのを堪えているのかもしれない。
(だったら慰めてあげなくちゃ……!)
そうして、意を決して顔を上げた私、ダンスパートナーの目の前に映ったのは――
「やぁやぁ苦しゅうない、皆の者。息災であったか? ん? この子達? いやぁ是非厩舎に遊びに行きたいって言うから仕方なく連れてきたんだ。困った子猫ちゃん……いやポニーちゃん? ま、スターの風格ってやつかな……ところで私の厩舎へ案内する者が来ないがどこかね?」
――雄大な馬体をだらしないほど大きくし、たくさんの牝馬にきゃーきゃ言われながら馬運車から降りてくる、サングラスをかけた調子に乗りまくった後輩の姿でした。
日本ダービー時、馬体重512kg
レース1週間後、506kg
放牧後(現在)、534kg
ばんえい馬にでもなるのかな?
私は何故か怒りでいっぱいになりました。
〇〇〇
「え、エッちゃん……なんか、この、なにこの……えと……」
「あぁ、麗しき姫君よ。久しいな……私は会えなくてとても寂しかったよ……君の名前に相応しく、ダンスを共に踊りたいと願ってやまなかった……」
「あ……あ……」
「おや。顔を赤くさせて口ごもるなんて。いつものように年上として振舞おうとする姿で私の心を癒してくれていた貴方が珍しい」
「あ……あんぽんたーーん!!」
「ソダシッ!?」
ダンスパートナーさんの盛大なビンタを食らった。
……ビンタ? 馬なのに? しっぽだったかな?
せっかくかけていたサングラスが吹っ飛んでいき厩務員の西京さんの額にジャストフィット。
寡黙な男によく似合っている。
しかしダンスパートナーさんの怒りは収まらないらしく、まさしく馬が馬乗りになってマウント取って殴ってきそうな勢いでしっぽでばちばち叩いてきた。
「もう! どうしてそんなふうになっちゃったの!? 私が好きだったエッちゃんはそんな調子に乗ったまるでダメなオトコ馬じゃなかったのに! 調子に乗ってレースに勝てるわけないでしょ! これからエッちゃんは馬主さんもいなくて勝たないと誰も所有してくれなくなっちゃうかもしれないのに! 頑張らないといけないのに!」
あまりの剣幕にこれには堪らず、俺は降参した。
「嘘ですっ、嘘嘘! 冗談ですよ冗談! ちょっとびっくりさせようとしただけですよー!」
「ほんとにぃ……?」
「ほ、本当です!」
「……あの女の子たちは?」
「あの子たちは馬運車で一緒になって仲良くなっただけです。ちょっと調子に乗りましたけど」
「やっぱり乗ってたんじゃない……それにそのお腹!」
「これは……黒井先生の指示です」
「先生の?」
「はい。具体的には――」
ぐい、と西京さんに引かれた。
これからシャワーだから行くぞ、と一言告げられてまた後でとダンスパートナーさんに伝える。
冗談のつもりだったが迫真の演技で調子に乗りすぎてしまった。
それとも、演技だと思っていても本当に調子に乗ってしまう心の隙があったのか。
……有り得る。
牧場で過ごしていた頃の俺はスター、地元の英雄とばかりにチヤホヤされていた。
観光客は俺の姿を見て写真を撮りまくるし、均整のとれた馬体に見惚れてうっとりとした。
人だけでなく、牧場にいる馬も、みんなが話しかけてくるようになった。幼駒の頃にいじめようとしてきたヤツらですら敬語でぺこぺこしてきていた。
サインも書きまくったし、ファンサービスもすごいやってきた。
それを繰り返すウチに自然と調子に乗った振る舞いを纏うようになっていたのかもしれない。
西京さんにホースで水をかけられながらブラッシングされていく。馬運車で体を揺らす間に汚れてしまったままだったから気持ちがいい。
……これから俺は挑む立場だが、挑まれる立場でもある。
心の隙は捨てる。見るのは勝利だけだ。
これからもみんなの期待と想いを背負って走ることは変わらない。
旅の垢と一緒に無駄なものを洗い流していくつもりでブラッシングを受けていた。
あ……そのへんすごくかゆくて気持ちいいっす……。
そんなふうに水を浴びる俺のところに、黒井先生がやってきた。
「ひと夏を越して風格が出てきたやないか。ちゃんと体重も増えてそうやし、文句なしやわ」
放牧に出された際に俺と牧場スタッフに言われたのは飼葉を沢山食え、ということだった。
「お前の馬体はまだ成長途中や。図体の話やないで、骨格や筋肉……まだまだ強くなれる。しっかり飯を食ってでかくしたら、ここからきっちり絞っていくで」
厩務員の西京さんに言っているのだろう。
俺も何かを喋ってみたが、言葉が通じることは無かった。
橘ちゃんとの出来事が特別だったのか……俺はそのことを夢とか、錯覚とは思いたくなかった。
「まずは神戸新聞杯でひと叩きする。その次は当然菊花賞、そして今年の最終目標はジャパンカップや」
「……はい。有馬記念ではないのですか」
「そこは第二目標やな。こいつの賢さならコントロールはしやすいし、間隔を空けて闘争心なんかを損ないたくないからな。もしジャパンカップが難しければ有馬記念へ行くで」
これからのプランが決まった。
王道でいえば菊花賞から有馬記念だがジャパンカップ――世界の強豪がやってくるGIに挑むのは、少し燃える。勝ったダービーと同じ舞台だが挑む相手はまるで違う。
それでも俺はダービー馬、みんなのためにも負けられない。
そのためにはまず神戸新聞杯、そして菊花賞。
ここを勝てば文句なしに世代最強の看板を背負ってジャパンカップへ進めるだろう。
いや、進むつもりだ。
俺は――もう負けられない……!
