えふごのふたご!   作:パープルハット

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Fate/Grand Orderに登場する双子キャラクター、ディオスクロイの妹であるポルクスとオリュンポスの地で邂逅したアデーレ二人の物語です。
この作品は本編とは異なり、主人公との恋愛描写があり、
解釈違いを起こす可能性があります。十分にご注意いただいたうえでご一読お願い致します。


ポルクスの場合

【ポルクスの場合】

 

藤丸立香は苦悩した。

彼は決して恋心を抱いてはならぬ者に惹かれてしまった。

それは英霊という枠組みにすら収まらない、人が崇め奉るはずの『神』である。邪な感情など抱こうものなら消し炭になるのが必至。加えてその相手には既にパートナーたる人物が存在するのであるから質が悪い。

そう、マスターであるはずの彼が恋したのは自らのサーヴァントであるディオスクロイの片割れ。兄カストロが溺愛して止まない美しき妹ポルクスだ。双子の勇士と共に旅を続けた結末が、人魚姫の恋であるが故に報われない。立香がそのことを口にすれば、妹の返事を待たずして兄の怒りが彼を殺す。普段からして、戦闘中であろうとも、指先が触れただけで関節を捻じ曲げられるのだ。淡い恋の行方は断崖絶壁、進めば冥府へ真っ逆さま。彼はその想いに蓋をするしか無かったのだ。

「はぁ」

彼は何度目かも分からぬ溜息を漏らす。何度も諦めたはずである、なのに、彼女を一目見ると心の火が何度でも燃え上がる。この感情はそう簡単に捨てられるものでは無い。ポルクスが愛するのはいつだって兄カストロのみ、その事実を叩き付けられても。

「それでも、好きになっちゃったんだよなぁ」

彼女の優しい微笑みが、立香をここまで強くした。ロンゴミニアドやティアマトの絶望に打ち勝てたのは、いつだってディオスクロイが、ポルクスがいたからだ。彼女といつかは離れ離れになるとしても、人生で最初の恋を嘘にはしたくなかった。

「たった一日で良い。彼女と二人きりで過ごせたら」

彼は彼女の笑顔を思い浮かべながら呟く。当然それは彼の独り言であるが、その声に応える者がいた。

突如立香のマイルームに現れたのは、四人の勇士たち。彼らは立香の恋を応援する為だけに結成されたドリームチームだ。

「マスター、私にお任せを」

「パラケルスス!」

「僕は興味など微塵も湧かないのだが」

「アスクレピオス!」

「ハハハハハわたくしも此処にいますよ」

「メフィストフェレス!」

「我が主よ、私もまたお招きにあずかりました、フフフ」

「ジル・ド・レェ!…ってメンツが怪しすぎない?!」

彼らは自らをキャスターズと名乗り(実際に名乗っているのはメフィストフェレスのみ)藤丸少年の細やかな願いの為に力を合わせたのだ。

具体的に何をするかは(したかは)この場では割愛させていただく。

「明日、マスターの想い人と二人きりの時間をお楽しみください」

「二人きりって、もしかしてシュミレーターとか?」

「いいえ、いいえ、マスター、このカルデア内は貴方とお嬢さんの世界に早変わりしまぁす。そう、具体的には薬品と魔本とわたくしめの爆弾によってですがぁ」

「物騒すぎるな!」

立香がツッコむより先に、彼らは部屋を後にした。一人残された人類最後のマスターはただ茫然と扉の方を見つめていた。

翌日

立香はマスターと呼ぶ声に目を覚ました。まだ完全に覚醒していないままに声の主を見やると、そこには彼の想い人が立っている。生まれて初めてのシチュエーション、好きな女の子が朝起こしに部屋を訪れるイベントの発生である。

彼はポルクスの顔を確認すると、自らの寝起きのだらしなさに羞恥を覚え、縮こまる。恋心を抱く相手に、整っていない髪や涎の跡を見られていることが堪らなく恥ずかしい、だが、当のポルクスはそんな些細な事を気にする様子も無い。

「緊急事態です、マスター。兄様を含めたカルデア内のサーヴァント、スタッフが消失しています。私が確認する限りにおいて、今カルデア内に存在するのは私とマスターだけです」

