いや、本当に申し訳ない。いきなり現れた不審人物の言葉に従って三階のバリケード造りを手伝ってくれるとか、あの子たち人が良すぎない?
『必要だと冷静に判断した結果だろう。人格の善し悪しは関係ない』
いや、それをあなたが言っちゃうかなぁ?
どう考えても人に頼む言いようじゃ無いよね? 部下じゃないんだから。
『……女子供は苦手と言った。それに貴様が今戻ると吐くと言うからだ。私としてはそれでも構わなかったんだが』
あ、スイマセン(土下座)。んなこと言ったって仕方ないでしょ? 教職員とか事務員とか見知った顔ばっかりなんだよ? 二年前まで通ってた学校なんだからさ。
『一段落したら交代する。今日の夕食にはアレを要求する』
あー、はいはい。目ざとく見つけたよね、冷凍のアジの開き。とりあえず三階の制圧が出来れば冷蔵庫も使えるだろうし。傷まないように入れておかないとね。
「ハンク。こんなんで平気か?」
「ここと、ここ。あとこちらもテープで補強してくれ」
「ハンクさん、机です」
「う、うう。ちかれたあぁ〜」
「感謝する。東側はこれで十分だ」
手伝ってもらってるのはまだ発足していない学園生活部の面々。悠里には食材やら荷物の管理を頼んでいて、子供二人は既に就寝済み。結果として今まで寝ていたであろうめぐねえと胡桃、由紀の三人にお願いすることになった。
一階でまだシンバルモンキーが鳴っているせいかこっちには来ないのだが、警戒しながらのバリケード作成というのはいくらなんでも無茶すぎる。先に中央、次に東側、最後に西側の階段に作成していく。こういう事にも造詣の深いハンクが指揮しているので安心だ。
『とはいえ固定するには資材が足りないな。このままだと大人数が来ると押されて崩れる……ホームセンターは近くにないか?』
ホームセンター……と呼べるほど大きいのは市内だとあれか。リビングデポか。リバーシティートロンとどっこいどっこいの大きさだけど一階部分は資材関係だけのわりとガチ目なところだ。無論二階と三階は普通のモールみたくなってるけど……ひょっとしたらリバーシティートロンじゃなくてあっちに生存者とかいるのかな?
『生存者に心当たりがあるのか?』
二年生の直樹美紀は原作でも学園生活部にいた。その友人の祠堂圭は、ちょっとした行き違いから別れてしまったけど……場合によったら助けられるかもしれない。あ、それで思い出した!
◇
バリケードを築き上げて、ようやく一段落。
昨日、なのかな? 時間を確認してはいないけど真夜中の学校というのは普通の時だって薄ら怖いモノだ。さらに奴らが彷徨いて居るとなれば地獄そのもの。
そんな中を駆け上がって、園芸部の若狭や子供達を助けたハンクって人。少し前を歩く彼の背中を見つめていると、なんだかせんぱいを思い出してしまう……単純に男の人ってだけでの思い込みだろう。
全身黒づくめでガスマスク。どこかの特殊部隊のような格好でコレだけだとサバゲーマニアのコスプレにしか見えない。持っている武器はどこかの廃材らしき鉄パイプだ。先端は少し曲がっていてベコベコなのは、それほど奴らを殴ってきた証だろうし、実際それを見るとなるほどと頷けた。
バリケードを作っている最中に登ってくる奴らを突く時、確実に喉の辺りを狙っていた。ただ追い返す訳ではなく、確実に仕留めるため。階下に落ちていった奴は、それからピクリとも動かなかったからだ。
「ひゃう!」
「怖いのは分かるが声は立てるな」
「うう……ごみん」
同じ三年生の丈槍が小声で謝ると、彼は少しだけ首を傾げた。「方言か?」などと聞いてくるから、どうもボケでは無いようだ。
「ごめん、て言ってるんだよ」
「ふむ。スラングのようなものか」
「めぐねえ、すらんぐってなに?」
「ええと、俗語とか遊び言葉って意味だと思ったけど……」
「? どゆこと?」
「ちょ、『ちょべりば』とか、かな?」
いや、めぐねえ。それは死語だよね?
バリケードを組み終わるとようやく今日の仕事は終わりらしい。シャベルを肩に背負い、アタシも彼らに続いて戻ることになった。仮の寝床は生徒会室。とりあえずマトモそうな部屋がそこしか無かったからだ。
だけど、ハンクがぴたりと足を止めいきなり反転して走り始めた。すわ敵かとシャベルを構えるけど、近くに奴らは居ないはず。それにハンクはまっすぐトイレに向かっていった。
「なんだ、トイレか」
「あ、わたしも〜」
「由紀ちゃん、あぶないわよ」
どこか暢気なやり取りだ。由紀やめぐねえも、屋上で震えていた時に比べたら随分血色が良くなった気がする。
それはアタシも同じだ。
屋上に着いて。ドアにロッカーを立て掛けて閉ざして。起き上がった『せんぱい』の✕✕に✕✕✕✕を叩きつけて。
……張り詰めた糸が切れそうだった。
そこにやって来た頼りがいのある大人の男性。助かった訳ではないけど、少なくとも希望に縋る事は出来た。
「ハンクさん、そっちは女の子用だよ」
「日本語、読めないのかしら?」
「いや、ピクトグラムで分かるだろ」
「ぴくとぐらむ? ああ、女の人の絵のこと?」
いや、いちいち言わなくてもいいし。てか
ともかく駆け込んだハンクを停めようと足を踏み入れたら、絶叫が響いた。
「や、やめろっ! やめて、やめてぇ!」
「生存者か? 落ち着け、無駄に大声を上げるなっ!」
「ひ、え……? ひ、人なの?」
「『かれら』には話す能力は無い。これが人間の証明だ。ともかく、落ち着け。奴らは音に敏感だ。引き寄せる事になる」
「わ、分かった……」
どうやらトイレの個室で逃げのびた人がいたらしい。怖かっただろうな、と思っていたら隣の子が声を上げた。
「……たかえちゃん?」
「! その声は、由紀?」
ドアを開けて出てきたのは、見た顔の女生徒だった。確か、
ハンクを見ると。
ガスマスクの下の顔はやはり伺えない。でも、なんとなく雰囲気が柔らかくなった気がした。ひとしきり泣いた後に、彼が二人を立たせて移動を促した。
「いつまでも泣いているな。速やかに撤収する」
一応男子トイレも見回って、他の生存者や奴らが居ない事を確認してから戻ることになった。
それにしても。
あちこちに飛び散った血のあとや、ガラスの破片、等など。掃除するのも大変そうだ。それでもさっきまでよりは、ゆっくり眠れそうだと思えた。
◇
どこかのトイレに生存者がいる。これは本編には無かったけどSSや二次創作などでまことしやかに語られていた。扉一枚隔てただけでも防ぐ事ができる『かれら』なら、辛抱強い人間なら生き残れる可能性は十分にある。
今回は由紀の友人、柚村貴依だった。見た目はパンクっぽいけど普通にいい人で、言動が少しエキセントリックな由紀とも付き合える陽キャだ。俺みたいな陰キャには間違っても出来ない。
『……陰陽道と何か関わりが?』
いや、ハンクさん。どこに興味示してんの?
