翌日は二階の開放を目標に行動する。とは言っても二階には購買に食堂といった施設があるので昼の間は難易度が跳ね上がる。なので、時刻としては放課後辺りから始めることになった。
「ほ、本当に行くのですか? 恵飛須沢さん」
「大丈夫だって、心配性だなめぐねえ」
「佐倉先生ですっ」
とりあえず残存する『かれら』の撃退はハンクと胡桃のツートップ、バックアップは柚村貴依嬢に頼むことになった。事前にやった訓練においてマシな成績だったからだ。子供二人は論外、体力的には問題無しのめぐねえは運動能力がやや難があり、悠里は体力的に問題があったためだ。ゆきちゃんには期待してなかったよ。
「ポイントマンは俺が行う。クルミは続いて左右死角からの敵を発見次第掃討。タカエはその後方で戦況を確認。必要なら防衛のために戦闘しても構わん。だが、可能な限り俺かクルミを呼べ。お前の武器と体力では『かれら』に有効打は難しい」
「わ、分かった」
「アタシが先頭でもいいぜ?」
「お前はまだ経験が少ない。ここは後ろで俺の動きを学べ。いずれお前が仕切ることもあるだろう」
「お、おう……わかった」
「ミス・サクラ。テープレコーダーの準備はオーケーか?」
小型トランシーバーで連絡をするハンク。これは学校に常設されていたもので、職員同士で連絡をする必要がある時に使われていたらしい。もっとも、公に使うのは行事のときくらいだったらしいが。向こうにいるのは屋上のめぐねえだ。
『はい。では、電源を入れて、と。下げますね』
「頼む。定位置まで届いたら報告してくれ」
しばらくして定位置に届いたと連絡があった。表からはラジオ体操の音楽が響いてくる。
屋上から滑車を付けた棒の先からテープレコーダーを吊るして下ろしたのだ。地面に置くと『かれら』に触られて壊されてしまうので高さは二階くらいに調節してある。ちなみに棒はモップを二本組み合わせて作った杖のような形で、手摺の下から出して固定用のフックも付けてある。当然、俺が作った。高さも使ったロープに目印のビニールテープを巻いて示してある。正確ではないけどだいたいの高さが分かればいいのだ。
「ミス・サクラ。一度上げてくれ。音量をやや下げるんだ」
『は、はい。うんしょ、うんしょ……』
かけ声がかわいいw
『かれら』を釣るポイントは東側階段付近。ここなら下から上がってくるのも階段に固まるだろうし、二階の連中も端に寄せられる。上手くいかなくても数は減らせるだろう。西側や中央階段から上がってくるやつもいるかもしれないので後方確認の為に貴依さんにも同行頂いたわけだ。基本的にハンクと胡桃で何とかなると思う。
こちらの侵入口は中央階段。思ったとおりだいたい東側に釣られているのでこの辺りはほぼいない。代わりに購買や食堂方面からちらほらと姿が見える。
「まずはこちらを制圧する。声は立てるな」
「あいよっ」
胡桃ちゃんは声が高いなぁ()
反応する『かれら』の首に鉄パイプが命中し、ゴキリ、とやな感触がする。頽れるそいつの首を踏んで首が変な方向に曲がるのを確認するハンク。その様子を見る胡桃と貴依はドン引きだ。
「うへ……」
「あっさりだなぁ」
「クルミ、いってみろ」
「お、おっけー? 見てろよ」
少しおどけてからシャベルを構えて『かれら』の前に対峙する胡桃。屋上でアイツを送ってからは一度も戦ってはいないと思うけど……やっぱ緊張してるみたいだな。ひたひたと近寄る『かれら』にわずかに足が下がる。
「『かれら』は戦術が無い。フェイントをかける知能もないし、距離を一度に詰める事もしない。間合いを図って、正確に、一撃で急所を仕留めろ」
淡々と呟くハンク。これは作戦前に行ったレクチャーでの言葉でもある。『かれら』は徒党は組むが連携はしない。それどころか個体としても多くの戦術は用いない。単純に掴みかかり、噛み付く。その体力と痛みを伴わない身体を使った原始の人間でもしなかったような戦い方しかしないのだ。
ゆえに、手の届かない間合いから、急所の首周辺めがけての一撃でだいたい終わる。見た目からくる恐怖に打ち勝てば、与しやすい相手なのだ。
「ち……で、でやぁっ!」
気合を入れるために声を張る胡桃。本来悪手だがハンクは止めない。戦闘に臨む者の注意を損なう方が危険だからだ。構えたシャベルが一閃して、『かれら』の首元に差し込まれ……あっさりと断ち切った。勢いよく吹き出るかと思っていた血は、そんな事はなく。ただ、ダラダラと周りに溢れただけだった。泣き別れになった身体が倒れ、動きを止める。首は何処へ行ったか。左後方に落ちているが、幸いこちらは向いていない。