彼女は切迫した表情でその事実を告げる。それに対し、立香は昨日部屋を訪れたキャスターズの仕業だと即座に理解した。(具体的に何をやったかは不明だが)

「(不安だけど…彼らも悪い人じゃないから大丈夫かな)」

まさか本当に爆弾を起動させた訳でもあるまい、そう立香は彼らとの信頼関係を基に解釈する。

「ポルクス、これはもしかしたら夢かもしれない。偶にあるんだ、サーヴァントと同じ夢を共有することが」

「夢…ですか。明晰夢と言うものでしょうか?それにしてもディオスクロイとして貴方にお仕えしている以上、兄様がいないのは不可思議ですが……」

もしかすると、これは本当に夢かもしれない。ならば、醒める前に、彼女に想いを告げなければならない。そのことを彼女が忘れてしまうとしても。

「(結局、これは俺のエゴだ)」

立香は告白の覚悟を決める。長時間ポルクスを夢に閉じ込めておくのは気が引けた。彼は断られると分かっているからこそ、自らの気持ちに整理を付けたかった。

「ポルクス、あの…」

だがそれ以上の言葉が出てこない。立香にとってこれが人生で初めての恋であるが故に、その緊張は半端なものでは無かった。口は乾き、手に汗が滲む。脳で失恋の二文字を理解していたつもりでも、やはり拒絶される未来に恐怖する。

「マスター、もしかして貴方は…」

顔が赤く染まった立香を見て、ポルクスは察した。

「貴方は、私が一人では頼りないとお考えですね?」

「へ?」

「大丈夫です。兄様がたとえ居なくとも、貴方を傷一つなく現実へ引き戻して差し上げます。必ずマシュの元へ帰れますから、安心してください!」

立香は余りにも健気なポルクスの姿勢に、告白するタイミングを失ってしまう。そもそも愛の告白は寝起きにこなすイベントでは無い。彼は彼なりに、ムードというものを作り出す決意をした。

立香は常用している魔術礼装に着替えると、ポルクスと共にカルデア内を見て回った。いつもは騒がしい雰囲気の施設内も、今は静寂に満ちている。キャスターズがどんなトリックを使用したかは依然として不明だが、サーヴァントだけで無く、スタッフまでもがいないとなると、これはまさしく二人が同時に見ている夢である。恐らく立香側の意識が基盤になって、そこにポルクスだけが呼び出された形だ。

「ディオスクロイとしてでは無く、私個人が見ている夢…それがこのカルデアの風景という事でしょうか」

ポルクスは立香の想いやキャスターズの策略を全く知らないが故に、自らの夢にマスターを巻き込んだと勘違いしている。責任感の強い彼女はいつも以上に立香を守護すべく気張っているのだ。その為か、女神の微笑みは無く、緊張感のある面持ちである。

立香はその事に気付いたが、女性経験に乏しい彼には、上手く流れを作ることが出来なかった。

「(どうする?このままだと何もしないままに夢から覚めてしまう)」

敵襲に対応できるよう戦闘姿勢を崩さないポルクスと、会話を上手く運べない立香は、管制室へと辿り着いた。当然ながらダヴィンチちゃんやスタッフはそこにおらず、通常では有り得ない程に閑散としていた。

だが二人は中央付近に何やら異様なモニュメントが発現していることに気付いた。ポルクスは立香を下がらせると、正体不明のそれに一歩ずつ近付いて行く。

「ポルクス?」

「マスターは下がっていてください!…生体反応は検知できない。私の記録にもこのようなモノは存在しないはず。これは一体」

ポルクスはモニュメントに手で触れた。無機質であるが故に不気味である。明確な敵であれば剣を振り被るが、その実態が見えてこない以上刺激を加えるのは、逆に何らかのスイッチを発動させかねない。ポルクスは一度、これを放置することに決めた。

「かつてマスターは無機質な箱に幽閉されたことがありましたね。吸い込まれていった先が特異点だったという」

「あぁ、ぐだぐだしていた時のね」

「以前は我々がお傍で守ることが叶わず、マスターを孤独にしてしまいました。従者として、導き手として何たる不覚。二度と貴方から離れないことを誓っております。だからなるべくこの静寂のカルデアから抜け出るまでは共にいてくださいね。」

