名バ列伝『グレートエスケープ』【完結】   作:伊良部ビガロ

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ちょっと短く、箸休め回。次回から再び物語をガンガン押し進めていきます

※感想いつもありがとうございます!感想によるアイデアなどもたくさん湧いてくるので嬉しいです!

※給料全ツッパおじさんの収支が気になるというコメントがあったので計算してみました。

設定年代の平均年収を12で割ると約38万円。計算しやすくするために手取りを30万円と想定。
皐月賞からGIの度にグレートエスケープの単勝を30万円分購入したと仮定する。
それを計算するとジャパンカップ時点で+294万円。
このおじさんすげえな!!


第16話 休息

 牧場はいいなぁーッ!

 青い空にどこまでも(柵まで)続く芝生、そして爽やかな北海道の風。

 今、私は故郷の懇備弐牧場で放牧に出されてまーーーーす! いえーーい!

 

「ヒマだーーッ!」

 

 芝生に寝転んで俺は叫んだ。

 柵の外からこの牧場に見学に来た観光客が何人もいるはずだが、今は年末、しかも真冬の北海道。

 懇備弐牧場は俺のせいかちょっとしたバブル状態で観光客から上手いこと収入を得ているらしかったが、流石に今はやってくる観光客なんていない。そりゃそうだ。

 それで儲かるなら是非とも利用してもらいたいし、俺も故郷が稼いでくれるに越したことはないが、天候には敵わないのだ。

 放牧されたばかりの頃は女性客にはサービスとしてポーズ決めたりしていたけど、今はそれすらいないのでとても退屈だ。

 厩務員のあんちゃんから渡されたガーガーチキンは2時間で飽きた。

 

「こんなに暇じゃ頭も腐っちまうよ。なぁ、ファストよ」

「プペェ!」

「だよなー、そう思うよな!」

「ファーーッ!」

「うるっせえわ!!」

 

 俺はガーガーチキンを咥えて放り投げた。アーー!なんて間抜けな声を出してぼとりと地面に落ちた。

 ファストと名付けられたガーガーチキンこと俺の新しい友達(フレンド)はすぐに絶交となってしまった。

 それにしても退屈だ。

 休みという名目で放牧には出されたが、走るしか楽しみがないのは元人間の脳には少しきつかった。

 もちろん芝生を走り回るのは好きだがそれだけでは飽きてしまう。

 

「はーーーー! 突然ウマ耳美少女化して可愛い女の子とキャッキャウフフできるようにならないかなーー!!」

 

 無理だろ。

 自分で突っ込んでしまうくらいには、暇だった。

 年度代表馬になった昨年はまさに激動の一年だった。

 黒井先生は可能なら有馬記念も考えていたらしいが、流石に負担が大きいということで回避。

 ファン投票では一桁順位だったが、それで怪我したらそれこそアウトだ。

 というわけで春の復帰を目指して放牧に出た訳だが、やはり暇だ。

 

「兄上! 兄上! 今のは何でしょうか! 私にも見せていただきたいです!」

「俺の友達だ。名前はファスト。いるか?」

「是非に!」

 

 そぉい! 俺はガーガーチキンを咥えて隣の柵へ目掛けて放り投げた。

 オアーーッという叫びとともにファストことガーガーチキンは柵にぶつかった。

 ファストは届かにゃい!

 

「ごめん、届かなかった」

「いいえ! 見事な投擲でした兄上!」

「そうか。お前がいると自己肯定感の上がり幅がすごいよ」

「ありがとうございます、兄上!」

 

 隣の放牧地で過ごすのは一つ下の俺の弟(父は違うから半弟になる)で名前は『ブレーヴステップ』という。

 父は欧州を震撼させた末脚を持つ勇者、ダンシングブレーヴ。

 別の厩舎に所属し、去年にデビュー。

 新馬戦は2着だったがその後に勝利を挙げ、今は2勝目とクラシックを目指している最中だという。

 直接顔を合わせたのは今回の放牧が初めてで、そのときからこいつはやたら懐いていた。

 

「兄上のようなダービー馬になります!」

 

 と、目をキラキラさせていた。

 俺としては応援することしかできないが、兄弟でダービー制覇できたら素晴らしいことだと思う。

 是非とも達成してもらいたいものだ。

 ちなみにさらにもう一歳下に妹がいるが、足元が弱くデビューするかどうかは未定らしい。懇備弐牧場で繁殖牝馬になるかもしれないと話していたのを聞いた。

 デビューすらままならない世界だと改めて身が引き締まる思いだ。

 が、しかし。

 

