名バ列伝『グレートエスケープ』【完結】   作:伊良部ビガロ

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「なんでだ。なんでそんな風にSランクを作れる」
「勤勉な廃課金に、ガチャ運のない凡人はどうやったら敵うっていうんだ」
「俺はほかの奴らみたいに上手くB調整ができない。攻略サイト見ながらステの計算なんてできる時間が仕事のせいでない」
「俺は作りたいんだ!強いウマ娘を!」
「諦めきれないんだよ!俺だってSランク因子つよつよウマ娘をツイッターに貼りたい!」
「ガチャ運がまるでないトレーナーは、どうしたらいいんだ……!」


※つまり仕事とウマ娘で更新遅くなりました。
※ウマ娘パートはシナリオメインで短め。ごめんね!


第14話 夢、想い、そして勝利

 雨の中、馬房を飛び出した俺は白村くんや他スタッフの静止を振り切って走り出した。

 大粒の雨が地面を叩き、瞬く間に水たまりやぬかるみを生み出していく。

 自分でもなぜ走り出しているのか、わからない。

 だが、とにかくダンスインザダークに会わなくちゃいけないという思いに突き動かされていた。

 同じ栗東トレセンの石口厩舎にたどり着いた時、馬運車がやってきたタイミングだった。

 

「ダンスインザダーク!」

 

 雨の中叫ぶと、あいつを乗せようとしていたであろうスタッフたちが驚いていた。

 

「ありゃ……グレートエスケープか? なんでこんなところに!」

「黒井先生に言っとかないとまずいんじゃねえか」

 

 スタッフたちはどうでもいい。

 俺はゆっくりと馬運車に近付くと、馬房からダンスインザダークが出てきた。

 

「……偉大なる逃亡者よ。戯れとしては、良い趣向だな」

「……」

「相変わらず、沈黙を守るか。空も泣いている。言の葉を紡ぐ気分になれぬのは、当然ともいえるが」

 

 ダンスインザダークの脚に巻かれたバンテージを見つけてしまった。

 新聞に書かれていた『屈腱炎』の文字。

 屈腱炎とは競走馬の不治の病であり、一度治療してもまた再発することから競走馬生命に大きくかかわる病だ。

 リーディングサイヤーのサンデーサイレンスの子供にしてオークス馬ダンスパートナーの弟という俺とは正反対とすらいえる良血の競走馬、ダンスインザダーク。

 そんな彼に対しても、運命は容赦なく牙を向いた。

 

「……」

「……旅立ちを迎えるまで、刹那の時がある。暫し、言葉を交わそう」

 

 ダンスインザダークが周囲のスタッフに下がるよう合図を出すと、スタッフたちは厩舎のベンチに座った。

 そのやりとりだけで、こいつもまた、厩舎では愛され、スタッフの人たちとすごく仲が良かったのだと理解できた。

 雨を避けられる場所で二頭並んだ。

 思えば、他の厩舎の競走馬とこうしてゆっくり喋ることはなかったような気がする。

 

「引退……って本当か」

「肯定。我が野望は天命に追いつかれたよ」

 

 そう言うダークは怪我で引退する無念そうな雰囲気はなくて、むしろ穏やかに笑みさえ浮かべていた。

 

「……もう、走れないのか」

「…………」

 

 雨の音がやけに大きく聞こえた。

 しばらくして、ダークは口を開く。

 

「…………うん。もう、走れない」

 

 菊花賞で見せた激情とは違う、初めて聞く静かな声。

 深く染み渡るような音を吸い込む、闇を連想させた。闇というと縁起でもないが、どちらかというと布団にもぐって眠るときのような、心安らぐ闇だ。

 

「……これからどうなるんだ」

「僕は種牡馬になるらしい。たくさんお嫁さんを貰って、子供たちに頑張ってもらう。目標ではあったけど、こんなに早いとは思わなかった」

「そうか」

 

 あまりにも軽い口調で言うから、かえって言葉が見当たらなかった。

 

「その、未練はないのか。競走生活に」

「あるに決まってる。僕、言ったでしょ。菊花賞の後」

「そう……だよな」

「……気にしてるの?」

「まぁな」

 

 ダークはずっと俺に勝ちたかったという。

 クラシックの最終レースでようやく倒したものの、そのライバルは眼中にすら自分を入れてなかったとわかれば、次こそはという気持ちになるだろう。

 だが、その機会はもう永遠に訪れない。

 

「俺は……ずっと誰かの思いとか、そういうものを背負って走ってきた。それは、間違いだったのか……?」

 