「は、は……う、こふっ」
「ナイスショット。確認の手間が省けるいいスイングだ」
そら首飛ばしたら確認もクソもない。その様子を見ていた貴依が顔を真っ青にしているが、ハンクは鋭く指示をする。
「タカエ、周囲の確認はどうした? 自らの任務は忘れるな」
「ひっ……だって」
「今のお前は索敵手だ。前方、左右、後方の敵の数を正確に数えろ」
「え、と。前に二つ。一つは五メートルくらいかな? その向こうにもう一体。後ろは……無し。階段も無し、いや一体影が見えた。まだ踊り場にいる」
慌てながらもきちんと数に距離、方向も伝えてくる。初めて『かれら』と面と向かって対処するにしては上出来だ。
「よし。まずは購買方面を制圧する。クルミはタカエのカバーに入れ」
言うが早いか最接近している『かれら』に横から鉄パイプを振り抜き仕留めるハンク。倒れる『かれら』を見ながら、ハンクが何故予備のシャベルを使わないかを理解した。
『出血しづらいんだ』
『そのとおり。本来なら容易に切断出来るシャベルの方がやりやすいのだが、後処理が面倒だ。それにお前の膂力ならコレでも仕留める威力は出せる』
リーチとしては似たようなものでも、与える効果は違ってくる。塹壕戦で一番効果を出した武器ではあるが、それは対人戦という意味だ。対『かれら』戦となると違ってくるのだろう。
『血が多く出ると足元が悪くなる。近接攻撃しかない現状では不確定要素はなるべく排除したい』
ハンクは効率優先……と言うか効率厨だな。そこまで言うのならなんで胡桃にも打撃で戦えって言わなかったのか?
『戦闘に臨む際に些事は命取りだ。ああしろこうしろと言われて、集中出来るほど仕込まれてないと判断した。どのみち今回はチュートリアルだ。実戦の空気に慣れる事が目的だからな』
全く冷静だ。でもその判断は正しいと思う。原作ではただ一人の戦闘要員だった胡桃も、最初の頃は危なっかしいものだった。今だって顔色は悪い。それは貴依も同じだ。つい先ほどまで普通の女子校生だった彼女たちには辛過ぎる現実なのだ。
『
……やな人生だな、ほんと。
こんな世界に転生するとか、マジでキツイ。
とはいえゴネてもグズっても事態は変わらない。やる事はやらないと悩む事も出来ない。
程なくして、二階の攻略が完了した。
「あったぁ、無事だったよ♪」
教室で私物を回収した由紀は満面の笑みだ。『かれら』は人に襲いかかりはするがモノを直接攻撃する事はあまりない。それが音を立てたり光ったりなどする物なら対象になるかもしれないけど。貴依や胡桃も私物を確保出来てホッとしていたようだ。ちなみに三年の教室は上の二年よりは荒れていなかった。三年生は帰宅が早いため残っている者も少なかったのだろう。
ちなみに購買や学食(家庭科実習室)の損壊もそこまででは無かった。購買も学食も、あのときには人はあまり居なかった筈だ。『かれら』が習性で集まるとしても、自分たちで荒らす理由は無いからそのままだったのだろう。たまに棚にぶつかって物を落とすとか、土足で彷徨ってたから床が汚いとか、その程度だ。
二階も同様のバリケードを構築しておいた。補強用の資材は無いが、購買にはガムテープやビニールテープがあったので助かった。用意した分はかなり無くなってたからね。
学食の冷蔵庫はまだ生きていたけど、あまり多くの食材は残ってなかった。それでも仕込みの途中だったカレーやスープなどは残っていた。冷凍庫の中には少し大きめの魚の切り身(たぶん鮪)とかもあった。
『ほう、サシミか♪』
和食好きハンクさんがアップしてらっしゃるなあ……なんにせよこういうものは早く食べないと傷んでしまう。冷蔵庫や冷凍庫でも食品を完全に保管する事は出来ないからね。
子供二人を除いた全員でリュックを背負い、必要な物資を運び出す。生鮮品は特に優先だ。上の冷蔵庫はそんなに大きくないので今回はカレーは冷蔵庫に入れたまま残していく。
「あうー、カレー〜」
「今日は置いてくだけだ。上に入らないんじゃ傷むだろ」
「分かるけど。うぅ……」
『日本式カレーは食べた事がない』
女の子の会話に混ざるな、ハンク(笑)
話を聞けばアメリカでは日本のカレーライスはあまりポピュラーではないそうだ。意外と言うかなんというか。ともかく今日は食べないし、上の冷蔵庫では小さいから無理。以上。
「わあ……鮪の柵ね」
「でも、解凍しないと。電子レンジで……」
「だ、だめですよ。べちゃべちゃになっちゃいます」
「ええ……?」
悠里に見せると彼女はテキパキと解凍処理に入った。サポートとして入っためぐねえだが、不安しかない様子。大丈夫か?
