追記:
誤字報告、ありがとうございます。
何度見直しても出てくるんだよ、誤字って(笑)
「ゴメン……私のせいで……」
私の意味のない謝罪を、彼女は何度目かの同じ返事で答える。
「もういいから。圭のせいなわけ無いでしょ?」
少し苛立ちを見せる親友に、それでも私は謝りたかった。私がここに行こうなんて言わなければ。私の気まぐれで、映画を見ようなんて言わなければ。少なくともこんな閉塞した場所に閉じこもる事なんて無かったのに。
あの日。
私たちは家に戻らずにショッピングモールへとやってきていた。本来の目的は買い物だった。私はお気に入りの新譜のCD、美紀は何だかよく分からない洋書を買いに。
買い物は早々に終わったけど、私はなんとなく帰りたくなかった。ウチにはどうせまだ親は帰っていないハズ。美紀の所はどうかは知らないけど、暇つぶしに映画を誘ったら即答だったから、たぶん用とかは無かったんだと思う。女同士で恋愛映画も無いと思って、アクションものにした。どこかの国のエージェントが、一人で巨悪と戦う。そんなありきたりな内容だった。
映画が始まって一時間くらいした頃に、いきなり電気が点いて驚いた。映画やってるのになんで? と思ったら『避難して下さい』との放送があった。火事でもあったのかと思い、スタッフさんに聞いてみると何やら慌てた様子だった。ともかく避難路から非常階段で表に出て下さい、との事なので二人で他の人の後を付いて行く事にした。
「火事……にしては変ね」
「そう? ベルだって鳴ってるし」
「煙の匂いがしないし……」
美紀はそう言っているけど、ここと違う階なら登ってこないかもしれないし。頭でっかちだなぁ、と内心呆れながら避難路を進む。いわゆるバックヤードという道を抜けて、非常階段に繋がるドアはすで開けられていた。
そこからは表の日差しが見て取れた。そろそろ夕方になろうという時刻で、辺りは夕焼けのせいで真っ赤に見えた。
「うわっ! 何すんだ、コイツッ!」
「や、やめてぇっ!」
「お、おいっ! きみ、止めないかっ」
開放型の非常階段の下の方で、そんな諍いの声が聴こえる。ああ、こういう状況になると必ずいるんだよね。揉め事を起こす人が。足踏んだとかどうせそんな程度でしょ? そんな事よりさっさと降りてくださいよ。
心の中の愚痴は功を奏せず、避難は遅々として進まない。それどころか諍いの声がどんどん膨れ上がっていった。
「いや、ちょっと押さないでっ!」
「あっ、アーッ!」
「ひ、ひとがぁ落ちたわよぉっ?」
下の階での喧騒は留まるところを知らず、弾き出された人が手摺から先に押し出されて下に落ちる。私はその場面を見てしまった。
「ぃっ?」
落ちる人にしがみつく、別のひと。その人は……噛み付いていなかった? 思わず逸らした先の平面の駐車場では走って逃げる人がいた。それを追いかける様にゆっくり歩く集団。何がなんだか分からないので聡明な親友の方を見る。彼女ならこの事態を理解できているだろう。私と違って頭がいいのだ、美紀は。
「……え? なんで? 人が?」
端正な顔を青ざめさせて、彼女は呆然と呟いていた。あ、こりゃあアカン。処理出来ずに落ちたカンジだ。
前にいた人達が慌てて戻ってくる。当然のように通路に空きはないので押し退ける様に来るわけで。「ドケェッ!」と二人まとめて通路の端に押し付けられてしまった。
「ちょ……ひどいな。コッチは乙女だぞぉ?」
「だ、大丈夫? 圭」
フリーズから解けた美紀が声をかけてくる。親友の気遣いに感謝しているとまだ上がってくる人がいた。
「え……?」
その人は。
虚ろな目をしていて。
歩き方もたどたどしく。
その首筋からは夥しいほどの✕✕✕✕✕が……。
「ひっ……」
美紀の引きつるような声。
その声に、その人が首を向けた。
ゆっくりとこちらに歩を進めてくる。
