今回も途中で視点が変わります。
◇〜◇の間は佐倉慈、めぐねえ視点となっております。
追記:誤字報告、毎度ありがとうございましたm(__)m
「えっと。ご紹介に預かりました半澤九郎といいます。巡ヶ丘学院高等学校のOBです」
当たり障りのない自己紹介が出来たと思う。なのに約四名の頭には“ハテナ”が浮かぶようだ。何故に?
『昨夜の行動は殆ど俺が行った。おそらく齟齬があるのだろう』
あっ……(スゥーッ)
そう言えばそうだった。悠里もどう説明していいのか考えあぐねてるようだし。子供たちすらどう思ってるのか。
「ハンクだ。故あってクロウの身体を間借りさせてもらっている。自己紹介はこれで終わりだ。ユウリ、朝食にしよう」
「は、はい。それじゃあ皆さん。いただきます」
「「いただきまーす」」
……ハンクに身体を乗っ取られ、またしても食事を堪能する機会を失ってしまった。腹は膨れるのに味わえないとか、かなり損してない? おれ。
『和食に関しては妥協できん。すまん』
ああ、まあいいけどさ。
生徒会室の長机に並べられたものは、簡素ながらちゃんとした和の朝食だ。ほかほかのご飯に、豆腐と葱の味噌汁。半熟の目玉焼きに味付け海苔、それに……
「ナットウ! これはDelicacyだっ! 食するのは初めてだが……うむ、マズイッ」
テンション高くマズイと公言するハンクに、周りの女子はドン引きである。
「えー、納豆おいしいよ? ね、たかえちゃん」
「実はあたしも納豆はちょい苦手だけどな」
「私もあんまり好きじゃないの。ハンク、よかったらいる?」
「もらうぞ、リオ。こんな機会はめったにないからな」
「莉緒ちゃん……」
「と、思ったけどぉっ! やっぱ頂くわ」
納豆をハンクに押し付けようとした莉緒に悠里が笑顔の圧力をかけてやめさせた。すでにお袋のような貫禄に少しビビるけど、貴重なタンパク質だ。ちゃんと食べて大きくなれよ、莉緒。
「炊飯器はともかく、お味噌汁や目玉焼きはどうやって……?」
「九郎さんがIH調理器を持ってきてくれたんです。カセットガスコンロもありますけど、今は電力は大丈夫らしいので」
防災用にカセットコンロは買っておいたけど実はボンベは二セットしかない。ホームセンター行く時に補充しないと。食材とかは若狭家のお宅からの持ち出しが主だったりする。とはいえ三人家族だしそんなに多くは無い。それでも日持ちしそうな物を重点的に持ってきた。納豆と豆腐は親父さんが好きだったから多めに買っていたのが幸いしたようだけど。
食器は紙皿に紙コップ、箸も割り箸だ。この辺りもホームセンターでの補充対象だ。ここでの避難生活では電気も水もあるから。日常的な生活に近い行動が出来れば精神的なストレスは軽減される。紙皿の類は持ち運びしやすいのであまり浪費したくないという側面もある。
『確かに風情が無いな。やはり瀬戸物の茶碗と漆器の汁椀でないと』
「でも、こうしてると課外活動みたいだな。飯盒炊爨でもしてる感じで」
「あっ! それ、いいね! 部活動にしちゃおうよ」
おっと。由紀がフラグを立て始めた(笑)
さっきも言ったように日常に近い行動は精神の安定には一番だ。
「学校で生活する部活動……?」
「またゆきは変なこと言い出したなぁ」
「えー? 変じゃないよぉっ?」
「いいんじゃないか? 部活だと思えば、その……」
「あ……」
怪訝そうな悠里に妙な事言い出した由紀を貴依が茶化す。そこへ胡桃が助け舟を出して、佐倉先生が空気読み。だいたいこんな感じだっけ? 俺はその様子を見るだけにする。というかハンク、それ莉緒の納豆……
『寄せてきたのだ。是非もない』
莉緒ェ……ちゃっかりキライなの押し付けるなよ。悠里さんの視線が外れた隙を狙うとか狡猾だなぁ。てかマズイ言いながらなんで納豆のみで食ってんの?