「やっぱり暇だなァ……」

 

 テレビの撮影も放牧された当初はあったが、大して撮られずに終わってしまった。

 オンエアを見たらほとんどレース映像と関係者に対するインタビューで俺の出番はなかった。

 牧場主や馬主の許可がなんとかといってたから、本当に映像の撮影だけしかしなかったのだろう。

 俺を守るためというのもあったんだろうが、嬉しい半面やはり出演してみたかった。

 番組内容はなんだか感動ドキュメンタリー風だった。ファンが増えてくれたらとても嬉しい。

 

「くっそー、事務所に忍び込んでPCやってもインターネット黎明期で全然面白いもんねえしよぉ! フラッシュ動画ですらまだ全然出てきてないってあの時代の俺はどうやって生きてたんだ」

 

 芝生に寝転がってじたばた。

 隣の放牧地では弟たるブレーヴステップことブレちゃんがガーガーチキンでアヒョアヒョと音を鳴らしている。

 TwitterとかティコティコタックじゃなくてTikTokに挙げたら人気出るだろうな。

 

「兄上! 兄上はもう最強のサラブレッドなのですか!? 先のジャパンカップでは2着に2馬身差をつけて勝利とありました。もう日本に敵はいないのではありませんか!?」

 

 俺は少しだけ考えてから、ブレちゃんの言葉を否定した。

 

「まだ強い奴らはたくさんいる……俺が最強と呼ばれるようになるには、まだ早いよ」

 

 今回のジャパンカップで確かにグレートエスケープが現役最強馬として持て囃されるようになった。

 しかし、俺たちの世代のひとつ上にはまだ三強と呼ばれる馬たちがいる。

 まず、サクラローレル。

 昨年は天皇賞・春と有馬記念を制覇した三強の一角。年度代表馬の選考会議では俺とこのサクラローレルが票を分け合ったと聞く。

 いずれは凱旋門賞も目指しているとか……。

 次に、マーベラスサンデー。三強の中では遅れてやってきた大物という扱いで、去年は重賞を含めて6連勝を記録した。

 そのため有馬記念では三強に数えられ、2着。来年こそはGIを、と執念に燃えている。

 そして三頭目は、マヤノトップガン。

 ここまで菊花賞、有馬記念、宝塚記念を制覇している去年の年度代表馬。

 春のクラシックにこそ遅れたものの、ナリタブライアンとの死闘や変幻自在の脚質で名を馳せている。

 ステイヤーとしての資質に富んでいて、間違いなく来年ぶつかるであろう相手だ。

 

「兄上が倒すべき相手はその3頭なのですね!」

「こいつらだけじゃない。バブルガムフェローだっているし、この前にはファビラスラフインに教えてもらった相手だって強敵だ」

「いつの間に秋華賞馬のお嬢様とお知り合いに……流石です兄上!」

「ジャパンカップでメアド交換したんだ」

 

 ファビラスラフインは有馬記念で10着で敗れたあと、怪我で引退することになってしまった。

 また一緒に走れなくて残念だったと言うと「また会える気がしますわ」と返ってきた。

 どういう意味だろうとダンスパートナーさんに相談したら「知らないっ」と怒らせてしまった。

 馬心はよくわからない。ジョッキーにはなれそうもなかった。

 

「ラフィー(愛称はそう呼べと言われた)が言うにはオークスを勝ったエアグルーヴがすごいらしい。一緒には走れなかったが、牝馬でありながら牡馬にも負けない強さがあるって」

「エアグルーヴ、ですか。確か秋華賞では大敗してその後は骨折で休養していると聞きますが」

「よくわからんがすごいらしい」

「どんな牝馬なんでしょう」

 

 俺は普通に言うのもつまらない気がして、冗談めかして言った。

 

「きっとばんえい馬よりも大きくて、車よりも速いんだろう。すごいんだからな」

「それは……すごいですね」

「強敵だ」

「強敵ですね」

 

 真面目な顔をして頷くブレちゃんに対する笑いを堪えるので精一杯だったが、反対に心配になってしまった。

 もう少し疑ってもいいと思うんだ……。

 

 ×××

 

 バイクを走らせている間はウオッカと話をしていた。

 

「バイクはやっぱ最高だなぁ〜! グレ先輩はよくツーリングはするんスか?」

「最近は忙しくてあまり乗れていないがね。時々こいつを走らせて色んな場所に行く」

「うおお、いいなぁ〜! でもタンデムなんてする相手いないんじゃないすか?」

 

