二人で一人のウマ娘   作:なまたま

13 / 23
少しおやすみします


暮れの明星

→(あなた...って、僕?

 

慣れない呼び方をされたので、それが僕の事なのかと聞き返す。

 

「...はい。今私と隣り合っている、トレーナーさんの事ですよ」

 

→(そんな風に呼ばれたのは、初めてだ

 (どうして、そんな呼び方を

 

「私もこんな風に呼んだの、初めてです」

 

分からない。

少し潤んだような目と、微かな緊張感が僕の視線を釘付けにする。

暫く無言で見つめ合っていると、ハリボテエレジーがゆっくりと口を開いた。

 

「...なんて言われても、嬉しくないですよね」

 

自信なさげな表情と、幾分かトーンの落ちた声。

普段の意地っ張りで努力家な彼女の姿がまるで見えてこない、その陰り方がどうも見てられなくて。

 

→(いや、すごく嬉しい

 

すぐ隣の彼女を、軽く抱き寄せた。

どうして、とかは分からないけど、経験則で行った行動は正しかったらしく。

 

「...えへへ」

 

すこし強気を取り戻したのを見て、安心した。

 

→(さて、お寿司食べよっか

『トレーナーさ、殴られたいの?』

 

―――

 

―――

 

『世の男っていうのは!あんなに鈍いものなのか!』

 

お寿司屋さんから帰ってきて、トレーナーさんと別れた後。

おねぇちゃんはトレーナーさんの態度に憤慨していた。

 

「しょうがないよ、トレーナーさんだし」

『でも良いの?結局あの二人の思い通りになっちゃうけど』

「良いの。私が決めた事だから」

 

まぁ、ちょっとデリカシーに欠けるところはあるけど。ムードを察することは多分出来ると思う。

 

「...えへへ」

『ちょっと抱かれたくらいで、なーに喜んでるの!』

「だって、初めてだったんだよ!トレーナーさんから触って来たの!」

『それはそうだけど...』

 

さっき、私を抱きしめてくれたんだから。

 

―――

メイクデビューまであと三週

―――

 

「返還ッ!トップトロフィーッ!」

 

朝日がまだまだ眩しい午前九時ごろ。

トレーニングの計画票を書いている最中の僕の部屋へ、秋川理事長がやって来た。

ノックも無くガチャリと鍵が開かれる、相変わらずの不法侵入で。

 

「こんにちは、トレーナーさん」

→(あの、今度は何ですか?

 

そして付き人も同じく。申し訳なさそうにするたづなさんに挨拶がてら話を聞いてみると。

 

「実は...」

 

トロフィーを毎回用意するのでなく、前の所有者から返還を受け、新たな所有者に同じトロフィーを授与する方法。持ち回り。

歴代トップトレーナーの座から僕が転落したため、トロフィーを受け取りに来たという話だった。

 

→(ああ、桐生院家の当代...桐生院葵ですか

 

僕が引きこもっている時期に入って来た新人。一流トレーナーを数多く輩出してきた名家中の名家『桐生院』の苗字を持つ女性。

彼女に歴代トップが取られたのも耳に入ってきてはいる。

いつまで経っても取りに来ないので、トロフィーの存在が忘れ去られているのかと思っていたが。

 

「はい...先日トロフィーが受け渡されていない事に家の方が気付いたようで、理事長に連絡が入りまして」

「急遽ッ!君の部屋にお邪魔させてもらったという訳だ!」

「あの、非常に残念だとは思います。十八年間苦楽を共にした品でしょうし…ですが一刻を争う状況で、早く渡してしまわないと学院と桐生院家の関係が...」

 

→(それならどうぞ、持って行ってください

 

持ち回り式のトロフィーは、様々な人の所を行き来するのが想定されているため、サイズも大きく頑丈であることが多い。

このトロフィーも例に漏れず、僕の獲得してきた中で最も大きなものだった。

 

→(重いので気を付けてくださいね

「...ふむ、少しは残念がるものだと思っていたが?」

→(肩書に踊らされるのは、もう懲り懲りなので

「かつての面影はもう無い...という事か?」

→(ええ。むしろ清々します

「天晴れ!功績に執着していた画竜に、瞳が付いたらしい!」

→(...

