よくある元ブラックサークルもの   作:ナップル

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『すべてあなたの自由なのに』

それから、私は今までにも増してトレーニングに励んだ。

春の天皇賞は3200mの超長距離戦。

並みのスタミナではとても勝負にならない。

 

付け焼き刃のトレーニングではだめだ。

今から体を作っていくことで、万全を期して念願の春の天皇賞を迎えよう。

 

自宅のコースで体を追い込んでいると、執事が声をかけてきた。

 

「お嬢様、サトノ家のダイヤモンド様がいらっしゃっております」

 

「ハア、ハア・・・あら、ダイヤさんが?

 もう少しだけ走るから、待っていてもらってちょうだい」

 

「かしこまりました」

 

切りのいいところまで走りきったあと、着替えて来客を迎えた。

 

「すいません、練習中のところおじゃましてしまって」

 

「いえ、構いませんわ。そろそろ切り上げようと思っていたところですもの。

 ところで、今日はいかがしまして?」

 

「今日はトウカイテイオーさんの三冠のかかった菊花賞じゃないですか。

 せっかくなので、マックイーンさんと一緒に見たいと思いまして」

 

「ああ・・・そうね、練習にかまけて忘れるところでしたわ。

 今日、でしたわね」

 

嘘だった。

執事には、レースが始まる前に呼ぶように言ってあったし、アラームもセットしていた。

 

テレビのあるロビーに行くと、ちょうどパドックをやっているところだった。

マントを投げ、鍛えた四肢を観客に魅せつける出場者たち。

テイオーもその鋭い体躯を晒した。

 

「わあ!すごいトモの張り・・・絞りこんできてますね」

 

「ええ、そうですわね・・・」

 

いえ、これは・・・絞りこみすぎている。

トモが張っているというより、太もも部分に贅肉がほとんどない。

そのせいで、血管が不自然に浮かんで張っているように見えているだけだ。

まるでスプリンターズにでも出るかのような脚線。

 

菊花賞は3,000mの長距離に該当する。

果たしてあの痩せぎすな体で、その長い道のりを踏破できるのか・・・・

 

『本日は菊花賞、歴史的瞬間を目撃しようと、京都レース場にはたくさんのファンが詰めかけています。

 なんといっても本日の注目は三冠がかかっている一番人気トウカイテイオー。

 ここまで無類の強さで勝ち進んでまいりました。

 二番人気はセイウンスカイ。この順位はやや不満か。

 さあ、各選手ゲートに入りました。出走が近づきます。

 ゲートが開いた!一斉にスタートを切る。

 先頭は・・・メジロパーマー!

 早い早い、まるでラストスパートの如くぐんぐん選手たちを引っ張っていく!

 このペースで3,000mを走りきれるのか、メジロパーマー』

 

『彼女の脚質には合ってますね』

 

『後続だいぶ離れて10番手、トウカイテイオーは機を伺っている。

 今回も終盤見事なゴボウ抜きが見られるのか。

 優駿が揃っている菊花賞、誰が勝ってもおかしくありません』

 

『勝負は中盤、どれだけ脚を残せるかにかかっているでしょう』

 

 

『さあ、各選手最後のコーナーを折り返してきた!

 トップは依然、メジロパーマー!

 苦しそうな顔をしているが、脚色はまだ衰えない!

 すごい根性だ!

 追うトウカイテイオー、しかし差はなかなか縮まらない!

 このまま勝負が決まるのか、残り200を切った!

 最後の直線だ、夢の三冠がかかってるトウカイテイオー!

 圧倒的な逃げを見せるメジロパーマー!

 その差2バ身!追いすがる!追いすがる!

 トウカイテイオー、いつもの差し脚が届かない!

 今、ゴールラインを切った!

 勝ったのはメジロパーマー、メジロパーマーです!

 メジロ家の逃げウマ娘メジロパーマー、菊花賞レコードを出し勝利しました!』

 

『すごい逃げ脚でしたね。今までも先行スタイルではありましたが、どこか吹っ切れたように見えました』

 

『これからの走りに期待が持てます。

 しかし負けたとはいえトウカイテイオー、人気に恥じぬ素晴らしい走りを見せました。

 観客からは、メジロパーマーだけでなくトウカイテイオーへの声援が惜しみなく送られています』

 

「テイオーさん、負けてしまいましたね・・・。

 キタちゃん、悲しむだろうな」

 

「ええ、そうね・・・」

 

テイオーが・・・負けた。

メジロパーマー。メジロ家ではかなり異色で、型にはまらない子だとは思っていた。

あんな逃げ脚を見せるウマ娘だったなんて・・・。

 

