二人で一人のウマ娘   作:なまたま

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後日談:しくみ

―――

メイクデビューまであと-(マイナス)二日

―――

 

一般的な葬儀日程は、故人が亡くなった翌日に通夜を行い、その次の日に葬儀・告別式と火葬を行う。

彼女もその例に漏れず、まだ二日しか経っていないと言うのに。

つい三日前までは普通に生活していて、必死に鍛えて来た身体なのに、もう燃やされてしまうようだった。

 

→(本当に、申し訳ありません

 

彼女の両親は僕を咎めず、献花も出棺も何故か参加させてもらえた。

そのお陰で触れることが出来たエレジーの遺体は、ぞっとするほど冷たくて。

どこか消えかけていた現実味が返ってきて、涙が溢れそうになる。

気付かない内に無道な行いをしてしまっていたのではないか、と。

後悔ばかりが脳裏にリフレインして。

 

→(本当に、本、とうに…すみません、でした…

 

鼻がどんどん詰まり、声が上手く出なくなった。

僕を葬儀に呼んでくれたその慈悲で、生まれた罪悪感が胸中を埋め尽くす。

 

「いえ、気にしないでください」

「どうせあいつが中央でやってける筈も無かったんですから」

 

僕が殺したようなものなのに、赦してくれるのが、痛かった。

親なんだから辛いはずだ、娘が死んでしまったら。

だというのに二人は、何の陰りも無いまっさらな笑みを僕に向けてくれる。

 

「…ただ、自殺とはいえ契約期間にうちのが死んだって訳で」

「賠償の方は払って頂けますよね?」

 

始めの契約の時点で、僕が担当する条件として特別に付け足された賠償金。

それはきっちり用意してきた。

当座預金口座の小切手帳から、一枚を切り離して二人に手渡す。

 

「えっと、これをどうすれば…?」

→(僕の誠意です、好きな金額を書いてください

 

契約通りなら二千万。

だが、その額じゃ到底彼女の命に見合わないと思い、決断を二人に委ねる。

 

「それでは、これくらいでお願いします」

「ついでで悪いが、どうやって受け取ればいいのか教えてくれ」

 

エレジーの両親が提示した金額は二億、元の十倍。

払えない金額ではない。

 

→(分かりました…ここの取引番銀行へ、十日以内に小切手を呈示していただければ

 

今日の日付と、金額の前に『円』後に『也』を記入し、印を二か所に押して渡した。

 

「これだけで、二億…」

→(…何か、不備がありましたか?

 

エレジーの父親が何故か小切手を見つめたまま固まったので、何か失敗してしまったかと思い声を掛ける。

 

「いえいえ!全然ありません!ほら、早くしまっちゃって」

「あ、ああ。分かった」

→(…?

 

―――

 

―――

 

昼過ぎ、車移動を終えて到着したのは火葬場。

エレジーとの最後の対面だというのに、ご両親は涙一つ流さないでいて。

それが僕は、気丈に振る舞っているように見えた。

 

→(…強いなぁ

 

納めの式が終わり、分厚い鉄扉の先の石机へ白い棺桶が運び込まれ。

骨上げまでの一時間を休憩室で待っていた時の事。

 

「やぁやぁ、トレーナーくん」

→(こんにちは、理事長

「うむ、こんにちは」

 

自販機で買った緑茶を一人静かに飲んでいる僕のもとに、秋川理事長がふらりと現れた。

 

→(納骨しに来たんですか?

「それもあるんだがな、トレーナー君に一つ話しておきたいことがある」

→(なんですか

「…たとえ話なんだが、三百六十五分の一を三乗した確率は何だ」

→(四千八百万分の一です

「ではさらに四千八百万分の一を五乗したら?」

→(流石にそこまで暗算出来ませんよ…今の計算に何か意味が?

 

突然割合の話を振られ、戸惑いつつ応えると理事長の顔が真剣みを帯びる。

 

「君は、運命と言うものを信じるか」

 

その沈痛そうな、いかにも重要な話でも始めそうな雰囲気とは裏腹に、彼女の口から出た単語は荒唐無稽な物。しっかりしてると言っても、やはり理事長も年頃の女の子っぽい所があるらしい。

 

→(そんなもの、あるわけないじゃないですか

 

ただ、こんな事が起こった後の冗談としては少しタチが悪かった。

大人げないとは思うが、一体何のつもりでそんな事を口走っているのかと、少しだけ憤りを覚える。

 

「ならばッ! …覚えているか? ライスシャワーの命日を」

 

忘れられるわけがない。

あの宝塚記念の日は、六月四日。

 

「テンポイントの命日は?」

 

三月五日。

 

「君がッ! 今まで担当してきたウマ娘全員の命日を覚えているのなら、耳を傾けてくれ」

 

アグネスタキオンが、六月二十三日。

ビッグウルフが、十二月一日。

全部覚えている。

 

→(…だから、それと何の関係があるんですか

「調査ッ!名前ごとにウマ娘の死没した日を精査していた時の事だ!」

→(なんでそんな事を

「通常! 二、三代目が現れるまでのスパンは数十年単位と非常に長い…が。 オグリキャップ、サイレンススズカ、タマモクロス、アグネスタキオン、シンザン、ライスシャワーと超短期間に集中して次代の覚醒が起こった故に!」

 

確かに理事長の言う通り、ここ数十年のスパンは明らかに異常と言われてはいたが、それで複数世代の正確な命日が分かったところでどうなるというのか。

 

→(まさか、同じ名前のウマ娘は同じ日に死んでいる…なんて言わないですよね

「…私は、気付いてしまったのだ」

 

小脇に抱えていたファイルが手渡され、その内容に眼を通すと。

 

「そのまさかだよ、トレーナー君」

 

ただ一例を除いて、例外なく同日に死亡したという事実が記されていた。

 

「同名のウマ娘は、同じ日に死亡する。さっきの三百六十五分の確率は、それの事だ」

 

そうじゃない、僕が一番驚いているのは。

 

→(…どういうことですか

 

僕が初めて担当したウマ娘であり、僕にとって最も輝かしい栄光の象徴である、彼女の死。

死因は、飛行機事故と記されている。

 

→(シンザンさんが

 

その時期、僕は丁度引きこもっていた。

手紙も碌に読まず、溜まりすぎたのを用務員さんに処分してもらうのを何もせず見ていた。

 

→(あの人が、去年に亡くなっているって、どういうことですか?