ポルクスは立香の手を取る。そして決して離さないように握り締めた。彼女の熱の籠った柔らかな手に、立香の心臓は激しく脈打つ。きっと彼女は意識していないが、紛れも無くこれは恋人繋ぎというものだ。指の感触すらダイレクトに伝わってくる。

すると当然、モニュメント上部が開き、中からクラッカーが鳴らされ、紙吹雪が舞った。ポルクスはその音を爆発物と即座に判断し、モニュメントに背を向け、立香を庇うように彼を抱き締める。彼は突然のことで何が何やらといった様子だが、咄嗟にポルクスに頭を守るよう抱き締められたため、彼女の胸部に顔を埋めるフォルムになってしまった。

ポルクスの胸はカルデアにいる他のサーヴァントに比べれば慎ましやかではあるが、立香は顔の全体で確かな柔らかさを感じていた。夢だというのにはっきりと女の子らしい香りを感じ、彼の全身の肉体が熱暴走する。これまで他のサーヴァントと偶然似たような状況になったことはあったが、普段カストロというボディーガードと、彼女自身のガードの固さで触れることさえなかった好きな女の子の身体は、今までにない程に立香の中に流れる血液を滾らせる。

「(これはマズイ)」

息を吸うことすら憚られる状況下で、気を失いそうになりながらも、彼女の体温を堪能する。二度とこんなハプニングは起こらない。ならこの刹那の幸運を噛み締めようと決意する立香である。

一方謎のモニュメントはさながら旧式の洗濯機のような振動音を轟かせながら、愉快にもカラフルな紙吹雪を放出し続けている。それはクリスマスプレゼントにしてはえらく不気味で、枕元に置こうものならナーサリーライムを逆に怒らせてしまいそうな代物だ。ポルクスは立香を解放すると、剣を携えミステリーボックスへにじり寄った。

モニュメント上部の解放された部分を慎重に覗き込む。すると中に小さなメモ用紙が入っており、何か文章が書かれているのを確認する。

「これは……」

ポルクスが何やら訝しげな表情をしているので、立香も気になってメモを覗き込んだ。

〈メイド喫茶でおもてなし☆クリア条件:メイド服に着替えたらマスターに萌え萌えきゅん〉

「は?」

キャスターズは一体何を仕組んだというのか。事情を知っている立香ですら、この怪文書には頭を抱えざるを得なかった。

「これは私の見ている夢ではありませんね。誰かの悪戯です。なんて質の悪い……ただの紙では無く、魔術の古文書の一部分を切り取って、その上から書かれています」

「(まさか、パラp?パラpなのか?)

立香の脳内でダブルピースをしたパラケルススがシャトルランしている。この男、立香が考えている以上にノリノリである。

ポルクスがメモ書きに眉をひそめていると、突如、先程の得体の知れないモニュメントが発光し、シュミレーターが起動したように辺り一面の景色を作り替えた。

それは山でも無く、海でも無く、平野でもない。

こじんまりとした室内はピンクとイエローで染め上げられ、どこを見回してもその派手さに目が疲れる、そんな場所。立香は知っている、このひたすらにシュガーのみをレイズした甘すぎる空間こそ、所謂『メイド喫茶』であると。

そして彼らの前に堂々と吊られているのは、スカートの丈が校則違反級の可愛らしいメイド服。黒と白の二色で彩られる、日本古来からの萌えの象徴たる産物だ。

「これは……」

流石のポルクスも引きつった表情を浮かべている。無理もない。彼女がカルデア内で着用するのはいつもの戦闘服とボクササイズ用の可愛げのないトレーニングウェア、このような媚びた服装はたとえ兄の前であっても着ることは無かった。

立香もまた予想外の展開に焦りを感じている。確かに、妄想の中で彼女にコスプレさせたことはあったが、リアルに着て欲しいとは思ったことが無い(命が危うい)。スタイルの良い彼女が着れば、服の性質上、滑らかな太腿がより際立つことは確かである。だが、流石に嫌悪感を露わにする少女に無理矢理…といった趣味は彼に無かった。

「これ、誰の仕業だろうね?はは」

立香の額に汗が伝う。キャスターズが仕掛けたこととはいえ、元は立香が望んだ結果である。こればかりは彼にも否定しようがない。

「……」

「あの、ポルクス?」

「マスター、私が良い、と言うまで目を瞑っていてください」

ポルクスの指示により、立香は目を閉じて待つこととなった。最悪の場合、これが立香の望んだことだとポルクスが気付けば、鉄拳制裁も止む無しだ。マルタさんより痛いかもなぁ、と嘆きつつ、彼は歯を食いしばる。

