なお当作品はフィクションであり、実在の人物、組織、団体とは一切関係ありません。
目が覚めると時刻は既に12時を回ろうとしていた。
これは大遅刻だと飛び起きたが、先日仕事はやめていたことを思い出し、安心して安ベッドにもう一度寝転んだ。
我ながらよく眠ったものだと感心しながら、半ば反射的にスマホを手に持ち、ツイッターのアプリアイコンを指で触れる。
いつからか、タイムラインはウマ娘一色になっていたが故に、今何が起きているかすぐにわかった。
「グレートエスケープのサポカ実装じゃないか! 石貯まってたっけなぁ」
PC版で日課と化したチーム競技場、デイリーレースを回しつつ、ツイッターでの予想を流し見る。まだ勝負服のビジュアルと声優、そしてサポートカードのイラストが発表されただけで、どんなウマ娘かという発表すらも公式サイトに上がっていない。
そのため、属性から性能まで、誰も根拠のある予想は挙げられていなかった。
「二つ名は……『トレセン学園の空に』グレートエスケープ……これ『ショーシャンクの空に』のポスターの構図とよく似てるな。脱獄モノだからか? しかしイケメンだ……」
肩まで伸ばされた黒い髪。自信の溢れた表情と鋭く、凛々しい顔つき、黒いスーツとワインレッドのシャツはマフィアを思わせる危険な魅力を醸し出している。額にかけたティアドロップサングラスは何か理由があるのだろうか。
「勝負服も見れば見るほど好みだ。性能次第では……多少アレでも引きたいな……」
ある程度のデイリーミッションをこなしても、ガチャの更新までもう少し時間があった。
そこで昨日、ニヤニヤ動画大百科にあった『黒井最強』のページを思い出した。
どのくらいあるかわからないが、とりあえずそれを読んで時間をつぶそうと考え、ページを開いた。
黒井最強、というのはグレートエスケープやスペシャルウィーク、アグネスデジタルを管理した黒井調教師を崇め奉る言葉らしい。
由来を調べると、グラスワンダー、エルコンドルパサー、スペシャルウィーク、そしてグレートエスケープの強さ議論スレから生まれたものらしい。
まとめると、グレートエスケープがイギリス、フランスの最高峰のG1を制したことを挙げて最強はグレートエスケープであると主張するグレスケ基地、そのグレートエスケープに勝ったスペシャルウィークが強いとするスペシャル基地、ジャパンカップでスペシャルを破ったこともあるエルコンドルパサーや宝塚記念、有馬記念で同じく勝利したグラスワンダーらが最強と主張するエルコン基地、グラス基地などが最終的に管理していた黒井調教師が最強と締めくくったことが始まりらしい。
その点ト〇ポはすげえよな、と同じ平和的に議論を終わらせるスラングとして流行っているとか。
スクロールして見ていくと、中々波乱に満ちた調教師生活、いやホースマン生活を送っていたらしい。
半生から、見ていくと、グレートエスケープの項目が現れた。私はじっくり文章を読んでいくことにした。
〇〇〇
・グレートエスケープのデビュー前、当時若手ながら関西リーディング上位につけるなど活躍している梶田健二騎手に騎乗依頼を入れる。最終追い切りに来た梶田に対して厩舎の玄関を掃除しろと命令。困惑する彼に「ダービージョッキーになりたきゃ掃除しろ」
黒 井 最 強
・新馬戦の出走コメントで番記者に対して「来年のダービー馬や」と自信満々。デビュー戦で3着に敗れても「あれだけのタイムで走れるなら、こいつは大物になるよ」
黒 井 最 強
・後年オーナーに対するリップサービスもあったと言いつつ「男として退路を断つための発言」と自ら背水の陣を構える男気
黒 井 最 強
・ダービーでは見事に勝利。ダービートレーナーとなっても「言った通りやろ」とはしゃぐ真似は見せない。しかし祝勝会ではベロベロになるまで飲み、泥酔するほど喜んでいた。
黒 井 最 強
・3歳馬ながら果敢に凱旋門賞挑戦を表明。「斤量差を考えたら3歳馬のときに挑んだほうがいい」後にヴィクトワールピサやキズナが3歳時に凱旋門賞へ。先見の明がある黒井調教師。
黒 井 最 強
・4歳シーズンで凱旋門賞遠征を表明するもグレートエスケープの骨折で白紙に。5歳シーズンも再び表明。現状に満足しないチャレンジ精神。
黒 井 最 強
・グレートエスケープの凱旋門賞の前哨戦に敢えて札幌記念を選択。「洋芝で欧州の馬場に近い。輸送もせず、夏の暑さも避けた場所で競馬ができるから前哨戦に使いやすい。こ れ か ら は 札 幌 記 念 が 凱 旋 門 賞 の 前 哨 戦 に な る だ ろ う」→後にXX14年にハープスター、ゴールドシップ、XX19年にフィエールマン、ブラストワンピースが前哨戦に札幌記念を選択。15年前から予言していた素晴らしい先見の明。
黒 井 最 強
