「サークル『アケルナル』。
トレセン学園に籍を置く1サークルだが、出走ウマ娘を送り出すのは1年と28日ぶり。
ウマ娘たちに度を超えたスパルタ訓練を施したことで有名だ。
25日前に新しいトレーナーが着任してこれが初のサークル復帰戦。
いろいろな意味で有名なこのサークルの第一歩、たかがメイクデビュー戦とはいえ業界人の注目の的になっている」
「どうした急に」
「今回レースに出るのはナイスネイチャ。
正直無名と言っていい、際立った特徴のないウマ娘。
試走レースでは中-長距離を主に練習していて、先行、差しどちらでもこなす器用さを持っている。
この大事な初戦を任されたということは、トレーナーからの信頼が厚いと見るべきだろうが・・・。
俺なら、身体能力を評価してまずオグリキャップで初戦を取りに行く。
度胸のあるウオッカで勢いづけるのもいい。
今回はメイクデビュー戦だというのに、割と粒ぞろいのレースだ。
甘く見ると苦いスタートになる。
そもそも新トレーナーが着任してまだ一月も経っていないんだ。
今は時期をずらしてでもしっかり土台を作ることが大事だと思うんだけどな」
「なぜまだデビューもしていない選手まで把握しているんだ。
つまり、ナイスネイチャの勝ち目は薄いと見ているのか」
「それ聞いちゃう?今日は幼年学校で地区別レース優勝ウマ娘が出るんだぞ」
「だな、悪い」
観客たちの無責任な発言が、競バ場内に飛び交う。
なるほど、確かにこのサークル最初の一戦目。
ここでつまづけば、やはりアケルナルなど大したことがないと思われるだろう。
新しいトレーナーは育成を誤ったと。
だが、そんな世間の評価などどうでもいい。
メイクデビュー戦?幼年学校地区別レース優勝ウマ娘?
笑わせてくれる。
「聞こえるか、ナイスネイチャ。
解説も、観客も、俺達に大した期待はしていないようだ。
幼年学校では無名だったと。中等部に入ってからも目立った成績は残せていないと」
「・・・はい」
「自分たちで君が走ったところを見たわけでもないのに知ったようなことを言う。
事前に配られた資料だけで判断しているな。
いったいパドックでなにを見ていたのか。
上腕二頭筋から大胸筋にかけてピンと通り、トモの色艶張り、肌のコンディションも申し分ない」
「ふん、あれからスキンケアは欠かしていませんから」
「この業界ではよく『たかがデビュー戦、されどデビュー戦』と言う。
最初が肝心、油断するなという戒めだ。
確かに下バ評では圧倒的優勢であったウマ娘が、このデビュー戦で負けることは往々にしてある。
それはなぜか。周りがみんなほとんど素人同然だからだ。
ある程度慣れてくれば、周りとの距離感をうまく掴んで全力で走っていても接触することはそうない。
だがこいつらは違う。全力で走ることばかり考えて周りが見えていない。
だから平気で周りを無意識に妨害するし、団子のように固まって自ら怪我をしやすい状況を作る。
ナイスネイチャ、俺は君の脚質は差し向きだと言ったな。
だがこのレースに限って言おう。
最初っからぶっ飛ばして逃げきれ。
こんなのはナイスネイチャにとって『たかがデビュー戦』だと、わからせてやるんだ。
できるな?」
「このネイチャさんに、まっかせなさい!