『味は悪くないな。食感にも慣れた』
さいで。そんな最中に『学園生活部』が発足したようだ。追加メンバーに柚村貴依、顧問は佐倉先生と変わらずだ。
「私達はどーなるのよ?」
「そうねえ……二人は仮入部扱いでどうかしら?」
「クラブ活動、はじめて……♪」
瑠璃ちゃんははじめてのクラブ活動で喜んでるみたいだ……ごめんな、こんなクラブで。普通じゃあり得ないもんな。莉緒の方はと言うと別にどうでもいい、みたいな顔してる。でも兄ちゃんは知ってるぞ。実は仲間外れにならなくてホッとしてるだろ?
「それで……えっと、ハンクさんはどうしましょう?」
「あー、OBでいいんじゃね? 卒業生なんだし」
……その立ち位置は出来ればやめて欲しい。
「そういう事なら先任訓練教官にでもなってやるか?」
「あれでしょ?『ふざけるなっ! 大声出せっ、タマ落としたかぁ?』」
「ほう、意外だ。ユキは詳しいな」
「あの映画、何度も見たからね〜」
「いきなりなんだ?」
「コイツ、意外と映画とかゲームとか好きなんだよなぁ」
「汚い言葉は使っちゃいけません。ハンクさんも」
おいおい。結構古い映画なのに拾うとか、由紀ちゃんさてはこっち寄りか?
それはともかく、ハンクは『講師』という立場に落ち着いた。部長は当然悠里になった。まあ、料理の腕やら怒らせたら怖いオーラとかあるから当然かもね。
「では、今日の学園生活部の活動は『おそうじ』になります。とりあえず三階部分の清掃をしましょう。以下の階はその都度行いますけど、当座の活動拠点は衛生的にしておきたいですからね」
「「りょーかーいっ♪」」
◇
「おっきい靴だね♪ お相撲さんかな?」
「いちいち言ってると終わりませんわよ?」
「うー……りおちゃん、リアクション薄いよ〜」
丈槍さんと子供二人は大きめのゴミを拾う係。シャープペンシルなどの文房具や細かい物を拾っている。一応全員、軍手は付けている。彼の言った言葉を信じるなら、落下物だけでなく『かれら』の歩いたこの床や壁なども不用意には触れない。目や顔を擦らないように注意はしたけど、少し心配だ。
「るーちゃん、小さ過ぎるのはほうきで掃くからいいわよ」
「はぁい、りーねえ」
その後は箒とちりとりを持った私と若狭さんが掃いていく。土足で歩いたものが多いせいか砂や泥なども多いのですぐにちりとりは一杯になるのでその都度ゴミ袋に集めていく。最近は掃除機しか使ってなかったからやりづらいな。
それに比べて若狭さんは卒なくこなしている。うう……比べられると少し辛いな。
「手慣れてるのね、若狭さん」
「園芸部なので。ボランティアとかもありますし」
……私もきちんと花嫁修業しなくちゃ。
こんな事態になったのだから、それはもう意味のないものなのかもしれないけど。
「うっしゃ、いくぜ」
「気合い入れ過ぎ〜」
最後はモップ部隊の恵飛須沢さんと柚村さん。血とかを拭き流す作業だ。ここが一番辛そうなので、他の子達も終わったら合流して手伝う流れだ。水はみるみるうちに汚れるので手洗い場との往復の回数も増える。本当は漂白剤とかも使うべきなんだけど、在庫が少ないので水拭きのみ。それでも、綺麗になれば気分は良くなる。やはり学び舎はこうでないと。
とはいえ割れた窓ガラスなどはどうしようもないので、そのままだ。触らないように注意するしかない。拠点としている生徒会室、生徒指導室、校長室の窓は損壊していない。というかここへは『かれら』が侵入していなかったらしい。『かれら』が扉を開ける事が出来ないという証明でもある。
『生徒指導室は使わなければ誰もいないのは当たり前よね。生徒会室も……あの時間だと帰宅していても不思議はない』
しかし。一つだけ解せない事がある。
『校長先生は……あの日、もう帰られてたかしら?』
下校時刻近いので帰っていてもおかしくはない。それに校長という役職は教鞭をとる為にいるのではないのだ。しかし。
『いまさら校長先生の安否を気にしてもしようがないわね』
校内に居なくても、どこにいようとこの災禍に見舞われていれば生き残る事は至難だ。校長の存命に関してはとりあえず棚上げにしておこう。それより気になる事を思い出した。
そう言えば。
『緊急避難マニュアル』なる物が有ったのだ。校長先生手ずから教えられ、有事の際にはそれに従って下さいとのことだったけど、こういう事態に際して使うものではないのかしら?