「点睛ッ!くれぐれもその目、滲ませる事なく精進するのだぞ?」

 

大きなトロフィーを抱えたたづなさん。

その背の向こう側から、開闢と書かれた扇子が確かに見えた。

 

―――

メイクデビューまであと二週

―――

 

いつも通りの練習をしている最中の事。

ターフの第一コーナーを曲がりきったばかりだというのに、最後の直線でスパートをかける時のようなスピードになったのは。

 

→(…あれは?

 

違和感を覚えて良く見てみると、普段から使っている技能ではない、全く未知の走法。距離が延びれば伸びるほど明らかに向上しているタイムに、その大きな効果。

 

『トレーナー!見てた?』

→(今の走法、まさか

「ふふふ、こっそり練習してたんです」

 

走り終えて近寄ってくるハリボテエレジーの、練習していたというワードで確信する。

 

→(...すごいじゃないか

 

固有技能に、彼女が目覚めていた事を。

あり得なくはないという程度の希望を、ハリボテエレジーが掴み取っていたという事を。

一瞬で爆発的に加速するタイプではない。

ストライドを広く取り、ピッチをどんどんと上げていくだけの単純明快な技術だ。

それが齎すのは凄まじい消耗と、青天井のトップスピード。

 

→(...名前は、何て言うんだ?

 

固有技能の発現は二段階ある。

ハリボテエレジーのこれは恐らくまだ第一段階だが、名前は分かる筈だ。

激しい魂の囁きが、確かな形を持ったのだから。

 

「えっと、『アクセラレーター』...だと思います」

 

ただ、やはりまだ完全に目覚め切っている訳じゃない。

いま分かるのは特徴を捉えられなくもない、という程度でしかない仮の名前。

 

『何となくだけど、そんな感じ!』

 

その名前に、可能性を感じた。

長距離を常に加速し続けながら走り抜ける、人としても、ウマ娘としても致命的に壊れた異端の技能。

スプリンターとしてのスピードを、ステイヤーとしてのスタミナで加速し続けるその鬼気迫る姿。

まるで姉と妹、二人の技能が矛盾を起こさず混ざり合ったような狂気の業。

これを上手く運用することが出来たのなら...

 

届くかもしれない。

ハリボテエレジーは、スペシャルウィークよりも、サイレンススズカよりも、エルコンドルパサーよりも、オグリキャップよりも、シンボリルドルフよりも、テンポイントよりも上の―――

―――シンザンよりも強い、ウマ娘に。

 

「と、トレーナーさん...?」

 

まだ第一段階だというのに、最後の直線だけはライスシャワーに匹敵する。

ならば、完全に目覚めた時の潜在能力は計り知れない。

 

→(やっぱり君は、技術の天才だったんだな

 

ライスシャワーは既に固有技能を完成させていたというのに。

身体能力では、素質では、完全に劣っているというのに。

未完成ですらトップスピードで勝るというのは正しく『技の格が違う』と言える。

 

「...でも、この技は殆どおねぇちゃんが作ったもので」

→(どういうことだ?

「私、おねぇちゃんが完成させたのを劣化して使えるだけなんです」

『さっきは私が使ってたから、本領発揮できてたんだけど...』

「私が使うと加速効率が悪い上、スタミナ切れに」

 

長く走れば走る程強くなる、ステイヤーとして最高の技能だ、と浮かれていたら。

ボソボソと欠点が語られた。

その後の話を簡単に説明すると、姉の基礎技能が妹の応用技能相当で。

全く同じ技能を使えはするものの、全てにおいて妹側は劣るという事。

 

「…私の技術って、全部おねぇちゃんのマネなんです。私はまだ、落ちこぼれのまま」

 

でも、熟練度の違い…と言うには差が隔絶しすぎている。

 

 (劣化コピーでも、別に良いじゃないか

→(君の努力を、自分自身で否定しなくても良いと思う

 

僕は、顔を俯かせた彼女に、思ったことをそのまま伝えた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。