(全員とは言ってない)
「まず、現状分かっていることがいくつかある。瑠璃ちゃんも莉緒も、少し意味が分からないかもしれないけど聞いていてくれ。もちろん質問は受け付けるからね」
「ふぁーい、九郎せんせえ……」
「るーちゃんたら……」
「はいはい」
仮眠をとったあと、ブリーフィングに移る。
るーちゃんすげぇ眠そうだけど、大丈夫かな? 場合によったら俺が背負うからいいけど。それに引き換えうちの妹様はお目々ぱっちり。夜更し慣れしてない? お兄ちゃん、心配だな(笑)
ちなみに布団は二組あるけどそれは女性陣に貸して俺はいつもの寝袋。おかしい? 家の中で寝袋で寝て悪いという法があるのかね?
『なるほど。合理的だ』
「ありがと、ハンク」
同意してくれたハンクに礼を言っておく。
つい言葉に出してしまったのでみんなは少し変な顔をした。独り言だもんね、しょうがない。
「まず、今この街は大規模な暴動が発生している。人が凶暴化して人を襲う。襲われた人がまた凶暴化してしまうというのが原因だ。その理屈はまだ分かってないけど、ウィルスとか菌とかの伝染病によるアウトブレイクによる物だと推測出来る」
「えっと……かんたんに言うと、どういうこと?」
「鬼ごっこの鬼がどんどん増えてると思ってくれればいい」
「ふえ……こわいです」
実際、そんな感じと言える。一体一体は大した脅威でないのだけど、広まり方が早すぎる。巡ケ丘市の人口が約五十万程度だとしてどこまで増えているのか。考えるのも恐ろしい。
「治す方法は……無いんですよね?」
控えめに手を上げて質問する悠里さん。つい先程に受けた洗礼を敢えて受けるのは、瑠璃ちゃんに理解させるためでもある。辛いなぁ。
「あるのかもしれませんが、俺は医者でも無いので分かりません。ただ、自然に元に戻るという事は無さそうですね、今のところは」
「そう……なんですね」
「んみゅ……」
やはり落ち込む二人。その雰囲気を払拭するように妹様が質問をする。
「はい。じゃあ、『かれら』にならないようにするにはどうしたらいいの?」
「うん。まず、『かれら』に噛まれたり引っかかれたりしない。触った場合は手を洗うまで粘膜……目を擦ったり唇を触ったりしない事だ。要するにインフルエンザとかの対処と変わらないな。手洗い、うがいを徹底する」
本当はもっと厳密なやり方があるのかも知れない。でも、専門家でもない俺にはこの辺りまでしか言えないな。
「『かれら』は正気を失ってこちらに攻撃をしてくるけど、その動きは緩慢だ。大人なら走れば余裕で引き離せる。焦って転んだりしないように注意して」
「その……どうしても、学校に行かなきゃ、ダメなんですか?」
悠里さんが手を上げて質問をする。とりあえずここにいれば安全なのだから、無理して表に出る必要はない。いずれ救助も来るのではないか、とも問うてくる。
その質問に、俺はきっぱりと答えた。
「『かれら』が群れをなして来た場合、ここじゃあ籠城は出来ない。それにライフラインが脆弱だ」
「「ぜいじゃく?」」
「とても弱いって意味よ」
悠里さん、説明ありが㌧。
「巡ヶ丘学院高等学校は、ソーラーパネルによる自家発電機と、簡易的な浄水設備、一部は浄化槽を利用した下水処理施設もあるらしい。短期間と言わず、かなり長い期間を維持する事が可能だ」
もっとも、学校の全ての区画とはいかないらしい。それでも原作の学園生活部の拠点となる生徒会室や職員室等のある区画は対象となっている。これは在校中に調べたので間違いない。
(ちなみに例の地下施設の入口も確認済み。当然中には入れてない)
「ソーラーパネル……屋上の菜園の横にあったけどそんなので賄えるの?」
「配電盤から区画を制限すればいけそうでした。まあ、満足かというと難しいかもしれませんけど」
「……よく調べてるのね」
「こう見えて臆病者でして。プレッパーの真似事みたいな事してたのが幸いしました」
悠里さんの視線が少し怪しくなったのでそう誤魔化してみる。実際この辺は転生チートだし、確認したのも本当に大丈夫なのか確証を得たかったからだ。もっとも、そのせいで生徒指導にマークされたけど、それも致し方無し。
「そんなわけで、ここよりは広くて電気と水というライフラインが整った場所なわけ。避難するにはもってこいなんですよ」
