ちゃんと見直しても残るんだよなぁ……
通りは『かれら』でごった返していた。轟音が暫く鳴り止まなかったせいなのは明白だった。
ある意味盲目の状態だったのが幸いした。
聴覚にほぼ依存した『かれら』にとって、方向が確定しない大きな音では撹乱されてしまう。
よって、右往左往するだけの存在となった『かれら』達は動く車を標的とすることはなかった。
俺たちは何事もなく学校に戻ることが出来た。
「ハンクさん、無事だったんだねっ!」
「わ、」
帰還した時、由紀が抱きついてきたのに驚いた。見ればうっすら涙が滲んでおり、よほど怖かったんだろうなぁと頭を撫でる。
「りーさん、平気だったか?」
「え、ええ。ちょっと汚れただけ……りーさん?」
胡桃のりーさん呼びにやや困惑する悠里。少し照れた様に頬をかく胡桃の側には瑠璃がいた。
「いや、ほら。るーちゃんがいつも『りーねぇ』ゆってるだろ? そんじゃあウチラからしたら『りーさん』だねって、由紀がな」
なるほど。親密度というやつか。
「お疲れさま、半澤くん。それで、その学生さんは?」
めぐねえが労いつつ声をかけてきた。だが時刻はすでに深夜である。
「いや、こんな音響いてたら寝てらんないよ。莉緒だって起きてきたくらいなんだぜ?」
「まったく、騒がしいったらないわ。アンタの仕業じゃないでしょうね、九郎」
職員休憩室に莉緒を連れてきたのは貴依だった。おんぶしてもらいながらも辛辣な事を言ってくる妹様は相変わらずだ。
「いくらなんでもあんなのはムリだよ」
「……ふん」
額を合わせてそう言うと、少しだけ顔を背けてそう呟く莉緒。
「まだ熱下がってないのか?」
「うるさい。バカ」
「ははっ」
俺と莉緒のやり取りを見て貴依が笑う。もう化粧などしていない彼女はパンクな要素はチョーカーくらいしか見当たらない。おんぶをする様も板に付いていて、ちょっと新鮮だ。
「それじゃあ、済まないけど状況を説明するよ」
俺はみんなの前で携帯電話を取り出し、声を出す。
「ボーモン君、青襲に通話を繋いでくれ」
「シイコに、繋げるよ……」
「わ、未来的?」
「ただの音声入力じゃないですか……」
「わ、みーくん、冷たいっ」
由紀にツッコむ美紀。というか、いつの間にかあだ名が解禁されている。まあ、別に構わないけどな。俺もハンクさんとか呼ばれてるし。由紀から見たら俺もハンクも一緒なんだ。
他の人達は気を遣って別人扱いにしてくれているけど。
『あー、ちょい待っててくれると有り難いんだが』
「手が離せないなら構わないけど」
『あ。いや、問題なくなった。通信が切れたようだ』
どこかの会話を傍受していたらしい。スパイ顔負けな事をさらりとやってのけるとか、本当に規格外だな。
『ご紹介に預かった青襲だ。象牙の塔に籠もっている』
「象牙の塔?」
「研究機関とかのことを指す言葉だよ」
「「ふぇー」」
圭の疑問に答える美紀。一緒に感心したような声を上げるのは圭と由紀だ。その様子に電話口の青襲もくすりと笑う。
『なかなか個性的な子たちのようだね』
「お陰様で。それより、現状の説明を頼めるか?」
『構わないよ。通話代はかからないしね』
「お、おい。その、青襲って大学の人だろ? 連れてこなかったのか?」
『私が拒否したんだよ。情報収集はこちらの方がやりやすいからね。いざとなったらそちらに合流するつもりさ』
そう。彼女に合流を求めたのだが断られたのだ。理由は言った通りに、情報収集のためだ。
あの研究室にはかなり高精度のコンピューターと、多彩な通信機器を備えているらしい。外部の情報を知り得るには必要なものだ。
『さっきのは空爆。使用されたのはデイジーカッターと呼ばれる大型の爆弾で、それを数珠つなぎのように投下したのさ』
『ベトナムの負の遺産さ』
たしかヘリの離着陸のために開発されたとか何とか。
『作戦の概要としては対『かれら』防衛線の構築の前段階、まあ掃除かな? 半径35kmを繋げる三重の鉄条網とバリケードによる巨大な包囲網『巨人の防壁』を形成するためのね』
何とも壮大な話だなぁ……
「……『かれら』を出さないようにするために、ですね」
美紀の言葉を、彼女は肯定する。
『そのとおりだ。東京、千葉、神奈川、埼玉を含んだ首都圏は封鎖される。生存域をこれ以上減らさない為の非情な選択だそうだ。笑えるね』
「そんな……」
青襲の言葉に青ざめるめぐねえ。しがみつく由紀も、悠里に抱かれる瑠璃も同様だ。気丈な胡桃や貴依も言葉が無い。
「そうしないと感染が拡がり続けるから?」
『まあ、そう考えたんだろうね。まさになりふり構わずだったようだよ』
東京、神奈川東部を中心に拡散した
『知っての通り感染の経路は接触による外傷からの血液感染、血液の飛沫による粘膜感染なのだが……これの発症までの時間に個体によって大きなラグがあったのが問題だ』
「……!
