※感想いつもありがとうございます。もっと貰えるともっと頑張れます。感想のために書いてます。返信はネタバレとか今後の展開に関わったりするからしないこともあるので、ご了承ください
トレーニングは大切だが休息もまた、同じくらい重要だ。今日は郊外まで出向き、トライアンフTR6でツーリングして気分転換をしてきた。
あまり遅くに帰ると明日に響くため、夕方前にはトレセン学園へ戻ろうとしていたが、駅前のコンビニでガムでも買っていこうかとバイクを停めた。
ガムを買ってから駐車場に戻る。
その傍でトレセン学園のジャージを着た生徒がスマホを片手におろおろしていた。
見たことないウマ娘だったが、明らかに表情は困り顔だし、それに気づきながら無視するのは後味が悪い。
せっかくの休日なのだから気持ちよく終えたいというのが素直な気持ちだった。
私はその生徒へ話しかけた。
「お嬢さん、お困りのようだが大丈夫かね」
「ふえっ!? え、えっと、おっ、お母ちゃんから知らない人について行っちゃダメって言われてますから!」
緊張した様子でわたわたと慌てている。
自分が今、制服を着ずに私服姿なことを思い出した。ましてやサングラスやライダースジャケットだなんて明らかに警戒させてしまうような格好だった。
私はサングラスを外し、トレセン学園の生徒証を見せた。
「私もトレセン学園のウマ娘なんだ。休みの日に遊んでいてね。名前はグレートエスケープ。お嬢さんは?」
「そ、そうだったんですか! 失礼しましたぁ! 私は、スペシャルウィークっていいます……え、エスケープ先輩?」
「先輩とか気にしなくていい。友人からエッちゃんと呼ばれたりしているし、君もそれでいい」
「じゃ、じゃあ、エッチャンさんで……」
どうしてそうなる。
ただ、とりあえず警戒は解いて受け入れてくれたらしい。
「それでスペシャルウィーク……長いな」
「あ、じゃあスペでいいです。お母ちゃんにも、友達にもスペとか、スペちゃんって呼ばれてますから」
「そうか……スペ、君は困ってるように見えたが、どうしたんだ?」
「実は――」
スペシャルウィークが語るには、ランニングに出たはいいものの、いつもと違う道を選んだら迷ってしまったということだった。
スマホのアプリで地図を見てもイマイチわかりづらく、コンビニの店員に聞こうかと思ったが忙しそうで聞きにも行けず、途方に暮れていたところに私が声をかけたのだという。
「トレセン学園に帰るなら送っていこう。丁度バイクで来たからな」
「いいんですか!? でも、悪いですよ……」
「何が悪いのだ。ヘルメットも貸すし、スペは乗るだけだろう? それに、迷っても大変だ」
「じゃあお言葉に甘えて……ハッ! あ、安全運転でお願いしますっ」
「……? あ、ああ、もちろんそのつもりだが……」
スペシャルウィークにヘルメットを貸し、後ろに乗らせる。
彼女が私にしっかりと掴まったのを確認してからアクセルを回した。
緩やかに加速してから大通りの交通の流れに乗って走り出す。
「バイクは苦手か?」
「え? そういうわけではないですけど……」
「そうか。いやに恐れていたからな。怖いのかと」
「実は……マルゼン先輩って先輩が運転する車に乗った時に……」
「ああ……なるほどな」
マルゼンスキーことマルゼン先輩の運転は超がつくほど運転が荒いと有名だ。
荒いというよりは彼女のレースぶりと一致するように生まれついてのスピード狂というべきか。
地平線まで届くように限界まで振り切り、マルゼンスキー先輩はCrush! Into the rolling morning Flash! I'm in the coolest driver's highなのだろう。
来世で会おうぜだなんて言わなくちゃいけない助手席には乗りたくない。
「私はこう見えて道交法はちゃんと守るよ。流石に学園の外でやらかすのはまずいからな」
「で、ですよね……失礼しました」
タンデムすることはよくあるが、当然後ろに乗せるのは親しい間柄の者たちばかりだ。