ぶっちぎって来てやるわ!」
「よし、行ってこい!」
「はい!」
ナイスネイチャがゲートに向かう。
全身に生命力がみなぎっている。
コンディション、闘志、申し分ない。
『さあ、各ウマ娘ゲートに入りました。
やはり注目は地区別優勝者の彼女でしょう。
親御さんも優秀なウマ娘とトレーナーでした。
幼いころから訓練してきて、堂々とした佇まいです』
『私も非常に注目しているウマ娘です。
他のウマ娘を見渡しても、一回り格上のポテンシャルですね』
『サークル【アケルナル】からもナイスネイチャが参戦しています。
こちらのサークルからウマ娘が出るのは一年前の菊花賞以来になりますね』
『ぜひ悔いのないレースにしてほしいものです』
まったく期待していないのがよく分かる実況と解説だ。
まあたかがメイクデビューの実況解説、そんなもんだろう。
こいつらにはウマ娘の表層しか見えていない。
だがまあ、この逆風はナイスネイチャにはちょうどいい。
あいつ、褒めすぎるとたまに調子を崩すことがあるからな。
そこが可愛いんだが。
ああ、褒めちぎりたい。
顔をまっかにしてあのツインテで顔を隠す仕草がたまらない。
冷蔵庫の余り物でチャーハンとか作ってほしい。
商店街でじじばばに一緒に冷やかされたい。
違う、そうじゃない。レースに集中せねば。
もうすぐ出走だ。
ネイチャの顔を見ると、よく集中している。
そう、これだ。これなのだ。
『コンセントレーション』
俺がたづなさんを引き入れた理由の一つだ。
レース出走直後、特に短距離やマイルにとってスターティングはとても重要だ。
出だしですべてが決まってしまうレースもある。
それをたづなさんはよく知っている。
スターティングはフィジカルよりも、メンタルの要素が大きい。
ゲートに入ってからのわずか数秒で頭の中をレースだけにする。
本来、人に教わったからといってすぐできることじゃない。
たづなさんは、ウマ娘のメンタルをよく熟知しているようだ。
それぞれの子に合った集中する方法で教えてくれた。
彼女には感謝しかない。
俺も5回に渡り、一緒に飲みに行ったり映画を見たりした甲斐があったというものだ。
俺の諭吉は無駄ではなかった。
キタサトやサポーターのみんなの機嫌を損ねた価値はあった。
『さあ、まもなく出走です。
ゲートが開いた!真っ先に飛び出たのは・・・2番ナイスネイチャ!
すばらしいスタートです。
他のウマ娘たちは出遅れているようですね』
『いえ、そこまで出遅れているわけではないですよ。
これはナイスネイチャのスタートがよかっただけに、比較して遅れているように見えるだけでしょう。
しっかりとスターティングの練習を積んできていたように思えます』
『なるほど。しかしこちらは2000mの中距離、ここからが長くなります。
果たしてこのリードを守ることができるのか』
『彼女の脚質から言って、ほどほどでトップは明け渡すのではないでしょうか』
『はい・・・いえ、ナイスネイチャ独走しています。
中距離のメイクデビュー戦とはまったく思えないペースで走っています』
『掛かっているかもしれません。一息つけるといいのですが』
『他のウマ娘は固まっているようです。内側を走る5番、4番は窮屈そうですね』
『デビュー戦ではペースがわからないから、周囲に合わせようとしてしまうんですね。
よく見られる光景です』
『おおっと、7番と5番が軽く接触したか。
ふらついたように見えます』
『これもメイクデビュー戦の風物詩ですね。
怪我をしていないといいのですが』
『さあ、後ろの集団をどこ吹く風とトップを独走するナイスネイチャ。
まったく脚色が衰える気配は見えません』
『これは・・・自然体で走っているように見えます。
表情にも余裕がありますね。
この速度、この距離で走ることに慣れているようです』
『なるほど、つまりこれは予定通りということでしょうか。
トップを維持するどころか、ぐんぐんと差を広げていく2番ナイスネイチャ。
レースも大詰め。最終コーナーを折り返す。
もはや彼女を止めるものは誰もいない!
速い、速い!もはや独走状態だ!
残り200を切った!後ろには誰もいないぞ、ナイスネイチャ!
余裕を持って最後の直線を駆け抜ける!
今、ゴール!
勝ったのは2番ナイスネイチャ!
圧倒的な走りを見せてくれました!