私なら、彼女相手にどう戦おう。

パーマーのスタミナが切れるのを待っていたら、この菊花賞の二の舞いになる。

なら、序盤から背後を付けて掛からせるしかないか。

 

しかし、もしテイオーが差しではなく先行で走っていたら。

中盤から終盤にかけて、何人も追い抜くのにスタミナを消費していた。

最終コーナーに着く頃には、スピードを維持するだけで詰めることはできていなかった。

先行であればスタミナは残しやすい。

最後、メジロパーマーとの一騎打ちで持ち前の瞬発力でもってまくることはできたかもしれない。

 

・・・まあ、結果を見てからなら誰にでも言えるわね。

菊花賞2着は誰にでもできることではないし、その作戦は決して間違いだったとは言えない。

今は素直にテイオーにお疲れ様と言おう。

 

そうして見ていると、なにやら競バ場が騒然としている。

白熱のレース後の騒がしさじゃない。

不意の事態が起こったような、困惑した空気。

 

『これは、どうしたことでしょう。

 トウカイテイオーが座り込んでいます。

 疲労で立てないのでしょうか』

 

観客席の前で、膝をつくテイオー。

様子がおかしい。

 

『やだ・・・待ってトレーナー・・・ボク、がんばるから。

 もう負けないから、だから・・・・

 

 トレーナーああああああ!!!』

 

突然。

テイオーの叫びが場内に響き渡った。

そのまま、ふらりとよろけたあと、テイオーはその場に倒れた。

 

「テイオーさん、どうしたんでしょう。

 トレーナーさんとトラブルでしょうか」

 

「・・・あのトレーナー、まさか」

 

「マックイーンさん、なにか思い当たるんですか・・・?」

 

「ええ、少しだけ。執事!」

 

「はい、お嬢様。こちらに」

 

「速やかに、サークル【アケルナル】の調査を実施しなさい。

 トウカイテイオーとその他メンバーの育成状況の実態を明らかにするのです」

 

「仰せつかりました」

 

私の杞憂であればいい。

しかし、振り返ってみればおかしな点はいくつかあった。

一般練習を終えたあとも、夜まで及ぶマンツーマン指導。

日を追うごとに表情をなくしていくテイオー。

サークルメンバーも練習が厳しいせいか、生傷が絶えないと聞く。

強豪サークルゆえ表沙汰になってはいないが・・・。

 

そして今日のパドック。

適切な休養を与えられているとは思えない。

鬼気迫る表情のトウカイテイオーの姿が目に浮かぶ。

もし、私の思っているとおりならば、一刻も早くトレーナーとテイオーを離さなければ、取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

結果から言えば、サークルアケルナルは完全なる黒だった。

詳細は省くが、度を越した練習を課し、アフターケアを怠っている。

トウカイテイオーの活躍もあり、目を向けられていなかった他のメンバーへの扱いは特に酷い。

そして、トウカイテイオー自身への過酷なトレーニングスケジュール。

まさか1日の休養も与えられていなかったなんて・・・。

 

私はすぐにこの調査結果を協会へと報告し、まもなくアケルナルのトレーナーは逮捕された。

このことは世間を大いに騒がし、多くのサークルの活動実態が調べられ、活動休止やトレーナーが懲戒免職となることも多かったようだ。

中にはサークルメンバーとスキンシップ(意味深)をしたり、まだ入園前のウマ娘をサポートメンバーとして働かせていたトレーナーもいたらしい。

私はよく懐いてくれているサトノダイヤモンドさんを思い浮かべ、無性に腹がたった。

あの子くらいの歳の子をこき使っていたというのか。

許せない。

 

これでテイオーも今までのトレーナーのことは忘れて、立ち直ってくれればいいのだが。

なんならうちのサークルに移籍してくれても私は全然構わない。

それはもうまったく構わない。

一向に構わない。

 

しかし、そうはいかなかった。

 

「テイオーが、ベッドから出ないですって・・・?」

 

「はい、骨折はもう治っているはずなのですが、やはり前トレーナーへの依存が強かったようで・・・

 ほかのサークルメンバーも同様のようです。

 あちらはトレーナーやスタッフに対し、不信感や恐怖がまだあるようで」

 

「そうですの・・・。

 わかりましたわ。なら私は私の方法で、テイオーを前に向かせるだけです」

 

宣言どおり、春の天皇賞で1着を取る。

私の背中を彼女に見せて、無理矢理にでも下ではなく前を向かせるしかない。

 

幸い、コンディションは良好だ。

この調子であればおそらく春の天皇賞は取れる。

そう確信していた。

 

「ところでお嬢様。最近主治医の診察を受けていらっしゃらないようですが。

 主治医が嘆いておりましたぞ」

 

「今、とても調子がいいんですの。

 診察の必要などとてもありませんわ」

 

さあ、今日もトレーニングへ行こう。

待っていなさい、テイオー。

必ず勝って、あなたを立ち直らせてみせる。

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

『春の天皇賞、制したのはメジロマックイーン!メジロマックイーンです!

