よくある元ブラックサークルもの   作:ナップル

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『よし、保健室』

よく響く声だった。

狭く、薄暗い室内がびりびりと震えた。

 

思わず背筋が伸びる。

 

「聞こえなかったか?整列だ!」

 

「は、はい!」

 

怒気をはらんだような声に、誰もが慌ててトレーナーの前に並んだ。

先ほど絡んでいたウオッカですら同様だった。

 

「整列までに30秒か・・・だいぶたるんでいるようだな。

 まあいい、今日は初日だ。大目に見てやる。」

 

高圧的な口調だ。

この1年間に出入りしていたトレーナーやカウンセラーは、虐待のあったウマ娘に対し極力優しく接するように配慮していたように思う。

心が疲弊した者に対して、当然の対応だ。

 

それが、このトレーナーには感じられない。

冷たく射貫くような視線は、かつてのトレーナーと、スタッフたちを思い出させた。

 

咳ばらいを一つして、トレーナーは話し始めた。

 

「今日からこのサークル【アケルナル】に配属されたトレーナーだ。

 灰家 欽舎という。覚えておけ。

 

 俺は君たちと仲良くする気はない。

 メンタルケアも必要以上に行うつもりもない。

 

 俺ができるのは、ただ君たちを速く走れるようにすることだけだ。

 そのためだけに、ここに来た。」

 

言い切られた。

速く走るためだけに存在した昔を想起させる発言だ。

体に恐怖が走る。

心が絶望に歪みそうになる。

 

また、あのときの再来か。

なぜトレセン学園はこの男を我がサークルに配属したのか。

一年経っても誰一人として立ち直らないこのサークルも、ついに見捨てられてのかもしれない。

だとすれば、つまり、この重科トレーナーは・・・・引導を渡しにきたのだ。

 

「よし、まずは各員の状態の確認からだな。

 まずはウオッカ」

 

「お、おう」

 

「ふむ・・・・

 

 バ場適正 芝A、ダートG

 距離適正 短距離F、マイルA、中距離A、長距離F

 脚質適正 逃げC、先行B、差しA、追い込みF

 スピードとパワーにトレーニング適正があるな。

 スキルはまだ獲得していないが、差し向けのものだろう。

 本来の好戦的な性格と適性がマッチしている。

 しかししばらく筋トレに励んでいたせいで、トモの張りが不自然だな。

 極めつけは練習ベタだな。

 これじゃいくら練習しても失敗続きだったはずだぞ。

 

 よし、保健室」

 

「・・・・・は?」

 

 

まくしたてるように、トレーナーは言い放った。

言葉の半分も理解できたウマ娘はいなかっただろう。

 

ウマ娘にはそれぞれ個性があり、向き不向きがある。

それを適正と人は言う。

情報誌には数値やアルファベットで評価していることもあるにはある。

 

しかし、ウオッカはまだデビュー前なのだ。

公式のレースに出ていない状態で、判断する材料に圧倒的に欠けている。

トレーニングの状況や性格などはトレセン学園にも情報があるだろうが・・・

 

混乱する私達を置いてきぼりに、トレーナーの話は進んだ。

 

「ナイスネイチャ」

 

「・・・はい」

 

「ふむ・・・・

 バ場適正 芝A、ダートG

 距離適性 短距離G、マイルC、中距離A、長距離A

 脚質適正 逃げF、先行B、差しA、追い込みD

 パワーと賢さにトレーニング適正があるようだ。

 軽いように見えて本心は強い負けず嫌い。

 お前も差し向けのスキルを持っていそうだ。

 中~長距離を主体として、スタミナとパワーを鍛えろ。

 あとはこの暗い部屋でもよく分かる肌アレ具合だ。

 スキンケアくらいしろ。

 

 よし、保健室」

 

「な、な、なんですって・・・・!!」

 

「次はオグリキャップ・・・」

 

変わらず、トレーナーは続けた。

トレセン学園の資料を読み込むどころではない。

 

一体、どこからこの情報を得てきたというのか。

適当なことを並べ立てたと見ることもできる。

できるが、そう判断するにはそれぞれの評価に確かにと頷いてしまうものがあった。

 

しかし、練習ベタと肌アレでなぜ保健室へ・・・?

 

 

結局、すべてのウマ娘に最後に「保健室へ行け」と締めくくって、トレーナーは当たりを見渡した。

 

「む・・・あとは、トウカイテイオーがいるはずだが。

 どこにいるかわかるものはいるか?」

 

「トウカイテイオーは・・・奥の部屋のベッドで寝ています。

 1年前のレースで骨折した上、最も信頼していたトレーナーと別れて、この中で一番立ち直ることがむずかしいと言われています」

 

「その話は当然知っている。

 しかし、俺がトレーナーをする以上、走ってもらう。

 骨が折れていても、心が折れていても関係はない。」

 

そう言って、トレーナーは奥の部屋にずんずんと歩いて行った。

 

「君たちはとっとと保健室へ行くんだ。

 本格的な練習は、まずそのコンディションを直してからとする」

 

「いえ、しかし・・・」

 

「何度も言わせるな」

 

にべもない。

しかし、このままトウカイテイオーとふたりきりで会わせては、彼女の心が決定的に壊れてしまう可能性がある。

 

私達はトレーナーを追うように、テイオーのいる部屋へと向かった。

 

 

「結局ついてくるのか。まあいい。

 しかし、何があっても口を挟むなよ」

 

トレーナーは、部屋の扉をノックした。

 

