『君からこのタイミングで連絡が来るとは思わなかったよ』
青襲椎子の初のメッセージ(正確には二回目)はこんな感じだった。ちなみに文字チャットの形式はRAIN形式で、作りもそのまま。
『健勝な様子でよかった。これからどのくらい保つかは分からないけど、暇つぶしの会話くらいなら付き合えるよ』
『あ、暇とかはあまり無いんだ。いま、どこ?』
『ふぅむ……君は思ったより大物だな。破滅への道しかないのに、ナンパとはw』
『違う、そうじゃない。あなたの力が必要なんですよ』
文字でのやり取りは意外と面倒だ。音声チャットにしたいと言ったら頑なに断られた。なぜに?
『声に自信がない、とか?』
ハンクがどうでもよさそうに聞いてきたが、それは無い。青襲椎子はややハスキーだが整った声をしているし、さらに言えば美人だ。天は二物も三物も与えるといういい例とも言える。
『しがない院生に何を求めるのだい? ちなみに場所は想像通り、理学棟、幹島研究室さ。もう一週間近くになるが、そろそろ怪しくなってきてね』
文面から推察するにかなり逼迫している様子だ。幹島研究室か……たしか理学棟三階の真ん中辺り。学舎は大学の敷地内の一番外れだ。外周の壁を越えればすぐに辿り着けるはず。だけど一度入っただけだし、土地勘は期待出来ない。
『聖イシドロスの地図と理学棟の地図は入手出来ますか?』
『……どちらも可能だが。まさか君、来るつもりなのかい?』
『そのつもりです。いま俺はそこよりはマシな場所で避難生活をしています。あなただけなら、救助出来るかも、しれません』
彼女の交友関係は、たぶん多くない。原作でも理瀬くらいしかいなかった気がする。でも釘くらいは刺しておかないとな。
『来るなら土産とか差し入れとか期待していいのかな?』
『水、食料、何でも持ってくよ』
『なら……』
「「「ええーっ?」」」
「よ、夜中に一人で、出掛けるんですか?」
夕食時にそう切り出すと一同騒然となった。
「いくらなんでも無茶だぜ、ハンク」
「いや、実はコイツ前もやらかしてたらしい」
「非常識です……」
「夜中のピクニックか〜。いいねぇ、面白そう!」
「ゆき、遊びに行くってわけじゃないんだぞ?」
「それくらい分かってるよ、たかえちゃん。じんめんきゅーじょでしょ?」
「人面助けんのかい。人命救助、だろ?」
「う……ちょっとまちがえちっただけじゃん。くるみちゃんのいじわるぅ!」
「あはは、私も人面犬救助したいなぁ♪」
「圭はまだ脚、治ってないでしょ」
わちゃわちゃ、わちゃわちゃ……
放っておくといつまでも喋ってそうだなぁ、この子たち。
「あの、九郎さん。その人はどこにいるの?」
莉緒の熱はやや下がってきており、感染疑惑はひとまず棚上げになった。でも、これから誰も感染しないという訳ではないし、感染していないと言う保証もない。
「大学だよ。そこの学生と偶然連絡が取れてね。孤立しているからここに連れてこようかと考えている」
「その方は、男性ですか?」
シン……
今までの空気が一瞬でかき消える。発言した悠里はあくまで普通の様相だけど、周りのみんなはこの事態に気が付いたらしい。
「お、女の子ばかりの所に男性を連れてくるのは感心できませんね……」
めぐねえがぽつりと呟く。その心配は尤もなので、取り除くように俺は答える。
「女性だよ。青襲椎子って名前で、聖イシドロスの理学部生なんだ」
「ほ……」
「大学生かー。そういやハンクって大学生だっけ?」
「うんにゃ。フリーターって奴だよ。それで、今日の夜にでも行ってこようかと思ってる」
「よっしゃ。付き合うぜ」
トンっと胸を叩く胡桃。だが、今回は彼女は連れていけない。隠密での行動を余儀なくされるので、一人の方が気楽なのだ。
「いや、一人で行く。その方が成功率が高いはずだからね」
みんなも否定は出来ないようだ。早速準備に入ろうとした所で声が上がる。
「わたしが同行します」
「え……」
ざわざわ……。
悠里の一言に、みんながどよめく。
こちらをきっと見つめて、悠里はもう一度、静かに宣言した。
「わたしが同行します」
「お、おう……」
なぜか、気圧されていた。
深夜のコンビニには人はいない。
ソーラーパネルで細々と灯される外灯には群がるものの、電気の途絶えたコンビニには光るものはほぼ見当たらない。よって、『かれら』も集まってはこないのだ。
「大丈夫そうだ」
停めた車に小さく声をかけると中からロックを外す音。