だが、次に目を開けた時、彼は衝撃の光景を目の当たりにした。

「マスター、良いですよ。目を開けて下さい」

「え、うん?え……えぇ?」

立香の口から驚愕の声が漏れる。目の前にいたのは、先程のメイド服に袖を通した美少女ポルクスであった。

頭に普段から付けている冠装飾はカチューシャに打って変わり、モデルのように細く、それでいて筋肉質な両足が、白の靴下で隠されている。普段の方が露出度は高いものの、首元や太腿の肌色が強調され、よりエロティックになる。立香の顔は茹蛸のように赤く染まった。

「どう、でしょうか」

「え……えっと」

立香はしどろもどろになる。可愛いの一つでも伝えられたら良いが、脳内に巡る絶賛コメントの嵐が思考をジャミングする。

「普段はこういった姿にはならないもので、新鮮ですね。……ごめんなさい、もっと女の子らしければ良かったのですが」

「好きです!」

立香は思わず告白する。やっとの思いで絞り出した言葉がコレである。彼は自分が情けなく感じられた。

立香の赤く染まった顔を見て、ポルクスは頬を掻いた。

「ふふ、マスターにそう言って頂けて、着た甲斐があるというものです。さぁ、席に座ってください。これからマスターに精一杯のおもてなしをさせて頂きます!」

そしてポルクス流おもてなしの時間が始まった。

彼女はキッチンに立つと、用意された食材を用いて調理を始める。意外だな、と立香は感じたが、神である少女には出来ないことが無いようだ。実はタマモキャットとの交流があり、ジャパニーズメイドが何たるかを学んでいたのだが、それが判明するのは後のお話。

慣れた手つきであっという間に美味しそうなオムライスを作り上げ、立香のいるテーブルへ軽やかなステップで運んで来る。中央を割るととろとろとした卵が黄金色に輝き、彼の鼻腔をくすぐった。

「凄いよポルクス!」

「おっと……まだですよマスター。今からおまじないと共にこのオムライスを完成させますから。さぁ、私の後に続いて呪文を唱えて下さい!」

「おっ、押忍!」

「兄様は素敵です!はい!」

「にいさまはすてきです……え?」

ポルクスは無数の斬撃を敵に浴びせるかのように、手に持ったケチャップを高速移動させる。オムライスに赤い線が刻まれて、あるイラストが浮かび上がってくる。

何という事でしょう。

とろとろのオムライスの上に、カストロのディフォルメイラストが浮かび上がったではありませんか!

「……ポルクス、これは……」

「どうですマスター、兄様です。中々上手に描けたでしょう?さぁ、ぜひお召し上がりください!」

立香は苦悩する。何故ならば、このオムライスを食べるという事は、カストロの顔にスプーンをねじ込むという事だ。それでいいのか妹。

隣でニコニコと笑うポルクスの視線を感じながら、立香はカストロ兄様の顔ごと、オムライスを口に運んだ。

「どうです?」

「美味しいよ」

美味ではあるが複雑な心境の立香であった。

 

どうやらミッションはクリアされたようで、モニュメントは再び轟音と共に紙吹雪と新たなメモを吐き出した。

次なる指令は〈ボクシングトレーニング☆クリア条件:専属トレーナーになり手とり足とり〉。ポルクスはメイドのときより上機嫌である。

そして二人でやって来たトレーニングルーム。いつもはマルタやベオウルフ、カルナたちとスパークリングをしているらしい。二人はトレーニングウェアに着替えると、用意されたリングの上に立った。

「ポルクス、俺は実はボクシングの経験が無くて」

「大丈夫です。私がお教えします。これならば得意分野です。一緒に頑張りましょう!」

まずは基礎体力から。

立香は常日頃から基本的なトレーニングはこなしている。魔術の才が無い分、体力でカバーしなければと勤しむようになった。その為、ポルクスの期待以上に軽快な身のこなしである。

だがやはりボクシングには造詣が浅い。ジャブを繰り出す際も無駄が多く、手を前に押し出すだけになっている。しっかりと足に力を入れなければ、バランスよく戦うことは叶わない。

