『ハンク、どう思う?』
『どうと言われてもな。三通り考えられるが、聞くか?』
莉緒を抱き上げながら、ハンクに問いかける。妹の高い体温を感じて、少し安心する。感染しているかどうかはこの段階ではまだ分からない。
ちなみにハンクと入れ替わったのは、彼が嫌がったため。そこまで女性に触れるの嫌なのか? お前さてはホモか?
『俺は至ってノーマルだ、阿呆。まず一番目のケースだが、誰かが埋葬した。屋上菜園には埋められないので下に降ろしたか投棄したかは分からんが、これが一番納得がいく』
それはそうだろう。死体が勝手に歩くなど『かれら』だけで充分だ。考えてみればブルーシートの中身を
『二つ目は変異体となって再生……ないし変異して別の個体となったか。リッカーやらクリムゾンヘッドの例もある』
それが最悪な展開である。
『がっこうぐらし』での『かれら』がそういった変異をした例は無い。だが、本当にならないとは言い切れない。
『三つ目は、消滅だ』
『は?』
『t-ウイルスによる活性死体は活動を停止するとウイルスと常在菌などの作用で急速に分解される事が稀にある。俺もNESTでの任務の際に何度か見たな』
え……? それって、ゲーム的な表現じゃないの? 誰かが片付けてるんだとかネタにされてたけど、事実だったの?
『俺も俄には信じられなかったが、実際に見たのだ』
ええ……マジかよ。ウイルスこええ。『かれら』化させるのは細菌らしいけど、似たような事が起こる可能性はあるのか。
『二と三の複合型として、変異体による捕食行動によって消えた線も無いわけではない。Gが活性死体を吸収していた形跡もあったな』
『Gって……』
おい。あんなのが出てきたら簡単に全滅だぞ。銃火器なんかじゃ目も当てられん。レールガンやロケットランチャーなんてココには無いぞ?
『あくまで可能性の話だ。よく見ろ、土の跡があるだろう』
うっすら明るみ始めたので分かるが、言われてみると轍のような跡がある。これは一輪車……そういえばロッカーの横にあるな。
『それでゴンドラまで運んだのだろう。後は下に降ろした。下にはまだ手付かずの『かれら』の死体がある。紛れてしまえば分かるまい』
なるほど。確かに状況証拠は揃ってる。
『ともかく中に入った方がいい。ロープは後で回収しておけ』
それもそうだ。莉緒がどれくらい居たのかは知らないけど、夜明け前は冷える。よく見ると顔が少し赤いし。
階下に降りて校長室に戻ると、悠里がいた。こちらを見て驚くと同時に安堵した表情を浮かべた。
「九郎さん? あ……莉緒ちゃん」
「屋上で寝コケてましたよ」
「なんで、そんな所に?」
あー、言わなきゃいかん流れだよね。
「すみません、たぶん俺が抜け出したのに気付いたんだと。屋上からロープで降りたのでそこに居たんです」
「それじゃ、あなたのせいじゃないですか」
「はい、面目次第もありません」
キリッと眉尻を上げて怒られた。はい、まさに俺のせいです。
瑠璃ちゃんが起こされ、そこに莉緒が寝かせられた。
「ぅぅ……おはよう、九郎さん」
「ゴメンね、早くに起こしちゃって」
「ううん、いいの。だいじょぶ……」
素直なよい子だ。しゃがんで頭を撫でると気持ちよさそうに目を細めて、猫のようだな。そこに悠里の言葉が耳に入る。
「ちょっと熱があるわね」
「……くぅ……」
後ろを振り向き、莉緒の顔色を見る。顔が赤らんでいたのはやはり熱のせいか。でも、呼吸はまだ落ち着いているようだし。たぶん、風邪だろう……そう、思いたい。
「く、九郎さん? 顔色悪いけど大丈夫?」
「あ、いや。俺は平気……」
なんて言う前に、悠里が近付いてきた。
「うーん……熱はないみたいですね」
「あの、悠里さん?」
俺もいい大人なので子供にするようなおでこは無いでしょう。逆に熱上がるわ。
「わたし、保健委員もやっていたんですよ? 体温測るのは得意なんです」
「はあ……」
近頃の保健委員てのは体温計とか使わないのかね? それはともかく身体を離すと莉緒へと向き直る。
「今日は莉緒ちゃんの看病をして下さいね。毎日動いて大変でしょうから」
「……そうさせてもらいます」
瑠璃ちゃんを連れて表に出る悠里の一言に頭が下がる思いだった。
「あと。莉緒ちゃんに触る前に着替えて下さい。汚れ物も洗濯しますからまとめておいて下さい」
きちんと釘を刺してくるあたり、彼女の旦那は苦労しそうだと思った。当然、言わないよ?
