二人で一人のウマ娘   作:なまたま

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しめってます


『』の存在

死んだ父は寺に、母さんは留置場と精神病院のハザマに行き、青年は一人ぼっちになった。

そんな彼が、トレセン学院に興味を持ったのは偶然だったのだろう。

 

「…嘘だろ」

 

なんせ、神聖だなんだと言われているウマ娘が家庭内暴力で心を擦り減らし、徐々に壊れていく様を最も近くで見つめ続けて来たのだから。

彼女らになんの幻想も抱ける訳もなく。

どうせ悪は存在するのだろうと期待せずに行ってみれば、比率でも絶対数でも人間とは比べるのが失礼なレベルで少なく。

嘗て自分の脳内に存在した楽園とまではいかなくとも、彼の心にとって居心地の良い空間。

それが…トレセン学園という場所だった。

 

「ここなら、俺は」

 

乾ききった眼に差した一条の光、その質を問えるだけの猶予など残されてはいない。

友も無く、止める親も居ない。教師はルールに従順で努力家の彼を否定するような真似はしない。

学院の外の世界への未練など、まるで存在しない。

 

「もう、あんな奴らと関わらずに済むのか…?」

 

自分の信じる正しさで何人もの友人を裏切り、その度に後ろ指を刺されて来た。

親しくなった人を、何度も裁いた。

綺麗であって欲しいと信じた相手は、仲が深まれば深まる程に共犯者になろうと誘ってくる。

親しくなりたかった人に、何度も裏切られて来た。

 

「…俺は」

 

正しくあろうとするのも、その正しさに理解を求めるのも。

引き下がれないと思っていた信念は、自分を守ってくれた母をも切り捨てる価値観は、我が身可愛さに劣るのだと思い知らされて。

警官と言う、悪と真っ向から向き合う仕事ではなく。

トレーナーという、悪を遠ざける道を選び。

中学三年の夏、彼の夢は砕け散った。

 

―――

 

―――

 

「…俺でも助けれる奴がいるって聞かされて、居ても立ってもいられなかったんだ」

 

青年は、静かに来歴と思いを語ってくれた。

自分の中にある正義へのコンプレックス、無力と理解していたが故の劇毒。甘言に騙された理由。

 

「一つ、質問があります」

「…なんだ?」

 

素振りを観察する限りだと、虚言を吐いているように見えない。

少なくとも本人の認識としては、私を騙すつもりが無く、正直に心中を吐露したのだろう。

徐々に、胸の中の憤りが消散してゆく。

青年は部屋の壁に背を預け、自嘲的な笑みを浮かべる。

もう話すことは無いとばかりに。

 

「『それ』をライスシャワーさんに話しましたか」

 

しかし私が質問を投げると、一拍置いて彼は笑顔を苦々しく歪ませ、絞り出すような声を喉元から響かせた。

 

「話せるわけ、ないだろ」

「何故?」

「ライスにこれ以上悩み事を増やせないのが一つ。 そして、俺の過去なんか知ってどうなる」

「今回のような暴走に対するストッパーになってくれると思います」

 

返答は予想通り『ライスの事を思って話せていない』だった。

 

「自分が思っている以上に、普段から接してる相手は聡いですよ」

「…ライスは、俺が隠してる事に感づいてるって言いたいのか?」

 

私が首を縦に一回振ると、青年は腕を組んで頬杖を立てる。

 

「私の勝手な予想ですけど、恐らくは」

「…知ったような事を言うんだな」

 

ような、ではなく知っている。

トレーナーさんの身辺も、縁のある人物の人柄も何もかも調べてある。

 

「彼女は、玉鋼のようにしなやかで強靱な精神を持ったウマ娘です」

 

故に、確信を持って言える。

ライスシャワーの名を冠し、同じ魂を宿したあの子なら、その程度の重荷(かこ)で潰れることは無い。

十年前、一番弱っていた時期のトレーナーさんを支えていたのだから。

 

「一度、思いっきり寄り掛かっても大丈夫だと思いますよ」

 

当然、精神論でどうにもならない領分に関しては弁える必要があるけれど。

ライスシャワーが親しい人の意思を蔑ろにすることはあり得ない。

頼られれば力を貸そうとするし、困っているのを見かければ助けたいと思う。

少しでも周りの人には幸せであってほしいと願うのが、私の仕入れた情報から読み取れる人物像。

むしろ、相談せず自分一人で腐っているのを見せられる方がきっと彼女にとっては辛い。

 

「本当に、大丈夫なのか」

「それを最終的に判断するのは、私の仕事じゃありません」

 

暗に、自分で決めるよう促す。

すると青年は額を三度突っつき、ドアノブに手を掛け。

 

「行くんですか?」

「…ああ、それと本来の用件を思い出したしな」

「本来の?」

「お前のトレーナーが探してるんだ。 連れてくるから暫く部屋で待っててくれ」

 

最後にそう言って部屋を出て行った。

 

―――

 

―――

 

学園の半分ずつを分担して探して、もしどっちかが会えたらエレジーを連れて合流する。

そういう話で落ち着いたはずなのに。

 

→(忘れないでよ…

 

結局、僕の元に青年が来たのは七割近くを探し終わった後。

 

→(…はぁ

 

何やら隣に居るライスと仲良くなっている様子だったので、理由を聞いてみると。

お互いに遠慮して話せていなかった事を打ち明けあったらしい。

それで数十分余分に歩かされた身からすると、すこし溜め息を吐きたくなった。

 

―――

 

―――

 

現在は午後七時五十分。

いつもなら練習が終わって、その日最後の別れを告げる時間。

今日は、その日最初の対面。

 

「あ、トレーナーさん…」

→(…もしかして、ずっと寝てた?