「九郎さん」
そんな俺に声をかけてきたのは瑠璃ちゃん。手にはさっき図書室から持ってきた本が握られている。
「あの、難しくてちょっと……読んでくれませんか?」
高校の図書室にあったライトノベルなのでやや難しいのかもしれない。手に取ってソファーに座ると、その横にちょこんと座る。
「あら、朗読? 九郎できるの?」
そう言いつつ反対側に座る妹の莉緒につい悪態をつく。
「ほ、本読むくらいできらぁ」
「あらそ。じゃあ私も聞いていてあげるわ」
ニヨニヨと口を歪める妹様は、ホントいい性格してる。読むだけなんだから簡単だろ?
しばらくして悠里が夕ご飯を呼びに来たので読むのをやめた。文句を言うかと思ってたら意外にも「続きは食後ね」とか言われた。瑠璃ちゃんも喜んでくれてたから嬉しいと言われると嬉しいのだけど……何だか恥ずかしい気もする。
『表現がいまいち分からんが興味深い。読了を希望する』
ハンクは日本文化に慣れ過ぎだと思う。
大概の外国人は『?』ってなるのが普通なんだよなぁ……このあと鮪の刺し身を食べてご満悦だったのは言うまでもない。
こうしてみんなと和気藹々とした食事を取れるのはどれくらいあるのだろうか? 不安ではあるがそれを彼女たちに言うわけにもいかない。
夕食後の朗読は、なぜか全員で聞いているという謎状態だった。さすがに一時間以上読み続けていると疲れてきたのでやめたのだが、翌日にまた読むと約束させられた。
その後、その辺りのことをハンクと相談してみた。一階と外部への移動方法についてだ。
『一階の攻略は難しそうだ』
ハンクが心の中で相槌を打つ。俺も同意見だ。実際、階段という障害があってこそバリケードは意味を持つ。平面で障害の無い場所を塞ぐには強度が足りない。一度に来られる量が多すぎるのだ。
『原作通りに、下との行き来は避難梯子とかを使った方が無難だな』
『屋上のメンテ用のゴンドラが使えればやりやすい』
『ああ。一時的に稼働させるのは問題ないと思う。あれなら多少かさばった物も運べるし』
屋上、ソーラーパネルのあるエリアにはメンテナンス用のゴンドラが設置されている。意外と大きなそれは、壁面の清掃などにも使えるようになっているので階の途中に停めることも出来る。ただ、これの難点は移動が意外と遅いというものだ。降ろしている間に『かれら』に接近されてしまうので援護が必要かもしれない。ちなみに鍵は職員室に保管されているし、稼働も確認している。
『明日は外部へ調達か。それは構わんがメンバーは決めてあるのか?』
子供二人は連れて行くのは危険だ。二人を残すなら監督役は必要となる。めぐねえは運転が出来るから連れて行くのは構わないけど、怖がりな上にどんくさい所があるから心配だよなぁ……
『クルミは問題無し。タカエも今日の動きなら荷物持ちには問題はない。ユウリは出来れば同行させない方がいい。ルリとリオの監督役は彼女が適任だ』
となると、由紀を連れて行くかどうか。
あの子は勘がいいけど、好奇心も旺盛だ。足を引っ張りかねないけど……
『いちおう、決まったよ』
『行き先は決めてあるのか?』
『ホームセンターを先にしようかと思ったけど、やっぱりモールにする』
他の所にいるかも知れないけど、やはり最初に確認するべきはリバーシティートロンの方だろう。原作では助けられなかった貴依を救えたのだ。みーくんとけいちゃんは是非とも助けたい。
『ショッピングモールか。ますます“ドーン・オブ・ザ・デッド”だな』
ソイツは笑えないぜ。あんな結末にはなりたくないんだ、俺は。
『そう思うならそろそろ一人で『かれら』を始末してみろ。クルミもやっているんだ。出来ないわけはない』
……善処します。
いや、本当は出来ると思うんだけど、さあ。
『やれやれ。女の方が勇敢とは、それこそ笑えんな』
ぐぬぅ……
よくよく考えてみれば、俺自身は一体も倒してない。
『どのみち生きたければ『かれら』を手にかけることは必須だ。覚悟を決めろ』
──そんなわけで課題が課せられてしまった。……はあ(嘆息)