・札幌記念ではレコード決着の影響で疲労が抜けず回避。その後天皇賞(秋)へ向かうとされたが、調教再開後からいきなり坂路で一杯に追いまくる。思わず尋ねた記者。
「調子が悪かったんじゃないですか?」
「どこも悪くないのが悪いんや」
と意味不明な回答。
黒 井 最 強
・天皇賞(秋)では故障したサイレンススズカを偲ぶ。しかし無事でも絶対にグレートエスケープが勝っていたと発言。愛馬のために火種に油を注ぐ。
黒 井 最 強
・現役最強と散々フラグを立てたところで臨んだ有馬記念、グレートエスケープの出来について「まぁまぁ。問題なく走れば勝てるでしょう」と余裕を見せる。フラグ回収馬グレートエスケープは見事有馬記念勝利。フラグなど通用しない。
黒 井 最 強
・XX98年グレートエスケープは6戦4勝、天皇賞春秋連覇などを達成。しかし年度代表馬はタイキシャトルが選出された。黒井最強は「日本の競馬で一番素晴らしい馬を選ぶのが年度代表馬。だというのに海外G1を勝ったからといってそっちを選ぶのは海外の競馬より日本の競馬を下に見ている証拠。そんなんで日本競馬界が盛り上がるのか」とコメント。
黒 井 最 強
・キングジョージの最終追い切りでグレートエスケープは騎手を振り落とさんばかりの暴走。不安に思うメディアに対して「持ち味が出た。騎手と喧嘩してたが」と何故か満足げな黒井最強。
黒 井 最 強
・キングジョージ勝利後のコメント「日本生産馬を両親に持ち、日本古来の牝系を引いた主流とは言えない血統の馬が世界を相手に制覇したことは、調教とこの馬自身のレースセンスがずば抜けている証拠。文句なしに最高の馬です」グレートエスケープのレースセンスを絶賛するとともに自分の調教の腕を自画自賛
黒 井 最 強
・種牡馬入り直前のグレートエスケープが一番に気をかけ続けていた馬が居たと「黒井昭寿 勝利の方程式」に記述。『彼のお陰で当時育成牧場から離されたばかりで精神的に不安定だったその馬は落ち着きを取り戻した。その馬の名はアグネスデジタル、後に世界を制する馬に対する黒井の相馬眼に、グレートエスケープが太鼓判を押したのである』
黒 井 最 強
・XX05年最大のヒット作「黒井昭寿 勝利の方程式」より
「世界にひとつしかない、スペシャルウィーク&アグネスデジタルの蹄鉄で作られた灰皿は、フランスのエルメスに発注したもの。ジッポライターはイギリスのポール・スミスに発注し、グレートエスケープの蹄鉄から作ったもの」
イギリス、フランスの高級ブランドものを愛馬の蹄鉄で作り、身に着ける世界を制した馬を作るホースマン。
黒 井 最 強
・担当スタッフ「グレートエスケープは人間に対して逆らうことはしないけど、何でも言うことを聞くタイプではなかった。しかし黒井先生のことは恐れていて、どんなに落ち着かなくても黒井先生を見るとピタっと静かになった」世界を制した馬にも上下関係を教え込んでいる敏腕さ。
黒 井 最 強
・インタビューにて「グレートエスケープは賢い。言葉も多分理解している。私が言えばできることはやろうとしますよ」直後に「カメラに挨拶しなさい」と言うとお辞儀するグレートエスケープ。真のホースマンは馬に言葉すら理解させる。
黒 井 最 強
・後年、管理馬のグレートエスケープとダンスパートナーの間に生まれたブレイクダンスにはそっぽを向かれる。「親父より気高い」さらっと世界最高の馬をdisる。
黒 井 最 強
〇〇〇
改めて見ても調教師も、馬自身もキャラと情報が濃い。
ゴールドシップでも量が少なくなかったと思うが、こんなに情報があるなんて、ウマ娘になったらどんなキャラクターになるのか想像もつかなかった。
ツイッターを開くと、公式サイトにグレートエスケープのページが増えたことが知らされていた。
「お、見なきゃ」
キャラクターページの一番最後に、彼女のページがあった。
グレートエスケープ(Great Escape) CV.〇〇 ××
『目指すのは最強のウマ娘――理由? 面白いから、だ』
・誕生日…………4月1日
・身長……………172cm
・体重……………微減(しっかり絞ってきた)
・スリーサイズ…B81・W58・H84
ニヒルな笑みがワイルドさを感じさせる、クールさとノリの良さを併せ持ったウマ娘。走ることそのものよりも、レースで勝利することに喜びを見出す勝利至上主義者。ストイックに自分を追い込むかと思えば、ルールを無視して羽目を外すこともある遊びの達人でもある。夢はすべてのウマ娘の頂点に立つこと。
サンプルボイスも上がっており、声は低いのだろうかと思ったが、意外と高めだ。これはこれで、イイ。キリっとした声に加えて絶妙な色気がある。
調べてみたら声優も聞いたことがあるキャラクターをたくさん演じている人気声優だった。
「これは……ChaiGames(チャイゲームス)、気合を入れてきたな」
ツイッターもおおむね同じ反応を見せていた。