「でも……『かれら』が襲ってこない訳じゃないんでしょ?」
「それはそうですが、アソコならバリケードの構築にやりやすい物も多いですし。机とか椅子とかね。それに『かれら』は階段が苦手なようなので、三階に立てこもるならかなり持ちこたえられると思うんです」
この辺りも原作チートだけど、実際に見てみると確かに『かれら』は平衡感覚が悪い。少しの事でバランスを崩して倒れるので、一斉に来ない限り対処は出来ると思う。悠里も納得してくれたみたいだけど、さらにもう一つ聞いてくる。
「もう一つ、いいかしら? なんでこれからなの? 明日、日が出てからの方がいいんじゃないのかしら? るーちゃんも莉緒ちゃんも小学生よ? 真夜中に動かすのは良くないと思うの」
実はこの質問が一番いやだった。
言われるとたしかにその通り、子供に深夜行動させるなんて悠里みたいな優等生には許容出来ないだろうし、実際に彼女たちにも難しいと思う。それでも今日移動しないといけない理由がある。
「悠里さん、さっきも言いましたが『かれら』は生きてる人間に噛み付いてどんどん増えるんです。今日より明日、明日よりその先の方が増えていく公算が高いです」
「うん……そうね」
敵の数が増える前に安全地帯に入りたい。絶対数が増えれば動く事もままならなくなる。
「次に、『かれら』の行動なんですけど。悠里さん、マンションで奇妙な事に気付きませんでしたか?」
「奇妙なこと?」
こめかみに人差し指を当てて考える悠里……すごく可愛いです、ヤバいですねw
「『かれら』、家に帰って来てたとは思いませんでした?」
「え……? そ、そういえばお隣の人とか居たような気がしますけど」
メタ情報の早期開示だけど、憶測からなので不審には思わないだろう。なのでここでハッキリ明言しておく事にする。
「俺は、『かれら』が生前の記憶……習慣を元に行動しているような気がします。夕方は街のメインストリートに、夜には住宅街。各々の家に帰って行ったと仮定すれば成り立つ話です」
「……!」
息を呑む悠里。たぶん、親父さんのこと思い出してるんだろうな。そう考えると彼は自決して正解だったわけだ。起き上がって後ろのドアを叩かれたら、彼女は閉ざしたままでいられただろうか? 想像すると嫌な答えしか出てこないのでやめておく。
「学校は基本的には夜に人はあまりいないものです。『かれら』の数も少ないはず。朝になったら登校してくる『かれら』によって数は膨大に増えます。俺が在籍していた頃でも全校生徒で278人でした。それに教職員、事務員、用務員、その他関係者を合わせてどれくらいになると思いますか?」
「……ちょっと、考えたくない数ね」
汚いプレゼンのような気もするけど、致し方ない。ここに居ても手詰まりだし、移動するなら早い方がいい。眠たげな瑠璃は俺が背負うとして、悠里と莉緒には少しだけ頑張ってもらおう。
「大丈夫。ハンクが守ってくれます。な、ハンク?」
そう言うと、頭の中にいる彼が出てきた。
『悠里は守らねばな。うまい和食は世界の宝だ』
いや、そうじゃないだろ? まあ、おおむねあってるから、まあいいや。俺の体の主導権を彼に渡すとしよう。
「では、これより作戦を開始する。目標地点、巡ヶ丘学院高等学校、屋上ないし安全地帯と目される地点。人員は私以下三名。各員、装備を点検の上行動を開始せよ」
形式ばった言い回しに敬礼するのはノリのいいウチの妹だけだった。
……寒い。そう思って布団を被ろうと思ったけど、それは柔らかく温かいけど布団ではなかった。私がそういう趣味だったなら気にしたのだろうけど、あいにくと私は至って健全な女性。しがみつく様にして眠る生徒に欲情なんて抱くはずもない。
そもそもこの子は年齢に比べてとても幼い印象であり、耳型のニット帽からは桃色の髪が溢れていた。丈槍由紀という少女は、いわゆる不思議系と呼ばれていて、手がかかるよりも親しみを感じてしまう子であった。
反対側を向けば、もう一人の女生徒が寝息を立てていた。肩に手を置いてすがりつくようにするのは
ふと、屋上の一角を見る。