一番多いのはウオッカ、次にアイネス姉さん。マックイーンは運命が惹かれ合うみたいなタイミングで鉢合わせて乗せることが多い。
後ろに乗るスペが気まずくなりはしないだろうか、と最初こそ不安に思っていたがあちこちの景色を見ては素朴な感想を漏らすものだから、自然と話も弾んでドライブは楽しいものになっていく。
ちなみにまだ相棒は乗せていない。恥ずかしいから。
「ところでスペ、走るとここまで距離があっただろう。随分走り込んでいるんだな」
「は、はいっ。もうすぐ模擬レースがあるんです……クラスのみんなはすっごい速くて、なんだかいてもたってもいられなくなっちゃって……そしたら道に迷っちゃいました」
笑って誤魔化すスペだが、彼女のレースにかける思いは熱いものだと、ここまでの会話の節々から感じられた。
聞けば彼女は転入組で、北海道からやって来たらしい。
そこにはウマ娘どころか同年代の友人すらいなかったという。ちなみに母がウマ娘だろうと思ったが、敢えてそこには触れなかった。
誰しも事情があり、初対面のウマ娘が触れていいものではないかもしれない。
そんな環境だったから、同期のウマ娘たちと一緒に走れる今が楽しいらしい。まだデビュー前だが、いつかトレーナーと契約してレースでいっぱい走りたいと純真爛漫という言葉が似合う語り口だった。
「走るのが楽しい……か。私には中々なかったなぁ」
「そうなんですか? 走るのが嫌いだったり……?」
「そんなことはない。ただ、走るのが好きというより、勝つのが好きなんだ。レースが好きなのかな」
子供の頃は鈍足でからかわれていたし、どちらかというといじめられっ子だった。
スペのように周りにウマ娘はいなかったわけではないが友達が全然いなかったというのは共通点だ。
「勝つことが楽しい……ですか?」
「そうだ。まぁ、スペはスペの楽しみを持つのがいいと思う。走ることを楽しめるのも才能だ」
「才能……でも、走って勝てたら、すごく嬉しいですよね。負けたくないって思うし、私も勝つことが好きなのかも……」
「嫌いなウマ娘はあんまりいないだろうな」
ウマ娘の脚で走るとすこし遠くてもバイクだとそう時間はかからない、というか楽だ。
時々ヒトに「走ればいいじゃん」と呼ばれるが走るわけがない。走って済むならヒトは自転車を使わなくなるだろう。
トレセン学園に到着すると彼女を下ろし、校内はバイクを押して歩く。
「ありがとうございましたエッチャンさん! バイクの後ろに乗るのも楽しかったです!」
「それはよかった。スペは栗東寮かね?」
「はい! でも、今からランニングしてきたら門限までに戻ってこれないですよね……今日のトレーニングは難しいかなぁ」
なんだかんだで時刻は門限に差し迫っていて、今からまたランニングしに行けば確実に門限を越えてしまうだろう。
しかしスペはなんだか走り足らないようで、そわそわとしていた。
私は休みの日ではあったが、少し体を動かしたい気分なのもあって彼女に提案した。
「じゃあ、コースで一緒に走らないか? 体を動かし足りないなら、手伝わせてくれ」
「いいんですかっ!? 是非お願いします! ありがとうございますっ」
スペは嬉しそうにニコニコしていた。表情豊かで、彼女が今、素敵な友達がたくさんというのはこの性格もあるのだろう。
私も出会ったばかりの後輩を好ましく思っていた。
私服からジャージに着替えてコースへ向かう。
「でもコースを使うのは使用許可がいるんじゃないですか?」
「基本的にはな。だがこの時間は門限が近づくから使うウマ娘はあまりいないんだ」
「そうなんですか! ……あれ? それって……いいんですか?」
「たまには」
純粋な後輩に事細かに色々言う必要はあるまい。
ウォーミングアップとしてストレッチから始めると意外と筋肉が柔らかいようだった。なんともバネのありそうな脚をしている。
「エッチャンさん、体固いんですね……」
「ま、まぁな……結構柔らかくなった方なんだが……昔はこれが原因で体を痛めたよ。今では平均くらいか……GIで上位を走るウマ娘と比べるとやはり固いんだが」