 しばらく走ると信号にたどり着き、そこで止まった。記憶を探ると、確かにほとんど後ろに乗せたウマ娘はいないように思える。

 強いて言うなら、学園に来た母を駅まで送り迎えしたくらいか。

 

「あ、メジロのお嬢を乗せたことはあるな」

「メジロの……って、マックイーンすか?」

「ああ。お嬢の他には、ドーベルちゃんも乗せたこともあったかな」

 

 信号が青になり、手首を捻る。

 重低音を響かせながら走り出すトライアンフは、心を突き抜ける爽快感を味わわせてくれる。

 ウオッカもしきりにこのバイクを褒めてくれていた。

 素直に感情を出すやつなので、こういうとき中々楽しくて、ついついまた誘ってしまう。

 

「でも意外っすねー。マックイーンたちと知り合いだなんて」

「ドーベルちゃんはたまたま目的地が一緒だったから送ってあげただけだが、お嬢……マックイーンは話すことはそれなりにある。きっかけはなんだったかな……」

「もっと意外なのはグレ先輩がめっちゃ安全運転なことですけど」

「未来のライバルが乗ってるんだ。転けて大怪我でもしたら大変だろう」

「でもかっ飛ばしたくならないんスか?」

「そうだな。そういうときもあるが、私たちにはこれがあるだろう?」

 

 私は自らの太ももを軽く叩いた。

 バイクで走ることももちろん気持ちいいが、やはりトレセン学園にいるウマ娘、自らの足で走る快感には代え難い。

 

「っ〜! その通りっすね! くぁ〜、やっぱかっこいいなぁ〜! バイクなくても走りゃいいんですよね!」

「そういうことではないが」

 

 府中駅近くのショッピングモールに到着すると、最初に向かったのはシューズや蹄鉄を売っているトレセン学園のウマ娘御用達のスポーツショップ。

 ウオッカと並んでシューズのコーナーであれこれ見て回る。

 

「ちなみにウオッカはシューズはどこのメーカーをよく使うんだ?」

「もっぱらアビダスっすね。グレ先輩はGI走ってるしメーカーからスポンサー契約があるんじゃないすか?」

「シューズはアンダーウーマーとスポンサー契約をした。レースではメーカーのオーダーメイドのシューズを履いている。そもそも勝負服に合わせて作られているからな、GIに出るウマ娘によって契約内容はまちまちだが、基本的にオーダーメイドのシューズで走る」

「へー、じゃあ今日買うのはトレシューっすか?」

「メーカーから貰えるものもあるが、トレーニング用はすぐ履き潰してしまうからな……買うというよりは色々試して、メーカーの担当者にまた依頼するという形になる」

 

 GIで走る際に着る勝負服はメーカーにデザインの希望などを提出する。このとき、細かく指定するか要点だけ指定するかはウマ娘によって違う。

 靴も勝負服に含まれるので、ここに対しては私は細かく依頼した。

 レースでGIで走ったり、重賞でも上位に食い込むような実績を残すとスポンサーがついてくれる場合がある。

 私はそれを利用してシューズはオーダーメイドのものを用意してもらっている。

 ウオッカはまだデビュー前だから基本的に自分で購入することになるだろうが、彼女はすぐにスポンサーが殺到するだろう。

 

「グレ先輩はこだわりあるんですか?」

「ないウマ娘の方が珍しいだろ……少しでも違和感があったらそれは使わないな。シューズに関しては妥協しないようにしている。インソール、幅、靴底の厚さや柔軟性……下手なものを使えば怪我のリスクも高まる」

「やっぱりあれこれ考えるのは大切っすよね……」

 

 シュン……とウオッカの耳が垂れ下がる。

 どうかしたのかと尋ねると照れ隠しに笑いながらウオッカは言った。

 

「オレ、シューズのことは見た目しか考えてなかったなって……浅い所だけしか見てねーのは、ダセェっすよね……」

 

 私はウオッカのケツをばちんと叩いた。

 

「ウオアッ!? なにするんスか!?」

「別に悪いことじゃあないだろう。ウマ娘は走ることで夢を与える。見た目に気を使って、かっこよく勝つことだって大切だろう」

 