『ちょっと席を外していいかしら?』
『あ、はい』
若狭さんに言って私は清掃作業から離れ、職員室へと入った。中はまだ掃除が済んでいないけど、ここにいた『かれら』は比較的少なかったのか、荒れてはいるけど悪臭はそれほどでもない。節約のため通電はしてあるけど電気は消してあるので、懐中電灯を点けてマニュアルを収めた棚を捜索する。だけど。
『無いわ……』
何度調べても、あの分厚い緊急避難マニュアルは見当たらなかった。その部分にぽっかり穴が空いていたので、誰かが持ち出したのかもしれない。
教職員は皆知っている筈だ。先輩である神山先生も校長先生から聞いたと言っていたのだから。とすると、持ち出したのは誰だろう?
◇
緊急避難マニュアルを隠すのが間に合って良かった。『掃除は皆がやる。休んでいて下さい』と言ってくれたので職員室へ侵入して素早く回収したのだ。
『マニュアルがあるならそれを確認すべきじゃないのか?』
ハンクがもっともなことを言うけど、この状況下ではそれは得策ではない。今の事態を予測した内容が書かれているとなれば、まともな人間には耐えられないだろう。
『なるほど。関係者にとっては当たり前でも、一般人にとっては悪夢そのものだからな』
こいつは校長室に隠しておく。ここの校長はランダルと癒着しているから濡れ衣でもなんでもないし。たぶん、地下に一人で避難してるだろうし。
『敵性勢力は潰すべきだと思うが?』
生きていればそうした方がいいけど、おそらくすでに死んでいる。もしくは『かれら』になっていると思う。いずれにしても一度確認には行くけど、今は身体がマトモに動かないから。
『まあ、それは構わんが』
俺がバックパックから取り出したのは、ガチャガチャと重い金属音のする物たち。一つ目は枝切り用の鉈。肉厚で長さは40cm前後。鞘が付いていてカラビナで吊り下げも出来る。もう一つはフィッシング用のシースナイフ。これもベルト等で固定可能だ。まあ、使った事は今までないけど。
「ほう。専用の武器は持たない主義だと思っていたが」
いきなり体を乗っ取ってナイフを持つハンク。やっぱり軍人だけあってこういった物は気になんのかね?
「民生品の割にはいい出来だ。長さも丁度いい」
そうなん? もっと大きなダガーナイフにしようかと思ってたけど、使いこなせないからやめたんだけど。
『軍人すべてがランボーでもない。ナイフはあくまで近接での対処に過ぎない。大き過ぎてはデメリットの方が大きいのだ』
と言いつつ、構えて数度振ってみている。俺も何度かやってはみたけど、やはり迫力が違うな。
「こっちは……練習用か」
そう。刃のないラバーナイフである。俺が練習で使っていたものだ。ちなみにその横のヤツは刃を研ぐためのシャープナーな。わりと便利で包丁とかも研ぎやすいんよ。
『ふむ。手入れは大事だ。メンテナンス無しで十全と機能しないのは人も物も変わらない』
おっと、またいきなり戻したな。
とりあえずこの装備は事態が本格化するまで出したくはなかったものだ。何故かというと、銃刀法的にはアウトだからね、仕方ない。
とりあえずラバーナイフとかで彼女たちの訓練もしてみようかな? どう思う?