ドアが開くが開くと長めの髪を揺らして悠里が姿を見せる。おどおどとした様子がとても可愛いが、のんびり眺めているわけにもいかない。
「コンビニに寄るんですか?」
「彼女のご所望の物があるからね」
ハザードランプやロックの音が響くため、エンジンはかけっぱなしだ。この時期の車はかなりハイブリッド化が進んでいるためエンジン音も緩やかである。
先に偵察はしておいたので店内に脅威はない。
手早く中を散策し必要なものを回収していく。
「九郎さん、これ……」
「足りないんだそうだ」
「……男性に頼むなんて、気が知れません」
カゴに入れたのは女性用下着とか生理用品とか。彼女が頬をふくらませるのも無理はない……かも。
彼女がどう思って頼んだかは知らないが、逼迫しているという言葉に嘘はない。現に食料や水なども要求しているのだから。一応、学校の備蓄からはシリアルバーやカップ麺、缶詰のパンやコーヒーなんかも持ってきてはいる。一人でなら一週間はもつ量だ。
当然、その分足りなくなるのでコンビニで手に入る物は全て回収していくつもりだ。せっかくの車なんだから最大限に利用しないと。悠里も文句は言いつつも物色する手は休まない。これが主婦力というやつか(笑)
ガラスの瓶が置かれてある棚を見つけたので物色する。缶ビールの類は少ないけど日本酒やウィスキーなどのアルコールはまだ残っている。たしか青襲の注文は焼酎だったはずだが、どうもそれらしき物は無さそうだ。
「その……お酒、飲むんですか?」
「おれ? いや、飲まないよ」
「そうなんですか?」
「下戸って訳じゃないけど。一人で飲む趣味はないんだよね。仕事仲間と一杯程度、かな」
生前の俺はともかく、今生では酒はあまり嗜んでいない。理由としては、つい最近まで法令的に飲めなかったからだ。
それに、飲んだとしても酔えるとは思えなかった。もし、酔っ払っている最中にこの状況になったとしたら、目も当てられなかっただろう。
「じゃあ、なんで」
「これも注文の内の一つさ。アルコールが欲しいんだって」
そう答えると、悠里が呟いた。
少し、寂しそうに。
「お酒なんて……」
「悠里……さん?」
少し良くなったと思ったら、また暗い顔になった。お酒飲む人が嫌いなのかな、と思ったけど、親父さんは飲んでたよな。と言うことは、なんなんだ?
「そのワイルドターキーは確保してくれ」
……お前。後で飲むつもりか?
酔いが残らないように加減しろよ。
レジに申し訳程度にお金を置いていく。回収する人もいないし、誰か来たとしてもこれを持っていく人はいないだろう。それでも、一応ケジメのようなことだけはしておきたかった。
表の車に積んでいるとハンクが敵の接近を告げた。
『左手方向から一体くるな。丁度いい、アレを使ってみろ』
ハンクの言うアレとは。懐から取り出した拳銃に、悠里が怪訝そうな顔をする。
「……莉緒ちゃんの使ってたのと違う?」
「あれは電動ガン、おもちゃです。こっちは」
銃身の後ろのレバーを引く音に、彼女が強張る。そう、これは本物だ。
『そいつは22口径だから反動は少ない。サバゲー経験者なら、まあ使えると思うぞ』
『そうであってほしいね』
細長い銃身で見た目はかなりスタイリッシュ。スターム・ルガーMk.Ⅱをそちらに構える。ゆらゆらと動く『かれら』の頭部を狙うのは、なかなか難しい。
パスッ
鈍く、小さな発射音に続いて、『かれら』の頬に穴が開いた。反動でよろけるけど、倒れはしない。
『どれ、手本を見せよう』
そう言うのでハンクに代わる。
彼我の距離は六メートル、彼はすっと構えて撃つ。目の間に的確に当たり、『かれら』は、そのまま崩れるように倒れた。
『22口径でも正確に当たれば脳幹は破壊出来る。正確に当たれば、だがな』
『へいへい。下手で悪うござんした』
『いや、スジは悪くない。むしろ上出来だ。P226ならあれでも倒せるはずだ』
「く、九郎さん……それ……」
俺の手に握られている凶器を指さす悠里。くるりと回して、グリップを彼女に向けて差し出す。
「護身用に持ってて下さい」
「え?」
「車の中に居ても、危険はあるかもしれません。特に大学の周辺は生き残っている学生も多いはず」
今回のミッションの要点は実はここだ。多くの生存者が残る大学では、対人戦が起こる可能性が高い。車での接近を気取られた場合、襲撃に来る事も考えられる。武器があれば格闘などの経験のない悠里でも不利にはならない。
「で、でも。わたし使い方なんて知らないし……」
「教えますよ。もちろん」
「俺が、だがね」
