基本ツンツンしてるテンプレな妹様と思ってくれれば分かりやすいかと。
「あの……九郎さん。何かありましたか?」
控え目に聞いてくるのは、兄が助けた小学生。名前は瑠璃と言ったか。すっきりした顔にセミロングの髪は少しだけ茶色。くるんと巻いた髪が動物の耳に見える……かなりあざとい髪型だ。
「何かってなに?」
「えと。出ていく前に、雰囲気が怖くなったから……その」
なんだ、その事か。
「知っているなら答えてあげるけど、私もそれは知らないの」
私の言葉に険を感じたのか、瑠璃は押し黙る。別にイジメるつもりはないのだけど、本当に知らないのだ。
私のお兄ちゃん、九郎は……言ってしまえば鍛錬バカだ。優男のように見えるけど細身の身体は引き締まっている。一度、お風呂に入る前に間違って見てしまった時は『ジャニ系アイドルかよっ!』とドギマギしたものだ。
中学に入ってからは特定の運動部に入らずに、基礎練習を梯子していた。本人曰く『偏った身体にならないように』だそうだ。
かと思えば格闘技も習っていた。空手や柔道の道場に行ったと思ったらボクシングジムや総合格闘技に行ったり。どこも長続きしなくてヤメてたのでそれも聞いてみたら『だいたい分かったからいい』と言ってきた。
一時が万事、こんな感じだった。
飽きっぽいとパパが叱るといって部屋に行った事があった。こっぴどく叱ったのかと思ったら、パパは何だか嬉しそうだった。
「いっちょ前に男っぽいコト言いやがって」
「パパ?」
「アイツ、家族を守る為に鍛えてるんだと」
「ええ?」
パパ、ママ……無事だといいけど。さっきのニュースからすると東京もヤバそうだし……。
そんな事言ったら一人で出ていったアイツもそうだ。いくら身体鍛えたって、大勢に囲まれちゃあやられちゃうじゃない!
私が内心焦り始めたところだけど、瑠璃の方はお菓子の包みをようやく開けて食べ始めていた。目を細めてるんだから甘い物は好きに違いないけど。さっきまでとは大違いな様子に少しカチンときた。
「あなた。心配じゃないの?」
「え? そりゃあ心配ですよ?」
何を当然な事を、みたいに言ってきた。でも、その後に続く言葉はもっと意外だった。
「でも、九郎さんなら平気です」
そう言って笑う瑠璃に、心配する素振りはない。本当はあるのかもしれないけど、私には見せないようにしているのだろう。
「アイツのこと、気にしてたのに。なんでそこまで信頼できんの?」
「それは……二度も助けられましたから」
さも当然のように言われた。五年ほど離れて暮らしていたとはいえ、妹の私よりも強い信頼感を持っているとは……アイツめ、邪な企みなどしてないだろうな? そんな事を考えていたら、瑠璃はとつとつと話し始めた。
「三日ほど前に、私、車に轢かれそうになったんです」
◇
ふわり
帽子が飛んでいく。
私はそれを追いかけた。
道路に飛び出すなんて、するわけない。
お父さんに何度も何度も言われたことだ。
でも。
お母さんの刺繍の入った、あの帽子は特別で。
気が付けば姉の手を振りほどいて、駆け出していた。
帽子に手が届いた瞬間。
大きな音がして、見てみると。
トラックが迫ってきていた。
そして。
気づいたら、ふわりと浮かんでいた。
大きな男の人の腕に包まれて。
◇
「あっ……のバカッ! 危ない事してんじゃないわよっ!」
「そうだよね。危ないよね」
「他人事みたいに言うなっ! アンタが車道に飛び出すからだろっ」
「めんもくしだいもありません」
全く悪びれもせず、瑠璃が頭を下げる。私が言うのはお門違いかもしれないけど、子供助けるために自分が死ぬかもしれないようなこと……まあ、いいトコあるじゃん。
「一回目がそれで、二回目はさっき。九郎さんは私にとってヒーローさんなのです。だから信じられちゃうんですよ」
……ふうん。
ま、そういう事なら分からなくもないわね。
ただ、彼女はそこで気になる事を言った。
「でも、轢かれそうになった時はあんな怖い感じじゃなかったんですよね。それがとても気になって……」
「そう……」
つまり三日前には、自分の事を『ハンク』なんて言う事は無かったわけか。
なんなんだろう。
まるで別人を演じてるかのようなあの態度。
ひょっとして……
「あれかな? 自分で思い込もうとして暗示をかけるの」
「自己催眠、ですか?」
「そう、それっ!」
自分がとても強いヒーローだと思いこめば、ゾンビなんかとも戦える。そう考えた九郎が自分に当てはめたのが『ハンク』なんだ。
「そうですね。なんとなく、しっくりきますね」
「でしょお?」
喉に引っかかった骨が取れたような感じである。わたし、あったまいいっ!