「トウカイテイオー、いるか。

 俺は新しくこのサークルのトレーナーになった男だ」

 

返事はない。

普段、私達がいくら声をかけても返事をしないのだ。

いままで入れ替わってきたトレーナーやカウンセラーでも同じだった。

 

「だんまりか。

 こちらも仕事なんでな、入らせてもらうぞ」

 

ためらうことなく、灰家トレーナーは扉を開いた。

中はまるで病室のように何もなく、殺風景だった。

隅に置かれたパイプベッドには、小さい体を横にしているテイオーがいた。

私達も、彼女の姿を見るのは久しぶりだった。

 

これが、あのテイオーか。

デビューから連戦連勝を重ね、その走りは見るものを魅了した。

力強さと、その躍動感で会場を圧倒した存在感が、今は見る影もない。

 

「なるほど、まったく聞いていた通りだ。

 散々しごかれたトレーナーに盲目的に心酔して、一度の負けですべてを失ったウマ娘。

 かつて世間を騒がせた最強の血統も、こうなっては逆に惨めだな」

 

「な・・・!!」

 

開口一番のせりふが、慰める言葉ではなくそれか。

死人に鞭を打つような態度だ。

さすがに咎めようと、口を開こうとした。

 

ダン!!

 

トレーナーは、思い切り床を足で叩き、それを制止した。

黙っていろと、そう聞こえた。

 

「しかし、全く見る目のないトレーナーだな。

 この素質に対し、ただスピードとパワーを鍛えるだけ。

 作戦は差しか追い込みだと・・・?

 スピードに自信があるからと、マイルの距離への出走経験もある。

 ここまで来ると逆に笑いがこみあげてくるな」

 

そういうトレーナーの表情は一切笑ってなどいない。

むしろ怒りを我慢するかのように、口端を歪めていた。

 

「なんて悲劇だろうな。

 この素質があれば、凡人がなにも考えずに育てても賞を量産する化け物になっただろう。

 それをなまじ酷使した結果、心も体もぼろぼろか。

 救いがたいトレーナーだ。

 存在すること自体が有害だ」

 

「・・・や・・・めろ・・・・」

 

「君だけじゃない、このサークルすべてのウマ娘に言えることだ。

 これだけの素質を集めて、誰一人として開花していない。

 わざと潰しているのかと問い詰めたいくらいだ。」

 

「やめろ・・・・」

 

「いや、素質があるがゆえだろうな。

 本来の適正とは違う育成をされても、それでも結果を出してきてしまった。

 これが悲劇でなくてなんだ。」

 

「やめろ!!!」

 

トウカイテイオーが、口を開いた。

何ヶ月ぶりだろう。

 

まるで生ける屍のように、朽ちていくだけに見えたテイオーが、感情を露わにした。

 

「なにも、なにもトレーナーのことを知らないくせに!

 あのひとは、ずっとボクにつきっきりでトレーニングしてくれたんだ!

 一日も休まず、一緒にいてくれた!

 期待してくれた!

 いつか絶対に無敗の王者になれるって、してくれるって、言ってくれたんだ!」

 

「はあ・・・無能な働き者ほど困るのはどこの世界も同じだな。

 確かにトレーニングは大事だが、休まなければすぐに限界は訪れる。

 まったく、何十年前の指導者だ・・・」

 

テイオーの涙ながらの声も、このトレーナーの心にはなにも響きはしないのか。

呆れたように、前トレーナーのことを改めて批判した。

 

「それで、トウカイテイオーだけに全力を傾けた結果がこのサークルか。

 ろくにデビューもしていないウマ娘が何人いる。

 ただただトレーニングを詰め込まれ、できないものには罰を与えていたようだな。

 脳みそが空なのか?

 見たところ、ナイスネイチャはこのテイオーに匹敵するだけのポテンシャルを秘めているように見えるがな」

 

「お前の素質が、彼女たちの出番を潰したとも言えるな。

 まぶしすぎる最強の血統が前トレーナーを狂わせた。

 無敗の王者を育てられると夢を見たんだろう。

 身の丈に合わない武器を振り回して、強くなったと思い込んだ素人。

 その代償は、大きかったようだな」

 

灰家トレーナーの言っていることは、正しい。

トウカイテイオーにのぼせあがり、他のサークルメンバーの練習はとてもおざなりだった。

それでも自分のサークルのメンバーが弱いことは許されないと、過酷なトレーニングだけは課された。

 

トウカイテイオーの所為だと思ったことはなかったけれど・・・

 

「う、う、ううぅ・・・・」

 

言い返したいのに、言い返せないテイオーを見るのが辛くて、目を逸らした。

トレーナーから発言を止められていなくても、なにも言うことはできなかった。

 

「トレーナーのことを・・・・悪く・・・言わないでよぉ・・・」

 

「そう言うのなら、前のトレーナーの育成が間違っていなかったと証明するしかないな。

 距離適性はまあ中距離のままでいい。

 差しで戦いたいのであれば、それ向けの育成をしてやる。

 しかし、なにはともあれそのコンディションを治すことからだな。

 とっとと保健室に行って来い」

 

それだけ最後に言って、トレーナーは部屋を出て行った。

 

残された私達は、与えられた情報の多さにめまいを覚えつつ、それでも一つだけするべきことを思い出した。

 

 

「そうだ、保健室へ行こう・・・」

 

 




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ハーメルンて誤字をピンポイントで教えてくれる機能があるのね。
ゴルシ嬉しい。
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