アケルナルの力になろう。
そう決めた翌日、私は意を決して、サークル部屋を訪れた。
かつてトウカイテイオーさんが二着に敗れて、サークルが事実上活動を休止してから、私なりに支援はしてきたつもりだった。
それでも、誰一人として立ち直ることはなかった。
自分の無力さを痛感し、塞ぎこむウマ娘たちが痛々しくて、自然とこのサークル部屋へ赴く頻度も減った。
最後にここに来たのは、何ヶ月前だっただろう。
果たして、自分がここに来て、できることはあるのだろうか。
そう思っていたのだけれど・・・
「灰家トレーナー、あなたは一体どんな手をつかって・・・」
自分の目で見ても、まだその事実を信じられなかった。
このトレーナーが来てから、まだ半月と経っていない。
きっとまだ、なにも変わっていないと思っていた。
「はあ、はあ、はあ!」
「まだ、もう一周!まだいけます!」
「もっと足をためて!ここで体力を使っていたら最後のラストスパートでまくれませんよ!」
運動場から聞こえる活気のある声援。
見たことのないウマ娘がコーチングをしている先にいたのは、アケルナルのメンバーだった。
「きつい、きついってクリークさん!
もう、ほんと、むりぃ~!!」
「無理って言ってからが本番ですよ!
レースでの末脚はこういうところで鍛えてこそ、本番で輝くんです!
ダイワスカーレットさんはこの3バ身先にいますよ!」
「はあ、はあ・・・くっそ、絶対負けねえ・・・・!!!」
あれは、前トレーナーに反抗的だったため、ろくに練習を与えられなかったウオッカさん。
他の子のようにふさぎ込んでいたわけではなかったけど、前トレーナーがいなくなり、行き場のないつらさ、怒りを別のトレーナー達にぶつけていた。
それが、今は嘘のように走ることを謳歌しているように見える。
「ビワハヤヒデさんは、少し考えすぎてます・・・
データや資料も大切ですけど、まずは基礎的な体力がないと、机上の空論ですから・・・。
まず今日は校庭を50周することから始めてくださいね」
「ご、50周!?
い、いや確かに私は中-長距離で考えているが、今の私に足りていないのはスタミナよりもスピードと知識であるとこの私の作成した資料にもとづいて考えれば・・・」
「ふふ・・・
まさか、灰家トレーナーの考えた育成メニューが、信じられないっていうんですか・・・?」
「うっ」
「なるほど、ではビワハヤヒデさんの資料の添削をしましょうね。
まず現在のステータス、かなりご自身を過小評価してますね。
これまでのトレーニングから考えて、少なく見積もってもスピードは・・・・」
「うっうっ」
「ついでにご自分の脚質、適正に未だに誤解がありますね。
ご自身が小さいころにお怪我をされたせいで、大切なところで差し込む脚力がないと寸前で諦める癖がついてます。
そのせいで、学友のお二人に勝ち切れない・・・
身に覚え、ありますよね?」
「うっうっうっ・・・」
「はい、わかったら走りましょう。時間は有限です。
大丈夫、走りながらでも考えることはできますよー」
「はい・・・ぐす・・・」
ああ、あの論理性ではトレセン学園ではトップクラスのビワハヤヒデさんが言い負かされている・・・
あんな小さな子に、見るも無残にコテンパンに・・・・
しまいには泣きそうになりながら校庭を走り始めてしまった。
え、今から50周もするの・・・?
「ほら、ビワさん50周のあとはお望みのスピード訓練もさせて差し上げますからね!
早く終わらせないと時間がなくなってしまいますよー」
可愛い顔して、あの子は鬼か・・・・
これでは、1年前の過酷なトレーニングの再来になってしまうのではないでしょうか。
そう思い、サークルメンバーたちの顔を見ても、誰ひとりとして俯いている子はいない。
むしろ、負けてなるものかと闘志を燃やしてトレーニングに励んでいる。
「驚いているみたいですね、たづなさん」
「それは・・・驚きもします。
一体どんな魔法を使えば、こんな短時間でみんなを立ち直させることができるんですか・・・?」
「まあ、別に立ち直らせたわけではないんです。
そもそもウマ娘というのは、私の知る限り、みんなとにかく走るのが好きな子ばかりでしてね。
走っていれば楽しい、速く走れれば楽しい、それで勝てればもっと楽しい。
そういう単純な子たちなんです。
だから、まず一人ひとりに君たちは速く走ることができると伝える。
そして、速く走る方法を教える。
それが結果として現われれば、より練習に身が入る。
まあ、その結果がついてくるのはまだ先でしょうが・・・・簡単なことです。」
その簡単なことができれば、世の中のトレーナーたちは誰も苦労はしませんよ・・・。
「恐れいりました・・・。
さすが理事長が、肝いりでアケルナルのトレーナーに指名された方です。
過去、やっぱり大きなサークルでウマ娘さんを育ててこられたんですか?