「そうなんですね……柔軟は大切ですよね、やっぱり」
「怪我はな……やはり怖いよ」
相棒からも口酸っぱく言われたものだ。
特に体が固いから柔軟をたくさんしろ、と。そのかいもあって、入学時と比べると随分柔らかくなった。
トウカイテイオーなどと比べるとまだまだ固いと思ってしまうが、柔らかくても関節に負担が増えるらしいから難しい。
柔軟を終えるとWC(ウッドチップ)コースをゆっくり走り出す。
軽く走りながらスペに話を聞くと、レースの駆け引きがわからず、最後までスパートが続かなかったり、逆に最後まで伸びきれなかったりするらしい。
レース経験が乏しかった彼女ならではの悩みだろう。
多くのウマ娘はトレセン学園に来る前からウマ娘のレースに参加経験がある子が多いという。
私も活躍してた訳では無いが、参加は何度かしていた。
「ならばそのトレーニング方法を教えよう。といっても、やったことあるかもしれないが……」
私はストップウォッチを取りだした。ラップタイムまで測れる優れもので中々に勇気のいる出費だった。
だが買ってからはしばらくこれを使うためにタイムを測るメニューをたくさんしてしまったくらいに気に入っている。
「これからやるのはペース走だ。まずは自分の体内時計を正確なものにする。その上で自分が何秒で走れるのか、何メートルからスパートをかけるかを考えていけばいい」
「ペース走ですか……あっ、共同トレーニングとかではやったことありました! そのときは1ハロンを20秒くらいで走ったりして」
「普通のペース走はそうだな……だが、これからやるのはそんなに甘いものじゃない。スペ、目標にしているレースはないか?」
「えっ……と。その……に、日本ダービー……です」
「わかった。それを基準にしよう」
ちょうどトレセン学園の芝コースは1周2400mとちょうど測りやすいようになっている。
スタート地点へ向かおうとすると、スペが目を丸くしていた。
「どうしたスペ」
「あ、え、えっと、わ、笑わないんですか……?」
「なんで笑うんだ。ひょっとして何かジョークでも言っていたのか? 会長くらい面白いジョークでないと中々笑わないぞ私は」
「そ、そういうわけじゃないんですけど! なんだか……これを言うと、笑われることが多くて。自分でもわかるんです。デビュー前のウマ娘の無謀な夢だって……」
私はなんとも言えない気持ちになった。
トレセン学園は本気でダービーを目指すウマ娘たちが多くいる、と言いたいが、やはり現実を知ったウマ娘たちは多くいる。
その中でデビュー前で現実を知らないウマ娘の夢を笑うのは、まぁあることだ。
「スペ。夢を口にすることを、恥じるな。恐れるな」
「夢を口にすること……ですか?」
だとしても、夢は口に出すことで強く願うようになると思う。
きっとダービーを目指すことは強力なライバルや越えられない実力差、そして苦難が多く降りかかる道だ。
だとしても、夢を口にする強さを持つ彼女にはダービーを本気で目指し、勝利して欲しいと思った。
「よし、これからのペース走は私のダービーのタイムと同じラップタイムで走ってもらおう。少し遅めにするつもりだったがね」
「え、ええっ!? そ、そんなタイムで走るなんて……!」
「スペ。走れるかどうかは考えなくていい。走るのか、走らないのか、どっちだ?」
「……走ります!」
芝のコースで、スペシャルウィークは合図とともに走り出した。
デビュー前のウマ娘らしく、スペシャルウィークの走りはまだまだ未熟で、フォームから作っていかないとならないレベルだった。
それでも、私が指定したラップタイムで走る姿は楽しそうで、輝いて見える。
「うあああああっ!」
「スペ、苦しいだろうが踏ん張れ! ラスト1ハロンだ!」
ペースが落ち始めても、スペは諦めていない。
最後の1ハロンはさらにペースが落ちるかと思われたが、粘っていいタイムを維持した状態でゴールを駆け抜けた。
走り抜けるなり、スペはターフに座り込んだ。
「はぁ……はぁ……ふへぇ〜……もう無理です〜……」