 絞り出した言葉は懺悔のようだった。

 ダークは笑った。

 

「それはわからない。でも、あの時の菊花賞は、君は君だけのために走って欲しかった」

「俺だけのために……?」

「……でも、あの時の君は間違いなく強かったよ。ダービーのときもそうだけど、菊花賞の君に勝てたからやり残したことは少ないかな。本当はお姉さんと会ってみたかったけど」

「ダンスパートナーさんも言ってたよ。会ってみたい、一緒に走ってみたいって」

「そうだったのか。未練が増えたな……」

 

 雨が止んだ。

 ダークは太陽が差し込み始めた屋根の外へ、俺を置いてゆっくりと歩き始めた。

 もう時間が来たらしい。

 

「君に頑張ってくれとは言わない。君はただ、自分のために走ればいいんだよ」

「……本当、会った時から言ってることはわかんねーよ……最後に、聞きたいことがある」

「なに?」

「あの話し方はなんだ……?」

 

 ダンスインザダークは振り返らずに答えた。

 

「また次に走ることがあったら、教えるよ」

 

 ダンスインザダークの言葉に、俺は思わず追いかけそうになって止まった。

 馬運車に乗り込むダークを見送りながら、追いかける資格は俺にはないと悟ったからだ。

 それでも、傷から血液がにじみ出るように、言葉がどろりと口から溢れた。

 

「俺……アイツに勝ちたかったんだな……」

 

 ダンスインザダークが旅立ったのは、太陽に照らされて輝く、雨上がりの午後の事だった。

 

 

 

 流石に今回の脱走はめちゃくちゃ怒られて「去勢したろか!」とスタッフや先生はそう言わんばかりだった。

 幸いグレートエスケープのグレ棒は守られたが、当分脱走は控えることにした。

 大切なグレートエスケープのグレートな部分であるグレ棒がとられたら今後のレースで勝てなくなってしまう。

 闘争心をもぎ取られるようなものだ。それはつらい。とてもつらい。

 それからは、ジャパンカップに向けて調教の負荷量が徐々に増えていく。

 タイムこそ平均的だが、俺としては脚がなにか引っかかるように動かしづらいのが気になった。

 理由はわかっている。

 体の健康ではなく、心の健康が損なわれているのだ。

 

(何のために……自分のために走る……か)

「――エッちゃん」

 

 調教を終えて引き上げる中、考え込む俺に声をかける馬がいた。

 

「ダンスパートナーさん……」

「やぁ。なんてね……なんだか調子悪そうだけど、大丈夫?」

「別に体はどこも悪くないですよ」

「体は……ということは、悩みとかあるの?」

 

 ぎくりとした。

 隠してるつもりだったが、ダンスパートナーさんの鋭さには降参だ。

 

「なんで気づいたんですか」

「いつも見てるから……あっ、変な意味じゃなくてね!」

「馬房が隣ですからね」

「うん、まぁ、そうなんだケド……」

「……これは愚痴なんですが。俺はなんのために走っているのか……って思って」

 

 ジャパンカップはもう2週間後に迫っているというのに、俺の中ではあの時の言葉がぐちゃぐちゃと心を掻き乱している。

 ダンスインザダークから言われた自分のために走れという言葉。

 そして、今更になってダンスインザダークに勝ちたいと思ったこと。

 今では叶わない思いを抱えて苦しいということを、素直に口にするとダンスパートナーさんは答えた。

 

「……それは、辛いね」

 

 シンプルな慰めの言葉に、俺は心地よさを覚えた。

 それと同時に、どうしようもない問題であることも知った。

 引退した相手――それも怪我をした相手ともう一度走るなんて不可能だ。どんな奇跡が起ころうと。

 だからこそ、行き場の失った情熱を持て余している。

 

「ダンスパートナーさんはどうしますか、そんなとき」

「……そうだなぁ。私にも同じことはあったけど」

「あったんですか?」

「うん。でも、それは……私が出した答えだから。あっ意地悪しようってわけじゃないんだよ!? ただ……私が言っても、解決できないと思うの」

 

 そう言われて、さらにしおしおと萎びてしまう。

 多分その通りなのだろう。

 だが、正論は決して俺を救いはしない。

 わかっているからこそ、不貞腐れて、唸っている。

 そんなうじうじしている俺を見かねたダンスパートナーさんが笑う。

 

「今週のエリザベス女王杯。私、出るから……見てて。言葉では教えられないかもしれないけど……私の走りには、そんな想いも込められているから」

 