 そこまで言ってから、自分でなんとなく気がついた。

 何のために走るのか、悩んでいたが、これはそれに近い事柄なのではないか、と。

 ずっと自分のために走ってきて、菊花賞では他の人のために走ってきたウマ娘に敗北感を覚えさせられた。

 観客やトレーナーのために走るというのは……それほどに強い力を与えるのだろうか。

 考え込む私に気づかず、ウオッカは笑顔を浮かべた。

 

「……そう、ッスよね……やっぱりかっこよくねーと、ダメっすよね! グレ先輩、あざっす! オレ、今回シューズはこれにするっす!」

「……ああ、いいじゃないか。私も、悩んでいたことに少しだけ光が見えた気がする」

「え、悩みがあったんすか!? どんな?」

「ふふふ、ウオッカにとってはすごく些細なことかもしれないからな。秘密にさせてもらうよ」

「えー!」

「代わりにそのシューズ、奢るから勘弁してくれたまえ」

「ま、マジっすか!? ありがとうございますッ!!」

 

 ウオッカが選んだシューズと替えの蹄鉄やメンテナンス用品を購入した。

 中々大きな出費だったが、走る意味ということに対して、少しだけ気づくことがあった……気がする。

 

 バイクを片付けて、部屋に戻る頃にはだいぶ遅くになっていた。

 無論、門限をオーバーすることはなかったのでのんびりと寮の自室へ向かう。

 現在同部屋の子は遠征中なので一人を楽しむことが出来る。

 スポーツ用品を買ってきて開封し、使う時を想像しながら仕舞うのが何より楽しい時間なのは諸君にもわかってもらえるだろう。

 私は部屋の扉に鍵を差し込んだ。

 開いている。

 ルームメイトは鍵を閉め忘れるようなタイプではない。それにいつも鍵をキチンと閉めている。

 遠征は無しになったのだろうか。

 ガチャリとドアを開けた。

 

「遅かったな」

 

 バタン。

 知らない女帝がいた。

 部屋を間違えたのかと思い、番号を確認するが間違いなく自分の部屋だった。

 もう一度開ける。

 

「……何故入らない。入れ」

「あの、何故エアグルーヴさんが」

「入れ」

「はい」

 

 何故かエアグルーヴが椅子に腰掛けている。

 私は椅子に座って足を組む女帝の前に正座を組んだ。

 

「何故頭を上げている? 貴様にはすべきことがあるだろう」

 

 ヒエッ。

 私はそっと土下座の姿勢をとった。

 どうしてこんなことに……!

 

「グレートエスケープ。貴様は自分のしたことを理解しているな?」

「いっ、いえ、まったくもって見当もつきま」

「黙れ。貴様に発言権は許していない」

 

 ヒエッ。

 私はひたすらに平伏して、嵐が過ぎ去るのをするのを祈った。

 多分昼間のことが恥ずかしくて、ちょっと怒っているだけのはずだ。

 決して騙すつもりは……あったけど、ちょっとだけだ。不可抗力だ。許してくれ。

 

「貴様は今、頭を下げていればなんとかなると思っているな?」

「いや、その、そんなことは……」

「私の言うことを否定するのか?」

「エエッ!?」

 

 これもう言い逃れる余地がない……ってコト!?

 まずくない?

 

「なにがまずい? 言ってみろ」

 

 無惨様ですか?

 私は恐る恐る手を挙げた。

 

「お、恐れながら申し上げます閣下」

「副会長だ」

「わ、私めにはとても見当がつかず……か、閣下のお怒りの理由がどのようなものか……わ、わかりませぬ……」

「ほう。ならば自分は自らの行いを省みることもできぬ愚物です、と言ってみ」

「自分は自らの行いを省みることもできぬ愚物です!」

「早いな。いいだろう……まずは入校証の不正所持だ。申し開きはあるか」

「い、いいえ! あれは不正所持ではなく」

「貴様は私の言うことを否定するのか?」

 

 ヒエエッ弁明の余地なし!

 だが入校証くらいなら余程悪質じゃなければ大した罰にはならないはず……。

 

「あとはバイクの不正所持だな。届出がない以上、トレセン学園に駐車することは許されない上にガレージの違法造設。これにはバイクの売却などで対応する必要があるな……」

「すみませんバイクだけは勘弁してください」

 

 私は必死の土下座を繰り返し、なんとか再度バイク使用許可の届出の提出と奉仕活動と反省文まで減刑してもらうのだった……。




エアグルーヴに恥ずかしい思いをさせたならグレートエスケープも同じくらいの報いを受けないとね!
メジロ系の話もまた書きたいですね

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