「うん……くろう?」
お、目が覚めたみたいだ。莉緒の枕元に座り、取り急ぎ手指の消毒液で手を拭いておく。
「あんなとこで寝てるから風邪ひいたみたいだぞ?」
「むう……アンタが居なくなってたからじゃない……」
「それは、悪いと思ってる。ゴメン」
少し拗ねたような言い方。額を触れると僅かに熱を帯びているようだ。いつもはツインテールにしている髪も纏めただけなので印象もかなり変わっている。少し見ない間に、妹も育ってるんだなぁ。
「どうせまた、誰か助けてたんでしょ?」
「今回は間に合わなかったよ」
「そう……だからそんなシケた顔してるのね」
シケた顔って……お前が熱出したからだと言っても理解はされないか。やんわりとした表情を浮かべて、妹が呟く。
「アタシを一人にしないでよ?」
「……するわけ、ないだろ?」
「どうだか。ほいほい女の子ばっかり助けちゃってるし」
「それは結果論と申しましてね」
あれ? なんか、浮気を問い詰められる気分になってくるな。そんな気は全く無いのだが……言われてみれば、そうにしか見えないな(愕然)
「ぷ……くく」
莉緒が少しだけ笑った。いつもの、おしゃまな感じの、笑顔だ。
「アンタがそんな真似するわけ無いって知ってるけどね。かいしょーなしだもんね」
「ぐふっ」
久しぶりに妹と会話をした気がするなぁ。今日は朝飯はいらんかな。さっさと着替えて、寝よう……
「いっしょに、寝ないの?」
「いや、そりゃアカンだろ」
寝袋に潜り込む俺に莉緒が非難がましく言う。でも、熱出してる子供に添い寝はマズイよね? 倫理的にもだけど治りづらいでしょ。
「わたしがいいって言ってるんだからぁ」
「いや、でもなぁ……」
「いいから、来なさいっ」
「……はい」
うちの妹様は、押しが強い。
まあ、安心して眠ってくれたので……よしとするか。そして程なく俺も眠りに落る事となった。
目が覚めたのはお昼過ぎぐらいだった。まだ寝ている莉緒を残してスウェットに着替えて、職員休憩所に向かう。誰もいないので他の部屋も覗いてみると、職員室に圭と美紀が居た。
「あ、おはようございます。センパイ」
「ああ、おはよう……センパイ?」
「色々伺ったんですけど、イマイチ分かりづらかったんで。で、OBらしいのでセンパイと呼ぶことにしました」
その呼び名は俺のモノじゃないのだが……
「おはようございます、半澤先輩」
「ああ、おはよう。ゆっくり休めた?」
直樹美紀の方は、相変わらず若干壁を作ったままだ。だが、それが普通だと思う。圭の方が異常なのだ。恐るべし陽キャぱわー……。職員室に置いてあるCDラジオで音楽を聞いている。もちろん、あの曲だった。
「いい曲だね」
「でしょ〜? ビビッと来たから買っちゃった♪ お目当ての方は買えなかったんだけど」
……直情すぎるなあ、この子。思わず笑ってしまうが、美紀の方も苦笑いだ。
「……今の君たちがあるのは、その曲のおかげかもしれないな」
「え?」
「そうですね」
「ちょ? なに? ふたりして何わかりあってんの〜?」
英語の成績は、あまり良くないらしい。we took each other's hand……いい曲だよ。
「それはともかく。みんなはどこに?」
「おくじょーだよ?」
「菜園の作業をすると言ってました」
「ありがとう」
屋上へと向かう間にハンクを起こすと、彼は普通に返事をする。
『寝過ぎたな。少し頭が痛い』
『そんなでも痛くなるのか……いや、なるか』
俺もハンクに代わってもらってる間に経験した事がある。幻肢痛のようなものだろうか?