 本当だろうかと、思わず閉口する。

 彼女は今週のエリザベス女王杯では1番人気になると予想されている。

 もちろん勝てない可能性はあるだろうが、彼女のポテンシャルならチャンスは大きい。

 1番人気で勝つことは簡単ではないが、勝てると思われているからこそ1番人気になるもので。

 俺の悩みが晴れるかは、正直半信半疑だった。

 

 ――だからといって勝利を願わない理由にはならない。

 エリザベス女王杯の当日、レースが近づくのを悟ると馬房の前の鉄柱を蹄でカンカンと叩いた。

 

「お……? グレ坊、どうかしたか?」

 

 白村のあんちゃんが来た。

 ラッキーだ、こいつは結構脇が甘い奴なのでこういうときは気楽だ。

 これが西京さんとかだと、もうバレてしまう。

 最近大抵の要求は理解して貰えるようになったのはすげえと思うが。実際にしてもらえるかは別に。

 

「……腹が痛いのか?」

 

 ひひ〜ん、ひひ〜ん(泣)

 こちとら演技派、やれと言われれば王子様系アイドルの真似事だってやれるぜ。

 ルックスさえ良ければな……!

 

「おいおいジャパンカップは目の前なのに……大丈夫か? 腹が痛いのか? 本当に腹か? 嘘じゃないよな?」

 

 嘘だぜ。

 白村がのこのこ鍵を開けた拍子にそっと押しのける。

 おっと、失礼。

 

「あ、こちらこそ……じゃなくて! 待てグレ坊!」

 

 休憩室へのそのそ歩くなり窓に前脚をかけて観察する。

 ついでに後脚の筋トレになるし、一石二鳥だ。

 テレビではちょうどダンスパートナーさんが出走するエリザベス女王杯のファンファーレが鳴り響いていた。

 

「……グレ坊、なんでここにいる」

 

 厩務員の西京さんがじろ、と見つめてきた。

 いいじゃあないですか。

 頼りになる先輩の晴れ舞台を見るくらいは。

 

「さ、西京さん……」

 

 白村が追いかけてくるなり身を縮こまらせている。

 西京さんはどうやら他のスタッフにも恐れられているらしい。確かに厩舎の中でも年上の、40代の働き盛りの寡黙な男って感じだから、取っ付きづらさはありそうだ。

 

「……まぁ、ええか」

 

 そして良くも悪くも俺の行動に慣れた一人でもある。

 今更そんな気にするような人ではない。

 怪我しそうになった時はめっちゃくちゃ怒られたけど、それは俺が悪い。

 担当厩務員が言うなら……と周りのスタッフは大人しくなった。

 ありがたいが、この厩舎は大丈夫だろうか。

 大概テキ(調教師)も中々ぶっ飛んだお人だから今更といったところかもしれないが。

 なにはともあれ、黒井厩舎の看板馬のダンスパートナーさんの出走だ。

 

 〇〇〇

 

 GIレースに出走するのはこれで7回目。

 桜花賞、オークス、ヴェルメイユ賞、菊花賞、安田記念、宝塚記念、そして今日のエリザベス女王杯。

 何回出ても、緊張感で胸が苦しくなる。

 いつになったら慣れるのだろう。今では緊張していることに慣れてきそう。

 私はゲート前で待機しながら、空を見上げた。

 灰色の空は、どこに繋がっているんだろう。

 再戦を約束したあの子は今、怪我と戦っている。

 再戦を約束したあの子は今、永い眠りについてしまった。

 クラシックレースでしのぎを削った同級生はすっかり見なくなってしまって、今では孤独を感じながら先輩たちと戦っている。

 私にとって先輩たちと争う古馬GIは必ず取らなくてはならない栄光だった。

 惜しいところまでいくが届かないと言われていたが、それと同時に「牡馬が相手だから」とも言われていた。

 女同士の戦いになるこのレースでは負けられない。

 1番人気という称号が私の背中には乗っていた。

 

「よぅ、ダンスパートナー。1番人気になっていい気になっていたら、このアタシがガブッと喰らい尽くしちまうよ?」

 

 青鹿毛の綺麗な馬が威嚇してくる。

 彼女の名前は確か、ヒシアマゾンという。私よりも歳上の競走馬だ。

 