完全にガス欠になっていたが、記録したタイムを確認する。総合タイムはまだまだGIクラスには程遠いが、最後の2ハロンはなんと11秒台を記録していた。
まだデビュー前といえど光るものを持っている。
いずれ彼女は強力なライバルになるだろう。だが、冷や汗なんかよりも、いつか共にレースをしたいという思いが強かった。
「スペ」
「はぁ……へぇ……エッチャンさん……タイムは……? 結構いい感じ……だったんですけど……はぁ……ダービーに届きますか?」
「いや、届いてない」
「そんなぁ〜!?」
「だが、最後の踏ん張りは見事だった。今のように一生懸命トレーニングを積めば、ダービーに手が届くかもしれない。スペ、君の武器は素晴らしい末脚と、決して諦めない根性だ」
私も昔、母には言われたな。諦めない根性が才能であり、きっと強くなれると。
そう思うと、スペには自然と声をかけていた。
「諦めない根性……」
「ダービーは才能や努力だけでは勝てない世界だ。運も必要になる……だが、スペにはそれを手繰り寄せる力があると信じている。頑張れ、スペ」
へたりこんだままのスペの頭を撫でる。
スペは目を細めてそれを受け入れてから、真面目な表情を浮かべて元気よく「はいっ」と返事をした。
気持ちのいい返事に、私は破顔した。
このあと、寮の門限を超えるまでトレーニングに付き合った。そして門限をオーバーしてもバレないよう抜け道から部屋に戻る方法を教えて、スペには秘密にしてくれと指を立てたのだった。
そんな姿をスペと同室らしいスズカに「スペちゃんに悪いことを教えないで」と咎められたのは別の話。子供じゃあるまいし、何故母親めいたことを言うのかとからかおうかと思ったが、サイレンススズカからエアグルーヴへ私の余罪を告げ口されたら中々面倒だ。
私は適当に相槌を打ってその場を後にした。
スペがスズカに向ける目は親しみと憧れだったが、それに近い視線を送られて、少し気分が良かったのは秘密だ。
×××
天皇賞・春で脚を痛めた俺は、獣医から右前脚骨折と診断された。
結構しっかり折れていて、手術が必要だと語られた時の黒井先生やケンちゃん、西京さん、そして妹ちゃんの表情はとても沈痛なもので、俺まで落ち込んでしまった。
牧場に戻ると早速手術で骨の整復を行い、しばらくは放牧ということになった。
「獣医です。手術は問題ありませんでしたが、経過を追う必要があるでしょう。全力で走れるようになるには早くて今年の冬ですね」
「そうですか……有馬記念を目標に進めていこか……実際は年明けが初戦になるやろうが」
黒井先生は獣医からの診断結果を受けて、そう言葉を締めた。
とても悔しそうで、きっと俺にそれだけ凱旋門賞の期待をしていたのだろう。
応えられなかったことが悔しくて、申し訳なかった。
ケンちゃんは下手に乗ってしまった、と肩を落としていた。その他の競走ではちゃんと勝っているあたり、プロだなぁと思った。
俺はどうだろうか。最初は落ち込んだ。
妹ちゃんもすごく心配していて、今後も走れるのか、走れなくなったら廃用になったりしないか、しきりに心配していた。
そんな様子を見ていたから、何時までも落ち込んでいられないと自分の出来ることを探した。
まず、獣医の言いつけを守った。
何を言ってるんだと思うだろうが、獣医が体重をかけるなといえば可能な限り免荷し、体重をかけていいといえば少しずつ体重をかけた。
最初こそ獣医は訝しんでいたが、こちらが理解しているのではと思い始めてからは事細かに言うようになった。
しかし、これが意外と難しかった。
そもそも骨折して、手術をしたわけで、脚が痛い。
その中で体重をかけないようにしつつも、サラブレッドのような大型哺乳類は運動をしなければならないから動き回って余計に他の脚が疲れたり、うっかり脚をついて激痛に悶絶したり。
今度は体重をかける段階になっては痛みがある。
容易に体重をかけられないのが本音で、そりゃあ人間も医者の言うことを聞かないよなぁと思い出したりしていた。
「兄上! 兄上! 私は兄上が復活してくれることを信じています!」