『見たところ、特に変わりはなさそうだな。やはり一番目か』
『だけど、いつの間に作業したんだろう?』
『それは一輪車の在処を知っている者に聞けばよかろう』
『あ……』
なるほど。悠里さんならありえるか。アイツの遺体を動かしたのも作業再開のためとも思える。流石に側に死体があるまま農作業は出来ないもんな。
屋上に着く。今日もいい天気だけど西の方に僅かに雲の塊が見えた。雨雲じゃなきゃいいけどなぁ。菜園では作業に勤しむ悠里と胡桃、めぐねえがいる。貴依と由紀は手摺の近くで座り込んで談笑していた。瑠璃ちゃんもお手伝いしたいらしいけど、貴依に抱っこされて動けないようだ。意外にしっくりくる絵に貴依の姐さん気質が見えるね。
「九郎さん♪」
「はんくさん、おはよー」
「もうおはようって時間でもないけどな」
手を振って近付くと瑠璃ちゃんが突撃してきたので受け止める。重心の低いいいタックルだ。体重軽すぎるけどね。
「よーし、アタシも♪」
「こらこら、子供と張り合うなよ。まあ、子供みたいだけど」
「あー、たかえちゃん。言うてはならんことをー」
「えへへ」
仲の良さそうな二人はそのままに、菜園の方へ向かう。へばり付いた瑠璃ちゃんを抱き上げると嬉しそうに笑ってくれた。気分としては日曜日のお父さんだな。
「九郎さん。昨日、変な夢を見たんです」
「ゆめ?」
瑠璃ちゃんが顔を近づけてこそこそと話す。どうやら周りには聞かれたくないようだ。
「夜空をお魚がぷかぷか泳いでる夢でした」
「……それは、随分ロマンチックだね」
「はい。子供っぽすぎて、りーねえにも言ってません」
くす、と笑うるーちゃん。
しかし、金色の魚が泳ぐ夢……どっかに魔法使いとか居たっけ?
菜園に近づくと、三人は手を止めてこちらに寄ってきてくれた。作業の邪魔をするつもりはなかったんだけど、まあいいか。
「よお」
「莉緒ちゃんは平気ですか?」
「熱も安定してたし、下の二人に任せてきたよ」
美紀も圭も看病は快諾してくれた。CDラジオなら持ち運べるし、校長室で聴くのも職員室で聴くのも変わらないだろう。俺は悠里に向くと話を始めた。
「一つ聞きたいことがあってね」
「……? なんでしょうか」
悠里に聞いてみると、やはり動かしたのは彼女らしい。ハンクの見立てどおりに昨日のモール散策中に、
胡桃は、このやり取りをじっと聞いていた。表情は険しく、対する悠里は少し動揺しているものの狼狽えてはいない。めぐねえだけ一人ではわはわしてる……めぐねえ可愛い。
「その事は……」
「今朝、聞いた」
むっつりとした表情を隠さない胡桃に、戸惑う悠里。これは一触即発か?
そう思ってたら、胡桃が先に頭を下げた。
「ゴメン。本当はアタシがやらなきゃいけなかったことなのに……若狭にやらせて」
いきなり謝られて、驚く悠里。
「そんなつもりは……」
「いつまでもそのままじゃ可哀想だって、思ってはいたんだ。忙しさにかまけて……アタシは逃げてたんだ、たぶん」
悔しそうに、辛そうに顔を歪ませる胡桃。本当はそんな事はしたくないだろうに、自分がやるべきだったと自らを責める。そんな人間だったよな、この子は。
「だから、感謝してる。ありがとう、若狭」
「恵飛須沢さん……」
めぐねえもいつの間にかほっこりした顔してる……なんだろ、ギャグ要員かな?
「けど、意外と力あるなぁ」
「そ、そんな。ごく一般的な人よりかは、ちょっとあるかも、だけど」
なんかチラチラこっち見て言う悠里。ん? なんだ?(すっとぼけ)
「アイツ、たしか俺と同じぐらいあったからね。俺を持ち上げられるのは、女の子としては十分力持ちだと思うよ?」
「も、もう! 九郎さんまで。足元は莉緒ちゃんに持ってもらったの」
『その、遺体を検分したい。場所を聞いてもらえるか?』
ハンクがいきなり割り込んできたので、大まかな場所を聞いてみた。中央玄関の横の山に置いたらしい。ハンクは俺と代わるとまだ残っていたロープで素早く降りた。昼下がりのせいか校庭にいる『かれら』の姿はまばらで、こちらに寄っては来ない。彼は足早に動いた。
遺体の山の裾に置かれた、アイツの遺体。首はシャベルで切り落とされていたので胴体には付いていない。おそらく何処かに転がっているのだろう。
ハンクが手袋を付けて持ち上げる。
『軽いな』
『え?』
俺の言葉に耳を貸さずに彼は腕を手に取り力を入れる。ぱきり、と骨が折れてその部分から腕が曲がった。まるで真ん中に関節が出来たような違和感に慄くが、ハンクは更に呟く。
『骨密度が低下している。筋肉組織も少ない』
『え……つまり、どういうこと?』
『三番目だ。『かれら』は分解されている』