ポルクスは彼の背にぴったりと密着すると、腕を取り、感覚を掴ませる。今を生きる若者の背はほんのり温かく、男という性を感じさせる汗のにおいがした。だが彼女は不思議にも、彼の香りが嫌いでは無かった。

一方の立香。もはや集中力は無い。そんなものはオルレアンに置いてきた。

ポルクスの甘い香りと、柔らかな身体が彼の体温を上昇させる。先程は正面から彼女の胸を堪能したが、今度は背中から、その確かな存在感を感じ取る。彼の脳内の胤舜が煩悩を断ち切らんと七番勝負を仕掛けてくるが、立香はそれを返り討ちにした。

「マスター、聞いていますか?」

「え、あ、ごめん、何だっけ」

「マスターは腰を落とし過ぎです。もっと凛とした佇まいの方がよろしいかと。こうやって……」

ポルクスは立香の腰に手を当て、姿勢を正そうと力を入れた。だがそれがくすぐったかったからか、立香は彼女から離れるように前に出る。だが彼を支えていた彼女は逆にバランスを崩してしまった。転びそうになるポルクスに怪我を負わせまいと、立香は手を伸ばす。

そして一秒後、何故こうなってしまったのか、互いにリングへ転がる形となった結果、偶然にも彼がポルクスを押し倒したような体勢になる。

立香は頭をぐるぐるとさせながら、ポルクスの顔をじっと見つめていた。

彼の汗が、彼女の頬へぽたりと落ちる。

状況を何も飲み込めないまま、ポルクスの端正な顔つきに見惚れていた。

獣を震いあがらせる目も、西洋人の高い鼻も、ほんのりピンク色の唇も、きめ細やかなブロンドの髪も、彼女の持つ全てが青年にとっては愛おしい。

何故、彼女をこんなにも好きになってしまったのか。

最初の特異点を旅する直前に双子と出会った。

人間嫌いの兄と、人間を愛する妹。最初は仲良くなれずに、ぎくしゃくとした雰囲気だった。

だが旅をしていく中で、カストロの熱く頼りになる所を好きになった。

そしてポルクスの愛らしくもかっこいい所を好きになった。

いつしか、三人目の兄妹と言われてもおかしくない程に、二人と心の底から通じ合い、共に戦えるようになっていた。

だが立香は自らの気持ちに気付いてしまった。二人に向けられた感情とは別の、もっと大きなものが、妹ポルクスへ向けられていることに。

目で追っていた。

足で追いかけていた

生まれて初めて、大切な人へ恋をした。

それは彼にとって、最も愛する双子への冒涜であった。その恋に気付くことは、彼らに対する裏切りに他ならない。

だから閉じ込めた、閉じ込めていた、溢れ出さないように、胸の内の宝箱に。

「マスター」

「……ん?」

「泣いているのですか?」

彼女の頬へ落ちる雫は、いつしか汗から涙へと代わっていた。

「え、あ、俺、その、ごめん」

立香は自分がポルクスの上に馬乗りになっていたことに気付き、逃げるように退いた。

きっとポルクスは急に泣き出した変な人間だと思ったに違いない。立香はタオルで汗と涙を拭い去ると、いつもの笑顔を浮かべた。

幸いにも、ポーカーフェイスには慣れている。家族のような後輩の前で見せるすっきりとした笑みであった。

そしてモニュメントが再び揺れ動いた。リング一面にカラフルな紙吹雪が舞い落ちる。

「では次のミッションへ向かいましょうか、きっと次が最後です。」

「……?」

ポルクスはそれ以上言葉を発することなく、立香を連れて、新たなメモ紙の導く場所へ向かった。

 

