どうせ次はこういうのが流行るんでしょ?(流行れ)
『ブラックサークル』
その名前がワイドショーで取り上げられるようになってからしばらく経った。
きっかけは、歴史的な名馬の血統。
誰からも期待され、勝つことだけを願われたウマ娘がいた。
その期待に応えるように、少女は走った。
デビューから常に無敗だった。
勝つことが当然。
2位以下はすべて価値がない。
そう教えこまれてきた。
事件が起きたのは、無敗で勝ち続け、皐月賞、日本ダービーを制し、クラシック三冠にまで手が届きかけた菊花賞当日。
彼女は、トレーナーからの教えを忠実に守り、走りぬいた。
しかしその前に、別の天才が立ちはだかった。
開幕からペースなど考えていないかのように颯爽と駆けた。
観客はみな、どうせすぐに力尽きるだろうと思った。
追う彼女もそう思った。
崩れなかった。
独走を続け、苦しさに顔を歪めながらも、それでも楽しそうに天才は走った。
結果として、誰にも前を譲ることなくゴールラインを切った。
彼女は2着だった。
観客はみんな、無敗の三冠王が誕生しなかったことを残念に思いながらも、彼女の健闘を讃えた。
「よくやった。」
「すごい追い上げだった。」
「次も応援してるよ。」
そんな暖かい声援も、彼女には届かなかった。
2着なんてゴミだと、生きている価値はないのだと、それがトレーナーの口癖だった。
怖い。
今まで1着を取れなかったチームメイトたちが、どのように扱われてきたのかを思い出した。
控室に戻って、トレーナーにあったらなにをされるだろう。
辛い練習に耐えかねて自殺未遂をしたウマ娘がいた。
竹刀で腱を切られたウマ娘がいた。
飯を抜かれ何日も閉じ込められたウマ娘がいた。
それを冷たい目で見ていた自分がいた。
トップを取れないのが悪いのだと、そう教えこまれていたから。
それが、自分の身に起きてしまった。
ゆっくりと、重い足取りで控室に戻る彼女の前に、その男はいた。
彼女のトレーナーだった。
歪んだ笑みを浮かべ、右手にはおなじみの竹刀を握りしめ、何か言った。
その言葉を聞いて、少女は狂ったように泣き叫び、その場で気絶した。
何事かと騒然となる会場。
スタッフは彼女に駆け寄り、医務室に運ぶ。
新たな天才の出現もなかったかのように慌ただしく世間は動いた。
自他共に認める業界トップサークル、その実態は・・・
スパルタを通り越し、拷問に近いトレーニングにより、ウマ娘を恐怖による統治でもって支配する、旧態然としたサークルであった。
誰かがいった。
まるでブラック企業のようなサークルだと。
それからウマ娘に辛く当たるサークルのことをブラックサークルと呼ぶようになる。
結果として、世に隠れていたブラックサークルはマスコミの追求によりいくつも表に出ることとなった。
ウマ娘の人権を守るようにといくつも決まりができた。
それが、1年前の話。
◇ ◇ ◇ ◇
その部屋の中は、一言で言えば地獄だった。
何日も寝ていないような深いクマをつけ、うつろな目で上を見上げる子。
痛みに震える足で、筋トレを続ける子。
ストレスから食べることをやめ、極限までやせ細った子。
逆に食べることに強迫観念を植え付けられ、限界を越えて食べ続ける子もいる。
「ひぃ・・・・トレーナー・・・ぶたないでください・・・
ちゃんと言うこと聞きますから・・・」
「もっと、もっと鍛えないと、早く走れないんだ!」
「痛い、足が痛いよぉ・・・・」
あちこちから聞こえてくる悲鳴のような声。
ここは一体、どこの精神病棟なのかと我がサークルのことながら思う。
もうトレーナーが捕まって1年も経つのに、誰一人として立ち直ることはなかった。
かく言う自分も、正気を保っていられる自信はない。
出るレースもないのに、ただ部屋の中にあるランニングマシーンで延々と走り続ける毎日。
変わらない薄暗い部屋の中、それだけが自分に残された日課だった。
「ふっ、ふっ、はぁ、ふっ、ふっ、はぁ」
毎日続けていた甲斐があってか、かつてはマイルから中距離向けだった足も、今ではすっかり長距離向けになってしまった。
今ではあのころのように爆発力のある走りはできないだろう。
こんなに練習して、一体なにになるというのか。
自問自答しながら、それでもただただ走り続ける。
それがウマ娘の本能なのだと思った。
「はあ・・・・・そういえば、今日だったっけ。
新しいトレーナーが来るって言ってたの」
1年前、ウマ娘に対する虐待が世間に広まり、トレーナーが懲戒免職となってから何人かのトレーナーと、カウンセラーが出たり入ったりを繰り返した。
結果は見ての通りである。
きっと誰が来たって何も変わらない。
期待なんて疾うに忘れ、諦めに満ちた思いで足を動かし続けた。
コンコン、と入り口の扉をノックする音が室内に響いた。
その音だけで恐怖しちぢこまってしまうウマ娘も中にはいる。
ゆっくりと、扉が開いた。
「こちらです、トレーナーさん」
「案内ありがとう」
扉を開いたのは駿川たづなさんだった。
理事長秘書を務める傍ら、ウマ娘のサポートも行ってくれているので顔なじみである。
一緒にいる男性は見覚えがない。
おそらく、この人が新しいトレーナーだろう。
長身痩躯。
まるで競争ウマ娘のように鍛えられた肉体。
鋭い眼光と、短く切りそろえられた髪。
自然と、目を惹きつけられた。
「おっ、今度は誰だ・・・この地獄の果てみたいなサークルにわざわざ来たトレーナーはよぉ」
絡むような口調で話しかけたのはウオッカだ。
彼女は1年前、トレーナーがいなくなってから、新しく来るトレーナーに対し辛くあたった。
まるで、今までのお返しをするかのように。
ウマ娘は、基本的に一般男性よりも膂力が強い。
全力で走れば自動車にも負けないし、その脚力で蹴られればひとたまりもない。
それゆえ、剣呑なウマ娘を前に多くのトレーナーが怯むこととなった。
しかし、今回のトレーナーは怯まなかった。
強い視線でウオッカを睨み返すと、ふとつぶやいた。
「これが地獄の果てか・・・・面白い」
そう鼻で笑うと、大きな声で言った。
「全員、整列!!」