二人で一人のウマ娘   作:なまたま

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なやみました


消えた天才

―――

 

―――

「...分かりません」

→(...?

「私は勉強以外何もおねぇちゃんに勝てないのに...どうしてトレーナーさんは、私を認めてくれるんですか?」

→(...能力の良し悪しだけで、価値を推し量るのは間違っているからだ

「嘘です...パパとママは、おねぇちゃんには優しかった」

『そうだよ、二人とも私には優しかったよ?』

 

姉の発言に、整合性が取れていない。

先週ゲームセンター帰りに立ち寄った寿司屋では、二人とも優しくなかったと発言していたのに。

 

「私なんて、産まれなければ良かったって、何度も」

 

優しくされなかった自分の代弁者としての姉が、庇護者としての姉が崩れてゆく。

 

『トラブル起こして迷惑かけて、ごめんなさいごめんなさいって。いつも謝るのは上手かったね』

「学校でも、私のせいでおねぇちゃんは」

『...突き飛ばされて足折れちゃったっけ。私、ウマ娘だったらとっくの昔に殺されてたかも』

『謝れば済むと思ってたのかな?練習時間削られていい迷惑だったよ』

 

今のアレは、きっと彼女が思い描く姉なんかじゃなくて。

 

―――

『お兄さまのせいで...』

―――

 

既視感があった。

あの心底意地の悪い切り口で、心を詳らかに探られて、何もかもを否定される姿に。

 

→(止めてくれ

「いやです、嫌だ、いやだ......」

→(...見ているだけで、不愉快なんだ

 

化けて出た、故人への罪悪感。

生前の人物を大切に思っていればいるほど鋭利で、付けられた傷口はズタズタにされる。

取り戻しの付かない過去ばかりをしつこく嗅ぎ付けて、徹底的な自己批判と自己嫌悪のスパイラルに陥らせる、悪魔。

 

『なら、何すれば良いか。分かるでしょ?』

 

漸く気付いた。ライスシャワーの没後、アグネスタキオンとの五年間、僕を苦しめ続けたソレに『エレジー』は侵されていると。

 

『人間は弱いんだから。トレーナーには何もできないんだよ』

 

それでも、僕の時は紛い成りにも立ち直っていたのに対して。たちが悪い事にハリボテエレジーはそれを受け入れようとしてきていたらしい。

 

「...力づくで、押し通す」

 

共存なんて出来る訳が無い。

故人の影に囚われたまま、未来へ向かって進むことなんて不可能だ。

 

『そう、それで良い。あとは上って、落ちるだけ』

 

そうでないと、僕がライスシャワーの影を捨てたという事が間違いになってしまう。

アグネスタキオンとの日々が、ビッグウルフとの日々が、全て正しかったとは絶対に言えないけれど。

全てが間違いで無かったのなら。他ならぬ僕は、それを絶対に許容してはいけない。

 

→(良い訳が、ない

「...どいてください、トレーナー」

 

お姉さんが、どうやって自殺したのかは知っている。今目の前のウマ娘が、何をしようとしているのかも察しが付く。だから、僕は彼女の目の前に立ちはだかった。

 

→(さん、は付けないのか?

 (...どかない。

 

『あのさ、怪我させたくないんだ』

 

姉の声...でも、違う。

人間は脆いからと、何をされても暴力を振るわずに堪えて来たのは、『エレジー』だ。

 

→(それは、お前の思想じゃない

 (勝手に代弁するな

 

整合性のほつれを指摘すると、慌てて声を妹に変えられる。

 

「私がその気になれば、ひ弱なトレーナーさんなんて、いつでも殺せるんですよ?」

→(...ずっと昔から、ウマ娘はそうだった

 

人ならざる耳と、不朽の魂を持つ存在。

 

→(だからこそ、人々は血を流さずに済んで来たんじゃないか

 

人は脆い。そのくせ争う事ばかりは大好きな救いようのない連中。

でもウマ娘という、殺し合いではまともにやり合えない上位種がいたから、人々は銃や爆弾の代わりに『レース』によって勝敗を決めるようになった。

 

技術の発達や、文明の発展に伴い彼女らは絶対支配者ではなくなってしまったけれど。

長い歴史の中、特異な容姿と高い能力を持つ彼女達が迫害を受けなかったのは、その徹底した無血主義によって齎された秩序を誰もが尊び、ウマ娘が神聖な存在であるとされてきたからだ。

 

「トレーナーさんは、私が人間じゃないから、ウマ娘だから平気だって言いたいんですか?」

→(違うよ

 

それでも、ウマ娘による犯罪や殺傷事件は残念ながらゼロじゃない。

精神的に追い詰められた今の彼女は、何も知らずに見れば危うく見えるだろう。

 

「っ!何も違わないです!トレーナーさんは私の事を『ウマ娘という種族』としてしか...!」

 

人なんて簡単に殺せるのは事実だし、絶対に殺されないなんて保証はどこにもない。

万が一は世界に腐る程ありふれているし、それはいつも不幸な物ばっかり。

 

→(『君』だから、信じてる

 

...だけど今この瞬間だけは、そんな不幸が起こる事はないと確信していた。

 