「性能間違いなくいいはずだろ」
「日本競馬で最強っていわれるくらいだからな。人権サポカ待ったなし」
「絶対完凸させたほうがいいわ」
「タマモクロス、すまん……貯金はまた今度だ……!」
「おじいちゃん、タマモクロスはこの前実装されたでしょ」
「サポカがな」
「スピードかな?」
「スタミナ人権かもしれん」
「ステイヤーって言われてたみたいだしスタミナありそう」
性能予想はやはりというべきか、強力なサポートカードになると思われていた。
私もそう思う。
待つこと数分、ついに公式アカウントからツイートされた。
そして次の瞬間、タイムラインに棲むアカウントたちの心は一つになった。
「根性サポか……」
「根性サポか……」
「根性サポカ……」
「根性サポか……」
「根性サポカ……」
「根性サポだあああああ!!!!」
「根性育成教徒だ! 宗教裁判にかけろ!」
根性……それはXX21年10月現在では一番重要度が低いステータスであり、正直いらないんじゃね? と言われている。
一部には根性育成教徒というものがいるらしいが、攻略サイトではあまり根性を積極的に上げるようには記載されていない。
「はぁ……うーん、サポカはやめておくかぁ。あ、無料チケット5枚あるじゃん。これだけ引いておこう。すり抜けで他のSSR来たらいいなぁ」
というわけで。
「来ちゃったよ……5枚でグレートエスケープ完凸しちゃったよ……嘘だろ……」
ツイッターに上げたらバズるかなー、なんて思いながら、とりあえずカードを重ねてレベルマックスまで上げて性能を確認した。もちろん、サポカエピソードを確認することも忘れない。
〇SSR【トレセン学園の空に】グレートエスケープ(根性)
・エピソード
「希望はいいものだ。多分、最高のものだ。素晴らしいものは決して滅びない」
雲ひとつない青空の下で、彼女は両手を広げる。
「私よりも強いウマ娘はたくさん現れるだろう。だが、諦めて日常を過ごすことが正しいのか? それではきっと、トレセン学園の時間はゆっくり流れる」
青空とは真逆の漆黒のジャケットにワインレッドのワイシャツが風に靡く。
そんな彼女の心に広がるのは、どこまでも続く青い空と同じ、無限大の希望だ。
「必死に勝つか、必死に負けるか。足掻いた末に栄光は両手に降りてくる」
だから――
「格好悪いかもしれないがね。見ていてくれたまえ。これまでも、これからも」
グレートエスケープはどこかに繋がっている空に向けて、希望を高らかに歌い上げた。
「やっぱり『ショーシャンクの空に』じゃないか。名作だけども! 脱獄繋がりなんだろうけど!」
ツイッターを見るとウマ娘怪文書で有名なアカウントが奇声を発していた。文字なので音には聞こえないが、まさしく奇声だった。
「ピーーーーッ! なにこれエモォーッ! え、まって、誓うってこれ……もしかしてこれオーナーネタ拾ってんの? いやナマモノだからあまり言及とかはしないけどさ、はーーーーー! チャイゲームスおまえそういうところだぞグッジョブ!! もういい! あたしやるもん! みんなにリボ払いできるってところ見せてやるんだ! ウオオオーッ、リボルゲインフォルムーッ!!!! あ、キタサン5枚目出たわ」
エピソードを見るに、誰かに対する誓いでもあった。
グレートエスケープはダービー後に、オーナーが亡くなっている。オーナーが大好きなグレートエスケープが、もしもオーナーに誓って、それ以降も走り続けていたとしたら。
なんて、なんて美しいのだろう。
――まぁ、あくまで馬だし、それは有り得ないと思うけれど。
トレーナーに対する宣言がそうともとれる風にしただけ、なのだろう。
私は性能の確認を始めた。
・所持スキル
東京レース場〇
直線回復
前途洋々
逃げ直線〇
急ぎ足
末脚
集中力
・イベントスキル
脱出術
危険回避
・固有ボーナス「トレセン学園の空に」
トレーニング効果アップと初期絆ゲージアップ
・サポート効果
得意率75
友情ボーナス20
やる気効果40
トレーニング効果20+固有(5)
ヒントレベル3
ヒント発生率30
初期キズナゲージ20+固有(20)
初期根性20
レースボーナス10
ファン数ボーナス10
パワーボーナス1
「根性属性抜きにしても結構強くなぁい……?」
育成シナリオ次第では根性カードを入れるのも良さそうだ。というかトレーニング効果がかなり高い。
完凸性能は根性サポカの中でもかなりのものだ。
とりあえず。
「無料チケ5枚でグレートエスケープ完凸しました……っと、ツイート。はー、無料で出したSSRの自慢は気持ちいいなぁ」
私はベッドに寝転ぶと、早速グレートエスケープを編成して育成を開始した。
まずはアオハル杯でライブの映像でも見ることに決めた。
結局この日はチーム『ファースト』に8連敗したので、気づけばファーストを倒すことだけを考えてプレイし続けたのだった。