「ありがとうブレちゃん。それはそうとなんでここにいるの?」
「ダービーに間に合わなかったので放牧すると調教師殿が!」
半弟たるブレーヴステップも夏が近づくと牧場に放牧されていた。
なんでもダービーに出走するべく青葉賞に出走したが完敗、夏競馬途中からの復帰を前にリフレッシュということらしい。
兄弟ダービーは叶いませんでしたがジャパンカップがまだありますね! と言ってのけたこいつは俺より大物だと思う。
競馬はダービーに始まり、ダービーに終わるという格言が終わる。
ちょうど先日、上半期の締めくくりともいえる宝塚記念も終わったが、俺が放牧治療されている間に競馬界ではビッグニュースがいくつもあった。
「トップガンは怪我で引退、クラシックではサニーブライアンが皐月賞と日本ダービーで2冠達成。この前の宝塚記念ではマーベラスサンデーが勝利。サクラローレルは予定通り凱旋門賞をめざし、まずはフォワ賞へ……か」
こうして見ると、三強世代に同期たちは敗北してしまったという形になった。
俺も完敗したためか、去年クラシック世代は弱いという風潮すら競馬雑誌では書かれていた。
「負けは負けだからなんとも言えん」
一応、去年は天皇賞・秋とジャパンカップはこの世代が完勝したはずだったが、斤量とか成長分とかの話をされているのだろう。
とにかく俺に出来るのは、早く怪我を治すことだけ。
そんな風に、集中していたのが良かったのだろう。
夏競馬が始まって少ししたくらいで、獣医からは思いのほか早くに怪我が治ったから予定を前倒しして入厩できると言われた。
「流石グレ坊や。これなら秋の天皇賞に余裕を持って間に合うで。京都大賞典でひと叩きできるわ」
「しかし黒井先生、どうせならもっと時間を空けてもいいのでは?」
「流石に調教を見てレースに出走するか否か決めるで。とはいえ、グレ坊の気質を考えるとあまり間隔を空けたくはないな」
厩舎に戻るとスタッフたちは皆が喜んでいたが、先生と西京さんだけは喜び一色ではなかった。
競走馬が怪我した場合――人間のアスリートも同じだが、怪我以前のパフォーマンスを発揮するのが難しいこともある。
俺も全速力で走るのはほとんどやっていない。
少し不安もあるのだが……。
「エッちゃん怪我治ったんだね! よかったぁ……エッちゃんの怪我が酷かったらどうしようって……治療している間もずっと寂しかったんだよ?」
「ご心配おかけしましたダンスパートナーさん。ここからまた頑張っていきますよ」
「そうだよね、そうだよね! また一緒に走れるの、楽しみだなぁ」
ダンスパートナーさんはニコニコして俺がいない間に厩舎で起きたことを話してくれる。
誰が勝って誰が負けてとか、そういうことがメインだったが、その中でなんでも大型新人が厩舎にやってきたという話になった。
「先生も来年のダービーでは2連覇だって期待してたよ。今は朝の運動に行ってるけど……あ、戻ってきたよ」
馬房にやってきたのは俺と同じ黒鹿毛のサラブレッド。
ダンスパートナーさんがその馬のことを説明してくれる。
「彼が今年から入厩したスペシャルウィークくん。若いけど落ち着いててかっこいいんだよ」
「……確かに、いい見た目をしてますね」
「わ、私はもちろん、エッちゃんの方がいいなーって思ってるんだけど……あれ? 聞いてないね……」
俺は馬房の中からスペシャルウィークに声をかけた。
歳をとるのは早いもので俺も既に古馬、調教でもガンガン走っているから気づけば厩舎のボス格のようになっていた。
だからこそ、打ち解けられるように声をかけなければという責任感で声をかけたのだが――
「君がスペシャルウィークか? 俺の名前はグレートエスケープ、よろし――」
「貴方がグレートエスケープさんですか!?」
「こらこら〜。馬房に入るぞー」
「はぁい」
凄まじい勢いでこちらに振り向くと視線がこちらに固定された。
厩舎スタッフがスペシャルウィークを引っ張って馬房に入れたあとも、スペシャルウィークは顔を出してこちらを覗き込んでくる。
