二人で一人のウマ娘 作:なまたま
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目を覚ました時、真っ先に僕の耳へ入って来たのは、咽び声だった。
「え……ひっく……ひっ……いや……ぐすっ……」
時計は暗くて確認できないが、外の明るさから察するに恐らくまだ真夜中と言って良い時間。
彼女はうずくまり、身体を震えさせている。
「…いや……だれか……」
悪夢でも見ているのだろうか、随分と魘されている様子。
→(『...大丈夫、大丈夫』
ただ、怯え方が尋常ではなく見えたので、半分起こすつもりで茶髪を撫でつけた。
高い体温と、絹糸のように柔らかな触感も相まって中々心地いい。
→(『ここにいるよ、エレジー』
震えが引いて来たのを見計らい、彼女の下敷きになっていた右腕をそっと引き抜く。
圧迫されていたので、擦れる度に痺れが走る。
「トレーナー、さん……」
腕の付け根を揉み解して血行促進させているうち、エレジーがもぞもぞと動き出す。
まだ寝ぼけているらしく、ぼんやり肩らへんを見つめている彼女をベッドの反対側に移して。
無事な左腕で作った枕に頭を乗せた。
→(起こしちゃったか
人慣れした猫のように無抵抗。
ついさっきまで全身に力が入っていたからか、今はすっかり弛緩しきっている。
→(まだ早いから、ゆっくり寝てていいよ
濡れてしまったシーツを取り換えようと思い、ベットから抜け出そうとした途端。
赤み帯びた薄目のまま、エレジーが手首をがっしりと掴み、強引に布団の中へ引きずり込まれる。
「行かないで、ください」
包むように、抱きしめられた。
抵抗できない程ではなく、その気になれば振り払える程度の緩い束縛。
痛みもないし、脅威を強く意識させられるわけでもない。
「おねがいです、おねがいします…そばにいてください……」
敢えて選択の余地を持たせられた、ということ。
…何ともズルいやり方だろうか。いっそ、力づくで我儘にやられた方があしらいやすい。
これじゃ、断ろうにも断れない。
→(…しょうがないなあ
ぐしゃぐしゃのシーツの端を手足の指で掴んで張り整え、エレジーを抱き返し。
眠りにつくまで、背中をさすった。
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翌朝。エレジーをソファーに移しながら考える。
早計だったかもしれない、と。
→(…はぁ
あの後も、僕が離れようとする度にエレジーは目を覚まし。
漸く本当に眠ったと思ったらもうすっかり朝。
徹夜は健康に致命的なダメージを与えるので、普段早寝早起きを心掛けているのに。
まさか夜泣きに困らされるとは、予想外だった。
→(世のお母さんは、こんな気持ちなのかな…
それに、しっかり寝れている時は気付かなかったが、何だかんだで歴代首位陥落のストレスも僕にとっては大きなモノだったらしく。
→(頭が、痛い
(…かなり、きついな
今の僕は有り体に言えば、かなり苛立っていた。
元々神経質なきらいがあるので、どんな人とも四六時中は居れないタイプである。
嫌われまいと周囲のを極端に意識するのはとうの昔に諦めたが、それでも担当ウマ娘には気を遣う。
要するに、親しければ親しいほど付き合いは少なくしたい性分なんだ。
「…あ、あれ」
そんな人間が神経を張り続けて、徹夜で寝かしつけなんかやろうものなら、こうなるのも当然と言えた。
再び溜め息を一つ、こめかみの辺りを突っつきながらベッドメイキングを終え。
窓を開けて換気していると、後ろからエレジーの声がする。
「お、おはようございます、トレーナーさん」
→(おはよう、エレジー
泣き腫らした目元、はだけたバスローブ。
姿だけ見たら、まるで襲われた後みたいだなぁ、と。
「何を、しているのかな?キミたちは」
→(…へ?
