よくある元ブラックサークルもの   作:ナップル

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『肌アレ治った・・・』

私達は、あれから保健室で回復に努めた。

思えば1年前まで怪我などしても保健室を使わせてもらえることはなかった。

トレーナーがクビになってからも、骨折したトウカイテイオーは別として、外傷のない私達は保健室を使う理由は特になく、よく考えると入園から遡っても訪れた記憶はない。

 

それゆえ、知らなかったのだ。

保健室というものがなんなのか・・・。

 

「体が軽い・・・もう、何も怖くない・・・!」

 

「保健室にいただけで痩せたわ!?なんで?

 必死に体重戻すために長距離走ってもスタミナつくだけで、なにも効かなかったのに!」

 

「偏頭痛が消えた・・・」

 

「肌アレ治った・・・え、保健室でオイルマッサージされたんだけど・・・?」

 

解せない。

今まで長いことみんな悩んできた、ほとんど生活習慣病のようなものばかりの症状が、わずかな保健室への滞在だけですっかり治ってしまったのだ。

トレーナーに促されるがまま治療を受けたが、ここまで効果があるなんて・・・。

 

コンコン

 

保健室の扉がノックされる。

 

「灰家だ。入るぞ」

 

「ええ、構いませんよ」

 

トレーナーがやってきたようだ。

しかし、出会いからそうだが、このトレーナーは実は入室時に必ずノックをする。

あれだけ突き放したような物言いをするくせ、意外と気を使っているように見える。

まあ、人として当然といえばそれまでなのだが・・・

前トレーナーはそういった配慮は一切なかったな、と改めて思い出した。

 

「ふむ・・・それぞれバッドコンディションは克服できたようだな」

 

「ええ、まさかずっと悩みの種だったものがこんなにすぐ治るなんて思いませんでしたけど・・・」

 

「トレセン学園の保健室は非常に有用だ。

 俺もよそのサークルで活動していたころから、その噂はよく聞いていた。

 ぜひ、うちの厩舎にも実装してほしいと何度も嘆願したくらいだからな。

 実装するための費用を聞いて、断念したよ。

 これも理事長がポケットマネーで自ら作ったそうだ。

 優しい理事長を持ったことに感謝するんだな」

 

「そ、そうですか・・・」

 

「しかし、保健室ではその場のバッドコンディションは治すことはできるが、根本的にトレーニング内容や生活習慣に問題があれば当然再発する。

 それは我々トレーナー、サポーター、そして君たちウマ娘で見なおさなければいけない問題だ。

 保健室は有用だが、入ればそれだけトレーニングに割く時間は当然減る。

 使用しないに越したことはない」

 

「わかりました」

 

「よし、では一度サークル部屋へと移動するぞ」

 

「はい!」

 

距離感はあるが、ウマ娘のことに無関心というわけでもないようだ。

他サークルでの活動もあるらしい。

最初に会ったときはどうなることかと心配したが、直面の活動に支障はなさそうだ。

 

「では、全員整列」

 

「はい」

 

すっとトレーナーの前に横1列に並ぶ。

今、アケルナルのサークルメンバーは、全部で8人。

一時期は20人を超える大サークルだったことを考えると、だいぶ減ったものだ。

 

「それぞれの育成計画を考えてきた。

 基本的にはこの計画に沿って各自、トレーニングに励んでもらう。

 しかし体力が減っていて、トレーニングがわずかでも失敗しそうだと思ったら迷わず休養しろ。

 モチベーションの低下はこちらで判断する。

 必要であれば、気晴らしの外出を『強制的に』行ってもらう」

 

「は、はあ・・・」

 

トレーニングが失敗しそうなら休養するのはわかるけど・・・

わずかでも?

それにモチベーションが低下していたら気晴らしの外出を強制?

そんなことを指示するトレーナー、みたことがない。

 

「なんだ、腑に落ちないような顔をしているな。

 そもそもお前たちが抱えていたバッドコンディションの多くは、練習の失敗にともなって発生することが多い。

 モチベーションの低下もそうだ。

 そして、練習の失敗は体力の低下が原因だ。

 体力が快調であるにもかかわらず失敗することは、そうはない。

 

 モチベーションの低下はトレーニング効果とレース本番に影響する。

 多少の差は無視するが、不調のときにトレーニングをするくらいなら、思い切って気晴らしにでも行ったほうが効率がいいからな。」

 

当然のごとく話すが、モチベーションの低下は心の甘えだ。

少なくとも前トレーナーにはそう教わってきたし、私自身もそう思っている。

なんとなく体がだるい、やる気がでない。

そんなことで練習を都度休んでいたら、それこそ効率的ではないと思うのだ。

 

「まだ納得できていないようだな。

 まあ納得しないのは構わない、しかし絶対に実践しろ。

 従わないものには、俺がマンツーマンで気晴らしの外出に連れ出す」

 

「い、いえ、大丈夫です」

 

この鉄面皮のトレーナーと外出しては、とても気晴らしになんてなりそうもない・・・。

 

「まずはウオッカだな。

 以前言ったように、君はマイル-中距離のレース向きだ。

 性格的に差しで勝負をかけるのがいいだろう。

 自主的に筋トレをしてきたおかげで、パワーはよく育っている。

 あとは、スピードとスタミナを重点的にカバーすれば、終盤に強い走りができる。」

 

