「私は妹なのっ だから問題ない」
「うう……莉緒ちゃんずるいぃ」
「いや、莉緒もダメだからね」
「なんでよっ!」
年齢的にはそろそろそういう授業は受けてるはず。男と女が一緒に寝るという事の危険性は知ってるはずなんだけど……。ちなみに今の状況。就寝時間に枕を持った莉緒が校長室に突入、続いて瑠璃ちゃんも雪崩込んで今に至る……どんなエロゲ展開やねん。莉緒が一緒に寝てくれなんて言うこと、今まで無かったのに。
それだけ、ストレスを感じているという事なんだろうけど……流石に今の状況下でそれはキビシイ。
「そ、それじゃあ。私も一緒に」
瑠璃ちゃん追ってきた悠里さんまでそんな事言い出した。いや、アンタが一番アカン。
「と言うのは冗談ですけど。二人一緒に寝てあげたら如何です?」
「いや、それは」
悠里さんが出した折衷案……折衷案なのかな? より深い沼に嵌っていくような気がする。
「信頼してます。手を出したら責任を取ってくれるだけでいいので」
笑顔で怖いことを言う悠里さん。黒いオーラが無いところが余計こわい。
「お互い監視する立場なら変なこともしないでしょうし」
「むう……」
「莉緒ちゃんといっしょ? わあい、たのしみ♪」
「ふたりとも、九郎さんはお疲れなんだからちゃんと休ませてあげるのよ?」
とまあ、こんな感じでまとめられてしまった。悠里さん、パネェ……
『ようやく眠ったようだな』
『こっちまで眠りそうでしたよ』
校長室に持ち込んだ布団の中で、仲良く眠る子ども達。その間に挟まれて殺されそうだったのは、そう。私です(ドヤァ)
瑠璃ちゃんは比較的早く寝ちゃうのだけど、我が妹様は同世代の子よりやや夜更しが得意なようだ。珍しくコソコソと喋りかけてきて二時間近く眠らなかった。まあ、久しぶりに笑った顔を見られたのは良かった。
『今から向うか?』
『二十三時……まあ、いい頃合いかもしれないね』
そうと決まれば手早く準備をする。アンダーウェアに黒の作業着。編み上げブーツ、ガスマスクまで付けて『ハンク』装備が完了する。携行武器は折りたたみ式警棒とナイフ。威力は下がるが取り回しはこちらの方が早い。対人戦の可能性があるためだ。
『SAKURAも持っていこう』
ハンクが小さく呟いた。マジか……俺はリュックの奥深くに仕舞った包みを取り出すと丁寧にそれを開いた。
長く警察の正式拳銃だったニューナンブM60から代替わりしたリボルバー、S&W M360J。日本という比較的平和な国において警察組織の殆どが導入している回転式弾倉の拳銃だ。五枚の花弁に準えて5発の.38スペシャル弾を装填するそれは、対人戦闘においては十分に威力を発揮する。よく弱いとか使えないとか言われて忌避される事の多いけど、決してそんな事はない。
装填されているのは三発。あれからハンクが教えてくれたのだが、一発目が空砲というのはどうも俗説らしい。よく考えてみれば当たり前か。弾を間違えてしまう場合も有り得る。実包が入っていない拳銃なんて役立たずも良いところだ。
『でも、リボルバーなんて使ってたっけ?』
『M629なら試射した事がある。まあ、近距離なら問題あるまい』
本来なら試射したいところなんだろう。しかし、弾が三発しか無いのではそれは無理というものだ。ホルスターも無いので黒のジャケットの内ポケットにねじ込むと、校長室から静かに出ていく。
『屋上からロープで降りる。代わるぞ』
『あいよ』
訓練でロープでの登攀はやった事はあるけど、こういうのは専門家だろう。手早く手摺に巻き付け、あっという間に身を乗り出す。その時、一瞬だけアイツの包まったブルーシートが目に入った。
『?』
『どうかしたか?』
『いや、……なんでもない』
なんだろう。
違和感があったのだけど、それが分からない。考えている間にもハンクは見事な業で一階まで降りてしまっていた。
月明かりしかない校庭には、それでもチラホラと『かれら』がいたりする。もっとも、学生服や運動着の奴は居ない。夜間に詰める職員か、それとも関係のない奴なのか。何にしても昼に比べれば数は圧倒的に少ない。
駐輪場に行くと何台かの自転車が放置されている。誰かのを拝借してもいいのだけど鍵を何とかするのは手間がかかる。なので職員用のものを使うことにした。
学校の設備の一環として常備されてあり、鍵は職員室に管理されている。ちなみに申請すれば生徒も使える。ただ、使った事のある生徒は少ないと思う。何故ならでっかく『巡ヶ丘学園高校』と書かれた札が付いているからだ。
『いいセンスだ。ステイツなら使う奴も居るだろう』
『お前、アメリカ人舐めすぎだろ?』
漢字付いてれば何でもいいわけじゃないと思うぞ、たぶん。それはともかく、ハンクは自転車に乗ると走り出した。
『ハンクがママチャリ乗ってる姿を思い浮かべるとすごくシュール』
『向こうではほぼ見ないからな。日本独特の物に触れられて、俺は感動している』
『ガチトーンで喜ぶの、やめて』
日本より広いアメリカではママチャリは殆ど見られないらしい。あとセキュリティ面でも不安があるので、ロックの掛からないカゴとかあり得ないのだとか。