「人気なんて関係ないよ。私はただ1着を取るだけ」

「ヒュゥ、いいね。やっぱりこの日本の血統じゃなくて海外の血を宿す奴が強いってのがわかるよ。今日はアタシとタイマンだ!」

「……日本の血統とかは関係ないと思うけど」

「あぁん? あるに決まってるだろ。サラブレッドはブラッドスポーツ! 連綿と続く血筋はすべて勝つこと、そして最強の競走馬を生み出すため! それは競馬の歴史が深い欧州の血統を引くサラブレッドが強いのは当然だ。歴史の浅い日本の血ばかりの奴に用はないね!」

 

 ヒシアマゾンの言葉に周囲のサラブレッド、特に内国産種牡馬や母馬が両親の子達が気色ばむ。

 

「……まぁ、私は欧州ではないけど、外国生まれのお父さんとお母さんは同じだね」

「そうさ。こんな挑発にイラついてるような奴らじゃ相手にならないね!」

 

 私はじっとヒシアマゾンの瞳を見つめた。

 瞳に映るものは爛々と輝く、闘志の炎のように見えた。

 

「……貴方は、自分を追い込んだ上で勝利を掴もうとしている。ただ他人を嘲るだけの馬じゃない。本当に強い馬なんだね」

「へっ……やっぱりこの戦いはアタシとアンタのタイマンだね」

「そうかもしれないけど……勝つのは私だよ。お姉さんとして見せなくちゃいけないモノがあるの」

「そいつはこっちのセリフさ。アイツのためにも負けられない」

 

 選ばれたサラブレッドたちが続々とゲートに入っていく。

 京都芝2200m、中距離のこの舞台では負けるわけにはいかない。

 

『昨年から古馬にも開放され、装いが新たになったエリザベス女王杯。全頭ゲートに入りました体勢完了――スタートしました』

 

 ゲートが開くと同時に全員が駆け出す。

 私が中団に控えるとその横に並ぶようにヒシアマゾン。

 牝馬でありながら牡馬と対等に渡り合う女傑と評されている彼女は確かに他の子と比べて頭一つ抜けているように見えた。

 近走は勝ちから遠ざかっているものの、レースはすべて牡馬牝馬混合GI、衰えたと判断するには早すぎる。

 

『先頭を行くはシーズグレイス、続いて2番人気のブライトサンディー。ダンスパートナーは先行集団について5、6番手といったところ。前のヒシアマゾンを見るような格好です。3番人気のフェアダンスは中団やや後方に待機しています』

 

 第1コーナー、第2コーナーを回って第3コーナーの坂へ差し掛かる。

 展開そのものは落ち着いているが、裏を返せば直線で末脚を爆発させようとする展開になっているということ。

 第4コーナーの手前、坂のくだりで一気にペースが速くなった。

 

「うおおおおっ!」

 

 ヒシアマゾンが先にスパートをかけた。先頭集団を外から抜かそうと捲り始める。

 私の鞍上たる三井(ミツイ)くんはまだ合図を出さない。

 少し遅れて出された合図と指し示された方向は内埒いっぱいだった。

 

『直線に入ってヒシアマゾンがくる! 外からフェアダンス! そして来た来た内からダンスパートナー!』

 

 4コーナーを越えると先頭集団がばらけ、内側に大きな道が開いた。

 後は貯めきった末脚を爆発させるだけ。

 

「くそ……負けてたまるか……負けてたまるかってんだよォ! ブライアンのためにも……こんなところで負けられないんだ!」

 

 ヒシアマゾンが外から私に競りかけるように内に切れ込んできた。

 彼女もまた、今はいないライバルの想いを背負って走っているらしい。

 だからといって勝ち星を譲る私ではない。

 3歳クラシックで争ったライバルたちはここにいなくて、できることならいつまでも同じ舞台を目指して走っていたかった。

 けれど、それはもう叶わない。

 

 ――エッちゃん。きっと貴方は私とこれから同じような思いを何度もすると思う。だけど、貴方ができることはたった一つ。『勝つこと』!

 

 どうしているだろうか、常に目線で追ってしまうことが増えた私の後輩ダービー馬は。

 私の姿を見て何かを感じてくれているだろうか。

 

(長く走ると、段々背負うものが増えてくる。それでも最後の決め手になるのは、勝ちたいという意思だから……!)