『お、聡い子が居るみたいだね。そのとおり。感染した者が電車や車で帰宅したのだろう。詳しく計測した訳じゃないけど、数分で転化する者もいれば、二日ほどかかる者もいたようだ』
その発言に眉をひそめる者は多いが、ハンクの見る視点は少し異なった。
『モニター越しに他の部屋を観察していたのか。どうしてなかなか立派な研究者だ。アンブレラの本職にスカウトしたい』
……確かにそのとおりだ。青襲もまともな神経ではない。
というか、壊れたのかもしれない。
『混乱を助長したのは、警察や病院が手当り次第に感染者を収容したせいもある。もっとも、初期の状況では致し方なかったとも言えるがね。現政権の内閣総辞職にも発展したよ、物理的に』
混乱を収束させようとした機動隊や警察官達にも多くの犠牲を出したが、都市中央部の混乱は度し難いレベルだったらしい。
『混乱に拍車をかけたのは同時刻から発生した強力な電波異常さ。羽田や成田へ向かう航空機や自衛隊、米軍の管制機器にも多大な影響を与えたそうだ』
「電波異常?」
そんなのは初耳だ。原作にもそういう描写は無かったと思う。
『制御不能となったジェット機やヘリが次々と落下したそうだよ。『かれら』の混乱の最中に上から落ちてきたんだから、その混乱は想像に難くない』
「うへえ……」
そんな事になっていたのか。この辺りに落ちてこなくてよかった。原作のようにヘリが落ちてきていきなり避難終了の可能性もあったわけだ。
『影響は地表に留まらず、周回軌道上の衛星との通信も途絶している。GPSや衛星回線も使用不能だそうだ』
『衛星電話が使えなかった理由はコイツか』
『だろうね』
ここで美紀が手を挙げて発言する。
「あの……なんでそんなに、いろいろと情報が入ってくるんですか? テレビも携帯もインターネットも繋がらないのに」
ざわ……
言われて気付いたみんなから囁きのようなざわめきがあがる。
一歩引いて俯瞰して見ることに長けた直樹美紀らしい発言だ。
『なかなか頭の良い子だ。きみ、高校生かい?』
「はい、二年生ですが」
『もし元のようになったらうちの研究室に来るといい……あ、幹島教授はもうアレだからムリか』
青襲と初めて会った時に仲介してくれたのがその幹島教授とやらだった。かなりふくよかな人だったけど、理学棟の中で変わり果てた姿になっていたのをハンクが仕留めていた。まあ、存続は無理だろうね。
『君らはラジオは使ってる? 先日から“ワンワンワン放送局”ってFMが始まってるんだ。素人さんらしいけどなかなか話し上手でね』
「ほんと、ですか?」
『昼の十二時くらいから、周波数はxxxだよ。ちなみにこれが答えさ』
「え?」
普段は眉間にシワを寄せる事の多い美紀だが、キョトンとした様子は普通に可愛らしい。と、思ってたら腕を触られる感触があった。そちらを見ると、なんだか少し面白くなさそうな様子の悠里さん……なんで?
『このジャミングはアナログ波には効果が弱いらしい。テレビや携帯はデジタルに代わってるけど、ラジオは依然としてアナログのままだ。トランシーバーも使えただろ?』
ああ、と納得の声が上がるけど、美紀はまだ食い下がる。
「あ、アナログ波ではデータ通信には対応出来ません。あなたの入手しているのは口頭での伝聞だけなんですか? 違いますよね?」
『……いや、キミ本当に高校生?』
「わりと俺も信じられないけど、間違いないよ」
「失礼なっ! これくらい常識です……ええ?」
美紀はそう言い切ったけど、みんなが『(ヾノ・∀・`)ナイナイ』と言っているのを見て愕然としている。子供や由紀に至っては『?』である。
『まあ、その辺りは企業機密と言うことにしておいて欲しい。ともかく、外の世界はまだ破滅はしていない。混乱はしているようだけど、いずれこの騒動は沈静化するはずだ』
「「ほっ……」」
その言葉に幾人かが安堵の息を漏らす。それは確かに福音と言えるだろう。このまま『かれら』に蹂躙されてしまうと思っていたのだろうから。
『しかし、それは外の話だろう』
『……そうだな』
ハンクのその言葉は言い出せない。
今は少しでも希望を持っていて欲しいし、そうなるように努力すべきだ。
ともかく、今は『かれら』以上に差し迫った危機は来ないというのが、青襲の見解だった。ヘリも飛ばせないエリアに弾道ミサイルとか撃ち込めはしないだろう。
『さて、さすがに眠くなってきたんで落ちるわね』
「サンキュー、青襲さん」
『あら、裸の付き合いをしたのによそよそしいのね、椎子でいいわよ』
「バッ……おま、フザケんじゃねーよっ!」
『うふ♪ Goodnight honey.(ちゅ♡)』
「……九郎さん?」
「ハンクさん?」
「ハンク……」
「あーちゃあ……」
「わお、おっとなー♪」
「……さいてー」
「ん? おふろ?」
「やらしい、へんたい、しね」
「あわあわあわ……」
『クロウには特大のミサイルが命中したな』
もういっそ、コロシテ……w
青襲の属性に『いたずらっ子』が追加された(笑)