彼らが辿り着いた場所は、星が煌めく夜の海。立香は過去の記憶から、この場所がオケアノスであることに気付く。

「ポルクス……ここは……」

立香が彼女の方を見ると、いつの間にか黒いビキニ姿に着替えており、浜辺でビーチサンダルを脱ぐと、ゆっくりと海へ入っていく。

「ポルクス?」

彼は彼女の背を追いかけた。彼もまたいつの間にか夏のアロハシャツ霊装を身に纏っている。暗闇の中で星のように明るい、少女の金の髪を眺め走っていく。

すると、突如振り向いた彼女が手で掬った水を立香へ浴びせかけた。その冷たさと少女のあどけない行動に思わず目を丸くする。

「すみません。でも、不思議ですよね。これは全部偽物の景色のはずなのに、確かに私たちは冒険した。神様もビックリな技術です」

「シュミレーターのこと?」

「はい。良かったらマスターも一緒に。夜の海は危険ですが、ここならば平気ですよ」

ポルクスに手を引かれ、彼はシャツを着たままに入水する。冷たさが全身に伝わるが、不思議と寒さは感じない。彼女の手がカイロのように温かいからか。

「嘘なのに、星は美しく、嘘なのに、海は冷たい。本当不思議ですよね」

「うん」

「でも、貴方は嘘じゃない」

ポルクスは立香の両手を握り締め、それを自らの胸に抱き寄せた。

「ポルクス?」

「マスター、貴方は私たち英霊と違い、確かに生きている。本物の命です。たった一つの命です。ずっと貴方と共に私たち兄妹は戦い続けてきましたが、改めて、貴方が生きていて良かったと思います。貴方を守れて良かった。兄様もそう感じています」

「ありがとう……俺は」

「だから、私を好きにならないでください」

立香は驚いた。それは自分の気持ちが筒抜けだったからではない。彼女が、ポルクスが泣いていたからだ。

「マスター、貴方は二つ、大きな勘違いをしています。一つ目は、私に兄様への恋愛感情は無いという事です」

「え?そうなの?」

「勿論大好きです。それは恋愛なんて括りでは語ることが出来ない。家族であり、もう一人の自分でもある、そんな存在です。だから私はきっと、兄様を最優先に動いてしまう。マスター、貴方を私の一番にすることは決して無いでしょう」

立香は頷いた。その答えは何となく予想できていた。ディオスクロイというサーヴァントは二人で一人なのだ。片方だけでは成立しない。

「そして二つ目、この夢は、間違いなく私が見たものです。私がキャスターズに頼んで、マスターを連れて来て貰いました」

立香の頭に疑問符が浮かぶ。キャスターズは間違いなく、立香の願いを叶える為に現れたのだから。

「不思議ですか?ふふ、貴方がメイド衣装を好むことも、黒のビキニが好きなことも知っていますよ。ずっと一緒にいたのだから、知っていて当然です。勿論、貴方の気持ちだって」

「……っ」

立香の顔が再び赤く染まった。部屋に隠してあった秘蔵の本が親に見つかってしまった感覚である。

「だから、私は知っています。貴方が、二番目でも良い、とおっしゃってくれること。だって貴方は、私だけでなく、兄様のことも好きになってくれたのですから。それは私にとって、この上ない程の幸せです。マスターがマスターで良かった」

「うん……」

「でも、だからこそ、貴方の恋は実ってはいけない。私は神であり、英霊です。たとえ恋を知ろうとも、その果てを知っている。私たちはそう遠くない未来に永劫の別れを体験する。マスター、貴方は星になることは出来ません」

立香はそのことを敢えて考えないようにしていた。他のサーヴァントなら兎も角、ポルクスは正真正銘の神霊である。世界の危機であるが故に成立した奇跡の召喚。だから、この世界が救われてしまったら、或いは、ディオスクロイが命を落としたら、もう二度と会うことは出来ない。彼の心臓は飛び跳ねるように脈打ち、両手は小刻みに震え出す。

そしてそれを抑えるように、ポルクスは手を優しく包み込んだ。

「ありがとうマスター、私を好きになってくださって。こんな武骨な女に、貴方はこんなにも素敵なものをくれるのですね」

ポルクスは涙を流しながら、微笑んでいた。人が生きている内に見ることの絶対叶わない、女神の優しい微笑みである。立香は己の非力さを知っていた、どうしても抗えない絶望の闇を知っていた、それでも、それでも。

それでも彼は、目の前の少女の涙を拭いたいと、そう思った。

「ポルクス!」

「え、はい?」

「俺は君が好きです!」

「あ、はい、知っています!」

「もし俺が、一つ奇跡を起こせたら、俺と付き合ってください!」

「へ……?きせき?」

立香は海の中で彼女を抱き寄せる。ポルクスはよく分からないままに、彼の胸元に顔を埋めた。

「あの、マスター?」

「俺、お付き合いを認めて貰う為に、カストロ兄様と戦う。勿論、俺はただの人間だし、カストロは滅茶苦茶に強いサーヴァントだ。勝てるわけない、勝率なんてアメリカ大統領選に勝つくらい低いものだろうけど、もしも、もしも勝ったら、俺のこと、人間の強さのことを、認めて欲しい。」

