二人で一人のウマ娘   作:なまたま

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憧れ
ハリボテの死


―――ここは、トレセン学院

皆の憧れ、輝ける栄光の舞台『トゥインクルシリーズ』を目指して走る前途有望なウマ娘達が数多く集い、仲間達と共に学び、身と心を鍛える、切磋琢磨の日々を過ごす場所。

 

そんな中央のターフを走るウマ娘が、此処にいた。

 

「っふうう」

「だ、大丈夫?」

 

その一人は、息を整えつつ自分の顔のマスクを心配そうに眺めている。

小さな背丈に、茶色の長髪を携えて。

 

『へーき、へぇ、きぃっ!』

「おねぇちゃんは脆いんだから、無茶しちゃだめだよ」

『わかってるって!だいじょぶだから!』

 

 

→(あれは何を?

 

一人で二人芝居を繰り広げている謎のウマ娘、今度の担当だと言われて来てみれば。

何とも不思議な言動をする子だ。

隣に来ている理事長秘書のたづなさんに詳細を尋ねてみる。

 

すると、少し言いづらそうに口が開かれた。

 

「...亡くなったお姉さんのマネをしているんです」

→(亡くなった?

「ええ、人なのにウマ娘と同じ舞台に立とうとした、お姉さんの」

→(何があったんです

「...少し長くなりますが、良いですか?」

→(構いません

 

―――

 

―――

 

ある田舎町で、仲の良い双子の姉妹が居ました。

姉は普通の人間で、妹はウマ娘『エレジー』。

 

「はぁ...」

 

姉は人間の陸上では敵なしのステイヤーで、三千メートルを全力で走れる逸材だったそうです。

 

「おねぇちゃん、大丈夫?」

「あ、はははっ、へーき、へーき!エレジーの、お姉、ぇちゃん、だからね!」

 

しかし、やはり遺伝子の全く同じ筈の妹にはまるで敵わない。

彼女は自分にウマの魂が宿らなかった事を常々悔いていたと聞いています。

 

―――

 

―――

 

「ふぅ、さ、もう一セット、行くよ!」

「うん!...無理はしないでね」

 

いつも、妹に身体の心配をされるのが苦痛だった。

 

「おねぇちゃんは脆いんだから」

 

本人に悪気はないんだろうけど、ウマ娘と人間は同じトレーニングをすることすら出来ないのだと言われているようで。

 

「...わかってるって、エレジーは心配性だなぁ!もう」

 

でも、脆いという言葉を使う時の妹の顔がどうしても頭から離れない。

ウマ娘はレースの故障で死んでしまう事すらあるからだろうか。

そこら辺の情報を仕入れている分、我が妹は怪我に敏感なのを知っているから、本人の前で嫌がる素振りは見せないように、虚勢を張る。

 

「ぼーっとしてたら置いてっちゃうよ!」

「あ、待っておねぇちゃん」

 

まぁ、すぐに追いつかれる。

こんな小さなことですら劣るのを思い知らされる度に思うのだ。

私は人間だから仕方がない、と。

しかしそうすると、ウマ娘だったら私はどれだけ活躍できたのだろうか?

なんて、生まれた時から塞がれっぱなしの未来に思いを馳せたりもする。

 

「...あは、は、やっぱり敵わないなぁ」

 

陸上競技は、男も女もウマ娘のレースの下位互換みたいなもので。

どれだけ頑張って一着になっても、たまに少しのインタビューを受けるだけで、綺麗な衣装を着て歌ったり、ファンの皆の歓声を聞く事なんて有り得ない。

 

だから。

 

―――

 

―――

 

「へ、普通に進学する、んだ...?」

「...うん」

 

小学校の卒業式の後。

妹がレースの世界から遠ざかるという決断を聞かされた時、どうしようもなく心が揺さぶられた。

 

「…どうして?エレジーは私なんかよりずっと早いのに!どうして!?」

 

思わず肩に掴みかかり、体育館裏のコンクリ壁へ押し付ける。

勢いが掛かりすぎて、腕を強くぶつけた。

 

「私に気を使ってるなら今すぐやめて!エレジーはきっとG1だって勝てる名ウマ娘に...」

「無理だったの」

 

想いの丈を感情が突き動かすままに吐露していると、妹が口を開く。

 

「な、何が」

「...ッ私は!中央はおろか、地方のトレセンにすら入れないような落ちこぼれなの!」

 

次の瞬間、その口から放たれた言葉は、理解しがたいものだった。

...エレジーが、落ちこぼれ?

なら、その落ちこぼれに五年以上も負け続けてた私は何なのさ。

 

「おねぇちゃんは女子陸上のトップだったから!私もきっと強いんだって思って試験を受けたんだよ!」

 

そうだ。エレジーは私よりよっぽど早くて力も強い、スタミナだって比べ物にならないくらい高い。

 

「...でも、でも駄目だった。人のトップに余裕で勝てても、ウマ娘の中で私はレースに出る権利すらない」

 

そのはずなのに、それでも足りない?