 

だって、殺害予告や、ファンレターを装ったカッター刃入りの縦読み怪文書ばかりが送られてくるから。

メールで事は済むから、無視していた。

 

「…この中では、最も長く生きていたんだがな」

 

飛行機事故ってことは、彼女の携帯が無事である筈もない。

僕の知る限りだとパソコンもノートだけだから、もし葬儀の招待状が届くとすれば、それは…

 

→(嘘だ、そんな筈がない

 

…有り得ない、そんな事が有り得ていいはずがない、それは、絶対に有り得てはいけない事だ。

 

「暫定ッ!四千八百万分の一の五乗を、ただの偶然と言うのなら、運命は無いんだろう! …だがな、これは紛れもない事実として存在する」

 

ただでさえ限界寸前だった精神に、勢いよく亀裂が入る。

 

「そもそもの話として、だ。固有技能を始め、ミトコンドリアと似た働きをすると言われているウマムスコンドリアでさえ、存在することを証明できてはいるものの、その作用機序に関しては憶測でしか語れないブラックボックス!」

 

しかし、理事長の言葉だけは明瞭に聞こえて。

意味を十全に理解できてしまった途端に、亀裂が止まる。

 

「魂も、母子間で似た傾向を示す以外何も判明していない領域! ならば、科学的証明が不可能なら! 既にある記録から推測するしかないだろう? 他の分野と同様に、だ」

 

矛先がズレたというべきか、関心が会話内容に移ったからか。

意気揚々と語られる理屈だが、前提で矛盾点が存在していることに気づいた。

今僕の手元にあるファイルの中では、あるアグネスタキオンの命日がただ一つだけズレている。

 

→(僕の担当したアグネスタキオンは、違います

 

歴代のアグネスタキオンが二十二日に死亡しているのに対し、僕のアグネスタキオンだけは二十三日だと。

 

「反証ッ! …それも調べは付いているのだ」

 

理事長の指さす先は、担当トレーナー名。

それと同時に二冊目のファイルを手渡される。

 

→(…あれ

 

その中身を見てみると、微かな違和感に気付いた。

 

「恐らく君の予測は合っているぞ、トレーナーくん。言ってみてくれ」

 

一冊目の何倍もの分厚さを誇る膨大なページの中、何か所も命日がズレたウマ娘が居た。

特定の名前の子ではなく、むしろその逆。

 

→(特定の苗字を持ったトレーナーが担当したウマ娘は、命日がズレている…?

 

必ず回避できるわけではない、けれど、苗字持ちとそれ以外とでは明らかに命日の回避率に格差がある。

三十分の一と、二百分の一くらいの大きな違いだ。

 

「正解ッ!そして、それを私は―――運命を変える血の持ち主、と見ている」

 

秋川理事長は、確かにそう言った。

次に渡されたのは、中間ぐらいの分厚さの戦績比較資料。

運命を超えられなかったウマ娘と、超えたウマ娘の能力、戦績が乗っている。

 

→(ハルウララで、有馬優勝…?

 

未勝利ばかりの歴代ハルウララの中、超えた二人はフェブラリーS、JBCスプリントなどのダートG1を複数制覇、ないしそれに準ずる活躍をしていた。

それ以外にも、運命を乗り越えたウマ娘の殆どが歴代とは比べ物にならないような高戦績を収めていると書かれている。

 

「運命の存在については、理解してくれたか?」

→(…認めざるを得ない、と言う感じです。正直信じがたいけれど、証拠が多すぎる

 

なるほど確かに、運命はあり、それを打破しうる血族が存在するらしい。

 

→(…それで、これを僕に見せた理由は?

 

けれど、それをわざわざ僕に教える理由が分からない。

僕の苗字は血族の物ではないし、アグネスタキオンのラッキーパンチもごくまれな確率ではあるものの、他のトレーナーにも発生しうるものだと分かっているから、尚更だ。

 

「理由だが… うむ、特に無いッ!」

→(…え?

「しいて言うならば、新人トレーナー君を優遇している理由を語らねばならなくなった時、味方となってくれる証人がたづな一人だと心細いくらいか!」

 

特に無いと言われた時は正気を疑ったが、すぐさまそれらしい理由が出て来た。

ようは、いざ失敗した時の為の味方作りに…と言う事だ。

 

やはり、理事長は抜け目ないなと感心していたら、掲示板の文字列が点滅し、据え付けの電話に内線が入る。

 

「もしもし」

『お焼きの方完了致しましたので、一階四番室にお越しください』

「はい、わかりました」

 

話している間に一時間経っていたらしい。

 

「丁度時間のようだな、行くか」

→(…そうですね、行きますか

 

飲み終わった緑茶のペットボトルを廊下のゴミ箱に捨て、僕と理事長にエレジーの両親。

計四人で、階段を降り始めた。




新人トレーナーくん→選ばれた側
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