「でも……」
「なによ、何かまだあるの?」
「いえ、九郎さんの事ではなく……」
声が尻すぼみになって。その後の言葉はとても共感出来るものになった。
「お父さんに、りーねえ……だいじょぶかなぁ……」
私に家族が居るように、彼女にも家族は居る。無事でいて欲しい。それが自分の家族の安否と何も関係なくても、そう思いたかった。
それから十分ほどして、車の近づく音が聞こえてきた。常ならこの辺りを通る車もそれなりにはあるのだけど、あの騒動が起こってからは通り過ぎる車は一台もなかった。その車は隣の家に停まったようだ。足音が近づき、階段を登る音。ドアに三回、二回のノックがあったので鍵を開けるとそこには行く時と変わらない兄の姿があった。
「おかえり、九郎」
「ありがとう、莉緒。客人だ」
「りーねえっ!」
「るーちゃん!」
兄の後ろにいた女性に瑠璃がそう言いながら飛びつくと、彼女も名前を呼んで抱きしめた。
「声を上げるな。中に入れ。鍵を閉めるぞ」
状況を考えれば正しいのだけど、空気を読まない兄である。狭い玄関口はみんなの靴で一杯だ。
「莉緒、訪問者はあったか?」
「無いわよ。静かすぎて怖いくらいだったんだから。もうテレビ、付けていい?」
「ああ、音は絞って。空調もつけていい。少し肌寒くなってきたからな」
いつにない口調に少し腹が立った。まだハンクとやらを演じているつもりなんだろう。
「ハンク、そろそろ九郎を返してくれない?」
そう言うと、彼は動きを止めてこちらを見た。
冷たい瞳が少し見開かれていて、ちょっと怖い。
失言だったかな、と思ったらその雰囲気が一変した。
「えーと……莉緒。ハンクのこと、理解してくれたの?」
自分の身体に取り憑いた、凄腕のエージェント。そんな話は荒唐無稽だけど……そうしなければ心の平衡が保てないというのなら仕方がない。それに合わせるとしよう。
「ハンクさんがいないと戦えないんでしょ? なら邪険にする理由はないわ」
「莉緒……さんきゅ」
そう言って頭を撫でるのは、いつもの兄のスキンシップ。『ハンク』という偽の人格ではない、兄のやり方だ。
「それで九郎。あの人は?」
「ああ。瑠璃ちゃんのお姉さんの悠里さん。あそこだと危ないと思って連れてきたんだ」
瑠璃と会えた事で安心したのか、涙をぽろぽろ流しながら抱きしめている悠里。高校生なのだろうか、学校の制服らしき格好だ。背中には大きなリュックを背負っている……よく見たら兄も見覚えのないリュックを背負っていた。
「なに、それ?」
「ああ、二人の着替えとか色々。体型的には瑠璃ちゃんので大丈夫そうだから持ってきたよ」
若狭家から持ってきたそれは、悠里と瑠璃の衣服の類と食材、保存食等など、らしい。後は現金とか通帳とか。とりあえず避難袋は用意してあったらしいけど、持っていくとなると物が増えるのは女の子。その気持ちはよっく分かるわ。むしろよくこれだけに収めたものだと感心する。
「あ、ちなみに服の半分は車に残してあるぞ」
「ああ、そう。……って、車?」
そういえば、車の音がしてたけど。アレって九郎が運転してたの?