なら、どうすれば良かったというのか。トレーニングを欠かしたことなど一日も無く、必死に努力し続けてきたのに。

 

「それとね、もう一つ言いたいことがあるの」

「...何さ」

「私、コーナーが苦手なんだって」

 

「練習の事をトレーナーさんに話したらね、こう言われたの。『ずっとお姉さんに速さを合わせてたから。ウマ娘としてのスピードで曲がることが出来なくなったんだろう』って」

 

「私、レースなんてあんまり好きじゃない。だけど頑張って、その結果がこれ」

「勝手に自信をつけて、みじめな思いをしてお姉ちゃんに八つ当たりしたくなって」

「こんな事なら、私じゃなくて」

 

そして、エレジーは最後にこう締めくくった。

 

『おねぇちゃんが、ウマ娘だったら良かったのにね』

 

話に一区切りついたと判断したのだろう。エレジーは涙をボロボロと流しながら私の手を振りほどいて帰路へ向かう。その背に私は何も声を掛けられなかった。

 

「才能を、腐らせてしまったのかな」

 

私が追い付こうとしていた小さな背中は、憧れていた景色は。

メイクデビューのステージの遥か後方でしかなかったと。

 

「...私と、一緒だったから」

 

理解してしまったからこそ。

同世代の人間でトップなだけの自分が、どうしようもなくイヤになって。

足を引っ張り続けた家族に、顔向けできなかった。

 

五分ほど遅れて自室に帰ると、そこにあったのは自作の衣装。

と言っても全身が出来上がっている訳じゃなくて、まだマスクが右半分出来上がりかけているだけのお粗末なものだ。

 

「...はは、綺麗だなぁ」

 

ノートをめくると、我ながら恥ずかしい妄想が書き連ねられていた。

メイクデビューでこの衣装を着て、センターを飾るだとか。独自の振り付けを入れたいだとか。

でも、ページが進めば進むほど書かれている事は現実的な理論になっていって。

最終的な結論は書かれていなかったけど。今なら分かる。

 

「やっぱり、人間がウマ娘に勝つなんて、不可能なんだよね」

 

ずっと、出すのを避けた結論。

それは口に出してしまえば、何当たり前の事を言っているのかと笑われても仕方のない事実だった。

それを覆そうとする私を笑わず一緒に走ってくれた妹は、私のせいで。

 

「...くそっ、ちくしょう!」

 

見つめていた数字が滲み、ぽつぽつとマーブル状に濡れていく。

握り絞めたノートがぐしゃりと潰れて。早くなるための情熱の結晶も、小さいころからの夢も、頑張って作った衣装の設計図も、

 

...全部が全部破れてしまった。

 

「なんで!どうして私の才能をエレジーにやれなかったんだよ!」

 

壁にかかっていたウマ娘のポスターを破き、大切にとっていた古いバ券を破り、『名ウマ娘への道のり』と題された図鑑を破り捨てる。

目に付く『いやなもの』を、新旧を問わずに壊して、壊して、壊し尽くし。

 

「なん、で...」

 

そうして机を殴りつけた時、足の裏で壊れているものが目に入った。

『オグリキャップのスタンドライト』。

これは両目が光るという微妙に使いづらい製品で、電池式なのに値段が若干高いのも相まってファンでは微妙扱いをされている土産品。期間限定という訳でもないので今でも新品が買える。

そんなレアでも何でもないもの。

 

「私は、これを、踏み壊したんだ...?」

 

でも、私が初めて競馬場に行って、ライブを見たあの誕生日に、妹が初めてくれたプレゼントのライト。

今年はプレゼントするんだっていって、パパとママの静止も聞かずにお年玉の貯金で買ってきてくれた。

 

それが、ちょうど足からぽっきりと折れて。

頭が右半分潰れていた。

 

「...お、ねぇちゃん、それ」

 

ガチャリと扉が空き、妹と眼が合う。

 

「どう、して」

 

じわじわと涙が溢れ、手に持っていた夕餉の弁当がフローリングに落ちる。

ああ、そういえば、もうそんな時間だったんだ。

 

「ああもう!うるさいなぁ!エレジーに関係ないでしょ!弁当置いて出てってよ!」

 

どうしようもない罪悪感が湧いてきて、エレジーを部屋から追い出して扉に鍵を掛けた。廊下の方から、さめざめとした泣き声がする。

その気になればこんな薄っぺらいドアくらい簡単に蹴破れるくせに、一度だってエレジーはしなかった。

喧嘩した時ですらそうだ。本当にあいつは意気地なしで、主体性がなくて、私を頼ってばっかりのクセに憎らしいほど強い。

 

「...はは、最低だな」

 

身体だけじゃなく、心ですら私はエレジーに劣ってる。

居るだけで足を引っ張って。将来のスターを星屑にしてしまった。

挙句の果てに八つ当たりするなんて。

 

「何やってるんだよ、私は」

 

冷えた頭の中に残る思考は、ただただ自責ばかり。

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