「あ、ああ、俺がグレートエスケープだが……知り合いだったか?」
「いいえ! でも本物のグレートエスケープさんだぁ、すげえっ! すげえすげえすげえっ! マジモンだ、マジモンのダービー馬だぁ〜!」
目がキラッキラしてる。
俺は困惑し、普段からこんな感じなのかとダンスパートナーさんに目で訴えると彼女は首を左右に振った。
普段は礼儀正しいがどこか一線を引いたような馬らしい。こんなあけすけに感情を見せる姿は初めて見た、と。
「し、知ってるようで光栄……だ……?」
「知ってるに決まってますよ! ダービーだけでなくジャパンカップまで勝った現役最強馬! 一緒の厩舎に入って教えを受けることもできるなんて僕はすっごい幸せもんですよ〜!」
ここまでくると大袈裟すぎておべっか使ってるように聞こえてくる。
それでも褒められているのだから、悪い気はしない。
こうやって慕ってくれる以上は色々と助けてやらなきゃなと思うんだから自分もチョロいとは思う。
だが、今の俺は再起を図る挑戦者の立場だ。
あまり構っていられる余裕はない(普通競走馬がほかの馬に構うこと自体があまりないが)。
「まぁ、何かあったら言ってくれ」
「ありがとうございますっ! なんて優しい馬なんだ……実力だけでなく気性も素晴らしいとか、ずるいなぁ〜」
もうすぐ俺の乗り運動の時間らしく、西京さんやスタッフがやってきた。
準備するのを待つ間に俺はダンスパートナーさんに言った。
「随分人懐っこい……馬懐っこいやつですね」
「スタッフの言うこともよく聞くいい子なんだって。サンデーサイレンス産駒とは思えないよ」
俺はその言葉を聞いてピシリと固まった。
「サンデーサイレンス産駒……?」
「うわっ、すごい顔」
「……あんないい子が、あの頭のおかしいサラブレッド展覧会の仲間……?」
「エッちゃん、私も一応サンデーサイレンス産駒だよ……?」
俺はぽかんとした。
「いやいや、ダンスパートナーさんはサンデーサイレンス産駒ってわかってますよ」
「あれっ!? エッちゃんの前でそんなところ見せてないでしょ!?」
「俺が2歳のときすごい反抗してたし、ゲートに縛り付けられてたり、それより前もやんちゃしてたって聞いてましたよ」
「あううぅぅぅ……! 知らなかった、よりによってエッちゃんに知られてるなんてぇ〜……!」
悶絶するダンスパートナーさん。彼女にとっては黒歴史だったらしい。黒井先生に初対面から反抗したがその後のゲート調教で徹底的に躾られたって厩舎のスタッフが言っていたくらいだから、女番長並に気性が荒かったのだろう。
元ヤンがバレるほんわか系先輩。
俺に対してはあくまでそうやって接していたが他の先輩や厩舎のスタッフにはバリバリ地が出ていたなというのが本音だ。
例:グレートエスケープが見ていないと思っている時のダンスパートナーさん。
「またゲート練習!? チッ、やんないわよ大体後ろから差せば多少遅れても問題ないだろうがわかってんのかこちとらオークス馬だよ舐めんじゃないよアァン!?」
(おー……ダンスパートナーさんすごい荒れてるなー)
ダンスパートナーさんは項垂れたまま言葉を漏らしていた。
「もうお嫁に行けない……」
「周りが許せば俺が貰いますから。じゃ、朝の運動行ってきまーす」
スタッフに連れられて歩き出す。
今日は軽く運動した後に調教馬場で15-15(1ハロン15秒のペースで走ること)をやって問題なければ本格的に強めの調教を再開していく予定だ。
足の調子は悪くない。鼻歌交じりにぱかぱか歩いていると、黒井先生とケンちゃんが話しているのが見えた。
「先生、ケンちゃん、おはようございまーす」
軽く嘶いて挨拶をすると通じたのか、二人も一言挨拶を返してくれた。
言葉は通じなくとも心は通じ合えるくらいの仲ということ。
チームグレートエスケープはこれまでずっと一緒に戦ってきたんだから、これくらいのやりとりは普通だし、これからも一緒に戦っていくんだ。
「えっ、グレ坊は京都大賞典から復帰するんですか!?」