途中からハンクが出てきた。そのギャップが面白かったのか、悠里がくすりと笑う。
「……撃てるかしら。わたしになんて」
彼女が自嘲気味に言う。大丈夫などとは言えないけど、一つだけ分かっている事がある。
「やらなきゃ、るーちゃんを守れません」
「……!」
ほんの少しの逡巡のあとに、彼女はきっと顔を上げる。
「やって、みせます」
車の中でレクチャーをして、とりあえずの基本動作を教える。ハンクに聞いてみると『構えて撃つなら子供でも出来る。当てる事が重要なのだが、こればかりは練習が必要だ』との返答。
この拳銃は一丁しかなく、弾丸も全部で50発もない。試射をすると実戦に使えなくなる可能性もある。
ざっと使い方を教えた後にハンクが注意点を伝える。
「ユウリ。この武器は『かれら』には使うな」
「……え? それってどういう……」
「『かれら』に対してさして有効なものではないからだ。正確に、脳幹や延髄を狙うなど、君には出来ない」
「……では、なんのために?」
「先程クロウも言っただろう。他の生存者から身を守るためだ」
「……!」
車に女の子なんて手に入れればウハウハの宝物だ。生存者の中には倫理観を失って暴徒のような事をする奴らもいる。それらから身を守る為には必要なのだ。
「さっさと戻ってきます。出来れば彼女も連れて」
「……はい。待ってます」
それから大学の近くに車を停め、俺はいつもの恰好で夜の町を走る。高い塀を乗り越えるのも、意外と簡単だった。
『この身体は本当に動きやすいな』
『やらないよ』
『ソイツは残念だ』
軽口を叩きつつ理学棟へ向かう。
すでに正面の玄関は固く閉ざされていたけど、別の進入路を青襲は提案していたのでそちらに回る。
そこには緊急脱出用の避難梯子があった。二階、三階の非常扉から降りる事が出来るのだが、上からでないと梯子は降ろせない仕様だ。それでも二メートルちょいの辺りに最下段があるので、ヒョイっとジャンプして掴む。
『お前はやはりNINJAかもな』
『さすがにそれはない』
三階の非常扉のサムターンロックを外し、ドアノブを回す。警備会社とかが動いているなら通報されている所だろうけど、今さらな話だ。
中は暗くはない。外から見た限り停電もせずに電気は点いていたのでこれは想定内。想定外なのは……
「ぐあぁ……」
『うひ』
思わず心のなかで声が漏れる。廊下には十体近くの『かれら』が屯していたのだ。
『これは動けん訳だ』
そう言いつつもハンクは冷静にケミカルライトを折って通路に放り投げる。遠くに投げられたそれに近くの奴らが気を取られ、そこへ折りたたみ警棒を後ろから叩き込む。二人ほど始末した所で、いいものを見つけた。
『ハンク、あれ使えないか?』
『
ああ、そういやそう言うんだっけ、向こうだと。防災用の斧を掴むと彼は群れの中に飛び込んでいく。
ザクッ! ザクッ! ザクッ!……
さすが鉄製の斧は違うな。
鉄パイプや警棒とは威力が違いすぎる。コンパクトな振りでも余裕で首を飛ばすし、だいたい一撃で終わるので時間も早い。
『まさか
あまりに簡単なので二階や一階もついでに掃討してしまっていた。
『さて、ではお姫様に会いに行こうか』
『本題を思い出してくれて助かるよ』
幹島研究室と書かれたプレートのかかる部屋の扉をノックする。都合4回鳴らすと、中から解錠された音が聞こえ扉が開いた。
「遅かったね」
「お、おう……」
「本当に倒してしまってるな。これは頼もしい限りだ。さ、中へ入ってくれ。汚いところで申し訳ないが」
「あ、あのさ……」
普通に会話しているのだけど、いいのだろうか。目を逸らしながら俺は問いかける。
「な、なんで、服着てないんですか?」
彼女は、丸裸だった。
いや、白衣とサンダルだけはあるけど、下着とかもなくて……背徳的な絵画のような雰囲気を醸し出していた。
「ん」
と、彼女が指を指すのはワイヤーに留められたTシャツ、ジーパンや下着など。
「いきなりカンヅメくらうとか思わなくてね。アレが来て血塗れだったのさ。洗濯機も洗剤も無いし、手洗いで誤魔化したけど、どうにも気が引けてね」
「あ、それは……大変でしたね」
「電気は生きてるから暖房が使えるので問題は無い。むしろ開放的で癖になりそうだね」
くすり、と笑う彼女はとても蠱惑的に見えた。
『貞操観念の強そうなユウリは連れてこなくて正解だったな』
『そうだな……』
ハンクと意見が合うのは意外とめずらしいと、思った。
あー、悠里さんに銃器とかヤバそうな展開だーw