「人間の強さ?」

「どんな未来が待っていても、決して諦めない。好きも、嫌いも、出会いも、別れも、全部乗り越えて前を向く。最後の瞬間まで、俺の傍で一緒に走っていて欲しい。二番でも、三番でも良い。俺にとっての一番がポルクスだから!」

立香は彼女を抱き締める力を強くする。だがポルクスはそれを拒絶しない。これまでの旅で、彼の起こした沢山の奇跡を目の当たりにしてきたから。ポルクスもまた、藤丸立香が大好きだから。

「分かりました。貴方が兄様に勝つことは無理でしょうから、その無謀な賭けに乗ってあげましょう」

「ありがとう、ありがとうポルクス」

「た・だ・し、無謀なギャンブルに大金を突っ込むほど、私は愚かではありません。これからみっちり、兄様の戦い方の全てを把握している私が稽古をつけてあげます。じゃないと、いくら何でも不平等ですから」

立香とポルクスは浜辺へと戻る。その手は繋いだままに、彼らは新たな目標を掲げ、進み始めた。

立香は、握られたその手の感触を、二度と忘れることは無いだろう。

 

彼らのシュミレーターデートから、凡そ一か月が経った。

夜、皆が寝静まった時間に、立香は食堂へ現れた。エミヤが管理している冷蔵庫から冷えたスポーツドリンクを取り出すと、それを浴びるように飲み干した。

「おや、マスター」

突如後ろから声をかけたのはパラケルスス。彼もまた、自身の研究が煮詰まり、こうして気分転換にカルデア内を闊歩している。

「パラpも眠れない?」

「いえ、サーヴァントは睡眠を欲しませんから。そういうマスターこそ」

「……変に目が冴えちゃってさ」

「珍しいですね」

パラケルススは冷蔵庫から水を取り出し、それを口にした。

「やっぱパラpと言えば水って感じ」

「そうですか。そう言って頂けるという事は、私は貴方の役に立てているようだ」

「いつもいつも助けてもらっているよ。前のキャスターズの件もね」

「あれは、我ながらおふざけが過ぎたかもしれません」

二人して笑い合う。立香はパラケルススのお茶目な一面を知れたかもしれない。

「ところでマスター、彼女は……」

「ごめん、予定があるんだ。おやすみなさい、パラケルスス!」

立香は空のペットボトル片手に、マイルームへ走り出す。パラケルススはそれを茫然と眺めていた。

「予定とは、なるほど、ふふ」

立香は真っ暗なマイルームへと戻る。

彼は部屋を出る前、灯りを付けたままにしていた。つまり、誰かがわざと消したという事だ。

立香はその犯人に心当たりがあった。そう、その相手こそこれから会う予定だった人物である。

刹那、彼の背後にいた影が、彼をベッドの上に押し倒した。軽い身のこなしで、立香の上に跨る。

暗い部屋に目が慣れて、見えてきたその姿は、立香が待ち望んでいた存在であった。

「不意打ちですよ、立香」

「うん、びっくりしたよ、ポルクス」

ブロンドヘアの美少女は、彼の胸に優しく倒れ込む。あのとき、立香がカストロに勝利したときも、ポルクスはこうやって胸に顔を埋めた。心臓の音がとくん、とくんと跳ねている。彼の命の音を聞くことが、彼女の日課である。

静まった部屋で、二人の男女が見つめ合う。まるで時間が止まったようだ。明日もこうしていられるかは分からないけれど、だからこそ、互いの熱を確かめる。ポルクスはそっと、彼と唇を重ねた。彼の緊張が伝わるが故に。その分だけ愛おしさが込み上げてくる。

「大好きです、立香」

二人の幸せな日々は、まだ始まったばかりだ。

 

【挿絵表示】

 

                                           

【えふごのふたご ポルクスの場合 完】

 




挿絵イラストはKntさん(Twitter:@Knt02142769)に描いて頂きました。

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