『自衛手段は必要だ。活性死体に対してはあまり有効的とは言えないが、対人戦には有効だからな』
そうなんだよな。
これからは生き残った人間も敵になり得る世界だ。そういう意味では彼女たちにも生き残る術は必要だ。
と、そこへノックがされた。
「あの……少しいいですか?」
「どうぞ」
ドアの向こうにいたのは佐倉先生、通称めぐねえ。成人女性のわりにどこか親しみやすい女性教諭だ。
緊張をほぐす為に少しだけ笑ってみる。
すると、彼女も愛想笑いを浮かべた。
「校長室に調べものがあって」
ここへ調べもの。アレは鍵付きの引き出しに仕舞った。鍵は俺が持ってるし、めぐねえなら簡単に壊すという手段は取らない……と思う。
いずれにしてもここは譲るのが得策かな?
「それなら隣に行っています。ごゆっくり」
「あ、あの……」
「ん?」
荷物を持って出ようとする俺を、めぐねえが引き留めた。何故に?
「……ほんとうに、半澤くん、なんですよね?」
「髪型は変えたけど、顔は変わってないはずですよ、めぐねえ」
「……佐倉先生、です」
「はい、佐倉先生」
久しぶりのそんな会話が、少しだけ懐かしいと思った。向こうもそう感じたのか、いつも通りの笑顔になる。ちなみに学生時代の髪型はごく普通の短髪だったけど、今は角刈りのようになっている。莉緒にも驚かれた。
「あの……ハンクと名乗ったのは……?」
「言った通りですよ。俺の中に現れたゲームの中の凄腕の傭兵。でなければ、俺にあんな真似はできませんよ」
今朝、挨拶した時にハンクの事は包み隠さず言った。信じられないかもしれないけど、嘘をつくよりはいいと思ったからだ。しかし、この様子だと疑っているようだね。
『それが一般人の感覚だ。受け入れたお前がマトモでないだけだ』
……手厳しいッスね、
昨夜からの俺の凶行は知っているはず。
本来なら怒り、諌めなければいけない事をした俺に対し、めぐねえはしょぼんと肩を落としていた。
「……私は最低な大人です。守らなければいけない子供たちを危険な目に遭わせて。あなたにも、そんな辛い言い訳をさせて」
……アレ?
めぐねえ、なんか変なこと言ってるぞ?
俺の言い訳って……なに?
『“ハンク”という人格のやった事、という認識でいるのかもな。いわゆる“解離性同一障害”と言うやつか』
あー……
なるほど。
たしかに『がっこうぐらし』と言えばそういったものがあったな。ゆきちゃんの“めぐねえ”とか。そんな
「あ、あの?」
「いや、なんでもないです。俺はもう生徒じゃないんで。お気遣いは無用ですよ」
「それは……そうかもしれないけど」
思えば、その方がしっくりくるな。
今からでもその路線でいく?
『そう思わせておけばいい。問題は特にない』
……まあ、そらそうか。
説明しても理解はされないだろうし。
校長室から出ると、廊下の掃除はだいたい終わっていた。基本、生徒の教室は手をつけないでいくのでこれから職員休憩室と職員室の清掃にかかるようだ。
「あー、ハンクさん」
「丈槍さん、この方は半澤さんだと言ったでしょう?」
「え〜、だってハンクって言ってたよ?」
俺を見つけた由紀が悠里に叱られている。
「好きなように呼んでくれていいよ。どれ、俺も手伝うよ」
「そんな。今日は休んで下さいと……」
「じっとしてると余計疲れるみたいでね。貧乏性なのかな?」
軍手を付けてゴミ袋を由紀から引き取り、新しいゴミ袋を広げて渡す。
「ありがとー、ハンクさん♪」
屈託のない笑みで由紀が笑う。その瞳にはまだ正常な光が宿っていた。
今はそれがとても嬉しくて。
ようやく、守れたのだと実感する事ができたのだった。
ちなみに由紀の言ったのは例の軍曹が出てくる映画ですね。ド汚い言葉で心を刳りに来るというやり方がエゲツない(笑)