「怪我の調子が良くてな。天皇賞・秋の前にここで叩こうと思う。そのあとはジャパンカップ、有馬記念と使っていくで」
「まずいっすね……いや……実はシルクジャスティスの依頼を先に頂いていて」
「シルクジャスティスか。ええ馬やな。グレ坊ほどじゃあらへんが。けど、そいつは3歳馬やろ? 古馬混合重賞とは関係ないやん」
「この前の神戸新聞杯で8着に負けたんすけど……菊花賞前にもうひと叩きするということで京都大賞典に出走するんすよ。先生もグレートエスケープの復帰は早くて有馬記念、多分年明けといっていたので……年内はシルクジャスティスに騎乗すると約束したんすよ」
「……そうか……代わりの騎手を探さなアカンな……わかったわ。天皇賞は問題ないやろ? とりあえずそこは乗ってくれ」
「すみません。まさかグレ坊がこんなに早く復帰するとは」
「俺も驚いたしな。うーむ、どうしたもんか……」
……チームグレートエスケープ崩壊してるやないかい。
乗り替わりは騎手の常、しかし若く優秀な騎手かつ、デビューからずっと乗ってくれていたケンちゃんではなく別の騎手が乗るとなると、不安を隠しきれなかった。
京都大賞典まであと数週間。
怪我による調子の低下から、乗り替わりという問題まで出てきて、一気に心細くなってきた。
――この時の俺は、競走馬が、アスリートが、怪我をするとはどんな意味を持つのか、まだ知らなかった。
〇ウマ娘ワールド
・グレートエスケープの私服
ライダースジャケットにジーンズ、そしてサングラスとかなりワイルドな格好。ゲーム的にはサングラスは額にかけている。競走馬のグレートエスケープは調教中は黒いメンコをつけている設定。そのためウマ娘にもレース前や普段はサングラスをよく使うという裏設定があります。ただの妄想です。ちなみにGII以下の勝利ポーズはサングラスをかけるモーションです。
・マックイーンとバイク
マックイーンは何故かバイクに惹かれている。ほかのバイクにそんなことは無く、グレートエスケープというかトライアンフTR6に。そのため出かける時に出会うと乗せてもらっている。いつかマックイーンも脱走するかもしれない。
・ペース走
没ネタ
「みんなー! グレートエスケープのペース教室はーじまーるよー! 私みたいな天才目指してー、頑張っていってねー!」
・スペシャルウィーク、サイレンススズカ
スペ→グレ
(わぁ〜、都会のウマ娘さんだべ〜……アウトローっていうのかな? ちょっとかっこいいかも……)
スズカ→グレ
(スペちゃんに悪いことを吹き込まないでね……?)
グレ→スペ
(頑張り屋で見所のある後輩。強くなったら一緒に走りたい)
グレ→スズカ
(ライバル。ただ、スペのことは過保護だがそういうタイプだったか?)
ちなみにスズカはメイクデビュートレセン学園のボイスドラマでエアシャカールはワイルドさにかっこいいと呟き、スペやテイオーにからかわれている。多分ワイルドな相手が好み……?
〇競走馬ワールド
・獣医
「獣医です」
・怪我の具合
当初は手術と固定で秋の終わりごろに入厩可能と思われていたが気づけば夏の終わりから秋にかけて入厩できるまで回復。自分であれこれやっていたのがいい方向に働いた。
・ブレーヴステップ(7戦1勝)
1勝クラスのまま出走枠が空いていた京成杯、若葉Sと走るが賞金を加算できずダービートライアルの青葉賞へ。そこでも敗北し、ダービーに出走できず。この時点ではまだ条件馬でしかないが、グレートエスケープの半弟であるため期待はされている。
・マヤノトップガン、サクラローレル
史実通り、天皇賞・春のあとに屈腱炎で引退している。サクラローレルはフォワ賞に出走するがレース中に屈腱炎を発症し、引退。リベンジの機会はなくやった。サクラローレルを早くウマ娘に実装してください(土下座
・スペシャルウィーク
史実では人懐っこい馬だった(理由はアニメなど公式でも語られるように、人に育てられたから)のでほかの馬に対しては素っ気ない感じにしようかと思いましたが馬にも人懐っこい性格にしました。まともなサンデーサイレンス産駒は作中では初めてかもしれない。