 

部屋の中に充満する湿気、汗まみれで濡れたタオルが椅子の下に雫を落としている。

目線を合わせると、エレジーは恥ずかしそうに頷いた後、長髪で顔を隠した。

 

「あ、あの、まだ洗ってなくて! …お風呂、入ってきてもいいですか?」

 

何でそんな事をしているのかと思えば。

どうやら、僕が清潔にすることがマナーだと言ったのを覚えていたようだ。

 

→(いや、別に気にしなくても良いよ

 

あれはそもそも土汚れが付くほど練習をした後だったからと言うのもある。

 

→(もう帰るから…

 

それに今日エレジーを探していたのは、練習時間をすっぽかされたからで。

この時間ならもうやれることは何も無い。

それでもこうして部屋を訪ねたのは、万が一体調不良だったりしないかを確認するためだ。

結果、特に問題なさそうだし、明日に向けてお互い早く寝た方が良いだろう。

 

「…きょうは、一緒に寝てくれないんですか?」

 

そう思って背を翻すと、服の裾が掴まれた。

…いや、いくら何でも今度こそ風評被害が発生する。

昨日の件はデマだったと知れ渡っているからまだ良いものの、昨日の今日で添い寝なんかしたら本当に『そういう事』をしていると邪推されても文句は言えない。

 

→(エレジーだけじゃなくて、僕も悪く言われるようになる

 

正直、僕は初めから嫌われている人にはとことん嫌われているので特段気にしない。

理事長やたづなさんのように、分かる人はこういうのにも慣れているから。

 

「身体なら、ちゃんと綺麗に…」

→(そういう問題じゃないんだよ、エレジー

「…じゃあ、どうして」

 

きっとエレジーもそれが分かっているから、こうして僕に断られるのが不思議でならないと思う。

 

→(『この人なら問題ない』っていう考え方は、すごく危ういんだ

「…事実でも、ですか」

→(うん。 …確かに僕は今更だけど、だからと言って尊重されないと傷付くしね

 

でも、自分は被害を被っても良いから、相手も良いだろうという考えはダメだ。

たとえ正論でも、相手の同意を得る段階をすっ飛ばしてしまったら。

何度も繰り返す内に人間関係や信頼をボロボロにしてしまう可能性が高い。

 

→(僕に慣れて、もし他の人にも同じことをしてしまったら…取り返しのつかない事になる

「...あ」

 

指摘が終わると、エレジーはゆっくり裾から手を離し、目元を擦り上げた。

 

「ご、ごめんなさい…わたし、その…」

 

きっと何を話せば良いのか、分からないんだろう。

掴みどころを失った手は寄る辺なさげに宙を彷徨い、涙はじわじわと溜まり始め、口元を僅かに開閉させている。

 

「ご、めんな、さい…トレーナー、さん」

 

自覚が無いままだと、何の悪気も無く自己中心的な行動を取ってしまう。

幼さの、悪い点。

 

→(…ちょっと、意地悪だったかな

 

罪悪感が滲み出てくる。

しかし、彼女の今後の為にも必要な対処だった。

 

「ぇ…?」

 

震えているエレジーを優しく抱きしめ、右手で頭を、左手で背中をさする。

 

→(自分で気付けたなら、問題ないよ

 

流石にここで添い寝したら、十中八九バレる。

しかし、トレーナー寮でならどうか。

 

→(明日すこし早起きする事にはなるんだけど…

 

今から入浴時間を含めて『午後八時半』に就寝、携帯にアラームをセットし、僕が『午前四時半』に起きてエレジーを帰してやれば。

睡眠時間八時間を確保した上で、もし誰かと出くわしても言い訳が効く。

朝のランニングに出ていた、と。

 

→(エレジー、僕の部屋で一緒に寝たい?

 

安全策を確保してあるが故に、思いのほかすんなりと僕の口から出た誘い。

それを彼女は、静かに頷いて承諾した。

 

―――

 

―――

 

そして二十分後、トレーナー寮にて。

 

→(ただいま

 

僕がお風呂を済ませて自室に戻ると、エレジーは着替えも済ませ、髪なんて櫛さえ入っている。

歯磨きもバッチリ。すっかり万全の状態だ。

 

「…お布団、暖めておきました」

→(ありがとう

 

僕は誘われるままにベッドへ入り、二人で布団に肩まで埋まった。

 

→(…ごめんね、さっきは

「いえ、大丈夫です。 …むしろ、気付かずにいる方が、恐ろしかったので」

→(でも、少しやりすぎたかもしれない

「そんな事ありません、トレーナーさんは、いつも私の事を考えてくれて…」

 

言葉にすると、ものすごく無粋になってしまうけれど。

こう、その人を思っての厳しい言葉が理解されるって、すごく救われる。

罪悪感を堪えた甲斐があるというか。

 

「これからも、ずっと…わたしの…」

→(…はは

 

素直で、素直じゃなくて、でも自分の悪い部分をちゃんと直していける。

寝ぼけまなこで引っ付いてくる、眼前のウマ娘。

 

「…」

→(…何だろう

 

その姿が、今にも消えてしまいそうに見えた

…そう、例えるなら

 

→(この夜、一緒にいなかったら…

 

死んでいてしまいそうな

 

嫌な、確信。

 

 

 

「……」

 

そんな僕の脳裏とは裏腹に、彼女の微睡む表情は

とても安らかなものだった。

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