霞がかった寝不足の頭でのんきに考えていたら。
扉の方から、二つの声。
「お前、自分の担当ウマ娘に…」
一人は黒髪のショートカット、前髪にひと房の白髪が流れている。
栗東寮の寮長をしているウマ娘、フジキセキ。
もう一人はいつぞやの青年トレーナー。後ろには無言でライスシャワーも控えていた。
「やはり、悪名に偽り無し…だったようだね」
フジキセキはエレジーの腕を掴み、僕は青年に廊下へと引きずり出される。
一体何なんだ、勝手に人の部屋に入ってきておいて。
→(痛っ…いきなり何を
「何を、じゃないだろ」
襟首を掴まれて、壁に頭を押し付けられ。すぐそばの壁が殴られる。
情けない事に、体格差もあって足が地に着かない。
「…今、何してた?」
→(彼女が濡らしたシーツを取り換えて、換気を
最近流行りの壁ドンという奴だろうか。
男にやられても嬉しくないし、何より首が締まって息苦しいから止めて欲しい。
そもそも暴力的に過ぎる。
ビッグウルフが読んでいた漫画では、もっとこう、優しくやっていたような。
「証拠隠滅、ってわけか」
→(何の、話だ
寝不足でイライラしているっていうのに、何故かいきなり寒い廊下で首を絞められている。
頭にくるが、答えが出てこない、解決策を脳が弾き出してくれない。
「いい加減にしろ!とぼけるんじゃない!」
→(…いい加減にして欲しいのはこっちの方だ
このもどかしい感覚には覚えがある。
「大丈夫かい、エレジー」
「え、あの、これは一体…?」
「ああ、青年トレーナーが教えてくれたんだよ。あの『死神』が怪しい…ってね」
部屋の方から聞こえてくる会話が耳障りで仕方ない。
「本当に申し訳ない、キミのSOSに気付いてあげられなかった」
あと一歩のところまで思考は至っているのに、その一歩が届かない。
→(僕が、何したって言うんだよ
「それをライスシャワーの前で、俺の口から言わせるのか?」
→(…言葉にしなきゃわからない事だって、ある
耐えかねて質問しても答えてもらえない、イヤな光景。
正義感で僕を傷つけて来た連中に、明確な悪意を持った連中に、善意に操られた連中に。
何度も、今だって向けられる、糾弾の眼。
「もういい、理事長に直談判してくる」
やっと解放されたかと思えば、二人はエレジーを僕から見えないように覆い隠し、被害者を助けたヒーロー面をして。僕が悪であるという前提の上で、勝手に話を進める。
「トレーナー契約の解除をするようにな」
そして青年は、演目でも行っているかのように、大仰な言い方で謳い。
この状況で、気味良さそうに笑っていた。
自分が正しいのだと、信じて疑わないで。
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午後九時ごろ。理事長室にて。
「災難だったな、トレーナー君…」
僕は事の説明を受け、どうして二人が部屋に来ていたのかを知った。
何でも、前々から僕を疎ましく思っていた古参トレーナーや、トレセン学院の職員、元ファンなどが、以前あの青年としていた会話を聞いていて。
これ幸いと彼の正義感を利用し、僕の経歴やある事ない事吹き込んで暴走させたらしい。
→(まぁ、勘違いされてもしょうがない状態だったのは事実ですから
「猛省ッ!本来こういう揉め事は、私が事前に対策しておくべきだった。どうかあの青年は嫌ってやらないでくれ!」
→(大丈夫です、わかってます
「うむ!ただし、検査で無実が証明されたものの、添い寝はどうかと思うぞ!」
→(…はい
それに関してはエレジーが望んだ事だが、担当ウマ娘の手綱を握れていなかったという事で。
容認した僕にも責任がある。
本人同士で同意しても、決して体裁が良くなる訳じゃないというのをすっかり失念していた。
「それと、一つ聞きたいことがあるんだが」
→(なんですか?
僕は社会から離れていたので客観的なところが結構ニブい。
自分に呆れて後ろ頭を掻くと、何やら理事長が神妙な顔つきになり、質問を投げかけてくる。
「最近、辛い事は何か無いか?」
そう言われても、特段これと言うのは無い。
大体の嫌がらせは慣れているし、春になると変なのが湧いてくるのは実家と同じ。
→(理事長の方こそ、顔色が優れないみたいですが
むしろ、僕よりも理事長の方が参っているように見えた。
「…分かるものだな」
→(先代に似てるので。 …何かあります?
一目見れば大体察することぐらいは出来る。
それに、先代は自分が聞いて欲しい事を質問として話す癖があった。
娘ならもしやというレベルの憶測だったが、当たっていたらしい。
理事長は扇子を畳み、顎に手を当てて口を開く。
「まぁ、上層部に若干嫌気が差していてな」
→(ああ、先代もそれには頭を悩まされてましたね
「…そうか、やはりそうだったか」
→(大丈夫ですか、理事長は
「『今の所は問題ない』が、 ……む?」
ただ、と話しかけたタイミングでドアがノックされ。
腕時計を一瞥した理事長が椅子から立ち上がり、金属製のドアバーに手を掛ける。
「理事長、晩御飯の時間ですよ~」
「失態ッ!トレーナー君との話ですっかり時を忘れていた!」
入って来たのは、いつも通りの服装のたづなさん。
→(こんばんは、たづなさん
「こんばんは、トレーナーさん。朝の件についてはもう大丈夫でしょうか?」
→(ええ、ちゃんと説明してくれたので。概ね把握出来ました
「それは良かったです! …では、もう理事長室は施錠するので、お開きと言う事に」
→(分かりました
「おやすみ!トレーナー君!」
→(おやすみなさい、理事長
就寝ッ、と書かれた扇に見送られながら、僕は理事長室を後にした。
後編も既に書きあがってます