「ぶぶぶぶっ」
「武者震いか? やる気満々やな」
水気を弾き飛ばすように全身を震わせた。
まずは体を絞ってもう一度レース用の肉体に整え直す必要がある。
水浴びを終えて馬房に戻ると、ダンスパートナーさんがこちらをじっと見ていた。
「ダンスパートナーさん……?」
「あ、いや、その、変わったなぁ……って」
「まだ調子に乗ってるように見えますか」
「あっ、ちがっ、違くて! さっきは変な格好もしてたけどわからなかったけど……すごく大人っぽくなったなぁ……って」
そうだろうか。
しかし、自分に自信があるという感覚はわかる気がする。
目に見える実績がついたから、自然とそれを意識した振る舞いに変わっているような気がした。
「ダンスパートナーさん。お互い、GIを勝つために頑張りましょう」
「う……うん。頑張ろう!」
そして迎えた神戸新聞杯。
このレース、復帰戦としても、相手関係を考えても絶対に負ける訳にはいかない。
黒井先生の扱きにも耐えて馬体重は497kg、ベスト体重のように感じられた。
俺は単勝オッズ1.2倍の1番人気でレースに臨んだ。
ひしひしと伝わってくるプレッシャーは、ダービー馬に対して挑んで一矢報いてやろうという清々しいまでの敵意から来ている。
――だが、俺にはまだまだ届かない。
『11番グレートエスケープ、先行していますが4コーナー手前で先頭に変わります。先頭はグレートエスケープ、突き放しにかかる。後ろからはシロキタクロス、アドマイヤビゴールが伸びてくるがグレートエスケープ完璧に抜け出しました! ダービー馬の眼差しに映るは菊の花! グレートエスケープ圧勝ゴールイン!』
3番手で控えて4コーナー手前で抜け出し押し切り勝ち。
先行抜け出し、さらに余裕たっぷりの横綱相撲で復帰戦を5馬身差の勝利で飾った。
次は菊花賞だ。
黒井先生は俺をステイヤータイプと常々評価しているだけに、ここは負けられない。
菊花賞を勝てば、俺が三冠をとれなかったのは皐月賞で運が悪かったから、と周囲に思わせることが出来る。
その帰り道、黒井先生が言った。
「さて……問題は馬主やな」
え? どういうこと?
「このままだと……菊花賞どころか競走馬登録も出来んくなる可能性があるし……困ったもんや」
……ちょっと待て!? どういうことだ黒井先生!
俺が菊花賞どころか競走馬じゃいられないって……冗談じゃねぇぞーーッ!!
〇ウマ娘ワールド
SSR「トレセン学園の空に」グレートエスケープ
エピソード
「希望はいいものだ。多分、最高のものだ。素晴らしいものは決して滅びない」
雲ひとつない青空の下で、彼女は両手を広げる。
「私よりも強いウマ娘はたくさん現れるだろう。だが、諦めて日過ごすことが正しいのか? それではきっと、トレセン学園の時間はゆっくり流れる」
青空とは真逆の漆黒のジャケットにワインレッドのワイシャツが風に靡く。
そんな彼女の心に広がるのは、どこまでも続く青い空と同じ、無限大の希望だ。
「必死に勝つか、必死に負けるか。足掻いた末に栄光は両手に降りてくる」
だから――
「格好悪いかもしれないがね。見ていてくれたまえ。これまでも、これからも」
グレートエスケープはどこかに繋がっている空に向けて、希望を高らかに歌い上げた。
金特殊能力「まだまだ行ける!」
・第4コーナーで持久力を回復する(作戦・逃げ)
その他のスキルは色々予想してみてください。
〇競走馬ワールド
今週の被害馬「シロキタクロス」
1996年の神戸新聞杯の勝利馬で父はタマモクロス。菊花賞には出走せず、翌年の中山金杯で3着後は3戦して引退している。この時の出走馬は有力馬が尽く京都新聞杯または京都大賞典などに向かうなど超手薄。1番人気がビッグバイアモン(ラジオたんぱステークスを勝利、遅れてきた上がり馬)で1.4倍だった。後に重賞を勝つ馬もいないため、あっさり出てきてグレートエスケープがかっさらって行きました。すまんな。
・ダンスパートナー
牝馬なのに宝塚記念3着と時代を考えるとすごいことをしてるがサラッと流してしまった。許せ。現在京都大賞典へ向けて調整中。グレートエスケープのことが最近ちょっと気になっている。弟分のように可愛がっていたのにダービーを勝ってなんだかオトコらしくなった姿に困惑しているようだ。
・グレートエスケープ
牧場では勝ちまくりモテまくり!英雄扱いで大フィーバーしていた。サイン書きまくっていたし身元を隠すためにサングラスもしたし、夜には六本木で可愛い牝馬たちにご馳走し飼葉を食べまくっていた……わけではなく、黒井調教師の指令に従い体を作るためにひたすら飼葉を食べていた。自分で食べる量を調整するが牧場スタッフはもう驚かなかった。
「鍵をこじ開けて脱走するよりはな……」(牧場スタッフの遠い目)