美紀は先程よりも顔が青褪めていた。
「に、逃げよっ」
「あ」
咄嗟に美紀の腕を掴み、駆けだそうとする。建物の中に戻る以外道は無いけど他に行ける所はない。
「あいたっ!?」
「け、圭? どうしたの?」
踏み出そうとした右足にかなりの激痛。さっき押し付けられた時に捻じったか、踏まれたか。折れてはいないと思いたいけど涙が滲むほどに痛いので確証は持てない。このままだと走るなんて無理だ。
「グア……」
取り残された私達を睨めつけるような光を宿さない瞳。果たしてあれで見えているのか分からないが、こちらに近寄ってくるところを見るにそれなりには見えてるようだ。
「……美紀。逃げて」
「お、置いてなんていけない」
そりゃあそうだろう。あんなに首から血を流して、口元を血で染めたひとが。「大丈夫ですか? ここは危ないから避難しましょ?」なんて言ってくるはずもない。
でも、今の私には走ることは出来ない。彼女の足手まといにしかならないのだ。
「誰か呼んできて。ね、警備員さんでもスタッフさんでもいいから」
「けい……」
そう言って通路に押し出す。
彼女は少しだけ迷ったけど、通路に向かって走り出した。ゆっくりとやってくる人の後ろ、非常階段からは次々と『かれら』がやってくるのが見えた。下の階での騒乱とは、そういう事だったのだろう。
痛む足を引きずりながら、少しでも距離を取る私だけど、やってくる『かれら』の方が僅かに早い。
「カッコつけ過ぎちゃった、かなぁ」
さっき見たアクション映画でのワンシーン。
安っぽいヒロイズムを刺激されて、親友を助けるために我が身を捧げるなんてどうかしていたのかも。
「あうっ」
痛みに躓いてしまい、通路に倒れ込む。
いま、制服なんだよなぁ。パンツ見えちゃってるかも。みっともないなぁ。
最後の瞬間にこんな事考えてるなんて、美紀が聞いたらどう思うかな? 呆れるかな? それとも笑ってくれるかな?
さっきまで必死に逃げていたのに急にどうでもよくなった自分がいた。諦める事には自信のある方だ。結局、私なんてこの程度だったのだろう。
「けいに、触るなぁーっ」
幻聴が聴こえた。その後にゴツンというすごい鈍い音。仰ぎ見ると、そこには逃げた筈の親友の姿があった。
※
私の親友は、気まぐれだ。
行動するのに計画性はほとんどなく、気分次第で行く所はころころと変わる。その無邪気で適当なところに何度振り回されたことか。
それでも友人付き合いを止めるということは無かった。気難しい私と正反対な彼女とは不思議とウマが合うようで……一年生の頃からよく行動を共にしていた。
怪我をして走れないのは分かるけど、自分を囮にして私を逃がそうとするとは思わなかった。だから、私だって逃げるつもりは無かった。何も無ければ、圭を守れない。
確証はない。
でも、人がああいうふうになる映画は見た事があった。映画『ゾンビ』の中での化け物達は、元々は人間だ。それが噛み付かれて伝染し、どんどんと増えていく。倒すためには頭を潰す以外にない。
もし、アレが原因で避難が始まったのであればこのモールの中は既にかなりの数のゾンビで溢れている筈だ。だとするとここで逃げても助かるとは思えない。
こういう建物には必ず通路に設置されている物がある。私はそれを掴むと来た道を戻った。
片手では持てないので把手を右手で、左手で底のあたりを支えて。わずか十メートルそこそこの筈なのにすごく遠く感じた。
彼女に覆い被さろうとするそいつに、私はそれを思い切り投げつけた。赤い色の重い鉄製のボンベ、消火器は違わずにそいつの頭に当たってくれた。もんどり打って倒れる側で消火器が壊れたらしく激しく消火剤を撒き散らし始めたので、圭を立たせて肩を貸す。
「ほらっ、さっさと逃げるわよ。パンツ丸出しだよ?」
※
あ、やっぱりそうだった?