「若狭の親父さんのだけど。運転はハンクがしてくれたから」
……そういう問題じゃないと思うんだけど。車の運転の仕方とか、いつ習ったの? 教習所にでも行ってたのかな。
「ありがとう、九郎さん」
気付いたら、悠里さんが近付いてきていた。瑠璃もその手を握ったままだけど、その顔は暗く沈んでいた。
「悠里さん。その、瑠璃ちゃんには」
「……いま、伝えました。いずれ話さなきゃならないし」
悠里さんが頭を撫でると、そのスカートに顔を押し付け、押し殺したように泣く瑠璃。その様子から、良くない事があったのは明白だ。
兄はしゃがんで、瑠璃に語りかける。
「ゴメン、瑠璃ちゃん。間に合わなくて」
「ぅ……しょ、がないよ……九郎さんのせいじゃ……ないもん……うわあぁ……」
兄に縋りついて、嗚咽を漏らす瑠璃。
いずれ自分もそうなるかとは、思いたくなかった。
その日はまだ停電はしなかったので、夕飯は鍋になった。お肉や豆腐、葉物の野菜などが買ってあったし、人数も多い。ある意味うってつけである。
ちなみに九郎のアパートメントは鉄筋コンクリート二階建て、2DKである。一人暮らしには不要なほど広い居間と寝室、キッチンも普通にあってそこそこ広かったりする。それでも、四人いると手狭なので居間のテーブルで食事をする事になった。
ちなみに用意したのは悠里さん。兄がやると言ったのに、「何かしてないと……」と強引に押し切って、仕方無しにお手伝いをしていた。若夫婦か。
ウチら子供は当然のように何もしていない。瑠璃はとても落ち込んでいたし、私は一人でゲームに精を出していた。同い年の子供を元気づける言葉なんて、思い付く筈もない。こーゆーのは、時間しか解決できないよ。
「ほう……これが本格的な鍋か。土鍋ではないのだな」
鍋が出来上がると、九郎の口調が変わった。
「ハンク、なの?」
「うむ。日本の鍋が食べられると聞いてはな。彼にも了承は取ってある。構わんだろう?」
「わ、私はいいけど?」
思わずそう答えたけど、違和感がすごい。何だか声色からすごく嬉しそうに聞こえるんだよね。え? 自己暗示ってこんなに個性豊かに出来るもんなの?
「とりあえず、よし。後は好きなのを取っていってね」
「ふむ……ではまず豆腐を頂こう……うん! コレだ! 悠里はとても腕がいいな」
「あ、ありがとうございます」
……臆面もなく褒めるとか、やっぱ九郎じゃないわ、アイツ。てか外人キャラで和食好きとかテンプレすぎない? もう少し捻ろうよ、お兄ちゃん!
まあ、そんなツッコミを心の内でしながらも、お鍋は美味しかった。なんだろ、お出汁とかもそうだけど食べやすくて味もしっかり入ってるんだよね。ちなみに兄の料理の腕は大したことないので、いつも泊まりに来るときは外食かテイクアウトだった。
「いや、御馳走になった。ありがとう」
「お粗末様でした」
喋ってるのは主にハンクだけ。悠里さんもそのうち返事が曖昧になっていたからさっさと終わって良かった。瑠璃も最後の方はちゃんと食べてたようだし。辛くても、お腹は空くからね。
「……と。悠里さん、片付けは俺がやりますよ」
「そう? それならお願いしようかしら」
お、雰囲気が変わった。見てると意外と分かるものだ。悠里さんの代わりに台所で片付け物をする兄のもとに近づく。
「ハンクって、もしかして日本食、好き?」
「ああ、そうなんだよ。ずっと頭ん中で『豆腐食いたい』『鍋がいい』って言っててさ。おかげで俺は味わえなかったよ」
こっちをちらっと見てからそう嘯く兄。でも、嘘のようには聞こえない。これでも長年付き合ってきた兄なのだ。ウソを言ってるかどうかは分かるつもりだ。
「そうなんだ」
それ以上、気の利いたことは言えなかった。言葉ってむずかしい。
その後、兄はみんなを集めて今後の方針を言った。それは、とても驚く内容だった。
「今から三時間仮眠して。それから巡ヶ丘学院高等学校に向かう。行動開始は二十三時ちょうどだ」
……まさかの夜間行軍、らしい。
私たち、女の子なんだけどなぁ(はぁ)
ハンクの豆腐好きは皆様ご存知の通り。
お豆腐は足が早いのでこれから後はほとんど食べる機会は無いでしょうね。長期保存タイプのならイケるかな?