日本文化を変にリスペクトする外人みたいだよ? あ、そのまんまか。
『日本のスラングもなかなかに奥深いな』
ちょっと感心してるのが普通に怖い。日本人の大人だと鼻で笑う所だよ? 異文化交流って難しいな(笑)
ちなみに今、俺は一階にいたりする。
機械室の配電盤を弄る必要があったし、若狭家の車からの荷物も取ってこないといけないからだ。ちなみにゴミ袋大サイズが二つ程あるので2回の往復が必要だったりする。
『まだ動けるか。メンタルの弱さはともかく。持続力や耐久性には驚きを禁じ得ない』
そいつはどうも。死神にそう言ってもらえるとは光栄だよ。まあ、実際身体スゴイ痛いし、明日は筋肉痛だろう。それでも必要な事なら今やらないと。
荷物を背負い左右確認。暗がりにも慣れてきたし、シンバルモンキーはまだまだ動いているらしく『かれら』もこちらに興味を示さない。これで2回目だから今日の仕事は終わりっ!
「九郎さん、こっちです」
「重いよ。はい」
受け取りに来ている悠里とめぐねえに荷物を渡してからバリケードを登って入る。普通の人間にとってはそこまで難易度が高くなくても、『かれら』には難しい。
「これでお布団が二組。寝袋が二つだから……無理すれば四人は眠れますね」
「こんなものまで……ありがたいです」
ちなみに巡ヶ丘学院でも宿直の制度は無いのだけど、防災用品の一環として寝具一式が職員室と校長室に一組ずつ保管されている。それも合わせると全部で六人までとなる。
「莉緒ちゃんとるーちゃんは二人で一つでいいとして」
「あ、俺は自分の寝袋使いますんで」
「そんな……一番動いていた人に寝袋だなんて」
「お構いなく。自分ちでも寝袋だから慣れてますし」
ちなみに防災用品の一環、と言ったけど実はこれはゴリ押しだ。在校中に校長にねじ込んでおいたのである。
『ふむ……どういう事だ?』
俺の親父がランダルの役員やってるのは校長も知っていたからね。多少の融通は聞いてくれたんだよ。防災倉庫はエリア毎に細かく作った方が実用的だしね。だから一通りの防災用品は職員室や生徒会室、校長室、生徒指導室なんかに散らばせて置いてあるんだ。一般の生徒が入れない所なら管理もしやすくてわかり易いし。
『お前……この災害を本当に知っていたのだな』
あれま。死神でも理解不能な事はあるんだ。まあ、転生して架空の世界に来るなんて……ラノベじゃあるまいし、だよな。
「ど、どこへ行くんですか?」
「え?」
寝袋を担いで部屋を出る俺にめぐねえが声をかけてくる。女の子ばっかりの所で俺が寝ていいわけが無い。
「屋上に、行ってます」
そう言って素早く部屋を出る。俺自身、一人になりたかったから。バリケードの近くに彼らの姿はない。そこから階段で上へ。ドアは施錠されていない。夜風は冷たくなってきていて、夜明けが近い事を示していた。
ここでようやくガスマスクを脱ぐ。これはサバゲーなどで使うもので、本来の様に防毒効果は無い。それでも飛沫感染を防ぐには有効だと思って購入しておいたのだ。
包まれたブルーシートに近付いて、その覆いを取る。そこには見知った面影のある、『かれら』に変容した、かつての知り合いがいた。
「……くふ。ぐぇ……ごふ……」
さっきまでの光景がフラッシュバックして重なる。すぐに水場に行って、胃の中のものを吐き出した。キツイと分かっていたのに。理解していた筈なのに。それでも体は理解してはくれなかった。何度も吐いて、出すものが無くなるとようやく落ち着いた。
「……お節介焼きだったもんな」
そんなだから、部活に入らない俺にもしつこかったんだ。陸上の後輩の指導なんかもマメにしてたんだ。だから──
「胡桃はちゃんと生きてるぞ。良かったな」
気休めにもならない言葉は、夜の帷に染み入るように消えていく。まだ、夜明けは遠そうだ。
ちなみに貴依は寝ていたので声をかけられるまで気付きませんでした。まあ、三階が安全地帯となっているのでいずれ助かりましたけど。