そうは言いつつ埃を叩いてくれたりスカート直してくれたり。やっぱり我が友は世話好きだ。
それが講じて猫カフェでは嫌われてしょげてたりもする。動物は構い過ぎると嫌がるからね。私はそんな事は無いのでお礼を言う。
「……いやあ、やっぱ美紀のパンツは大人っぽいなぁ」
「バッ……今日のはそんなでは無いよっ?」
美紀基準ではレース多めでも面積さえ確保してればエロくないらしい。解せぬ。
美紀に立たせてもらうと来た道を戻り始める。バックヤード故かドアが幾つか見えるけど、どれも開かない。よく見れば電子制御キーの所ばかりだ。その内の一つだけ、開いているドアがあった。幸いにして誰かのサンダルが引っ掛かっていたようだ。
なだれ込む様に部屋に入り、美紀がサンダルをどかして扉を閉める。カシャンというロックの音がする。
ドンッ、ドンッ
「ひ……」
「圭、静かに」
私に覆い被さるようにしてクチを塞ぐ美紀。
その言葉に従って黙ると、暫く叩かれた後に音は止んだ。
「……行ったかな?」
「たぶん」
美紀が手をどけてくれたのでほっと一息。
部屋の中は、とりあえず必要そうな物は取り揃えて置いてあった。小さな冷蔵庫には冷えた水のペットボトルが六本に、ミセスドーナツの袋。中身はふわふわ系のドーナツが四つ。あと、栄養ドリンクのような瓶が六本。
また、洗面台の側にある棚には乾パンやパン等の缶詰もいっぱいあった。カップラーメンは箱で三つほど。でも全部同じ味なのは如何なものか?
簡素なソファーに座ってローテーブルに戦利品を並べる。ちなみに足が痛いので探したのはほとんど美紀だ。
「救急箱が無いなぁ」
「腫れてはいないから、たぶん大丈夫だと思うけど」
「持っていかれたのかも。なんかこの辺、散乱してるし」
足をひょこひょこさせて見に行くと、奥のスペースは確かに散らかっていた。ノートパソコンが繋がっていたであろうコードがあちこちに広がって、机に置かれた書類や小物も床にばら撒いてあった。
「……ひょっとしたら。この部屋って」
美紀が落ちていた書類を眺めてからそう呟いた。私が見てもちんぷんかんぷんなんだけど。
ピリリリッ!
「「わっ?」」
いきなりの電子音に驚く私達。落ちていた書類の下に携帯が隠れていたようだ。今ではあまり使われなくなったPHSらしきそれは、誰かが出てくれる事を心待ちにするように鳴り続ける。
「で、出てみる?」
「わ、わたし?」
美紀が困ったように眉をひそめる。そうだよねー、初対面の人とか話しづらいもんね。仕方ないので私が拾って通話ボタンを押す。
「もしもし?」
「! 支店長っ? あれっ? 女の子?」
「はい。巡ヶ丘学院高等学校の生徒ですが?」
「なんでJK? と、とにかく安藤支店長は? なんでこのピッチ持ってるの?」
電話口の人が聞いてくるので、とりあえず経緯を説明した。映画館から逃げる最中に変な人に追われて逃げ込んだ部屋からかけてる事を伝えると、向こうは愕然としていた。
「えっ……いない? こんな緊急事態にっ?」
「なんだか慌てて出ていった感じみたいですよ? 色々散らばってるし」
「はあ……なんだよ、もう。責任放棄じゃねえかっ!」
途端に向こうの人がやさぐれた言い方で愚痴った。そう言われても、私達も被害者だしなぁ。バツが悪くなったのか、彼は気遣うように話しかけてきた。
「いいか、お嬢さん。部屋の中に居て、ゼッタイ出るなよ。なぁに、すぐに警察とか来て助けてくれるさ」
声の感じからすると三十代くらいかな? 少し苦しそうな声をしているので聞いてみると、あの人たちに噛まれた所が痛むらしい。
「なぁに、手当もしたし、この程度なんてこたぁない。そっちは平気かい?」
「足を挫いただけです。友人はピンピンしてますし」
「そいつは良かった」
それから彼は、自分がここの職員だという事。いま、二階の専門店エリアに避難していること。他にも何人かいる事を教えてくれた。
「少し休憩したら上を目指してみようと思う」
「無理はしないで下さいね」
「子供が気ぃ使うんじゃないよ」
そう言って通話は切れた。電池が少ないとの事らしい。
「良かった。生存者が来てくれるって」
頼もしい男性の声に安堵する私。でも、美紀の顔色はあまり良くない。
「たぶん……いや、なんでもない。と、とりあえずなんか食べよ?」
このとき私は気付かなかったけど。
美紀は既に、彼らが来ることは無いと確信していたのだ。
事実、彼の番号からは二度とかかっては来なかった。
避難している部屋が原作とは違っています。これは圭の気まぐれでルートが変わったと思っていただければなぁと。