 名門メジロ家の意地を見せました!

 これで三世代に渡り、春の天皇賞トロフィーを持ち帰ることとなります!』

 

 

春の天皇賞を『予定通り』1着で終えることができた!

長らく超長距離に向け準備してきましたし、当然ですわね。

一族の悲願でもありましたが、今はそれよりも、この報告を早くテイオーにしたい。

 

お祖母様やトレーナー、サークルメンバーへの挨拶もおざなりに、私はテイオーの待つ病室へと駆けていった。

思えば、直接会うのは日本ダービーの帰り以来だろうか。

痩せてしまっているだろうか。

ご飯はしっかり食べているだろうか。

たしかテイオーははちみーが好きだった。差し入れに買っていこう。

好みは硬め濃い目多めでよかったかしら。

 

よし、準備は万端。

満を持して、私はテイオーの病室の扉を叩いた。

 

「テイオー、いますの?」

 

何度も声をかけるが、返事はない。

衣擦れする音はするので、中にいるのは間違いないと思うのだが・・・。

 

「もう知っていらっしゃるかもしれませんけど、春の天皇賞を取りましたわ。

 あの日、宣言したとおり」

 

胸が熱い。

この日のために私は、ずっと走り続けてきた。

またテイオーと走るために。

 

「私は結果を出しました。

 次は、あなたの番ですわ。

 いつまでそこでくすぶっているつもりです?」

 

練習でもいい。

レースでもいい。

あの日のように逆向かいで離れて走っても構わない。

 

「あの優駿の血統のウマ娘が、ここで終わるつもりですの?

 あなたなら、またあの頃のように走れます!

 今からでも遅くない、また学園で一緒に・・・」

 

同じレースに出て。

最後の直線でしのぎを削り。

そして、ウイニングライブを共に踊れたら、どれだけ嬉しいだろう。

 

「もう!

 あのトレーナーはいないんですわよ!?

 あなたが、あのトレーナーに縛られる必要はない!

 練習も、走り方も、すべてあなたの自由なのに!」

 

叫んだ。

私の声が、彼女の心に届くように。

それでも、テイオーからはなにも返ってはこなかった。

 

「・・・差し入れ、ここに置いていきますわ。

 次来るときは、春の天皇賞を連覇したときにします。

 その時になって、慌てて私の背中を追ってきても、もう遅いかもしれませんけど」

 

まだ、足りない。

テイオーを振り向かせるにはもっともっと強く、速くならなければ。

私を無視できないくらいに。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

それからも、スケジュールの合う限りG1レースに出て連勝した。

トレーニングも休みを減らして取り組んだ。

その甲斐もあってか、我ながらかなりかなり絞られてきたと思う。

今なら、誰にも負ける気がしない。

メジロパーマーにも

全盛期のテイオーにだって。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

「左脚部繋靱帯炎・・・?」

 

「はい。お嬢様のことですから、この病気については改めてご説明するまでもないとは思いますが・・・」

 

最近、少し左足の動きがぎこちないと思い、主治医に相談した。

振り返ると主治医なのに、診察させたのは久方ぶりかもしれない。

 

しかし、それよりも病名を聞いて私の頭の中は真っ白になった。

事実を受け入れることを、頭が拒否しているようだ。

 

繋靱帯炎。

呼んで字の通り、指骨・中手骨間のつなぎの役割をしている繋靭帯が炎症を起こしたもの。

一度発症すれば最低でも8ヶ月から1年程度、治療期間を要する。

また治療が終わったとしても、トレーニングを再開すると再発することが多いことで知られている。

競争ウマ娘として、致命傷となりえる病気だ。

 

「お嬢様の病症はだいぶ進んでいます。今すぐ治療を始めれば、将来的に歩けなくなるというほどではないのですが・・・。

 競争ウマ娘としてのトレーニングは、もう諦めるほかないと・・・」

 

「・・・可能性は、ないんですの」

 

「費用を掛けたからといって治るものではありません。

 都市伝説のような、何でも治す鍼師でもない限り・・・・復帰は絶望的です」

 

「ふ、ふ・・・そう。

 メジロ家のエースも、これでおしまいね・・・」

 

「お嬢様・・・」

 

走ることがすべてだった。

生まれてからこれまで、家のために、自分のために、ただ走り続けてきた。

目標としたライバルともう一度走りたくて。

その結末がこれ・・・?