「お、おう」

 

「まずは6月にあるジュニア級メイクデビュー戦だ。

 京都・芝・1,600mのマイル、右周りのコース。

 比較的短い距離だから、まずこのレースを取るためにスピードを上げていくぞ。

 見たところ、モチベーション・体力ともに問題はない。

 今から準備すれば十分1着を狙えるだろう」

 

「了解」

 

「次にナイスネイチャ。

 芝、中距離から長距離向けの適正がある。

 作戦はウオッカと同じく差しがいいな。

 特に終盤にかけて負けそうなときに、闘志が湧き出すタイプだ。

 負けず嫌いな性格ゆえだろう。

 今までなかなか結果が出ず、少し自信を失っているように見えるが、優れた素質を持っている。

 順調にトレーニングを積み重ねれば、必ず勝てるウマ娘になる。

 

 差しとなると、必要となるのはパワーだ。

 長距離戦を走るなら、スタミナと根性も必要になる。

 そして、最後の追い込みで差しきるスピードもな。

 極端な話をすると、すべてのステータスが標準以上でないと中-長距離の差しウマっていうのはだめなんだ。

 ポテンシャルがないとまず勧められない。

 どうする、ナイスネイチャ」

 

「・・・そこまで言われて、自信がないからやめますと言うと思いますか。

 もう3番手に甘んじるのはこりごりなの。

 差しきれるウマ娘に、なってみせるわ!」

 

「いい答えだ。

 まずはウオッカと同じく6月にジュニア級メイクデビューに出走してもらう。

 京都・芝・中距離 2,000m、右周りのコースだ。

 スピードとパワーを鍛えて、終盤コーナーまで足をためて差す。

 その後、若駒と小倉記念と計3レース続けて中距離になるが・・・

 その後の菊花賞を見据えると、少しずつスタミナも強化していく必要がある。

 密度の高いトレーニングメニューになる。ついて来い」

 

「はい!」

 

「次はオグリキャップだな。

 芝、マイル-中距離向け。

 先行、差しどちらでも戦えるだろう。

 まあ脚質から終盤巻き返す差しのほうが安定かもしれないな。

 差しばかりのサークルになるが・・・。

 

 長らく走っていなかったとは思えないトモの張り具合だ。

 トレーニングに不安は少ないだろう。

 スピードとパワーに重点を置けば、さしたる苦労もなく勝てるウマ娘になれるだろうな」

 

「む・・・そこまで評価されているとは・・・意外だ。

 前のトレーナーには、マイペースすぎて闘志に欠けると言われたが・・・」

 

「節穴トレーナーのことは忘れろ。

 しかし、だ。マイル-中距離向けで育成するのだが、ひとつだけ問題がある」

 

「問題・・・?」

 

「勝ち続ければ、必然として人気が出る。

 そうなると、走らなければならないレースがあるなぁ・・・」

 

ま、まさか・・・

 

「有馬記念・・・!?」

 

「そうだ。

 あのレースは2,500mと長距離に分類される。

 それまでマイルと中距離のみに特化していたオグリキャップには酷なレースになるだろう」

 

まだデビューもしていないのに、今から有馬記念の心配を・・・!?

気が早いにも程がある。

出られると決まったわけでもない。

結果を出せるかどうかもわからないのに・・・

 

「なんだ、不安そうだな。

 俺が育成計画を練る以上、3年後まで君たちのトレーニング・レース・休養・お出かけ・帰省・祝勝パーティのタイミングまで工程としてまとめてある。」

 

そう言って、トレーナーはカバンから資料を出した。

それは人数分のスケジュールが緻密に書き込まれた予定表だった。

 

これだけのものを、この短時間でいつの間に・・・・

 

「まあ、各自の体調、体力により若干の変更は出るだろう。

 そのときは都度修正していく。

 必ずこのスケジュール通りになるとは思っていない。

 だが、先のレースの予定も考えずに闇雲にトレーニングをしても、効率が悪いからな」

 

効率・・・なるほど。

確かに、このトレーナーはよく考えている。

それぞれのウマ娘の特徴を捉えているし、理解も深い。

 

しかし、どうしても効率を優先するあまり、冷たく、距離感を感じてしまう。

これでは、我々はトレーナーを心から信頼はできないだろう。

 

「・・・まあまだ練習が始まってもいない。

 俺のことを信用できないだろう。

 最初に言ったように、俺は親しくなるために来たわけじゃない。

 君たちを速く走れるようにする。

 それだけのためにいる。

 結果として、それが達成できればいい」

 

トレーナーの表情は変わらない。

ウマ娘との関係はビジネスとして、割り切っているのかもしれない。

それならば、私達もそう接しよう。

それがきっと、お互いにとっていいのだ。

 

 

それから各メンバーの育成について説明がなされたあと、不意にサークル部屋の扉をノックする音が聞こえた。

 

「お、ようやく来たか。

 みんな、これから君たちをサポートするメンバーを紹介する。

 入ってくれ」

 

そう言って、部屋に招きいれたのは初めてみるウマ娘たちだった。

 


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