ブルーシートで包んだそれは悪夢の象徴であり、同時に今の私たちの現状が紛れもない現実だという証拠でもある。その中のものが胡桃の心にどれほどの重圧を強いたか。大人としては情けない限りだった。
あの惨劇の時間からどれくらい経っただろうか。
既に日は落ちて、五月の夜風は昼間に比べてかなり肌寒く感じる。しかし、家に帰ることも、風を防ぐ屋内に入ることも出来ない。今日はこれでいいかもしれないが、明日はどうだろうか? 果たして救助は来るのだろうか? 蠢く疑問に答えてくれる頼りがいのある他の先生方もなく、私は徒労感に苛まれる。
『どうして、こうなってしまったの?』
目が覚めても考える事は堂々巡りである。いっそのこと『かれら』の様になってしまえばこの苦しみから逃れられるのだろうかと良くない考えが頭をもたげてくる。しかし、それはこわくて出来そうもない。誰だって死にたくはないのだから。
『助けは……来ないのかな?』
街の方から聞こえていたサイレンや喧騒は既にナリを潜めていて、恐ろしいほどに静かだ。僅かにする音はというと、遠くから近づく車の音くらい。
『……車のおと?』
より近づいてくるそれが、幻聴でないか確認する。たしかにこっちに来てる! 私は二人を起こさないようにゆっくりとどけてから、屋上の手すりに掴まって下を覗き込んだ。
「ひと? 本当に、救助なの?」
大型のワゴンタイプの車が真下に停まり、そこから出てきた人がいた。私は思わず叫んでいた。
「助けてくださぁーいっ! ここに、私と女の子が二人っ、取り残されてまーすっ!」
あまり大きな声を出すことのない私だけど、思った以上に響いたのか現れた人物がこちらを見た、ような気がした。
「そちらに行くっ! 無駄に声を上げるなっ!」
よく通る男の人の声が聴こえてきた。思わず喜びから涙が溢れていると、私の声に起きたのか二人が寄ってきていた。
「めぐねえ、どしたの?」
「救助って、まじか?」
寝ぼけ眼の二人の肩を抱きしめ、私は歓喜の涙を流す。良かった、ちゃんと救いの手が差し伸べられた。主よ、感謝します。迷える者に、きちんと救済は与えられるのですね。
「まさか要救助者が叫ぶとはな。夜陰に乗じてコッソリ侵入という案が潰された」
あ、ハイ。
すんません、ハンクさん(ガチ謝り)
疲労困憊のめぐねえが起きて叫ぶとかしないと思ってたんスよ、マジで。
おかげさまで校庭や学校内に残ってた不真面目な学生『かれら』がアップを初めてしまった。仕方ない、プランBに変更しよう。
「莉緒、モンキーをセット」
「あーん、カワイイのに勿体ないっ」
そう言いつつ手に持ったぬいぐるみの背中のスイッチを押す。途端に持っていたシンバルをパシンパシンと鳴らし始めるぬいぐるみ。それをむんずと掴んで一階の教室方向へと投げ捨てるハンク。某ゲームのアイテムと違って爆発はしないけど、音で『かれら』を誘導してくれるスグレモノだ。思った通りに一階の『かれら』がそちらに動き始め、その隙をついて上の階へと進む。先頭は当然ハンク、次に莉緒、悠里の順だ。瑠璃はハンクが背負っている。流石に寝てはいないけど、運動能力から判断したらしい。
二階にも『かれら』はいるが、数は少ない。近づく二体にハンクの鉄パイプが浴びせられ、またたく間に無力化された。そのまま三階に進むとシンバルモンキーの音に誘われた『かれら』が三体迫っていた。
「莉緒、悠里、先に行け。屋上の者に入れてもらうんだ。瑠璃、二人と行くんだ」
瑠璃を背中から降ろし、手早く指示をする。
「わ、分かった!」
「九郎さん、あなたは?」
「すぐに行く」
そうして職員室から出てくる『かれら』に向かうハンク。横合いからの一撃で一人を始末し、次の奴には真っ直ぐ伸ばした廻し蹴りを見舞い壁に叩きつける。そして間髪入れず上から首めがけて足を振り下ろした。最後の一人が襲いかかろうとしたが、彼はすぐに鉄パイプをすくい上げる様にして打ち上げて倒し、倒れた所に口へパイプを突きこんで頚椎を砕いた。うわ……これ神山先生じゃんか。
『知人か。辛いだろうが、ここは戦場だ。気を緩めるな』
いや、まあ今のところは平気だけどな。ハンクが動かしてる間は感情とか衝動とかはフィルターがかかるみたいだから。でも、戻ったらヤバい気がする。
『なら、予定変更だ。この階の掃討を先にしておこう』
え、マジで?