 

「あ、お嬢様・・・!?」

 

気づいたら家を飛び出してコースを走っていた。

私はまだ走れる。

こんなにも。

少しだけ、違和感があるだけなのに。

 

雨が降っていたが、構わず私は走った。

1周、2周、3周。まだ短距離コースにも満たない。

5、6、7周したところで、左足に痛みが走った。

深い痛みだ。体の内側から響くようで、決して無視できない。

 

「は、は・・・まだ3,200mには足りないのに。

 もう私は春の天皇賞に出ることはできないということですの・・・」

 

叶うなら連覇を。

そしてトウカイテイオーに会って、もう一度だけ励まして。

同じサークルで、練習を・・・

 

それだけのために、これまで練習してきたのに・・・。

 

「う、う・・・・」

 

「テイオー・・・ぐす・・・・」

 

走れない私に価値はない。

テイオーに会う資格は・・・・ないんだ・・・。

 

 

 

 

◇   ◇   ◇

 

 

 

 

 

ダバアアアアアアアア

 

「うわあ、トレーナー!?

 急にどうしたんですか、涙腺壊れたんですか!?」

 

「泣゛い゛て゛な゛い゛・・・・」

 

「いや、無理ありますよ、滝みたいになってますよ・・・」

 

腹が立って俺は叫んだ。

 

「こんなん泣くわあああ!!

 なんだこのめちゃくちゃかわいそうなウマ娘!

 健気すぎる!慰めたい!抱きしめて励ましてあげたい!」

 

「いえ、そんな開き直られましても・・・」

 

「ていうかなんだこの調査報告書!めちゃくちゃ感情こもってるぞ!

 誰だこの報告書書いたのは!」

 

バン!と大きな音を立てトレーナーの寮の自室の扉が開いた。

 

「私です!」

 

「お前かダイヤ!もう勝手に部屋の扉が開いたことには突っ込まんぞ!

 なんでこんなに詳細に心情まで書かれているんだ!

 もう想像で書いてるんじゃないだろうな!」

 

「サトノ家の総力を決して調査しました!

 心情は補足もありますが、マックイーンさん分析第一人者である私とメジロ家のお祖母様の監修のもと書かれたので9割方正しいものと自信を持って言い切れます!」

 

「よしわかった!とりあえずはしたないのでノックもせずドアを勢いよく開けるのはやめなさい」

 

「あら、私としたことが。ふふふ」

 

もう上品に笑ってもごまかせんぞ。

しかし、あのメジロマックイーンとトウカイテイオーにこんな因縁があったとは・・・。

 

「で、どうですかトレーナー。この報告書をお読みになって」

 

「・・・ふん、決まっている。

 もともと治したいとは思っていた。

 防ぎようのない病で道を閉ざされた優駿。

 それを黙ってみていられるほど俺は大人じゃないんでな。

 

 しかもこんな話を読まされたあとじゃな・・・。

 メジロマックイーン。

 嫌だといっても絶対にまた走れるようになってもらうぞ・・・・!!」

 

「やったー!」

 

「マックイーンさん復帰だー!」

 

「メジロマックイーンの復帰はトウカイテイオー攻略のきっかけになるかもしれんしな。

 アケルナルとしてもメリットのない話ではない」

 

「「もう、素直じゃないんですから」」

 

「・・・うるさい。君らまだトレーニングのサポート中だろ。さっさと戻りなさい」

 

「はーい」

 

「それじゃあトレーナー、マックイーンさんのこと、何卒よろしくお願いします」

 

「・・・わかった」

 

バタン。

二人が出て行って静かになった部屋内で、一つため息をついて、俺は電話を取った。

待ってろ、なにがなんでも治してやる。

トウカイテイオー、メジロマックイーン、二人共だ・・・!

 

 

 

 




・・・おかしいな、マックイーンの回想一話で終わると思ってたら二話でも多い量になってしまった。
これも旧衣装マックイーンが可愛すぎるせいか。しょうがないね。

ところでメジロマックイーン最初の鬼門であるホープ振るステークス(誤字ではない)は先行じゃ勝てないので逃げで安定するよ。
ゴルシとの約束だよ。

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