 

「ああああああ――ッ!」

 

『内からダンス、ダンス、ダンス! 大外からフェアダンス、真ん中ヒシアマゾン! ダンスパートナー! ダンスパートナー! 三井洋介が左手を上げました! ダンスパートナー1着でゴールイン!』

 

 エリザベス女王杯のゴールを私は先頭で駆け抜けた。大歓声が響き渡り、誰もいない景色が目の前に広がっていた。

 久々の勝利の味はまさに格別だった。

 

「エッちゃん……次は貴方の番だから……!」

 

 私は観客たちの方を見ながら、彼の目の前にこの光景が広がる未来を祈った。

 

 〇〇〇

 

『エリザベス女王杯を制したのはダンスパートナー! 菊花賞のダンスインザダークに続いて姉弟でGI制覇!』

 

 厩舎のスタッフ全員が歓声を上げ、抱き合いながら喜んでいる。

 黒井厩舎に初めてのGI勝利を届けた看板馬の久々の勝利ともなると応援の気合いもまた特別なものだろう。

 歓喜の輪を外から見ながら、俺はテレビに映るダンスパートナーさんの姿を見つめていた。

 

「……すごい」

 

 俺に勝ったダンスインザダークも、あんな走りをしていたのだろうか。

 切れ味鋭い末脚を発揮して1番にゴールへ飛び込んだ彼女の姿は俺に敗北感を覚えさせたアイツとよく似ていた。

 

「すごい……!」

 

 徐々に炎が勢いを増すように、胸が熱くなる。

 ダンスパートナーさんに見せてもらったものを上手く言葉にできないが、求めていた答えらしきものを掴み取ることができたような気がする。

 早く走りたい。

 ジャパンカップを走りたい。

 俺はいてもたってもいられなくなり、調教助手を引っ張って走りたいとアピールした。

 

 馬房に入れられた。

 

 ×××

 

 

 

 菊花賞で勝ったはずのグレートエスケープの顔色は優れなかった。3000mという長距離を走ったのだ、負担はかなりのものになるはず。

 怪我があったのかと心配するとグレートエスケープは首を振った。

 

「怪我はなにもない。疲労はあるが……相棒。私は……ジャパンカップに出るべきと思うか?」

 

 自信が無いのか?

 

「今日のレースで感じたんだ。私はこれまで自分のために、勝つために走っていた。だが……それは正しかったのだろうか」

 

 グレートエスケープは勝利至上主義であり、その勝利は自分のためだと言ってはばからない。

 そんな彼女が弱気になるのは珍しい。

 誰かに何かを言われたりしたのだろうか。

 

「そういうわけではない。ただ、今日のレースで負けた子が言っていたんだ。『トレーナーやお客さんのために勝ちたかった』と。きっとそれは彼女にとって夢なのだろう。勝っているはずなのに……何故か敗北感が胸に渦巻いている」

 

 気合い負けとでもいうべきだろうか。

 レースで共に走ったウマ娘に気迫で押されてしまって、そんな自分がジャパンカップに出てもいいか悩んでいるらしかった。

 今の精神状態でトレーニングを積んでジャパンカップに行くのは難しいだろう。

 

 少し期間を空けよう。

 

 そう提案すると、グレートエスケープは少し悩んでから頷いた。

 ジャパンカップは世界最高の舞台。

 彼女自身、今の状態で結果を残せないことを理解しているのだろう。

 

「そうなると、どのレースを走るんだ? 我ながら情けないことを言っているが……」

 

 クラシックレースを走ってきた疲労もある。

 一度体を休めてから休養し、再び大きな目標を目指すためのステップレースがいいだろう。

 そうなると時期は来年の春頃か。

 

 日経賞で行こう。

 

「日経賞……そうなると、天皇賞・春も行くわけか」

 

 日経賞は中山レース場で行われる芝2500mのGII競走で、天皇賞・春を目指すウマ娘も参戦するレベルが高い重賞レースだ。

 GIほどではないが、強敵揃いのここで勝利し、天皇賞・春で完全復活を果たすのが目的だ。

 

「それに……有馬記念と同じコースだな。……決して諦めた訳では無い。今はその時では無い……勝負は来年……そう考えるのは負け犬の思考かな?」

 

 ――燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや、だ。

 

「……! ああ、そうだな……羽ばたくには、広げられるだけの羽を手に入れなくてはだな」

 

 出会った時に言われた言葉をそのまま返すと、グレートエスケープは笑みを浮かべる。

 その表情には、少しだけ活気が取り戻されているような気がした。

 目標は日経賞、そこでグレートエスケープの完全復活を披露してみせる!

 

 

 

 目標達成!

 菊花賞で3着以内!

 

 Next→日経賞で2着以内




ダンパ「ライバルみたいなスタンスでいるところ申し訳ないんだけど降着で……」
ヒシアマ「実質ワンツー入線でタイマン成立。はいセーフ!」
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