サークル【アケルナル】の第一戦として素晴らしいレースとなりました!』
『いやー・・・すばらしいウマ娘が出てきました。
彼女はすでにデビュー戦の枠組みにはいないように見えますね。
これからが非常に楽しみです』
うむ、手のひら返しも見事なものだ。
まあほとんど情報などないメイクデビュー戦ではよくあることだけどな。
俺も最初は自信を持って送り出したウマ娘がメイクデビュー戦で躓いたりしたもんだ。
慰めるのに苦労した覚えがある。
走り終えたナイスネイチャが、こちらに歩いてきた。
「・・・お疲れ、ナイスネ」
「お疲れ様でした!ナイスネイチャさん。
練習通り、すばらしいコーナーリングでしたね!」
「独走してからも堂々とした走りやったなー。
ジブン、差しや先行だけやなく逃げでもいけるんちゃう?」
「はい、このスポーツドリンクを飲んでください。
ウイニングライブまで少し時間がありますから、体を冷やさないようにウインドブレーカーを羽織っておいてくださいね。」
「あ、ありがとうございます!
みなさんのトレーニングのおかげです!」
「いえいえ、ネイチャさんががんばったからですよ」
俺の前をこれみよがしに遮り、ナイスネイチャをねぎらうサポーターのみんな。
・・・・ちっきしょおおおお!
そんなに全力で阻止しなくてもいいだろうよおおおお!
確かに距離を取るとは言った!
しかし、俺トレーナーぞ?
レースで1着を取ったんぞ?
少しくらいねぎらったって理事長も咎めんだろうよおお!
と泣き叫びたかったがぐっとこらえた。
みんなが俺のためにやってくれているのはわかっているのだ・・・。
灰家トレーナーはクールに去るぜ。
すっとその場を離れようとしたところだった。
「あ、トレーナーさん!」
背中に向けて、ナイスネイチャから声がかかった。
「・・・なんだ」
「あの、おかげで一着取りました!
まさかこんなに早くレースに出て、すぐに1着になれるなんて思ってなくて・・・。
あのとき、トレーナーが私に素質があるって言ってくれたから!」
「何を言っている」
「え・・・?」
「君の素質はこんなものじゃない。
たかがデビュー戦で勝ったからといって満足しないでくれ。
君ならもっともっと上の舞台で、名だたる強豪と渡り合える。
これはまだ、始まりに過ぎないんだ」
「は、はい」
う、いかん。
これじゃ少し突き放しすぎではないか?
くそ、昔なら思い切りハグして一緒に泣いて喜んだものだが・・・。
「・・・とはいえ、レースで1着を取るというのは言うほど簡単じゃないのはわかっている、つもりだ。
だから今日のところはしっかり喜んで、ウイニングライブを楽しみ、明日につなげてくれ」
「はい!ありがとうございました!」
「うむ。お疲れ様」
ふう、こんなものか。
適切な距離感が難しい・・・。
ナイスネイチャがウイニングライブの舞台へと歩いていくのを見て、普段の鉄仮面を少し緩めると、スーパークリークがこちらに歩いてくるのが見えた。
「トレーナーもお疲れさまでした」
「・・・俺は何もしていない。
トレーニングやケアは君たちに任せていたし、走ったのはナイスネイチャだ」
「ふふ、そうですね。
その距離感を保つ姿勢もだいぶ板についてきたのではないですか?」
「まあ、な。常に演じるつもりでいればなんとかなる。」
「疲れたら、またいいこいいこしてあげますからね」
「うむ、ぜひ頼む(迫真)」
「ところで、今日はアレはなさらないのですか?」
「アレ、とは・・・」
見ると、スーパークリークは4本のサイリウムを俺に差し出してきた。
「久しぶりに見たいなぁと思いまして。
サポーターみんなですよ?」
「・・・いや、アレやったら距離感もなにもぶち壊しだろ」
そう言って、サイリウムを1本だけ受け取った。
「あら、残念。ふふ」
「さあ、俺達もナイスネイチャのウイニングライブを特等席で見よう」
「ええ、お供します」
たとえ全身で喜びを表現できなくても、ナイスネイチャを応援したい。
本当に、よくがんばってくれた。
泣きそうになるのをこらえて、俺はサイリウムを振った。
『さあ、1着となったナイスネイチャがセンターを務めます。
曲はおなじみ【Make debut!】』
ゴルシちゃんウィークなので久しぶりに執筆しました。
間が空いてすいません。
育成で忙しくて。おかげさまで青因子9がなんとかできました。
これからも育成がんばります。