ところ変われば、いうやつなのだろう。ハンクは思ったよりも遅い速度で自転車を駆っていく。角は大きく回るし、度々止まって確認したりしている。
『常に死角を意識しろ。あいつら自身は音を殆ど立てない。視覚頼りな人間には夜は相性が悪い』
角からのそりと現れた『かれら』に俺は驚いた。あのまま進んでいたら奴の前に飛び出していたわけだ。彼は落ちていた缶を拾うと反対の道へと放り投げる。カラーンと金属音が響き、『かれら』の注意がそちらへ引きつけられる。そちらへ歩いていくのを確認すると再び自転車を漕ぎ始める。
『なんか……意外だ』
『実戦とはこんなものだ』
警戒に警戒を重ねて、安全を確保しつつ行動する。実際の戦闘にかかる時間より要する時間ははるかに多い。そのおかげで無駄な戦闘をせずにモールに辿り着くことが出来た。
『地下区画と言っていたな?』
『ああ。おそらく従業員用のバックヤードの先だ』
巡ヶ丘学園高校でも、その入り口は倉庫の先にあった。関係者以外が容易に近づけないエリアに作るのであればそうなる筈だ。
「くっそ! 繋がらねえっ!」
携帯電話を叩きつけるように置く。民生機とはいえ最新の衛星携帯電話なのだが、電波を掴むことは無い。彼が建物の地下深くでかけているという事は起因しない。増幅アンテナがこの施設には立てられてあるので繋がるはずなのだ。
なのに、電波は途切れたままうんともすんとも云わない。アンテナが壊れた可能性を考慮して屋内に出る事も考えたが、あんな所を通って無事でいられるとはとても思えなかった。
苛立ちながらも恐怖に慄える男には、このシェルターにいるしかなかった。シャッターの向こうには生ける屍が犇めいていて、とてもではないが先には進めない。
「くそっ。外部と連絡が出来れば」
このシェルターは会社の施設では無い。出資元の企業が作らせた本来存在してはいけないものだ。監視カメラで外部を何箇所かは確認出来るが、施設を動かす権限はなく、内線も通じてはいない。
連絡用の通信手段は置いてあった衛星携帯電話だけだ。PCにインストールされたメッセージアプリもあるが、こちらも接続出来ない。どうやらサーバー自体が死んでいるようで、社内イントラだけは繋がるがその先からはタイムアウトを繰り返すだけだ。
監視カメラから内に出入りする人間たちがいるのは知っていた。つまり生きている人間はまだいるのだ。居場所を教えれば、彼らに助けてもらう事も出来たはずだ。ここには当座困らぬ程に備蓄もある。
「慌てていなければこんなことには……」
社屋内で使用出来るPHSがあれば内線で繋げられたかもしれない。あれなら手当り次第でも施設内の内線で報せる事が出来た筈だ。いつの間にか落としていた事に悔やんでも悔やみきれない。
「くそっ」
手に持った重い物を眺める。それは映画などで見た事はあった。模造品を手に取り、楽しげに語る友人の事を想い出す。思わず涙が溢れてくるが、それを恥ずかしがる理由もない。ここにいるのは、自分だけなのだから。
「こんなもの……使えるわけないだろ」
P226と刻印されたそれは、日本においてはあってはならないもの。少なくとも一般人が手にしてはいけないものだ。そんなものがゴロゴロとしているこの施設は、何なのか。あのランダルコーポレーションという企業は……何なのだろうか。いくら考えても答えは出ない。いや、出ているのだが、そうは認めたくないのだ。
何故なら、世界的にも有名な製薬会社なのだから。そんな会社の関わる施設に、こんな物が置いてあるなんて理解したくない。それはつまり、これが必要になるという事態が予測されたからに違いないからだ。
「ま、まさか……外の奴らも、ランダルが?」
十五、六人くらいが一月は籠城出来る量の糧食。拳銃や小銃といった武装。さらに、塗り潰された箇所が多すぎて不安になる説明書が付随した薬品。
「そ、そうとしか……思えない」
パズルのピースが、次々と嵌っていく。騒動を見越したような緊急避難マニュアルもそうだ。管理者の周辺のごく少数しか許容出来ないシェルター。なんの為にこんな物を作らせたのか。考えるのも悍ましいが、それはつまり。
「……実験、か?」
大規模な感染が起きた際に、抗体を打つ事で生き残った人間の観察と記録。オンラインで観測しているか、出来なければ保存して事態収束後に回収か。いずれにしてもランダルが首謀者なら辻褄は合う……気がする。
ここの食糧が尽きるのが先かもしれないが、人数が少なくなればより長く生きられる。そのための……銃なのか。
「は……はは……ハハッ」
五十で支店長という役職について、これからどこまでいけるかと勝手な妄想をしていたが……しょせんこんなものだ。家族に大したサービスも出来ず、こんな穴蔵で朽ち果てるのか……
パンッ
カラン、どしゃ
思ったよりも軽い音が暗闇に響いたが、それを聞くことは彼には出来なかった。
前半と後半の温度差に風邪を引く……最近寒くなって来ましたね。皆さまもお体、大事になさって下さい。