言うが早いか、彼は扉を開けていく。懐中電灯で照らされた宵闇の職員室にはまだ二体の『かれら』がいて、こちらに近寄ってきていた。
「救助が来たんなら開けられるようにしないと」
「待って、恵飛須沢さん。危ないわ。来てからで良いと思うの」
「何言ってんだよ、アイツらが押し寄せるんなら尚更早く入れてやらないとダメだろ」
そ、それもそうね。判断が悪いとよく言われるけど、生徒に指摘されるとは思わなかったわ。急いで立て掛けたロッカーを退かしていると、ドアを叩く音と開けてとの声がした。急いで開けると、そこには女の子が二人と女生徒が一人。急いで中に入れてドアをまた閉ざした。
「はあ、はあ……ありがとうございます、佐倉先生」
「ど、どういたしまして。あら、若狭さん?」
さっきあった返答は男の人だったはず。どういうこと?
「男の人がいなかったかしら? 救助隊なんじゃないの?」
「えっと……」
どこか的外れな私の言葉に若狭さんは言葉を濁らす。そこへ、子供の一人が私に話しかけてきた。
「あの人は下で戦ってます。私たちがいると足手まといだから……」
「え……?」
一人で戦っている、そう言ったのだろうか。
信じられない。元は人だった『かれら』と戦うなんて。
「マジかよ。な、なら手伝った方がよくないか?」
「そうだよっ わ、わたしも戦うよ?」
そんな事を言い出す生徒に私は困り果てる。彼女達を守る立場の私は……そんな気がまるで起きていないのに、そんな事を言われても。
「だ、ダメよ! あなた達が行くのは危険だわっ」
「めぐねえっ、そんな事言ってる場合じゃないだろ? まだ戻ってこないじゃんか」
「そうだよ、めぐねえ。助けに来てくれた人なんだよ。危ないなら助けなきゃ」
困る私に助け舟を出してくれたのは、やってきた子供のうちのもう一人だった。
「ちょ……下手に動かない方がいいわよ? アイツなら平気だから」
黒い髪をツインテールにした少女はそう言った。だけど恵飛須沢さんは反論する。
「でも、流石に一人じゃ無茶だ!」
「今のあいつは『死神ハンク』なの。この程度の修羅場くらいどうってことないわ」
「へ? なに? 死神?」
小さな子供が言った言葉の意味はよく分からないけど、彼女が言うには心配はいらない、らしい。
そこへ下からドスンという音が聞こえてきた。しばらくするとまたドスン、ドスンと聞こえてくる。
「な、なんの音だ?」
「あ、あれ……」
屋上から下を見る二人。私もそこに寄ってみると、暗がりだからよく見えないけど下の階の窓から何かが落ちているようだ。そして、その落ちたものはというと……
「う……」
「なに、どうかしたの?」
「子供は見ない方がいいわ」
人だった者たちの、亡き骸。それを窓から捨てていたのである。
しばらくすると音は途絶え、屋上のドアを叩くノックの音がした。三回続けて二回のノック。若狭さんがドアを開ける。
「ひっ!?」
「え?」
「お面?」
全身黒づくめ、ガスマスクを被った人が立っていた。
「夜分すまんが手を貸してほしい」
声は少し幼い気もしたけど、その口調は抑揚がなく……正直、怖かった。
ハンクといったらガスマスク。やっぱり着けてないとね(いきなり見たら怖いだろうなぁ……)