『…どうして、そういう事いうのさ』

→(君はもう『エレジー』に必要ないからだ

『ちがうよ、ちがうんだ、違います、私は...!」

 

ここが、正念場だと。

普段はまるで役に立たない僕の直感めいた何かが、囁いている。

 

→(もう、誰も君を責めたりなんてしてない

 

今の彼女になら僕の言葉が必ず届く、と。

 

→(ソレは君を守ってくれる味方なんかじゃない。発作のように君の命を付け狙う、病気だ

「違います!おねぇちゃんは、いつでも私の...」

 

狼狽えている様子だった。否定の声を上げるも、声が弱弱しい。

 

→(味方なんかじゃ、なかった

「...っ!違います!」

→(何が違うんだ

「おねぇちゃんは、裏切りません!嘘も、つかないんです。いつも私を、守ってくれる...」

 

そうだ。彼女自身で証明している。

 

→(なら、さっき君を詰っていたアレは...『君の姉』なのか?

 

エレジーを否定するアレは、自分の知る姉では無いと。

 

「...ぁ」

 

それが止めになったのか、彼女の目から一切の色が抜け落ちた。

ただ電源が切れてしまったように、つい先ほど迄は籠っていた筈の感情が、すっぽりと抜け落ちていて。

 

→(それが、君の本質

『...』

 

何も映ってはいなかった。

目の前に居る僕も、姉の幻影も、そして自分自身すらも、何一つとして。

 

→(僕を見てくれ、『エレジー』

「...」

 

目を背けた側の『人間』である、僕の言えた言葉じゃないのは知っている。

使う権利を持たない言葉だってことを、自分自身が一番良く理解している。

その上で、今の彼女には必要で、使わざるを得ない言葉だ。

 

→(大好きな人を加害者に据えて、自傷したとしても。何の償いにもならない

 

そう言い切ると、彼女は顔を上げ。自然、僕と目が合う。

光を失くしたままの瞳を、差し込んだ黄昏の夕日が茜色に染め上げる。

まるで、温かな火種のように。

 

→(もう、止めるんだ

「...じゃあ、どうすれば良いんですか」

『誰が、私の味方をしてくれるんですか?』

「私には、おねぇちゃんと」

『私自身しか、居なかったのに...!』

 

最早声以外で演技をするつもりはないらしく、思いの丈をありのままにぶつけられる。

...上手くやったと、何かに僕は満点を付けられた。それで良い。それが最適解だ。その質問になら(お前)は、最高の答えを用意出来るんだと。

 

→(自分の味方が、何処にもいないと思うなら

 

僕は、その何かに突き動かされるままに言葉を紡ぎ。

眼前で震える、小さな子供を抱きしめた。

 

→(...僕が、『エレジー』だけの味方になるよ

 

親からの愛を十分に受け取れず、ただ一人自分を愛してくれた姉を失い、見失っても尚その才の幻影に身を焦がれ。

それでも諦めずに進み続けて、心が擦り切れてしまった子供。

 

まだ彼女は十三なんだ。

その歳で親元を離れるのも、本来は中々出来る事じゃない。

だけど、多くのウマ娘はそれに順応することが出来る。

その点を踏まえると彼女は精神が幼すぎる。いや、年齢相応から見ても、尚幼い。

言い換えてみれば『人間らしい』。

 

「どうせ、嘘です」

→(僕が君に嘘をついた事、一度でもあった?

 

人間より精神的独立が早いウマ娘のはずなのに、拠り所が、依存先がなければ壊れてしまいそうな寂しがりや。

それが、ようやく把握できた『エレジー』の在り方だった。

 

―――

 

―――

 

しかし、付き合ってもいないウマ娘を抱きしめているという状況。

跳ねのけられるかもしれないし、もし押し倒されて、胸を殴られでもしたら心臓が破裂する。

本来なら生きた心地がしないだろう。

 

「...トレーナーさん」

→(マスク、外すのか?

「いえ。濡れちゃいましたから、預けるだけです」

→(...そうか

「ごめんなさい、迷惑かけて」

→(良いよ、面倒くさいことするのが僕の仕事だしね

 

なのに、彼女の腕が僕の背中をさすった時に抱いた感情は、安心じゃなくて。

 

→(もう、一人でも大丈夫?

「いいえ」

→(...え?

「トレーナーさんと二人いっしょでなら、平気です」

 

ありがとうという、感謝。

自分が救われたという訳でもないのに僕は、どこか晴れ晴れとした目を見て。

むしろ自分の方が救われたようだった。

 

→(あ、あはは...驚かせないでくれ

「もう、絶対に離れませんからね。トレーナーさん」

 

...それは多分。

姉に固執する彼女を否定することで、ライスシャワーの影から逃げた自分は正しかったんだって、正当化出来たような気がしたから。

 

→(...?そうだな、二人一緒に頑張っていこうな

「えへへ...『絶対』ですよ?」

→(ああ、約束だ

 

もう、この子が傷付かずに済むように。

もう、何も失わないで良いように。

無邪気に笑う彼女に罪悪感を覚えつつ、僕はその小さな体を、胸の内に一層深く沈ませた。

 

 

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