理事長から、灰家トレーナーのことはなにも調べるなと言われていまして・・・」
「・・・調べられても、謹慎理由までは隠されているはず・・・」
「え、なにかおっしゃいました?」
「いえ!それほど大したサークルではないですよ。
あまり結果も残せませんでしたしね。
ただ、ウマ娘たちの知識だけは少し自信があります。
このサークルの子はもとより、全国のライバルのことも・・・」
「なるほど、であればレースの際の対策もいくらでも立てることができますね」
「まあ、地力あっての話ですから。
いまはしっかりとトレーニングをこなすことです」
「私も、及ばずながらお手伝いさせていただきますよ」
「ありがたい。万人の味方を得た思いですよ」
お世辞でも、優秀なトレーナーに褒められると頬角が上がってしまう。
それが好意を抱いている相手ならなおさらだ。
「おおげさですねぇ。
あ、ちなみに私、今日は18時で退勤できる予定なんですが、灰家トレーナーは・・・」
すると、後ろから素早い動きでトレーナーが引っ張られていった。
「ほらほら!トレーナー、なにイチャついてんねん!
今からオグリキャップたちのシャトルランするから、みんなのトモでも確認しいや!」
「はいはい、わかったよタマモクロス。
すいません、たづなさん、私は体育館の方へ行ってきますので、運動場の方をお願いします」
「は、はーい」
ああ、行ってしまった・・・。
今日は中山競バ場でスプリンターズがあるのに。
仕方ない、仕事が終わったら一人寂しく家で中継見よう・・・
◇ ◇ ◇
ずるずるとタマモクロスに引きずられていった先は、体育館裏だった。
「まったく、また新しい女引っ掛けて・・・油断も隙もないわ」
「いや、あれはそういうんじゃないって何度も説明してるだろう・・・。
たづなさんはこのトレセン学園でも顔が利く方だし、能力も高い。
これからこの学園で活動していく上で、外すことのできない相手だって。
大丈夫、節度のある距離感を持って接する。
問題はない」
「飲んで自宅まで送ってる時点でアウトや・・・
それだけやない、桐生院ちゅー子にもモーションかけとるんちゃうんか?」
「いやいや、桐生院家のお嬢様だぞ。
俺みたいなペーペーは基本相手にされないさ。
まあ、なにかあったときに窓口は多いほうがいいからな。
軽くコミュニケーションを取るぐらいは許されるだろ?」
「それが箱入り娘にゃ案外有効だったりするんよなぁ・・・」
いやいやそんな。
みんなそんなに惚れやすいわけないだろ・・・
まあたづなさんは脈ありな気はするが、ウマ娘ではないので俺からの脈はない。
「それで、こんなところまで連れてきて、いったいどうした。
トレーニングは大丈夫なのか?」
「あー、あいつらのトレーニングはとりあえずキタにまかせてきたで。
今はとりあえず、いろんなサポーターと顔合わせて、それぞれのやり方を学んでもらったほうがええ。
みんな得意な分野も違うしな。
それよりも、サトノ家のお嬢様からこれ預かってきたで」
「おお、さすがに名家の情報収集力はすごいな・・・俺個人では限界があるからな」
「それ手に入れるために、ダイヤはちょっと実家に連れ戻されてるみたいやけど」
「う・・・いやまあ、これはそもそもダイヤの要望もあって俺も動くわけで・・・」
「どーせダイヤの件なくても、走れないウマ娘なんて見過ごせんとちゃう?」
「・・・そういう説もある」
「はっ、まあええわ。
とにかく、確かに渡したで。
軽く読んだけど、普通に考えたら手の施しようがない。
しかも相手はメジロ家の期待の星や。
うかつに手を出すには危険すぎるで」
「わかってるさ・・・でも、助けてやらないとな。
うちの若いのがうるさいからなぁ」
昔から、ずっと憧れていたのを見てきた。
彼女が天皇賞を取ったときは、自分のことのようにおおはしゃぎしてたな。
あの子の笑顔を曇らせないためにも、なんとかしてみせよう。
まあ、プランは一応浮かんではいる。
俺は、渡された資料を持ってサークル部屋に戻ることにした。
『主治医診断書』
『調査報告書』
対象者:メジロマックイーン